【投稿】小児甲状腺がんの隠ぺいを図る岸田政権―小泉元首相ら5人のEUへの書簡に慌てふためくー

【投稿】小児甲状腺がんの隠ぺいを図る岸田政権―小泉元首相ら5人のEUへの書簡に慌てふためくー
                            福井 杉本達也

1 元首相ら5人の「EUタクソノミーから原発除外を」との書簡に文句をつけた政府

1月27日、小泉純一郎・細川護煕・菅直人・鳩山由紀夫・村山富市の5人の元首相が、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長宛てに「EU タクソノミーから原発の除外を」という書簡を送った。書簡では「欧州委員会が、気候変動対策などへの投資を促進するための『EU タクソノミー』に原発も含 めようとしていると知り、福島第一原発事故を経験した日本の首相経験者である私たちは大きな衝撃を受けています。」とし、「何十万人という 人々が故郷を追われ、広大な農地と牧場が汚染されました。貯蔵不可能な量の汚染水は今も 増え続け、多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ、莫大な国富が消え去りました。この過ちをヨーロッパの皆さんに繰り返して欲しくありません。」「EU タクソノミーに原発が含められることは、処分不能の放射性廃棄物と不可避な重大事故によって地球環境と人類の生存を脅かす原発を、あたかも『持続可能な社会』を作るもののごとく世界に喧伝するものです。」と切々と訴えている。

これはぐわいが悪いと嚙みついたのが岸田政権で、2月1日付の山口壮環境大臣名で、同書簡は「福島県の子どもに放射線による健康被害か“生し”ているという誤った情報を広め、いわれのない差別や偏見を助長することが懸念されます。」とし、「福島県が実施している甲状腺検査により見つかった甲状腺がんについては専門家会議により、現時点では放射線の影響とは考えにくいという趣旨の評価がなされています」と注意文を出した。これを、新聞各紙はそろって「原発事故巡り不適切表現」「環境相、元首相5人注意」と報道した(日経:2022.2.3)。あたかも元首相5人が人権無視をしたかのようにである。

 

2 甲状腺がんで6人が東電を提訴

小児甲状腺がんは、通常100万人に1〜2人(年間)と言われる極めて珍しい病気で、チェルノブイリ原発事故後に増えたことが明らかとなっている。福島原発事故で、現在、甲状腺がんが確認されているのは293人である。1月27日に、事故当時6~16歳で、福島県に住んでいた男女6人が、東電に計6億16 00万円の損害居慣を求めて東京地裁に提訴した。しかし、その新聞での扱いは極めて冷淡なもので、わずか30行程度の申し訳記事であり、「福島県の専門家会議は、甲状腺がんと被ばくと甲状腺がんの因果関係について『現時点で認められない』とし」、「訴訟では因果関係の有無が最大の争点になる見通し」と訴訟を応援する気は全くなく、なぜ今頃政府に楯突くのかという暗い見通しを解説している(福井:2022.1.28)。

 

3 甲状腺がんを隠して、福島第一原発事故の被害を極小に見せようとする政府

甲状腺がん⼿術件数が数⼗倍以上になっているのは厳然たる事実であり、 福島原発事故の放射能以外に原因は考えられない。甲状腺の内部被曝の原因となる放射性ヨウ素は⾃然に半分になる「半減期」が8⽇で、測定できる期間は短い。チェルノブイリ事故の事例でも問題になったのに、国はわざと測定しなかった。これまでの放射線影響否定の常套手段は,地域差がみられないことと,チェルノブイリとの比較で,「線量が低い、5歳未満の低年齢での症例が少ない、遺伝子変異が異なる、充実型がない」というものである。

甲状腺がんに関する臨床データは福島県「県民健康調査」検討委員会や評価部会で,当然共有されるべきものであるが、学会や論文で発表された内容ですらなかなか公表されず。それに反し放射線影響を否定するような論文は,検討委員会や評価部会でしっかりと“論文報告”され,公式資料の一部となる傾向があり、国外への情報発信の偏向がうかがえる(平沼百合「福島県の甲状腺検査についてのファクトシート」『科学』2021.6)。

こうした偏った情報の受け手であるUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)の2020年報告書にも同様のことが記載されている。線量については,実測データが不十分である上,汚染食品の流通は無視されており,回答率の低い基本調査による事故後4カ月間の外部被ばく線量推計値の信頼性という問題がある。もともと歪んでいる福島のデータから,さまざまな歪んだ解析論文がでて,さらに歪んだ解釈から「福島の甲状腺がんは潜在がんの過剰診断Jという新たな歪みが生まれ,それが国際機関の勧告に取り込まれて拡散されるというストーリーが展開されている(平沼:同上)。

過剰診断とは,がん検診などで,無症状で生涯おとなしく,治療も必要としなし、小さな腫瘍を発見することにより,がんの見かけ上の催患率が上昇する現象である。しかし、たとえ微小がんでも甲状腺外浸潤もリンパ節転移の割合が高く手術適応となり,遠隔転移も3例出ており,とても過剰診断とはいえない。だが、御用学者は、放射線影響ではなく,スクリーニング効果で潜在がんを見つけているだけの過剰診断だ・集団スクリーニングはすべきでないと騒ぐ。

地域差については、津田敏秀岡山大教授の2015年の分析によれば、汚染の高い相双地域で高くなり,汚染の低い会津地方や県北東部 では低くなっている。放射性セシウムによる土壌汚染は低いものの,放射性ヨウ素の通り道になったいわき市でも高い傾向にある。初期被ばく線量がまったくと言っていいほど計測されていないが,疫学理論にしたがって分析を行うとここまで見えてくる(山内知也『科学』2018.9) 。

「事故直後から構想されていた県民健康調査には,広島・長崎の原爆訴訟が意識されており、(県民健康調査)データは原爆訴訟と同様に貴重な訴訟資料となりうる。発がんリスクが 1%あれば他要因での発がんでも裁判では原告勝訴となる、という発言(発言者不明)が記録されている。県民の健康を見守るための調査だと言いながら、最初から訴訟の際の証拠として捉えられている。どうしても,放射線の影響はあってはならないのだ。その視点から考えると、データの不透明さや不完全さ,それから生じる議論の歪みも筋が通る。結論ありきの調査というわけだ。」(平沼:同上)。

日本政府は福島第一原発事故直後から、事故の“収束”どころか事故の隠蔽に走った。それは最初から放射性のヨウ素131の計測をしなかったこと、原子力発電所などから大量の放射性物質が放出されたり、そのおそれがあるという緊急事態に、周辺環境における放射性物質の大気中濃度および被曝線量など環境への影響を、放出源情報、気象条件および地形データを基に迅速に予測するSPEEDIシステムを使用せず、避難住民を放射線被曝を強要したこと、日本気象協会長を通じて、放射能が向かう風向きなどを勝手に公表するなと圧力をかけたことなど等々である。データなど取らず、証拠になるものを最初からなくしておけば責任を問われないという算段であった。

今回の5人の元首相による「EUタクソノミーから原発除外を」の書簡は、小児甲状腺がんの多発など福島原発事故後の日本がいかに悲惨な状況にあるかを海外に赤裸々に示した。国民の命を何とも思っておらず、最初から命の値段を切り下げようと画策する姑息な政府首脳・官僚・電力事業者を刑務所に収監しないかぎり、日本に未来はない。

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【投稿】歴史の経過を踏みにじり、他国の内政に干渉する衆議院の「新彊ウイグル決議」

【投稿】歴史の経過を踏みにじり、他国の内政に干渉する衆議院の「新彊ウイグル決議」

                            福井 杉本達也

1 衆院の「新彊ウイグル決議」は中国への重大な内政干渉

北京冬季五輪開幕が目前の2月1日、衆院本会議で「新疆ウイグル自治区やチベット自治区など、中国での人権状況に懸念を示す決議」が自民・公明両党や、立憲民主党、日本維新の会、国民民主党、共産党など与野党の賛成多数で採択された。決議は、中国での人権状況について「近年、国際社会から、新疆ウイグル自治区やチベット自治区などで、信教の自由への侵害や強制収監をはじめとする深刻な人権状況への懸念が示されている」と指摘。そのうえで、中国政府を念頭に「力による現状の変更を国際社会に対する脅威と認識するとともに、国際社会が納得するような形で説明責任を果たすよう強く求める」とした。決議を受けて、林外務大臣は「これまで新疆ウイグルの人権状況などに対しても、日米首脳会談やG7の場を含め、わが国として深刻な懸念を表明するなど、価値観を共有する国々とともに連携しつつ取り組んできている。決議の趣旨も踏まえ、政府として、引き続き、国際社会と緊密に連携しつつ着実に取り組んでいく」と述べた。本会議に先立って開かれた議院運営委員会では、日本維新の会と国民民主党、共産党から、決議には賛成するものの、中国政府による人権侵害をより明確にすべきだったなどの意見が出された。決議を提出した日本ウイグル国会議員連盟の会長を務める自民党の古屋政調会長代行は「五輪前に決議できたことは一定の成果」だと強調し、立憲民主党の泉代表は、「国際社会の声も踏まえ、わが国も当然人権をしっかり守らなければならないという立場を示した」と述べた。(NHK:2022.2.1)。

新疆ウイグル問題は、2018年9月に米人権活動家らが「中国のウイグル族ら100万人以上が新彊ウイグル自治区の再教育施設に強制収容されている」と“報告”し、当時のポンペオ国務長官らが中国への制裁を打ち出し(日経:2018.9.17)、さらに2019年には国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が「ウイグル族弾圧の内部文書」を入手したと報道し(日経:2019.11.28)、2019年12月に米下院が「ウイグル人権法」を可決したことには始まる。しかし、これは伝聞に過ぎず、ウイグル族を弾圧したという何の裏付けもない。そもそも、100万人もの住民を収容するなどという施設規模はばかげた話である。伝聞に過ぎない事をあたかも真実であるかの如く装い、他国に内政干渉するというのが、これまでの米英の手口である。それを、「属国」としては米英に遅れるなとして追随したのが今回の衆院の決議である。

新彊ウイグル自治区では2009年7月に自治区の中心地ウルムチで漢民族とウイグル族の衝突が起こり、197人が死亡している。その後も2014年5月には130人が死傷する暴動が起きるなど、貧富の格差が拡大している中国内政の弱点となっており、その弱点を突きたいというのが、米欧による制裁の本音である。

 

2 「内政不干渉」をうたった日中共同声明と日中平和友好条約

日本と中国おいては、1972年、田中首相が訪中し、「内政に対する相互不干渉」の基礎の上に「両国間の恒久的な平和友好関係を確立する」とする日中共同声明が出された。そして、78年 に日中平和友好条約が締結され、第1条において「内政に対する相互不干渉」の原則を掲げられている。衆院の決議は中国の一部である新彊ウイグル自治区の民族問題に関する明確な内政干渉である。

むろん、新疆ウイグル自治区と臨海部との経済格差や漢族の進出による経済的・文化的軋轢・北京語の優先とウイグル語の衰退といった中国国内の問題点は多々ある。しかし、それは中国自らが解決していかなければならない課題であり、他国が思い付きのように介入したところで解決できるものではない。まして、米国は、かつてテロリストとして指定していたウイグル系団体について、利用できるものは利用するとして自己都合でテロ指定を解除するダブルスタンダードである。孫崎享氏は「近世の国際政治を見れば、内政干渉はその問題の解決にならず、逆に新たな対立を生み世界を不安定にしてきた からだ。さらに、特定の国の多くの政治的現象は歴史、社会的環境に深く根差しており、国際社会の干渉程度では 改善できないのである」と述べている(孫崎:2022.1.7)。

 

3 「ウエストファリア条約」と「国連憲章」の精神を踏みにじる

「主権国家」とその国家間の「内政不干渉」を定めたのは1646年のウエストファリア条約である。それ以前の約130年間、ヨーロッパは1517年のルターの宗教改革に始まり、ドイツ農民戦争・オランダ独立戦争・30年戦争と続く、「長い16世紀」に宗教の教義の違いから激しい戦いが繰り広げられた。この戦いを終結させるために「宗教から独立した領域を承認し、それを基礎として現世に秩序を形成するもの」として主権国家が登場したのである。したがって、主権を持つ諸国家はそれぞれ対等だという建前の上に成り立っている。狭いヨーロッパのなかで、国境線を引き、他国には干渉せず、お互いの主権を尊重し合うといシステムである。無論、この「主権国家」の外側は「略奪」と「ジェノサイド」の世界であった。東欧であれ、中近東・インドであれアフリカであれ、新大陸であれ、清朝や朝鮮・東南アジアを含めてである(参照:水野和夫『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』)。西欧・北米にのみ適用されていた「主権国家」を全世界的規模で適用することとなったのが、第二次世界大戦後の1945年10月に創設された国際連合である。戦中に、米英ソ中の4国が「すべての国の主権平等に基礎を置き、大国小国を問わずすべての国の加盟のために開放される、国際の平和と安全の維持のための一般的国際機構」として構想されたものである。国連憲章第2条7項は、「この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。」としており、今回の衆院決議は明確に国連憲章に違反している。

 

4 建前としての「主権国家」と内政に干渉する「非公式の帝国」

建前では全ての主権国家は平等である。しかし、主権国家の平等性は国内秩序を維持できても、国際秩序やさらに上位概念である国際秩序は安定しない。そこで国際秩序に責任を持つとして「非公式の帝国」が登場した。帝国は「周辺」に対して内政についても外交についても、全てに影響力を行使し支配する(水野:上記)。1991年にソ連邦が崩壊するまでは、この「帝国」は米国とソ連であり、米国はベトナム戦争や中南米でのクーデター、中東の支配などに関与し、ソ連はハンガリー動乱やチェコの春などに介入した。ソ連が消滅すると米国は「金融・資本帝国」として、金融のグローバリゼーションを通じて、各国に金融の自由化や規制緩和を強制的に導入させ、他国の貯金で自国の経済がまわる仕組みを構築した。内政干渉しながら、世界の富をウォ―ル街に集めた(水野:上記)。もちろん武力でアフガンやイラク、シリアなどにも介入し「ジェノサイド」を行った。また、「属国」NATO軍とともに東欧・旧ユーゴスラビアに介入し、ユーゴ国家を解体した。しかし、その「金融・資本帝国」も2021年8月のアフガン撤退を始めとして、斜陽に向かいつつある。その穴を埋めるべく台頭してきているのが中国であり、米国としては何としても中国の台頭を阻止したい。そのための、ウイグル問題であり台湾海峡危機であり、「属国」に命令しての中国非難の大合唱である。したがって、「人権問題」とは何の関連もない。

2021年11月バルト三国の1つであるリトアニアは台湾の事実上の大使館である「駐リトアニア台湾代表処」を設けた。これに反発した中国はリトアニアの全貿易の通関手続き拒否するとともに、リトアニア製部品を使った製品も影響を受け、EU企業のリトアニアから撤退の動きも出てきている。『CRI時評』は「こうした状況は、リトアニア政府による台湾を巡る誤ったやり方によってもたらされた苦い結果であり、その責任は完全にリトアニア政府自身にある。リトアニア政府は昨年11月、 信義に背いて、台湾当局がいわゆる『駐リトアニア台湾代表処』を設置するのを許可し、『一つの中国』原則に公然と背き、中国の内政に粗暴に干渉し、国交樹立時の両国のコミュニケに盛り込まれた政府としての約束を破った。」と書く(2022.1.25)。2021年4月7日付けの『環球時報』は「中国経済の不断の成長の蓄積が日本に対して持っている吸引力であり、日本の対中輸出はすでに対米輸出を上回り、日本の中国市場に対する依存はすでにできあがっていて、このことは日本が中米間で身を処するに当たって重大な制約となっている」と書いていたが、こうした経済関係の強化の中で、どうして「新彊ウイグル決議」という馬鹿な政策ばかりが出るのか。日本国内には「嫌中」が謳歌し、与野党を含め、日本中が中国情勢を客観的に判断できない状況となっている。明日のリトアニアとならないようにしなければならない。

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【投稿】バイデン政権の戦争挑発と軍需産業--経済危機論(73)

<<「パニックを煽らないでくれ!」>>
1/28、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアが侵略を計画していると主張する西側諸国が「パニック」を引き起こしていると非難し、地域の状況は現在「制御下にある」、「パニックになる理由はない」と発表した。前日の1/27に、1時間20分にわたってバイデン米大統領と電話会談した後の発言である。この会談でバイデン氏は、ロシアがウクライナ侵略を計画しており、危機が差し迫っていると警告したのに対して、ゼレンスキー氏は、「危険なシナリオ」は存在するものの、ロシア軍の侵攻の脅威は「存在しない」とまで言い切ったのである。バイデン氏にとっては面目丸つぶれである。

この時点ですでにバイデン氏の戦争挑発作戦は崩壊したと言えよう。
これまで西側の援助を引き出すためにゼレンスキー氏自らが煽ってきたロシア脅威論が行き過ぎ、バイデン政権が自らの政権浮揚にこれを利用して、ロシアが侵略を計画していると主張し始めて以来、ウクライナの通貨は暴落。米国が11月に警告を発し始めて以来、

ウクライナのグリブナ通貨は、2015年2月以来の最安値に下落、経済が崩壊の危機寸前の状態に追い込まれる事態を生じさせたのである。政権基盤も不安定化し、ゼレンスキー氏は、「現在の事態はパニックです。私たちの国にとってあまりにも費用がかかりすぎます」と嘆く事態である。
ウクライナ政府の関係者がCNNの取材に対して、バイデン氏との電話会談は「うまくいかなかった」、ロシアの攻撃の「リスクレベル」をめぐって両首脳の意見が食い違ったことを明らかにしたのであるが、ホワイトハウスはこの報道を否定。国家安全保障会議のエミリー・ホーン報道官は、ウクライナ当局者がCNNに話したことは 「事実ではない 」と主張。この通話をめぐる混乱から、共和党は、トランプ大統領が弾劾されたゼレンスキーとの通話と類似しているとして、バイデンに「会話の記録を公開」するよう求められる事態に発展している。
当然、NATO諸国においてさえ、米英の好戦的・威嚇的な姿勢から脱却する動きが表面化し始め、ドイツは中立性を明らかにし、スウェーデンはウクライナへの武器輸出を禁止し、クロアチアは戦争になればNATOから全軍を呼び戻すと声明を発表している。フランスのマクロン大統領は、「我々はモスクワとの対話を決してあきらめない」と述べ、NATO諸国間の亀裂が表面化しだしている。
しかし、すでにバイデン大統領は、この地域に駐留する8500人の米軍に厳戒態勢を命じ、米議会は早ければ来週にも、ウクライナに5億ドルという途方もない額の新兵器を供与し、軍事援助先としてウクライナを第3位に浮上させる大規模防衛パッケージ法案を通過させようとしている。

一方で、1/26、ロシアとウクライナはパリで会談し、両者はウクライナ東部の紛争地域・ドンバスでの停戦合意を確認しているが、ロシアのラブロフ外相は、この地域に配備されている約10万人の「膨大な数の軍人」をウクライナ政府は管理できていないことについて警告している。つまり、アメリカはこの地域で起こるあらゆる暴力、武力衝突を、すべてモスクワのせいにする態勢で待ち構えてもおり、ゼレンスキー政権がこの米側の意図に沿わないとみれば取り換える算段でもあることを示唆している。ウクライナをめぐる危機は、まだまだ煽られ、利用される事態が継続しているのである。

<<ほくほくの軍需独占企業>>
このようなバイデン政権の緊張激化・戦争挑発政策に最も期待を寄せ、利益を見出しているのが軍需独占企業であり、エネルギー独占資本であろう。すでに米石油独占資本は、バイデン政権のウクライナ危機激化政策に便乗して、石油・ガス価格を高騰させ、大挙して欧州諸国へガス輸出船団を差し向けている。とりわけドイツにロシア産より高価な米国産天然ガスを売り込み、あわよくばドイツに直結するロシア産ガスパイプライン・ノルドストリーム2を停止、ないしは破壊をさえ期待しているのである。
1/25、米軍需独占企業・レイセオン・テクノロジーズCEOのグレッグ・ヘイズ氏がCNBCの「Squawk on the Street」に出演、同社の最新の第4四半期業績報告について説明したなかで、ロシア・ウクライナ情勢について語り、米国の同盟

国を武装させる上で同社が果たすことができる役割を自慢し、「ミサイルシステムや役立つ可能性のあるいくつかの防御兵器システムを提供できます。」と述べ、「東ヨーロッパの緊張、南シナ海の緊張、これらすべてが、防衛費増大の圧力を強め、私たちはそれからいくらかの利益が得られることを完全に期待しています」と言い放っている。
1/25に発表されたレイセオン・テクノロジーズ(RTX)2021年第4四半期決算説明会議事録で、同氏は「当社は今期も堅調な業績を上げ、通期ではトップラインとボトムラインの両方が成長し、50億ドルのフリーキャッシュフローを達成しました。これは、2020年の実績の2倍以上です。」「また、世界的な脅威の高まりを受け、当社の製品およびサービスに対する国際的な需要は引き続き旺盛です。航空宇宙・防衛分野への注力と1,560億ドルの受注残は、2022年以降も事業を成長させることができると確信しています。」「防衛関連の受注残は630億ドル超と引き続き堅調で、IRSとRMDの受注残高はいずれも1.0をわずかに上回る水準で1年を終えました。年初の大型受注に加え、第4四半期には13億ドル超の機密案件、IRSの6億7000万ドル超の電子光学赤外線案件、RMDの7億3000万ドル超の標準ミサイル2量産案件など、注目すべき受注がありました。」、「中東であれアジア太平洋地域であれ、敵対関係が発生した場合、すぐにその恩恵にあずかれるわけではありません。しかし、2022年以降になれば、国際防衛費は回復し、帳簿価額も倍以上になると期待しています。」と、実に露骨である。

同じく、軍需独占企業のロッキード・マーティンの会長兼社長兼最高経営責任者であるジム・テイクレートは、1/25の 決算発表で、「北朝鮮、イラン、そしてイエメンや他の場所、特に今日のロシア、そして中国を含むいくつかの国が取っている脅威レベルとアプローチを見ると、会社にとってより多くのビジネスの前兆となっており、私たちは傍観せず、それに対応できる必要があります。」と述べ、「アラバマ州コートランドに、ミサイル・射撃統制と宇宙極超音速プログラムの両方をサポートするインテリジェントな先進極超音速攻撃機生産施設をオープンさせました。」と報告、さらに「国防総省の予算について簡単に触れます。今期、米国議会は2022会計年度国防権限法を上下両院の強力な超党派の支持を得て可決しました。その後、NDAA政策法案はバイデン大統領によって署名され、成立しました。この法案では、国防省の防衛プログラムに250億ドルの増額を認め、合計約7,400億ドルとなり、投資勘定は大統領の当初の要求額より約8%引き上げられました。」「ロッキード・マーチンとして、今後の事業の成長を促進し、21世紀のデジタル世界の技術を国防事業に取り入れるという当社のビジョンを推進していくことができると確信しています。」「この国防権限法(NDAA)で議会が発表した内容は、本当に心強いものでした。ブラックホークを9機、CH-53Kを2機、C-130Jを4機、そしてTHAAD迎撃ミサイルを12機追加しました。さらに、戦術ミサイルや打撃ミサイルのプログラムへの資金援助も増えました。このように、NDAAの影響は文字通り全社に及んでいます。2022年9月31日までに、継続審議が解決されることを想定しています。NDAAの影響と、それに伴う国防予算の計上を期待し、将来の収益のパイプラインを構築することになります。」と、実に意気盛んである。

ジェネラルダイナミクスも1/26の決算発表で、「ウクライナとロシアで起こっていることはすべて見出しになっています」「戦闘車両に対する東ヨーロッパの需要は高いレベルにある」ことを認めている。

ボーイングも、1/26の決算発表で、副社長兼最高財務責任者のブライアン・ウェストは、高水準の軍事費に対する共和党と民主党の両方の支援が会社の利益に役立っていると述べ、「防衛および宇宙市場では、安定した需要が見られます」、「私たちは引き続き米国の連邦予算プロセスを監視しており、ボーイングの製品やサービスを含む国家安全保障に対する強力な超党派の支持を確認しています。世界的な脅威を考えると、ボーイングの製品やサービスを含む国家安全保障に対して、超党派で強い支持を集めていることが確認されています。」と胸を張っている。
いずれもバイデン政権さまさまである。石油独占体と軍需独占体からバイデン政権が強力な支援がなされるゆえんでもあろう。

しかし、1/28に発表された新しい世論調査の結果によると、大多数のアメリカ人は、バイデン政権がウクライナ危機の外交的解決に向けてロシアと協力し、破滅的な戦争を回避することを望んでいることが明らかになっている。全体の58%が「ウクライナに関する戦争を回避するためのロシアとの取引」を「多少」または「強く」支持しており、民主党支持者では71%が支持し、無党派層では51%、共和党では46%が外交的解決を支持している。

バイデン政権は、インフレが40年ぶりの高水準にあること、バブル経済がいよいよ破綻しかかっていること、パンデミック危機がトランプ前政権よりも悪化していること、政権支持率がどんどん低下してきていること、等々、自らが招いた政治的経済的危機を、対ロシア、対中国の緊張激化・戦争挑発政策で目先を変えさせようとしているが、事態は一層悪化するばかりである。緊張緩和・平和的外交政策に全面転換しない限りは、この危機から脱出することは不可能である。
(生駒 敬)

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【投稿】投機的バブル崩壊への序曲--経済危機論(72)

<<ドットコム・バブル崩壊のアラーム?>>
1/17~21の6日間、ニューヨーク株式市場は続落の事態に直面した。いよいよ異常な事態・バブル崩壊への序曲が始まったのであろうか。
ニューヨーク市場と連動して、日本の日経平均株価指数も2.1%下落(前年比4.4%下落)。フランス・CAC40は1.0%下落(同1.2%下落)。ドイツ・DAX株式指数は1.8%下落(1.8%下落)。スペイン・BEX35株式指数、1.3%下落(0.2%下落)。イタリア・FTSEMIB指数は1.8%下落(1.0%下落)。韓国・Kospi指数は3.0%下落(4.8%下落)。インド・センセックス株式指数は3.6%下落(1.3%上昇)、等々。
週末1/21のニューヨーク株式市場では、米ハイテク大手の決算発表や超金融緩和の出口を探る米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策発表を翌週に控えて警戒感がこれまでになく強まり、株価は6営業日、連日の続落を記録したのである。

ナスダック100の下落が止まらない ドットコム崩壊の警鐘

優良株で構成するダウ工業株30種平均は前日終値比450.02ドル安の3万4265.37ドルと、約1カ月半ぶりの安値で終了。下落幅は6営業日で、計2000ドルを超える異常な事態の展開である。
とりわけハイテク株の売りが止まらず、ハイテク株の比重が高いナスダック100種指数が大きく下げ、4日間で、2020年3月以来最悪の週となり、7.5%下落し、13,768と4週連続の下落を記録。これで11月の終値の高値から14.3%下落したことになる。ナスダック100指数の月間下落率は、2008年の金融危機以降で最大となるペースであった。S&P500も2020年3月以降で最悪の週を記録し、5.7%下落の4,398となり、3週連続の下落となった。1月3日の終値の高値から8.3%下落である。
時価総額では、アップル【AAPL】、アマゾン【AMZN】、メタ【FB】、アルファベット【GOOG】、マイクロソフト【MSFT】、Nvidia【NVDA】、テスラ【TSLA】のハイテク7巨大企業は、1月3日をピークに、それ以降の13取引日で13.4%も急落している。1.6兆ドルの額面上の価値が消失したのである。フェイスブックの親会社メタ・プラットフォームズと、アマゾン・ドット・コムの株価は上場来の高値から、一転して20%以上の下落である。このところ急成長してきたネットフリックスも20%を超える値下がりである。

<<まだまだほんの序曲>>
もちろん、これらドットコムバブルに豊富な資金を提供し、マネーゲームを煽ってきた金融大独占資本の株価指数も暗転しだしている。同じこの週、銀行指数は10.0%下落し、ナスダック100よりも大きな損失となり(7.5%下落)、ゴールドマンサックスは9.7%、JPモルガンは8.1%、バンクオブアメリカは6.2%、シティグループは5.5%も下落している。個人投資家をマネーゲームに引き込んできたロビンフッドは14.3%、ウィズダムツリーは9.7%、インタラクティブブローカーは7.3%、チャールズシュワブは6.6%も沈没している。

実体経済とかけ離れた前例のない投機とレバレッジ、問題のあるデリバティブ、ETF時限爆弾、無数の脆弱な市場バブルなど、今日の脆弱な金融市場構造がいよいよ崩壊の危機に瀕しているのだとも言えよう。
しかし、これらはまだまだ序曲にしかすぎない。投機経済がノーマルであるかのような金融バブルの暴騰の集積と比較すると、十数パーセントの下落ではこれはまだほんの始まりである。
FRBが量的緩和(QE)によって途方もない投機経済を煽り、株価暴騰をを作り上げ、その責任も問われぬままに、インフレ懸念から一転して今度は量的引き締め(QT)を発動だと、政策転換に取り掛かり始めたにすぎない段階なのである。金融引き締め・金利引き上げが開始されるのは3月以降である。姿勢転換だけで、乱高下が常態化し、脆弱な金融投機経済の一端が露呈し始めたのである。本当の暴落はこれからなのである。
FRBがこれまで超金融緩和によって、地方債市場、プライマリーディーラー、マネーマーケット投資信託、REPO市場、国際SWAPライン、ETF市場、一次および二次企業債務市場、コマーシャルペーパー市場に供してきた投機資金はもちろん、よりすそ野の広い住宅ローン、学生ローン、自動車ローン、クレジットカード

緊迫する米上院司法委員会の独占禁止法の抜本的法案の審議

ローンの暗黙の支援も近々に終止符が打たれるか、高金利で破綻するかの岐路に立たされるであろう。
問題は、「ドットコムバブル」へのアラームというようなレベルではなく、米中央銀行・FRBを頂点とした金融資本主義体制そのものの、システミックリスクへのアラーム、警鐘だと言えよう。実体経済に軸足を置いた政策転換に踏み切らない限りは、FRBの今後の利上げサイクルそのものが踏み出すことさえできず、踏み出せば制御不能になる事態さえ想定されよう。
投機経済に終止符を打ち、金融独占資本主義を解体・分割・規制する反独占政策、実体経済を回復させるニューディール政策こそが問われているのである。
1/20、米上院司法委員会は、Google、Apple、Amazonといった巨大企業を対象とした反トラスト法を承認、巨大独占企業の激しいロビー活動にもかかわらず、16対6の圧倒的多数で司法委員会を通過させている。バイデン政権はあいまいな態度をとっているが、この動きは、反独占運動にとって、前向きな一歩であることは間違いない。
バイデン政権の対中国、対ロシアの緊張激化政策は、こうした直面する最大かつ最重要な課題から目をそらし、逃避するものと言えよう。バブル崩壊を目前に控え、緊急に要請されている、こうした反独占政策、ニューディール政策にあいまいな態度をとり、躊躇している限り、バイデン政権はFRBともども迷走せざるを得ないであろう。
(生駒 敬)

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【投稿】カザフスタン「カラー革命」の敗北

【投稿】カザフスタン「カラー革命」の敗北

                            福井 杉本達也

1 米英+トルコ?の干渉で始められた「カラー革命」

カザフスタンでは1月2日より液化石油ガスの価格の急騰をめぐって抗議の波が国を席巻し、警察と衝突し、トカエフ政権は首相を解任した。抗議行動は当初、西部で始まったが、5日には全国でエスカレート、抗議行動はますます暴力化し、4日の夜にはカザフ最大の都市アルマトイとマンギスタウ地域で非常事態と夜間外出禁止令を宣言された。アルマトイの市長舎が襲撃され、タルディコルガンでナザルバエフ前大統領の記念碑が破壊された。アルマトイの彼の前住宅は占拠された。全土でインターネット接続を停止した。アクタウでは、国家警備隊員の一部が抗議行動参加者に加わった。ATMは停止した。アルマトイの国際空港は事実上、反政府派に占拠された。

2 CSTOの迅速な対応による「カラー革命」の鎮圧

トカエフ大統領は暴動について、狙いは政権掌握のクーデターであり、行動は一つの司令塔により調整され、外国の「テロ集団」による外部の侵略行為であるとして、集団安全保障条約機構(CSTO)に派遣を要請した。6日の朝早くには、ロシア主導のCSTOは、秩序を維持するために平和維持部隊を派遣した。プーチンはこの出来事を2014年のウクライナの西側の支援を受けたメイダン・クーデターと比較し、内外両方の軍隊による政府打倒を目指した「ハイブリッド・テロ攻撃」であると断定した。

「トカエフ大統領が、暗号で『一つのセンター』に言及した際、高位の中央アジア機密情報情報提供者によれば、彼はアルマトイの南ビジネスハブに本拠地を置くこれまで『秘密の』アメリカートルコーイスラエルの軍-諜報機関指令室を言っていたのだ。この『センター』には、トルコによって西アジアで訓練されて、アルマトイに密かに送り込まれた破壊工作暴徒を調整する22人のアメリカ人、16人のトルコ人と6人のイスラエル人がいた。」(マスコミに載らない海外記事:2022.1.19)。作戦は、アルマトイ空港を占領して、外国から軍事補給を受け取るハブに変えるはずだったが、ロシア航空宇宙軍は、要請のあった6日には既に行動する準備ができており、電光石火の速さで空港を制圧し反乱を阻止した。

ところで、米軍はシリア・イラクからアルカイダやISの4000人の戦闘員をアフガンへ運び、また米軍やCIAの特殊部隊、1万6000名以上の「民間契約者」もアフガンから撤退せずに居座っている。その一部が、今回「トルクメニスタン国境近くで再編成されたISISだ。彼らの一部が適法にキルギスタンに輸送された。そこからビシュケクから国境を越え、アルマトイに現れるのは非常に容易だった。」(マスコミに載らない海外記事:同上)。

 

3 ナザルバエフ元大統領の完全な引退と暴動の原因

カザフは、1991年12月に崩壊したソ連邦から最後に分離した共和国である。ナザルバエフの下、対外政策は「多ベクトル」であり、欧州とアジア間の“橋”として自身を米欧に「身売り」することであった。ロシアとカザフは大規模な軍事的-技術的絆を持ち、バイコヌール宇宙基地で戦略的協力を行っている。ロシア語は国民の51%が話す公用語であり、少なくとも350万人のロシア人がカザフで暮らしている。ナザルバエフは、2019年に辞任するまで30年近くカザフの大統領を務め、トカエフに交代した。実際には、トカエフとナザルバエフがカザフを率いた移行期間が進行中で、競合する政策は、前大統領と現大統領の間の権力闘争の中で表面化した。CSTO派遣後、ナザルバエフは1月18日、ビデオメッセージで完全に政界を引退すると演説した(日経:2022.1.19)。

昨年12月、ハラルド・プロジャンスキは、カザフはエネルギーの輸出国だが、その利益は、カザフの国家資本主義の高級官僚に搾取されている。カザフの国家と経済の劣化しており、生活水準は低下し、西側諸国の反ロシア制裁政策の影響も受けてトランジット貿易国としてのカザフは経済的、社会的に衰退し、さらに、石油・ガス価格の下落で、年間成長率は2012年の8%から2018年には4.1%に低下した。そこで、カザフの民族主義者は、民衆の不満の高まりを取り込もうとしている。カザフの民主選挙の党首の一人、ガリムシャン・シャカキヤノフは2012年に米国に移住した。党首のルリャゾフはフランスに移住した。2021年3月8日、メッセンジャーサービスとソーシャルネットワークを通じて組織された部隊は、カザフの首都で約2,000人から3,000人の参加者を動員した暴動のテストを行った。カザフでの反ロシアクーデターの候補者の米国による役の振り付けが始まっている。(日刊紙『ダイ・ユンゲ・ウェルト』(独語訳)2021.12.4)と書いている。

 

4 「一帯一路」と資源国カザフスタン

今回、中国はいち早くトカエフ大統領への支持を表明した。習近平主席は7日、「中国は、カザフで故意に不安と『カラー革命』を扇動する外力に断固として反対する。」とのメッセージを表明した(Sputnik 2022.1.8)。なぜ、中国が今回、いち早く行動したかといえば、まず、テュルク系諸民族に対する対応である。テュルク系諸民族は中央アジアに広く分布し、言語的、文化的、歴史的な共通性を持っている。ソ連邦の崩壊後、中央アジア諸国が独立すると、トルコは積極的な経済援助を実施した。また、アゼルバイジャンやトルクメニスタン、ウズベキスタン、タタールスタンでは、従来、キリル文字を使用していたが、ラテン文字の正書法が制定されるなど、テュルク系諸民族の一体性が強調される動きが見られる(Wikipedia)。このテュルク系諸民族の1つが中国のウイグル族である。

また、中国は欧州と結ぶ「一帯一路」重要拠点としてカザフを位置づける。アルマトイから東へ車で4時間のホルゴスには2015年にカザフ国鉄が中国国境に開いた「陸の港」と呼ばれる物流基地がある(日経:2017.10.6)。カザフは、中国にとって、西側フロンティアに位置し、ヨーロッパと中国自身のエネルギー安全保障につながる「一帯一路」イニシアチブの重要な部分であり、戦略的に重要な地域となっている(RT:2022.1.10)。

 

5 ビットコインの一大採掘国

昨年12月1日付けの日経は「カザフスタンで暗号資産(仮想通貨)のマイニング(採掘)が急増し、電力不足が深刻になってきた。中国で採掘を禁止された会社が相次ぎ流入しているためで、電力消費の世界シェアは前年の4倍に達した。」「カザフは石油や天然ガス、石炭に恵まれた資源大国だが、大量の電力を消費する仮想通貨の採掘が盛んになり、電方需給が急速に引き締まっている。」「採掘拡大で電力の需要が急増して供給とのバランスが崩れ、2021年10月には3つの発電所が緊急停止した。」と報じた。2021年の電力の伸びは8%であり、原発10~12基分に相当する。また、2022年1月6日付けのロイターは「昨年8月時点のビットコインの採掘速度(1秒当たりの計算力)で、カザフは全世界の採掘能力の18%を占めるに至っていた。中国が採掘の取り締まりに着手する 前の昨年4月はわずか8%だった。」、とし、カザフはわずか数か月でいきなり、米国に次ぐ世界第2位の採掘国に躍り出た。カザフ政府は採掘業者が国内の電力の8%を消費しているとしている。いかにカザフに仮想通貨のマイニングが集中して電力不足におちいったかが分かる。カザフの電力の7割は老朽化した石炭火力であるが、「石炭が豊富な北部から電力不足が続く南部への送電網が弱い」と指摘されている。今回の暴動はこうした急激な電力不足に、自動車の移動に依存する生活で、燃料の液化石油ガス(LPG)価格の値上げが重なった。

資源エネルギー大国のカザフであるが、その資源の多くは米欧系企業に握られている。「カザフ当局によると、2005年以降の米国勢による対カザフ投資は450億ドル(約5兆1300億円)を超えた。石油大手シェブロンやエクソンモービル、化学メーカーのダウ、デュポンといった米企業およそ600社が現地で事業を展開している。」(WSJ:2022.1.14)。

大黒岳彦は2017年時点において「ビットコインという疑似“貴金属”の採掘に専ら従事する『採掘者』と、単なるピットコイン『利用者』との役割の分化と固定化が生している。“採掘”に参加するには、もはや普通のパソコンを所有しているだけでは事実上無理で、『PoW』用に設計された ASIC(特定用途向けチップ)を搭載した高性能ワークステーションがなければ到底先行者たちには太刀打ち不可能である。莫大な電力も消費するため“採掘”はいまや一つの産業と化しており、電力が安価な中国や北欧の大掛かりな専用プラントで実際の“採掘”作業は行なわれている」と書いているが(『現代思想』2017.2)、カザフはその貴重な資源を利用されて、今後5年間でわずか3億ドル(340億円)をマイニングで消費する電力に課税できるだけで(日経:2021.12.1)、そのほとんどの富を外国に持っていかれる。

「ピットコインの取得、所有、移転において匿名性が維持されることと、規制を無視した国境を越える送金が実行できてしまう」「 計算能力の大半は無駄に難しい数学問題を解くことに使われ、最も速く解けるパワーを持つ者の取引記録が正式のものとなり、報酬が得られる。これがピットコインのマイニング(採掘)であり、多大なエネルギーを消費する活動になっている。」と『大機小機』のコラムニスト「山河」氏は喝破している(日経:2021.7.30)。

今回のトカエフ大統領の要請によるCSTOの派遣と中国の支持はこうした米欧との力関係を大きく変えることとなろう。

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【投稿】コロナ禍、最悪のインフレへ--経済危機論(71)

<<1981年以来最悪>>
1/12に発表された昨年12月の米消費者物価指数(総合CPI)は、11月の前年同月比6.8%上昇からさらに加速し、7.0%上昇と、39年ぶりの高騰を記録した。 19ヶ月連続の上昇であり、変動が激しいとされる食料やエネルギーなどを取り除いたコアCPIでも1991年2月以来の高水準(前年比+5.5%と予想を上回る高水準)となり、1981年以来最悪である。最大の価格上昇はガソリンと灯

実質平均時給:9ヶ月連続で減少(前年比2.4%減)

油で、それぞれ年率50%と41%の上昇。中古車の価格が37%上昇、暖房や調理に使用される天然ガスは24%上昇と続く。食品価格では、牛肉と子牛肉が16%、鶏肉が10.4%、卵が11.1%、パンは11%、とまさに急騰である。サービスインフレは+3.7%と2007年1月以来の高水準、物品インフレは前年同月比10.7%と1975年5月以来の高水準である。
当然、実質賃金は減少し、実質平均時給が9ヶ月連続で減少、前年比2.4%減を記録している。
この「残酷なインフレレポート」と評される実態を和らげるために、バイデン政権広報は、「前月比では(0.8%から0.5%上昇へ)減速している」「インフレは緩和している」と言い訳をしたのであるが、その舌の根も乾かない、1/13に発表された物価指数は、2022年1月第1週は昨年12月最終週の2倍の速さで上昇し、商品価格は20.2%も上昇していることが明らかになっている。
昨年12月、バイデン大統領は、サプライチェーンの危機を打ち破ったと豪語し、インフレ懸念を打ち消したはずであったが、とんでもない。価格が上昇する一方で、スーパーの商品棚は驚くほどむき出しの空っぽの事態が急速に拡大しているのである。

1/10にはツィッターで、

#BareShelvesBiden  空っぽの棚バイデン

#BareShelvesBiden(棚が空っぽ・バイデン)というハッシュタグがトレンドになり、どんどん拡散する事態である。
もちろん、日本も含めたOECD先進国グループの消費者物価上昇率も、昨年11月に5.8%に達し、前年同月のわずか1.2%から上昇し、1996年5月以来の最高の上昇率となっている。
こうした事態の結果として、バイデン大統領の支持率は急速に下落してきており、キニピアック社の最新の世論調査で史上最低を記録、わずか33%、調査対象者の53%は不支持であった。「国の民主主義は崩壊の危機に瀕している」と考えている人々が58&にも達している。

<<問われる反独占政策>>
何が原因なのか? 最大の上昇となっている石油、ガ

バイデン氏の支持率は33%に急落、米国の民主主義が「崩壊の危機にある」と考える人が多数派に

ス、エネルギーのインフレは、資源豊富でだぶつきこそすれ、供給不足からではない。しかし、米国の石油独占資本は石油・ガス料金で29.6%もの値上げを実行している。つまりは、独占企業が、好機到来と、価格を吊り上げ続けているのである。米中央銀行にあたる米連邦準備制度理事会・FRBがインフレ懸念から2022年3月から、超金融緩和政策から引き

締め・金利引き上げ政策への転換を余儀なくされる、2022年だけで3~4回の金利引き上げが議論されている。もしこれが実行されれば、バブルが暗転し、大不況に突入することは必定である。そうした事態を見据え、CO2削減・環境保護に便乗、供給制限・供給不足を演出し、独占価格を吊り上げているのが実態である。
肉や食品の価格も上昇しているが、ここでも食肉生産、穀物・パンなど食品生産の独占企業主導による価格高騰が横行している。バイデン氏は「競争不足が原因だ、もっと競争をさせる」と言っているが、具体的には、補助金を与えるための口実に過ぎない。食品産業はすべて独占に近く、石油独占体に対するのと同様、独占価格にメスを入れ、分割・再編する反独占政策こそが提起されるべきなのである。

もう一つのインフレ高進の原因としてあげられるサプライチェーンの危機は、バイデン政権ならびにG7・先進諸国自身が招いたものでもある。大手製薬独占企業を擁護し、コロナワクチン特許権放棄を拒否してきたツケでもある。
1/14、フェデックス社は、オミクロン変異体の爆発的な急増により、スタッフ不足と航空機で輸送される貨物の遅延が発生していると警告している。
全世界にコロナ禍を蔓延させ、物流・運輸を混乱・麻痺させたばかりか、前トランプ政権の反中国・反ロシア政策をより一層危険な段階に推し進めたバイデン政権は、軍事的緊張激化を高め、対中国高関税を放置して物価を上昇させ、自らに跳ね返ってきているのである。
さらに決定的なのは、ゼロ金利で潤うバブルがもたらした投機経済が、石油・ガスのみならず、小麦や綿花、トウモロコシ、大豆、砂糖、ココアにまで投機筋がむらがり、価格を吊り上げてきたことである。もちろんここでは大手金融独占資本がふんだんに資金を供給し、利益をむさぼってきたのである。
こうして、2022年はインフレの高進に伴い、実体経済の収縮、そして金融市場の収縮の可能性、つまりは総体的な政治的経済的危機がより一層進行する可能性を高めていると言えよう。
しかし、いずれも、反中・反ロの緊張激化政策を緊張緩和政策に転換すること、そしてより根本的には反独占・ニューディール政策への抜本的な政策転換によって、インフレ抑制が可能であることを示している。
(生駒 敬)

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【投稿】南北戦争以来の大分裂に直面し、対外危機を煽るバイデン政権

【投稿】南北戦争以来の大分裂に直面し、対外危機を煽るバイデン政権

                              福井 杉本達也

1 米国の大分裂―ワシントン・ポストの世論調査

2021年1月6日の米連邦議会議事堂の占拠事件から1年、12月17,18日に実施されたワシントン・ポスト紙・メリランド大学世論調査(2022年1月2日アップトデー ト)では34%の人が政府に対する暴力を支持している。同調査によれば、「市民が政府に対し暴力を使用することは正当化できるか、決して正当化できないか」という質問に対し、「正当化できる」が34%、一方「決してできない」は62%であった。それが「いかなる時に正当化できるか」ということについては、「政府が市民の権利、自由を取り去り、市民に反対する時」が22%、「政府が最早民主的でなく、独裁的でクーデターを行った時」が15%であった。また、「バイデン大統領は合法的に選出されたか」という質問では、「合法的」が69%、「合法的でない」が29%。さらに2020年の「大統領選挙において広範な欺瞞行為 fraud に確実な証拠 solid evidence があると思うか」については「確実にある」が30%、「ない」が68%となっており(孫崎享作成資料:2022.1.3)、調査では連邦議事堂事件に関する完全な二極化が示された。調査したアマースト教授は、「正反対の現実に住んでいる共和党員と民主党員」を示していると嘆いた。

 

2 国内の大分断を対外危機を煽って乗り切ろうとするバイデン

南北戦争以来と言われる国内の大分断の中、支持率の低迷に喘ぐバイデン大統領をはウクライナや台湾危機を煽り、再び、「9.11」や「トンキン湾事件」のように海外に『敵』を作って乗り切ろうと画策している。連邦議事堂事件では725人以上が訴追されたが、大多数は選挙不正があったとするトランプ前大統領らの主張を信じた「どこにでもいる米国人」(米メディア)だったとされる(福井=共同:2022.1.8)。バイデン氏は事件1周年の演説において、トランプ氏を「うその網を張り巡らせた」と批判、「選挙結果が不正確だとの証拠はゼロだ」とし、「米史上初めて大統領が敗北後に平和的な権力移行を限止しようとした」と糾弾し、「米国の民主主義の喉元に短剣を突き付けた」と非難した(福井=共同:同上)。

しかし、「公正な選挙」を巡る民主党と共和党の見解は真っ向から対立する。テキサスやジョージアなど共和党優勢の州は郵便投票での身分証明替の提示義務化など投票機会を狭める法改正を進める(日経:2022.1.7)。孫崎享氏も1月8日の「孫崎享チャンネル」において、米の大統領選挙における郵便投票の方法にについて疑問を投げかけている。トランプ氏は1月4日の声明で、議会下院特別委員会は、なぜ「大統領選の不正行為を調査の主要テーマにしないのか。これは世紀の犯罪だった」と唱えている(日経:同上)。

ブリッジウオーター・アソシエーツの創業者ダリオ氏は、基軸通貨であるドルの購買力が低下し、米国の国力は弱体化しており、「パンデミックや洪水、干ばつといった自然災害も相次ぎ、米国の国政へのリスクが拡大している。国内の秩序を保つシステムもうまく機能していない。歴史をふりかえるとこうした問題に直面する国家は内戦や戦争に突入するのが常だ。」と警告している(孫崎享:2022.1.9)。米国は、台湾海峡での危機を煽り、米英豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」での原子力潜水艦配備計画を明らかにし、対中強硬姿勢を強めている。既に米原潜「コネティカット」が2021年10月7日に対中国潜水艦作戦中、南シナ海で中国の無人潜水艦と衝突し?大損害を出したとの報告もある(CRI時

評:2021.11.7)。また、この危険な安保の枠組みに日本を組み入れようとする米軍産複合体は、岸田首相に「敵基地攻撃論」を吹き込み、日豪共同訓練協定の締結させ、安倍元首相らは「台湾有事論」を振り回している。一方、NATOと共にウクライナ東部やベラルーシ・ポーランド国境に軍事力を集めロシアと一触即発の危機を作り出そうとしている。こうした海外に『敵』を求めるバイデン政権の動きはあまりにも冒険主義であり、米金融資本内部にも異論がある。中ロとの差し迫った緊張を緩和しようと、1月3日、米ロ中英仏の核保有大国5か国は、「我々は、核戦争に勝者はおらず、核戦争をしてはならないということを表明する。核兵器の使用が計り知れない影響をもたらすことを鑑み、我々はまた、核兵器が存在し続ける限り、防衛や侵略抑止、戦争防止の目的に資するべきであることを表明する。」との声明を発表した。

 

3 ネットを検閲するツイッターやメタ(フェイスブック)

ツイッターは、新型コロナウイルスの誤情報の拡散に関する規約に繰り返し違反したとして、米南部ジョージア州選出の共和党のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員の個人アカウントを永久停止した。既に、ツイッターは連邦議事堂事件で、暴動を扇動したとして、事件直後にトランプ氏のツイッターを永久追放している(日経:2022.1.4)。8800万人のフォロワーがいた現職大統領のアカウント停止は情報・金融資本によるクーデター以外の何ものでもない。また、「リチャード・メドハーストは、Instagramが彼のアカウントから約20の画像を削除し、もし彼が類似の投稿をし続ければ、恒久的禁止に直面すると警告したと報じている。問題の投稿はメドハーストがトランプ政権による有名なイラン軍指導者ガーセム・ソレイマーニー暗殺二周年を記念するために作った Twitterスレッドのスクリーンショットだ」と報じている(『マスコミに載らない海外記事』2022.1.7)。

ケイトリン・ジョンストンによれば「実際は今まで誰も『Covid誤報』かどでは禁止されていない。それは現在の口実に過ぎない。以前は、国会議事堂暴動の結果で、その前は、選挙安全管理、ロシアのニセ情報、外国による影響作戦、フェイクニュースなどだった。実際、インターネット検閲を当たり前のことにする背後にある本当の狙いは、インターネット検閲自体を当たり前のことにすることだ。それが、実に多くの人々が追放されている本当の理由だ」。「2016年のトランプ当選は、現状維持政治の失敗ではなく、世界で何が起きているかに関して支配権力機構の思惑と完全に一致する、主要言説を支配する情報管理の失敗だった」と断定した。グレン・グリーンワールドは「選挙で選ばれたわけではないハイテク・オリガルヒが、正当に選挙で選ばれた連邦議会議員や、現職大統領さえ、彼らの巨大プラットホームを使えないようにするのはディストピアだ」と述べている。ツイッターやフェイスブックなどのハイテク・オリガルヒの代弁者:元FBI職員クリント・ワッツは「情報反乱を鎮圧するために我々全員今行動しなくてはならない」、真実情報の集中砲火がソーシャル・メディア・ユーザーに着弾するのを防ぐには、「配布するメディアを沈黙させることだ。銃を沈黙させれば、一斉射撃は終わる」と断言した。米南部:フロリダ州は2021年5月、州議会候補者らのアカウントを、SNS 運営企業が永久凍結した場合に罰金を科す新法を制定した(日経:同上)。「巨大プラットホームが、地球上最も強力な政府の意思と完全に提携して、言論を検閲している」。「政府に結びついた独占的技術プラットホームが世界的言説を支配する危険は、人々が、たまたま、どんな瞬間に嫌いかもしれない、いかなる意見の危険より遙かに大きい。」とケイトリン・ジョンストンは警告する(『マスコミ載らない海外記事』:2022.1.9」。

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【投稿】50年までに排出ゼロ―「脱炭素」という大嘘で原発の復活図る欧州

【投稿】50年までに排出ゼロ―「脱炭素」という大嘘で原発の復活図る欧州

福井 杉本達也

1 欧州の「脱炭素」は原発を復活させる強欲資本主義の詐欺

EUは1月1日、「原子力と天然ガスを脱炭素に貢献するエネルギーと位置づける」方針を発表した。「EUタクソノミー」 は事業が持続可能かを分類する制度であり、「2050年までに域内の温暖化ガスの排出を実質ゼロにする」との目標に貢献する経済活動かどうかを示し、民間マネーを呼び込み排出削減目標の達成を後押するという触れ込みである(日経:2022.1.3)。天然ガスや原油など燃料価格が暴騰する中、声明では原発をグリーンな投資先に認定することで「石炭など有害なエネルギー源の段階的な廃止を加速させ、より低炭素で環境に優しいエネルギーミックス(電源構成)に移行できる」と説明した(福井:2022.1.3)。

EUの「欧州委員会」は昨年7月、気候変動対策として2035年までにEU域内の新車供給は温室効果ガスを排出しない「ゼロエミッション車」に限定するという厳しい方針を決定。つまり、2035年にはガソリン車もハイブリッド車も原則として販売禁止になる。新車販売できるのはEVとFCVだけになる。問題は、EVを走らせるには電力が必要ということである。その電力はどう作られるのか。トヨタの豊田章男社長は現在のガソリン車などの内燃機関を全てEVにしたら、日本国内でも100万KW級原発で10基分、50万KW級石炭火力なら20基が必要だと試算している。

12月20日付けの福井新聞のコラム『越山若水』では「気になるのが雪道の大変さ。これを思うと電気自動車(EV)普及一辺倒の風潮に異論を唱えたくなる。昨冬のような大雪時、充電後の動ける時間を考えればEVは厳しいのではないか。 仮に大雪の中で走り回る車がすべてEVだと想像してみる。大規模な立ち往生で電力が失われるのを防ぐため、高速道路や主要国道には細かな間隔でおびただしい充電設備が必要になるだろう」と書いている。

原発は核燃料を燃やせば、放射性廃棄物の“核のゴミ”の行き場がない。さらに、ひとたび事故を起こせば、放射能に汚染され人が住めなくなる広大な土地が発生し、廃炉費用や賠償費用など天文学的なコストが発生する。どこが持続可能なのか。環境破壊の恐れが大きく原発にさらに投資を呼び込もうとする強欲資本主義には呆れる。

2 “グリーン”?水素やアンモニアは化石燃料の代替とはならない

欧州企業が南米やアフリカで再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」の製造に動き始めた。太陽光・風力発電の適地が大きく、製造コストが低い。チリでは北部では太陽光が南部では風力発電の適地が多く、独シーメンスなどの大手企業が、これらの地域で「グリーン水素」や「グリーンアンモニア」製造プラントを建設し、世界中に輸出する計画だという。現在、世界で流通する水素は化石燃料である天然ガスを分解した「グレー水素」はほとんどであるが、「グリーン水素」は再生エネルギーで生み出した電気で水を電気分解し、水素と酸素に還元することで生産するものである(日経:2021.12.14)。また、アンモニアは水素に窒素を反応させて生産するもので、水素に比べて貯蔵や運搬などの取り扱いが容易で、すでに流通システムも整っていることから、水素と同様に直接、火力発電所の燃料として使える。それ以外にも、肥料や尿素のほか、さまざまな化学材料の原料、NOxなどの脱硝材料、さらには半導体の窒化膜生成にも使われている。こうした用途の広さがアンモニアに強みである。しかし、強い毒性がある。

電力は化石燃料を燃やして、あるいは風力・太陽光などの自然エネルギーから作られる二次エネルギーであり、これを用いて水を電気分解して作る水素は「三次」エネルギーになる。一次エネルギーから二次エネルギー、二次から三次と作る過程で必ず目減りし、元の電力より高くなり、電力を直接使う方が合理的である。水素を原料とした燃料を燃やすことは、エネルギー損失が大きく、ばかばかしい方法といえる。さらに、アンモニアを燃やせば、厄介な窒素酸化物(NOx)が発生する。NOxは酸性雨、オゾン層破壊、光化学スモッグ、PM2.5などの原因物質である。また、水素には水素脆化という問題もある。鉄鋼などの金属の中に水素分子が入り込み金属を弱くする性質があり、非常に扱いにくい。水素の高圧タンクなどを破壊する恐れがある。

3 化石燃料から発生するCO2を貯留する(CCS)という大嘘

萩生田光一経済産業相は1月7日、日本経済新聞とのインタビューの中で、石炭や天然ガス火力発電所から出る二酸化炭素(C02)を回収して地下に埋める技術(CCS(Carbon Capture and Storage))について「2030年までの導入に取り組む」と述べた。CCSも「脱炭素の切り札」ともてはやされている。天然ガスを分解して水素を取り出すときにCO2が発生すると「脱炭素社会」の構築には役立たないということで、発生したCO2を回収・圧縮して海底や地中深く埋めてしまうを適用することになっているが、CCS にはコストがかかり、エネルギーを浪費し、さらにCO2排出が増える。本末転倒の極みである。「脱炭素」は詐欺で満ち満ちている。真実などどこにもない。「環境」を旗印に掲げながら、世の中がどうなってもよい。儲かればよいという強欲の詐欺師どもが跋扈する世界である。

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【投稿】オミクロン“ツナミ”:G7・製薬独占の破綻--経済危機論(70)

<<WHO「医療システムが崩壊寸前」>>
12/29、WHO(世界保健機関)は「新型コロナウイルス感染症のデルタ・オミクロン株の急増により、医療システムが崩壊寸前だ」と警告している。テドロスWHO事務局長は「デルタ株とオミクロン株という脅威により感染者数が記録的に増加し、入院率と致死率も上昇している」、「感染力が非常に高いオミクロン株とデルタ株が同時に拡散し、“ツナミ”のように感染者数が急増している」とし、「これが、疲れきった医療陣にかなりの圧迫を加え、医療システムを崩壊寸前にまで追いやっている」と悲痛な警告を発している。
テドロス氏は、オミクロンの「津波」の中でワクチン・アパルトヘイトを「道徳的恥辱」だと批判し、「今こそ、目先のナショナリズムを乗り越え、世界的なワクチンの不公平を解消し、将来の変異体から国民と経済を守る時です」と訴えている。

テドロス氏「“ツナミ”のように感染者数が急増している」

WHOを無力化させる「目先のナショナリズム」への批判でもある。
世界の感染者数は実に1日当たり144万件を上回り、これまでの記録を大幅に更新し、オミクロン株が、世界的に感染の中心になりつつある。7日間移動平均は12月27日に約84万1000件と、オミクロン株がアフリカ南部で最初に確認された1カ月前から49%も増加しているのである。新型コロナウイルスによるパンデミックは、新たな、危険で深刻な段階を迎えていると言えよう。
特許権放棄を拒否する製薬独占企業、その強欲を野放しにし、弁護しているG7先進国政権、彼らが生み出したワクチンのアパルトヘイトによって、ファイザー社、モデナ社、ビオンテック社だけでも、コロナワクチンで毎秒1,000ドルもの超過利益を上げ続けている一方、先進諸国は約束した18億人分のワクチンのうち実際には14%しか供給していないばかりか、これらの製薬独占企業は依然として供給、流通、価格設定の条件を譲っていない。その当然の結果として、低所得国の人々の4%以下しかワクチンが接種できず、アフリカ諸国が自国の供給分を購入する場合でさえ、製薬企業はしばしば納入の約束をさえ守らず、変異ウイルスの最適な温床を作り出し、コロナウィルスの蔓延を助長し続け、少なくとも500万人がこのウイルスで死亡しているのが現実である。
そして、自らが作り出したともいえる変異ウイルスが、先進諸国に容赦なく逆上陸し、その悪行の当然の帰結として、自らの政治的経済的危機をより激化させているのである。
12/28、米疾病対策センター(CDC)は米国で27日に報告された新型コロナウイルス感染者が44万1278人だったと発表。1日あたりでは今年1月8日の29万4015人を上回り、過去最高。直近1週間の1日平均は約24万人で前週の約6割増しという非常事態である。
フランスでは1日あたりの感染者数が20万人を超え(20万8千人)、欧州では過去最悪を記録している。ベラン保健相は29日の国会で「オミクロンは波ではなく、大きなうねりと呼ぶべきだ。ここ数日の数字を見れば、地滑りだ」、「めまいがする、1秒に2人が陽性になっている」と語る事態である。
イタリアも29日に新規感染者数が約9万8千人に達し、過去最悪を更新。英BBC放送は「欧州の新規感染者数としては過去最高」と伝え、イギリスも12万9471人と過去最多、ポルトガルも過去最高の約1万7000人の感染が判明している。12/29、デンマークで、22,023、アイルランドは16,428、スイスは16,760。ドイツでは、カール・ラウターバッハ保健大臣は、新たな感染は非常に過少報告されており、29日に報告された40,042件の2?3倍であり、28日に比べて45%増加していると述べる事態である。しかも特徴的なのは、これら諸国の感染者の入院の60%は、2回または3回のワクチン接種を受けた患者なのである。日本でもじわじわとオミクロンの脅威が差し迫っていると言えよう。

<<バイデン、ついに敗北を受け入れる ?>>
とりわけ米国の実態は深刻である。米国の1日の平均症例数は267,305に達し、コロナ感染の入院は急速に増加し、現在75,000人近くが病気の合併症で入院している。感染症例は5500万人に急速に近づいており、1,000人以上の子供を含む844,000人以上が死亡している。米国でオミクロンの最初の症例が検出された12月の初め以来、小児の症例が急増し、2021年12月2日までの週の132,000の感染から、2021年12月23日までの週の199,000まで、51%も増加している。小児入院がニューヨーク市で5倍に跳ね上がり、ワシントンDCで2倍と、爆発的な増加に直面している。ニューヨークの1日あたりの感染の7日間の平均は、12月1日の7,000から38,500を超える事態である。トランプ前政権時代よりもパンデミックをめぐるあらゆる症例は悪化しているのである。
ところがバイデン政権は、12/21になって、オミクロンの急増について「これがこれほど急速に広がるとは誰も予想していなかった」と責任を転嫁する路線を明瞭に打ち出した。(—ABCニュース(@ABC)2021年12月21日
とんでもないでたらめである。南アフリカで11/9に感染が確認され、11/24に報告され、WHOがオミクロン変異株について最初に警告したのが11月26日であった。11/26のニューヨーク株式市場がこの警告で激震に見舞われ、今年最悪・最大の下げ幅を記録、世界的に株安が連鎖したのはほんの1か月前である。すでに12月初めには米国でのオミクロン症例が確認されていたのである。一部の症例ではなく、12/21時点で新規の感染者の実に73%がオミクロン変異株によるものであったことも明らかにされており(APnews 12/21)、ここに至るまでにバイデン政権は、トップヘルスの専門家から何度も警告されていたのである。
さらにバイデン氏は、12/21の会見で「あなたがワクチン接種を受けているなら、あなたは正しいことをしました、あなたがそれらを計画したように休日を祝います。」と述べ、接種を受けていない人々を暗黙のうちに非難し、自らの政権の取り組み不足と無能さを棚に上げて、予防接種をするかどうかの個々の決定にすべての責任を負わせる個人責任路線を明瞭にしたのである。

2020年のジョーバイデン:「私はウイルスをシャットダウンするつもりです。」                                                                                                          今日のジョー・バイデン:COVID-19に対して「そう! 連邦政府の解決策はありません」

そうした流れの極めつけが、「連邦政府に解決策はありません」というバイデン氏の発言であった。12/27、バイデン大統領は、全米知事協会とのホワイトハウス・コロナウイルスブリーフィングで、オミクロン亜種に対する「連邦政府の解決策はない」と認め、コロナウイルスの大流行を終わらせる責任を州政府に負わせる発言をしたのであった。「いいか、連邦政府の解決策はないんだ。これは州レベルで解決されるのだ」と。(Biden:‘There is no federal solution’ to coronavirus pandemic Whitehousewire 2021/12/27
2020年の大統領選で勝利したバイデン氏は、「私はウイルスをシャットダウンするつもりです」と宣言していたのであるから、この発言は、バイデン氏の敗北宣言とも言えよう。

<<特許なしワクチン、開発される !>>
バイデン氏の発言があった同じ12/27、米テキサス州のテキサス小児病院、ヒューストン・ベイラー医科大学、インドの製薬会社のバイオロジカル・イー社が共同開発した未特許のCovid-19ワクチン・コバーバックス(Cobervax)が、インドの規制当局から緊急使用承認を受けたというニュースが流れ、翌12/28、テキサス子ども病院はその詳細を明らかにした。
テキサス子供病院によると、この新しいワクチンは、新しくて複雑な技術ではなく、すでに多くのメーカーが経験している旧式の組換え蛋白質技術を使用しており、3000人以上の被験者を対象とした2つの第Ⅲ相臨床試験を完了し、安全性、忍容性、免疫原性が確認され、SARS-CoV-2ウイルスに対して少なくとも90%、デルタ変異型に対しては80%以上の効果があるという。テキサス小児病院のチームを率いるピーター・ホテツ氏(Dr. Peter J. Hotez)はワシントンポスト紙に「我々は金儲けをしようとしているのではありません」、「我々は、人々が予防接種を受けるのを見たいだけなのです。」と語っている。

テキサスチーム・パテントフリーワクチン「金儲けのためじゃない。ただ、人々が予防接種を受けるのを見たいだけなのです。」

このワクチンは、特許で保護された大手製薬会社のワクチンに代わるオープンソースのワクチンであり、営利目的で製造されるのではなく、最終的には世界中で製造され、政府や民間の法的報復を受けることなく、すべての人が安価に入手できるようになる可能性を開いている。ホテツ氏は「このワクチンは世界中の現地で製造することができます。私たちは現在、インド、インドネシア、バングラデシュ、ボツワナの製造業者にテキサス子供ワクチンを技術移転しています」とツイート(12/27)している。
すでにインドの製薬会社は、約1億5000万回分のコバーバックスを配布する準備ができており、さらに3億回分をインド政府から事前注文されているという。同社は、国民の約40%しか予防接種を受けていないインドでより良いサービスを提供するために、毎月1億回分まで生産量を増やす計画である。
消費者擁護団体・パブリック・シティズン(Public Citizen)のディレクターであるメイバルダク氏(Peter Maybarduk)は、12/30、「テキサス小児病院の技術共有への取り組みは、製薬大手とワクチン生産と医療革新が秘密主義と独占権によって繁栄するという誤ったシナリオへの挑戦である 」、「テキサス小児病院が出来るのなら、なぜファイザーとモデルナが出来ないのか?」と問いかけている。
バイデン大統領の支持率が、もともと低いハリス副大統領の支持率をさえ下回り始め、コバーバックスのニュースと同時に、ファイザー、モデルナ、両社の株価が下落し始めたのは偶然ではないと言えよう。
(生駒 敬)

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【投稿】「北京五輪外交ボイコット」を煽り歴史修正主義に転落した日本共産党

【投稿】「北京五輪外交ボイコット」を煽り歴史修正主義に転落した日本共産党

福井 杉本達也

1 自民党保守派も顔負けの日本共産党の反中国プロパガンダ

毎日新聞によると、「共産党の志位和夫委員長は13日、来年の北京冬季五輪・パラリンピックに政府代表を派遣しない「外交的ボイコット」を日本政府に求める声明を発表した。中国による香港や新疆ウイグル自治区での人権侵害も厳しく批判し、自民党保守派も顔負けの強硬姿勢を見せた。」とし、「五輪開会式や閉会式に政府代表を派遣した場合、『人権抑圧の黙認となりかねない』と指摘。『日本政府は中国政府に対し、従来の及び腰の態度をあらため、人権侵害の是正と(人間の尊厳の保持などをうたった)五輪憲章の順守を正面から求めるべきだ』とも求めた。」と報道している(毎日:2021.12.14)。

一方、12月17日の参議院予算委員会では、維新の鈴木宗男氏が「黒人差別をしている米国が、人権を声高に言って良いのか。それぞれの国の歴史や文化、様々な積み重ねを踏まえ人権問題は議論すべき。北京五輪の外交ボイコットを言う人もいるが、日本は【大人の対応】をすべき。平和を目指す祭典に、日本は協力すべきである」と岸田首相に迫った。どちらがまともであるかは論を待たない。

 

2 南京大虐殺を否定した日本共産党

12月13日は1937年に日本軍が大量虐殺を行った南京大虐殺から84年目にあたる。南京市の大虐殺記念館では追悼式典が行われ、「演説した孫春蘭副首相は『日本の侵略戦争は中国人民に前代未聞の災難をもたらし、南京では30万の同胞が無残に殺りくされた』などと非難。日本が『正しい歴史認識』を持つことを前提に『新時代の要求に合った中日関係の構築に取り組んでいく』方針を示した」(時事:2021.12.14)。ところが、日本共産党は、わざわざこの日に合わせ、「五輪外交ボイコット」を打ち出したが、それは単に米の対中封じ込め政策に同調したというものではない。志位氏がこれまで何十年も赤旗など機関紙等で広報してきた12月13日という日を知らないはずはない。香港やウイグル問題をあえて持ち出すことによって、南京大虐殺の相対化=否定を狙ったものである。安倍晋三・高市早苗や日本会議同様の「南京大虐殺はなかった」、「南京大虐殺」というのは中国のプロパガンダであるという歴史修正主義の立場に明確に立ったということである。つまり、日本が侵略戦争を行ったという事実を否定するものである。

 

3 ウイグル問題とは何か

トランプ政権末期:米大統領選で勝利者が“確定”する前後の2020年11月7日、AFPは「金曜日、イスラム教徒が大多数の新彊地域で厳しい取り締まりを正当化するため常に中国に非難される正体不明の党派をテロ集団リストから削除したとアメリカは述べた。新しいアメリカ法律や告示を掲載する『連邦公報』で、マイク・ポンペオ国務長官は東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)の『テロ組織』指定を無効にしたと述べた。『10年以上、ETIMが存在し続けているという信頼できる証拠がないので、ETIMは、リストから削除された』と国務省報道官が述べた。」と報道した。しかし、これは全くのでたらめである。ETIMは、バス爆破、銃撃、自爆攻撃、ナイフ攻撃や他の形のテロを、20年以上にわたって実行している。2009年には、ETIMの主導で、ウイグル族と漢民族の間の緊張を高め、新疆ウイグル自治区の首都ウルムチで暴動が発生し、200人近くの人々(主に漢民族)が殺害された。2002年に国連によってテロ組織にリストされ、今日に至るまで、指名されたままである。 Wikipediaによれば、「東トルキスタン・イスラム運動(Eastern TurkistanIslamic Movement、略称ETIM)は、政党「トルキスタン・イスラム党(TIP)」を母体とする中華人民共和国からの東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)の分離独立を主張するイスラーム過激派組織である。」と書いている。米国は、対中国攻撃のために、依然活動中のテロ組織をリストから削除しただけである。むろん、ETIMを対中攻撃のために活用するということでもある。

自民党の佐藤正久外交部会長と国民民主党の玉木雄一郎代表は12月19日のフジテレビ「日曜報道 THE PRIME」(日曜午前7時30分)に出演し、政府が2022年2月の北京五輪・パラリンピックに政府関係者を派遣しない「外交的ボイコット」を表明するよう主張した。また、玉木氏は「今の中国の人権状況に対して、政府、国会が明確なメッセージを出していないことは問題」と指摘した。「人権」を旗印にしているが、二重基準の全くの米国追随である。20年も戦争し、銃弾や無人機で無垢のアフガン人民を大量虐殺し、惨めな撤退をした米国・NATO諸国の侵略行為こそ人権で批判してしかるべきである。

 

4 米欧軍産複合体の軍門に下った日本共産党

2019年11月、日本共産党は綱領を改定したが、『しんぶん赤旗』は「中国の国際政治における問題点を事実と道理にそくして踏み込んで明らかにしたうえで、『社会主義をめざす真剣な探究が開始』された国と判断する根拠がもはやなくなったとの改定の意義です。中国の大国主義・覇権主義的行動から生まれる社会主義のマイナスイメージで日本共産党前進の障害になっている事実に対し、一部改定案がこれらの誤解・偏見を解きほぐし、日本共産党の魅力を広げていくうえで大きな力を発揮することは間違いないと指摘。」したと解説した(2019.11.6)。

浅井基文氏は日本共産党の綱領改定・特に中国に関する部分において、「21世紀における日中関係の今後のあり方如何は国際関係全体を左右する重要な要素で あることを強調しておきます。その重要性を踏まえる者であるならば、今日の日中関係の現実が主に日本側(政府及び国民全体)の偏見に満ちた対中認識によって本来あるべき姿からかけ離れた状態にあることに深刻な問題意識を持つべきです。日本における対中認識を正すべく努力することは責任ある政党の最重要課題の一つであるべきです。…広範な連合政府樹立を唱道する日本共産党が中国に対する「むき出しの敵意」(としか私には受け止めら れない)をあらわにし、あまつさえ綱領改定の柱とすることには重大な問題があります。」(2019.11.10)と批判した。ウイグル問題・香港問題・チベット問題にしても、また台湾問題にしても中国の内政問題である。他国が「人権」を旗印にして強引に介入してはならない。

孫崎享氏も指摘するように、国連憲章第2条は「この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている」としている。1972年の日中共同声明では「 六 日本国政府及び中華人民共和国政府は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する」としている。12月18、19 日に実施した朝日新聞社の全国世論調査(電話)で、来年2 月の北京冬季五輪に、政府当局者を派遣しない「外交ボイコット」について、日本の対応を聞いたところ、外交ボイコットを「するべきだ」は35%で、「するべきではない」の43%が上回っている(2021.12.22)。「人権」を前面に出すことは、アフガンやイラク・シリアそしてリビア、さらには旧ユーゴスラビアへ介入し、爆弾を雨あられと降り注いだ米・NATOの大虐殺行為を正当化しようとする米欧軍産複合体のプロパガンダの一環である。

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【投稿】チリ:市場原理主義・新自由主義への葬送--経済危機論(69)

<<「チリを新自由主義の墓場に」>>
12/19、南米チリの大統領選で、共産党など左派政党連合の「尊厳承認」(Apruebo Dignidad)連合の候補者ガブリエル・ポリッチ(Gabriel Boric)氏が、極右のキリスト教社会戦線の保守派ホセ・アントニオ・カスト(José Antonio Kast)氏を11.5%、100万票以上の票差で破り、勝利した。教育改革を要求する元学生運動の指導者であるガブリエル・ボリック氏が大差で勝利し、35歳、世界で最も若い大統領の一人として、来年3月に就任することとなった。
敗北したカスト氏は、市場原理主義・新自由主義的な経済秩序の維持を公約し、1980年の軍事独裁政権・ピノチェト時代の憲法を賞賛し、ブラジルの極右大統領ジャイル・ボルソナロを敬愛することを公言し、選挙最終盤、ボリッチ氏を「共産主義者、全体主義者」と反共攻撃に徹するする作戦を強めたが、票差を一層広げることとなったのである。

「歴史的勝利!」「新自由主義を葬ろう!」12/19 チリ・サンティアゴで大統領選勝利を祝う民衆(CommonDreams December 19, 2021

対して、ボリッチ氏は選挙公約で、格差拡大の自由競争原理主義・新自由主義からの転換を掲げ、グリーン投資を強化することで気候変動と戦い、社会サービスへの国家支出の増加させ、企業や富裕層への累進課税、不十分な民間運営の年金制度を公的な代替制度に置き換える、社会的抗議活動への弾圧において重大な人権侵害を行った悪名高いカラビネロ警察の改革、チリにおける地方分権と福祉国家の実現、学生ローンの廃止、女性や先住民族、少数民族の地位向上を目的としたその他の改革を実施することを公約。「チリが新自由主義の発祥地であるならば、その墓場にもなるだろう」と訴えての勝利であった。
選挙結果発表後、数十万人のチリ人が首都サンティアゴの街頭に繰り出し、ボリッチ氏の勝利を祝うとともに、「新自由主義を葬ろう!」との声が繰り返し唱和された。群衆の歓呼の声に応えて、ボリッチ氏は、市民の圧倒的な支持と大勝利に感謝し、投票妨害のために公共交通機関が当日半減させられた事態に言及、「投票しようとしたのに、公共交通機関がないために投票できなかった人たちにも感謝する」と述べ、「こんなことは二度と起こさせない 」と強調。「私たちは、富裕層のための正義と貧困層のための正義が存在し続けることを知っており、貧困層がチリの不平等の代償を払い続けることをもはや許さない」と述べ、「民主主義に心を砕き、人々が必要とするものに日々対応する大統領になる」と決意を表明。

<<「ついにチリからピノチェトの亡霊が消えた」>>
12/20、プログレッシブ・インターナショナルはチリの歴史的な選挙に関する声明「新自由主義を葬り去り、世界を再構築する」を発表し、「ついに、チリからピノチェトの亡霊が消えた」と宣言した。
ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相を共同設立者とするこの組織・プログレは、チリの選挙を監視し、公正さを確保するために選挙監視団のメンバーを送り込み、代表団は首都サンティアゴで、労働者、活動家、憲法制定会議のメンバーと会談し、公正な選挙を守るために協力。選挙当日、サンティアゴと全国のバスが突然停電したため、有権者は自由で公正な投票という基本的権利を妨害する動きに対して、チリの人々が車やバン、オートバイを提供し、隣人が投票に行くのを支援。プログレッシブ・インターナショナル・キャビネットのメンバーであるレナータ・アビラ氏は、「チリの人々は、かつてないほどの投票を行った。彼らは憎しみを打ち負かすためだけでなく、ガブリエル・ボリッチと彼の背後にある多様な連合が導く新しい進歩的なビジ

ヤニス・バルファキス「ついに、チリからピノチェトの亡霊が取り除かれる。プログレッシブ・インターナショナルの仲間であるガブリエル・ボリッチ、おめでとう! チリで富の再分配のハードワークが今始まる」

ョンを支持するために動員されたのです。私たちは、民衆によって今書かれた未来を祝福します。私たちは、世界のすべての進歩的勢力に希望と可能性のメッセージをもたらす、新政府を支持します。」と語っている。

1973年9月11日の午前9時10分、チリで民主的に選出されたサルバドール・アジェンデ大統領に対して、アメリカがサポートし背後から操ったクーデーターでピノチェトが政権を強奪し、軍の攻撃で殺害される数時間前、アジェンデ大統領が語った最後の言葉、
「歴史的な転換期に立たされた私は、人民への忠誠を命に代えて償うつもりです。 そして、何千何万というチリ人の良心に植え付けた種は、永遠にしぼむことはないと確信していることを、私は人々に告げます。社会的プロセスは、犯罪によっても力によっても阻止することができない。 歴史は我々のものであり、人民が歴史を作るのです。」「私は、若者たちに、歌い、私たちに喜びと闘争心を与えてくれた人々に語りかけます。 私は、チリ人、労働者、農民、知識人、迫害されるであろう人々に語りかける。なぜなら、我々の国では、テロ攻撃、橋の爆破、鉄道線の切断、石油とガスのパイプラインの破壊など、行動する義務のあった人々の沈黙に直面して、ファシズムがすでに何時間も存在していたからである。歴史が彼らを裁くだろう。」
この言葉が今よみがえったのだと言えよう。

しかし、アメリカを中心とする大手金融資本や大独占企業は、当然のごとくチリ経済に対する攻撃に乗り出している。これに呼応して、チリの大手企業や富裕層は歴史的なペースで資金を海外に移しており、通貨に重圧を与えている。サンチアゴの金融資本・クレディコープ・キャピタルは、「これは市場が想定していた最悪のシナリオだ」と述べており、12/20、株式市場は10%下落し、チリ・ペソはオープン時に3%以上暴落した後、1.9%の下落、終値では、対ドルで過去最安値に急落している。
本当に「ついにチリからピノチェトの亡霊が消えた」と断言できるまでには、まだまだ多くの障壁が立ちふさがる可能性は否定できない。しかし、市場原理主義・新自由主義に対する、このチリの歴史的勝利は、厳然たるものであり、資本主義経済の政治的経済的危機を乗り越える可能性と展望を明確に示したものだと言えよう。
(生駒 敬)

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【投稿】米経済:鮮明なインフレ高進--経済危機論(68)

<<40年ぶりの高い伸び率>>
12/10に発表された11月の米消費者物価指数(総合CPI)は、10月に引き続き上昇、前月比では0.8%、前年比では6.8%の上昇となり、実に約40年ぶりの高い伸び率を記録した。食料やエネルギーなどを取り除いたコアCPIでも前年比4.9%の上昇に加速、30年ぶりの大きな伸びとなった。1982年以来となる大幅な上昇である。
家庭用家具・備品や衣料品、航空運賃の値上げが11月の物価上昇につながり、生活必需品の値上がりに加え、食品も前年同月比6.4%上昇と、08年12月以来の大きな伸び、ガソリンは前月比で6.1%上昇、家賃は前月比0.4%、前年比3.5%の上昇であった。

CPI 緑=前月比、青=前年比

食料品価格で最も上昇したのは肉、鶏肉、魚、卵のカテゴリーで、全体では13%の上昇、特に牛肉は21%も上昇。ファストフードのコストは7.9%増加。ガス代は25.1%の上昇であった。航空運賃指数は、ここ数ヵ月間低下していたが、11月には4.7%上昇し、上昇に転じている。自宅以外の宿泊施設の指数も、10月の1.4%上昇に続き、11月は2.9%上昇。自動車関連の指数も11月は引き続き上昇、新車指数は、10月の1.4%上昇に続き、11月は1.1%上昇。家庭用家具・業務用の指数は、11月に0.8%上昇し、10月と同じ上昇率、アパレル指数は、10月の横ばいから11月は1.3%の上昇。明らかなことは、こうした一連のCPIの加速率が極めて高くなっていることである。
さらに、インフレの要因が、パンデミックの影響を受けたいくつかの分野だけではなく、ますます広範囲に及びだし、経済、生活全般にインフレが襲い掛かっている状態である。
パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長が、11/30の米上院銀行委の証言で「インフレが一過性であるとの表現を削除するのが妥当な時期が来た」と述べざるを得なくなって、十日も経たないうちにFRBの予測や市場予測をさえを上回る事態である。バイデン大統領は、こうした統計発表後の声明で、言い訳がましく「今回のデータ集計後、物価上昇の半分を占める自動車やエネルギーの価格は下がり始めている。」と述べ、「物価抑制が私の政権の最重要課題だ」とあらためて強調している。

問題は、実際には、現在のインフレ率は報道されているものよりもはるかに高く、40年近く前の1982年のCPIをも上回っていることである。1982年のCPIには、所有者の住居費を表す住宅価格が含まれていたのであるが、現在ではそれが除外されており、非市場家賃指数に置き換えられている。家賃が3.5%上昇したのに対し、住宅価格は過去1年間で20%近くも上昇している。CPI全体の約3分の1を占める住居費で、1982年基準の住宅価格を加えるとCPIは11%になるのである。

<<「危機」発生の加速剤>>
そして、追い打ちをかけるのが実質賃金の減少である。アメリカでの1時間あたりの平均収入は、1時間あたり31ドルと過去最高で、2021年11月の平均時給は、前年同月比で4.8%上昇したにもかかわらず、インフレ率が6.9%であるため、インフレ調整後の実質平均時給は11月に前年同月比1.9%減少し、6カ月ぶりの大幅減となっている。実質的な収入の伸びは過去8ヵ月間連続のマイナスであり、2021年11月の前年同月比ではマイナス2.1%の実質賃金の減少である。当然、インフレは労働者の購買力を低下させ、日々の生活費の上昇に賃金が追いついていないのである。
平均的な市民の経済的状況を判断する指数として、悲惨指数(Misery Indexミザリーインデックス)というものがあり、季節調整済みの失業率に年間インフレ率を単純に加えて算出されるのであるが、11月の失業率が4.2%であることから、米国の悲惨指数は10.82となり、今年6月以来の高水準で、2008年の金融危機で失業率が急上昇した際の悲惨指数と同様の水準となっている。

米国の家計資産の分布:「純資産」のほとんどは1%の人々が蓄積したもので、下位50%の人々にはほとんど何も行き渡っていない

その一方で、富裕層の資産は急上昇しており、格差拡大は目を覆うばかりである。アメリカ社会の上位10%に属する富裕層が、2021年段階、株式市場の89%という記録的な数字でコントロール、支配しており、インフレ率の上昇に先立ち、株式市場のダウ・ジョーンズ指数は昨年から20%も上昇、富裕層の資産を急拡大させている。それはしかも、コロナ禍のパンデミックの最中に稼ぎ出され、2020年は世界の億万長者の資産の記録上のシェアが最も急増した年となったのである。最も裕福な1%の超富裕層は、1995年以降に蓄積されたすべての追加資産の3分の1以上を獲得したのであるが、下位50%はわずか2%増にしかすぎず、この不平等極まれりの事態は、2021年、さらに拡大していることは間違いないであろう。デイビッド・グレーバー(David Graeber)が10年前のウォール街占拠運動で明示した「1%対99%」の対決構図、「私たちは99%だ(We are the 99%)」 は、より鮮明に立ち現れてきているのである。

日本のインフレはこれからが本番だと言えようが、すでに事態はインフレ高進不可避を予測させている。12/10に日銀が発表した11月企業物価指数によると、輸入物価指数は契約通貨ベースで前年比35.7%の急上昇である。円ベースでは同44.3%にもなっている。41年ぶりの上昇率を記録している。鉄・建材などの中間材価格は前年同期比15.7%上昇、これも41年ぶり。自動車・パソコンなどの消費財は5.0%上昇、工場用機械などの資本財3.3%上昇、共に40年ぶりの上げ幅である。すでに11月から家庭用冷凍食品や食用油などの値上げが実施されており、電気、ガス料金も値上げが待ち構えており、円安が継続すれば年明けの追加値上げがさらに広範囲に予測される事態である。

インフレ率が高進し、大幅に上昇した状況にもかかわらず、米欧、日本を含め、金融市場の利回りは途方もなく低いままやり過ごすことがいよいよ不可能な事態に追い込まれてきたのである。ゼロ金利と量的緩和政策の導入は、米国と世界の金融市場を根本的に歪め、金融資本主導のマネーゲームの横行を許し、株価のバブル的な高騰と投機的過剰を解き放ち、異常な格差拡大をもたらしてきたのである。しかし、そこからいよいよ脱出すべき出口戦略が問われている現在、現状の中央銀行、各国政府当局者たちには明確な戦略を何も持ち合わせていないのが現状である。これまで強気で市場のバブル化を推進してきた、同じ当局者が金利引き上げや市場引き締めに動き出せば、それが市場の不安定化から、さらには崩壊へと、「危機」発生の加速剤となることは明らかである。引くに引けない、進むに進めない、まさにニューディールへの根本的政策転換こそが問われていると言えよう。
(生駒 敬)

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【書評】『ジョブ型雇用社会とは何か―正社員体制の矛盾と転機』

【書評】『ジョブ型雇用社会とは何か―正社員体制の矛盾と転機』

               (濱口桂一郎著 2021年9月、岩波新書、1020円+税)

                              福井 杉本達也

日本の大企業特有の人事労務管理制度を「メンバーシツプ型雇用」・世界で一般的な制度を「ジョブ型雇用」と定式化したのが本書の著者:濱口桂一郎氏である。本書は「雇用システム論の基礎の基礎に立ち返り、ジョブ型とメンバーシップ型とは何であり、何でないのかを」分かりやすく解説したものである。https://www.iwanami.co.jp/book/b589310.html

1 いきなり「同一労働同一賃金」に“踏み込んだ”?安倍元首相

2016年1月の施政方針演説において、安倍晋三首相(当時)は「多様な働き方改革」の一環として、派遣労働者と正社員の賃金や待遇の違いを是正する「同一労働同一賃金」の実現に踏み込むと表明した。1960年代に欧米型の賃金体系を主張したのは、関西の研究者を中心にした「横断賃率論者」であったが、実に60年ぶりの「同一労働同一賃金」という“言葉の復活”であり、“一瞬”のあわい期待?も浮かんだ。しかし、各界からは驚きと混乱を持って迎えられた。当時の日本経済新聞の解説記事は、「『同一労働同一賃金』が何を指すかは政党や団体の間で解釈が割れている」とし、旧民主党は「欧米の事例を参考に日本の雇用慣行に即して正視・非正規間の格差解消」と答え、経団連は「将来も含めた労動者のキャリアや責任の程度なども加味して、同じ価値をもたらす労働に同じ賃金を払う。意欲と能力に応じ処遇」と、また、連合は「転勤や配置転換に伴う精神的苦痛や専門的知識も加味し、向じ価値の労動には同じ賃金を払う」と回答している(日経:2016.1.23)。解釈が「割れている」どころか、欧米社会で形成された雇用モデルであるジョブ型を全く理解できておらず、意味不明の言葉の羅列である。本書は「ジョブ型では、契約で定める職務によって賃金が決まっています。人に値札が付いているのではなくて、職務。ジョブに値札が付いているわけです」とし、「同一労働同一賃金という言葉は、本来このジョブに値札が付いていることが大前提です。同じジョブなのに値段が違うというのはおかしいことです」と明確に規定している。「日本の雇用慣行に即し」たり、測定不能の個人の「意欲と能力に応じ」たり、「精神的苦痛や専門的知識も加味」したりすることはもっての外の行為なのである。60~70年間もメンバーシップ型の世界にどっぷりと浸かった我が国においてジョブ型の「同一労働同一賃金」はほとんど理解不能の代物といってよい。本書は「メンバーシップ型の世界で同一労働同一賃金という言葉をもてあそぶのは、大変ミスリーディングなのです」と書く。

2 労働組合が作り上げた日本型賃金制度

日本のメンバーシップ型賃金制度である年功制は戦時体制下に始まったが、その思想は生活給にあった。「生活給とは。賃金は労働者の家族を含めた生活を賄うべきものであるという考え方」である。本書に「電産型賃金体系」という、今日では誰も知らない、これまた”懐かしい“言葉が出てくる。今は「電産」というと、モーターなどを造る「日本電産」が思い浮かぶが全く関係ない。「電産」は、電力産業の産業別労働組合であるが、「終戦直後の時期に、日本の労働組合が労使交渉の結果作り上げた賃金体系」であり、その「賃金表は、縦の列は年齢、横は本人、扶養家族一人、二人、三人、四人となっており、本人が何歳で扶養家族が何人かによって自動的に基本給が決まるという仕組み」であり、「生活給の発想に最も近い賃金体系が、労働組合の主導の下で作られ、その後の労使紛争の中で他の業界、企業にもこのような賃金体系が広まって」いった。米国から呼んだ労働諮問員会も、世界労連の視察団も生活給の考え方を批判したが、「日本の労働組合は断固として生活給思想」を”守り抜いた“??のである。

その後「経営側は熱心に同一労働同一賃金に基づく職務給を唱道し」、政府もまた職務給に変えるべきだと主張していたが、労働側・特に総評はこれに反対した。この立ち位置が変わるのが日経連が出した能力主義管理である。これにより、「政労使の配置状況の存在理由がなくなってしまい、この後、政労使を巻き込んだ賃金に関する議論は長い間、消えることになったのです」とし、「職能給に労使が合意したのは、それが年齢とともに上昇する賃金体系だから」であり、若者層からの生活給に対する疑問や批判が噴出した労働側にとっても「不可視の『能力』によって年功賃金を説明してしまえる職能給はありがたい存在だった」と本書は書く。

3 常識外れの立法政策を支えた労働法学者:水町勇一郎氏

安倍首相の施政方針演説前後の「この時期、官邸は日本型雇用システムを抜本的に変えるのではない形で同一労働同一賃金が可能だという学説を希求」していた。しかし、通常そのような学説はあるはずがなく、「①賃金制度をジョブ型に総入れ替えなんてできない」と論ずるか、「②同一労働同一賃金を実現するために賃金制度をジョブ型に総入れ替えすべし」と唱えるかしかない。しかし、そこにこの“無理難題”を解決する救世主として、都合の良い水町勇一郎氏という労働法学者が登場したのである。本書は水町氏の真の意図を「日本の職能給を職務給に変えなくてもいいと官邸を安心させておいて、職務給に限らない同一労働同一賃金原則を日本法制に導入することによって、いかなる賃金制度をとるかは自由だけれども、その賃金制度の下で正社員と非正規労働者を同一の基準で処遇しなければならないという規範を実現しようとしていたのではないか」と大胆な想像をめぐらしている。「正社員が職能給なら非正規も職能給にしろ、おまけで差がつくのは構わないが、本体は一緒にしろ」ということである。

しかし、その水町氏の意図は官邸の「ガイドライン案」によって見事に“換骨奪胎”されてしまった。本書は「賃金の決定基準・ルールの違いについて、職務内容、職務内容・配置の変更範囲、その他の事情の客観的・具体的な実態に照らして不合理なものであってはならい」という一文で、「万能選手の『その他の事情』が含まれ、しかも合理的基準ではなく不合理性基準に緩められています。正社員と非正規労働者の賃金制度が全く異なるほとんど全ての日本企業にとって、この微妙な一文の違いは極めて大きなものであった」と喝破している。結果、「水町の真意に反して」、「本来のジョブ型に統一するという意味でも、メンバーシップ型に統一するという意味でも、同一労働同一賃金の名に値しないもの」されてしまったと本書は“憶測”しているのであるが、みごとな精神科医師顔負けの心理分析というほかない。水町氏は官僚の描いた作文の上でみごとなピエロを演じたということである。しかし、これは水町氏よりも官僚が一枚も二枚も上手だったということに過ぎない。2017年5月14日付けの朝日新聞は「2015 年 1 月 23 日、東大の労働法学者、水町勇一郎は当時の内閣府の官房審議官 新原浩朗を相手に自説を披露していた。この新原は経済産業省出身で労働政策に関わったことはほとんどないが、にもかかわらず、後に内閣官房に設けられる『働き方改革実現推進室』の室長代行補に就任し、看板政策を切り回すことになった」と書き出している。政府は翌 16 年 3 月、水町氏や有識者を集めて「同 一労働同一賃金の実現に向けた検討会」を設置し、表向きはこの場で看板政策の立案に向けた作業が進むとみられていたが、「実際は違った」、「作業は水面下で進められた」。同年9月「新原らは『原案』を持って、水面下で経済界 との調整も進めていた。有識者による検討会は、すっかりないがしろにされていた」と記事は指摘している。

ジョブ型雇用を理想化し、簡単に導入できるかのような議論が盛んであるが、政労使ともメンバーシップ型の頭しかない中で、横行するトンデモ論を縦横無尽に“切った張った”する本書は読みごたえがある。

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【投稿】「台湾有事は日米同盟の有事」と煽る安倍発言とその背景

【投稿】「台湾有事は日米同盟の有事」と煽る安倍発言とその背景

                             福井 杉本達也

1 危機を煽る安倍元首相の「台湾有事は日米同盟の有事」発言

朝日新聞によると、「安倍晋三元首相は1日、台湾で開かれたシンポジウムに日本からオンライン参加した。緊張が高まる中台関係について、『台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある』と述べ、中国側が軍事的手段を選ばないよう、自制を促す取り組みの必要性を訴えた。」と報道した(朝日:2021.12.1)。これに対し中国はすかざず反撃した。12月3日の『中国網』は、「中国外交部の華春瑩部長助理は1日夜、日本の垂秀夫駐中国大使と緊急に面会し、日本の安倍晋三元首相の中国関連の間違った言論について厳正な申し入れを行った。」と報道した。また、中国国際問題研究院アジア太平洋研究所の客員研究員である項昊宇氏の『環球時報』における発言を引用して、安倍氏は「『台湾当局に間違ったシグナルを発信しただけでなく、日本国内と国際社会に危険な情報を伝えた。その結果、『台湾独立』勢力を増長させるばかりか、台湾地区の一部の人物に情勢を見誤らせ、中日関係と日本自身の国家安全を危険な境地に陥れる』」とし、「『これは本質的には日本の右翼の間違った歴史観を反映したものだ。日本の一部の人物はまだ過去の植民地支配時代の古い夢に浸り、台湾地区を『自宅の裏庭』と見なしている。』」とし、さらに続けて「『安倍氏が台湾海峡の緊張を喧伝し、対立を煽ることにはさらに特殊な政治目的がある。これはつまり改憲と強軍の機運を高めるということだ。』」とした。

2 「台湾独立」は認めないとした米中首脳会談でのバイデン発言

11月16日のオンラインよる「米中首脳会談で習氏が『台湾独立勢力がレッドライン(許容でできない一線)を越えれば断固とした措置を取る』と警告したのに対し、パイデン氏は『一つの中国政策を守る』としつつ、一方的な現状変更や平和と安定を損なう行動に強く反対すると表明した。」(福井:2021.11.17)。この点についてSputnik11月18日付けでのロシアの政治学者ドロブニツキー氏は、「米国は、中国が台湾付近で軍事行動を行っていることに不快感を示しているにもかかわらず、台湾が平和的に中国に加わることにそれとなく同意している。これは誰も予想していなかったが、スキャンダルを起こして首脳会談を失敗させるか、両首脳が平和と相互責任に関して儀式的なフレーズを語って面目を保つかということ以外、他に選択肢はなかった。」と解説している。ようするに米国は「台湾独立」などは認めないということである。

3 米は「台湾防衛」を確約していない

元々、米国は1979年に成立した台湾関係法においては、台湾の自衛力強化の支援をうたいながら台湾防衛については確約していない。あいまい戦略なのである。それを、安倍元首相は「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と踏み込んだのである。これについて、12月4日付け日刊ゲンダイで、国際ジャーナリスト・春名幹男氏は「米国は対応を明確にしないことで、中国との対立を避けつつ、中国による武力行使も抑止してきました。にもかかわらず、安倍さんは日米と中国の対立をあおっているのだから、無責任極まりない。そもそも、日本が台湾に加勢する法的な正当性もありません。稜線を歩くような対中、対台政策を展開してきた米国からすれば、『何勝手なことを言っているんだ』という思いでしょう」と批判している。安倍発言の裏には、一つは、バイデン・習会談で、やっと台湾を巡る米中の不測の事態が起きないよう緊張緩和を図ったにもかかわらず、米国内には、バイデンの“弱腰”を快く思わない勢力があるということである。それは米軍産複合体であり、台湾における緊張を煽り、軍事費を増大させたいと狙っている勢力である。8月に20年も足元を取られていたアフガニスタンからみじめな撤退をしたこともあり、軍産複合体に対する風当たりは強くなっている。それを挽回し、軍事予算を確保したいということである。もう一つは安倍元首相の出自そのものにある。戦犯として追及されるはずだった安倍元首相の祖父である岸元首相はなぜ復活したのかである。「逆コース」といわれるが、1949年の中華人民共和国の成立と国民党・蒋介石の台湾逃亡、1950年の朝鮮戦争の勃発によって、岸首相他戦犯・旧支配層の公職追放が解除され、米産軍複合体に身も心も預け「親米保守主義」という名前に変えて今日まで政権の座に居座り続けているのである。もし、台湾が中国に平和的に統一されるならば彼らの居場所はない。また、「朝鮮戦争終戦」になれば彼らの存在意義はなくなる。そのため、「台湾有事」を煽ること、「朝鮮戦争の終戦」に反対すること、極東における緊張を煽ることこそ彼らの目的であり立場を守ることなのである。11月17日に米国のワシントンで開かれた韓米日外務次官協議会の直後に3カ国の次官による共同記者会見が予定されていたが、日本の森健良外務事務次官が協議が始まる直前、「韓国の警察庁長の独島訪問のため、共同記者会見に参加できない」という立場を明らかにした。11月19日付けの韓国hankyoreh紙は「主催国の米国の立場まで困難にさせ、外交日程に支障を与えたのは異例のことだ。韓国と日本の間で強制動員や日本軍『慰安婦』問題など過去の歴史をめぐる対立が深まったうえ、終戦宣言などの朝鮮半島プロセスに対する日本の反対意見や、輸出規制をはじめとする経済への懸案が積み重なり、独島を紛争地域化しようとする日本の動きが強まるものとみられ、懸念が深まる。」と述べているが、極東の緊張緩和をさせたくないというのが今日の日本政府の一貫した姿勢である。

4 安倍元首相が悪あがきで中国の成長の動きは止められない

米軍産複合体の指令により、安倍元首相がこざかしくあがいているが、それで中国の成長を止め、米国の覇権が維持できるはずもない。米英の金融資本の一部はこうした米軍産複合体に愛想をつかしている。元HSBC(ロンドンに本拠を置く世界最大級のメガバンク・香港で創設された香港上海銀行を母体とする)アジア太平洋株式調査責任者ウイリアム・ブラットン氏は「中国の急速な台頭については、中国の発展モデルが成功するとは信じられない、信じたくない西側の批判派の大合唱を伴ってきた。彼らはあら探しを続け、中国の経済成長が減速するか、旧ソ連のような経済の崩壊につながることを期待さえしてきた。」「 様々な懸念にもかかわらず、中国は成長を続けた。『永遠の弱気派』の多くは、経済的な現実よりもイデオロギーの違いに突き動かされているようにみえる。」「中国の最近の動きは、一部がどれほど望んでも、中国経済の長期的な軌道を変えるものではない。」(日経:2021.12.4)と書いている。日本は早くまともな外交に復帰すべきである。

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【書評】 『いないことにされる私たち──福島第一原発事故10年目の「言ってはいけない真実」』

【書評】
『いないことにされる私たち──福島第一原発事故10年目の「言ってはいけない真実」』
                   (青木美希著、2021年4月、朝日新聞出版)

 「福島第一原発事故から10年。/『十年一昔』といい、『復興が進み、多くの人々が元の地区に戻っているのでしょう』と記者仲間からも言われるようになった。しかし、いまも原子力緊急事態宣言が発令されており7万人が避難しているのが現状だ。もう過去のことだという世間の雰囲気に乗じて、あの話は終ったことにしたいという原発依存勢力が息を吹き返し、これまでよりは安全になったという『新安全神話』を広めている」。
 この中で政府は被災者への支援を次々と打ち切っている。「政府と福島県は避難者2万世帯の住宅提供を打ち切り、その後、自死に至った人がいる。福島県南相馬市に暮らしていたある家族は、避難先の新潟県で住宅提供が打ち切られた。生活のため父親が除染作業員として一人で福島県に戻った直後、中学3年生の息子は、自ら命を絶った」。自死した中学生の父親はうつになり、入院したが、しかし政府は2019年、医療費を無料にする措置を打ち切る方針を決めた。父親は「有料になったら医療を受けられなくなる。子どものあとを追った方がいいのか・・・」と嘆いた。
 本書は、「第1章 消される避難者」で、「復興」の掛け声とともに、原発による避難者数がいつの間にか減少、消滅しているカラクリを探り、「第2章 少年は死を選んだ」では、住宅提供の打ち切りをはじめとする政府の方策によって避難者が追い詰められている現状を問い詰める。
 「第1章」で本書は、問題が提起された大阪府を取り上げて、「そもそも避難者数とは何なのか。。大阪府内の避難者に『全国の避難者数(復興庁による)』『全国避難者情報システム(総務省による)』『大阪府内の市町村集計(協議会による)』の3種類の数字が存在するのはなぜだろうか」と問う。そしてこの食い違いの中に、東日本大震災後の3年5カ月の間「避難者」の定義を定めなかったこと、都道府県と市町村とでは避難者の集計基準が統一されずに、自主避難したり、住民票を移した人を避難者数から除外していた例や住宅提供を打ち切られた避難者をカウントから除外していた例などのチグハグな集計のやり方が明らかになる。
 そして避難者数が最も多い福島県では次のような事態が起こっている。
 「福島県は当初から災害救助法に基づき住宅を提供した人を基本に数えてきた。自力で住宅を確保した人、長期避難者のために県が建てた復興公営住宅に入居した人、住宅提供を打ち切られた人などは入っていない。市町村が公表している避難者の数を私(註:著者)が集計すると、福島県内の避難者は、県が発表する統計7590人よりも3万5千人多かった(2020年6月~8月時点)。顕著なのは全町避難の双葉町で、全員が避難しているのに、県発表の県内避難者の数字は552人、双葉町が発表する県内避難者数は4026人(同年6月30日現在)。7.3倍の開きがある」。
 これはどう考えてみておかしい、県が基本的に住宅を提供した人しか避難者として数えないのも、またこれが復興庁が示した避難者の数え方(2014年8月)とも違うというのもおかしいとして、本書はその点を県に問いただすが要領を得ない。県内を数えるにあたって復興庁から指導が入ったこともなく、調整した跡もないとう回答であった。
 また「浪江町は帰還困難区域の人も含めて20年3月に住宅提供が打ち切られた。復興公営住宅だけではなく、多くの人が政府(復興庁)の公表する避難者から外れた。/浪江町が町外への県内避難者として把握しているのは21年1月末時点で1万2937人。一方で県が浪江町からの県内避難者として発表しているのは326人。40分の1だ。復興庁は自ら定義した『避難者』を数えていない福島県の集計結果を公表し、『避難者は減った』と復興の証として使っている」。
 復興住宅に入居して政府と福島県に避難者と数えられていない浪江町の元住民は憤る。「数値のごまかし、そうやって、避難民はいなくなっているんだ」。
 「第2章」では、住宅提供打ち切りによって、避難者の精神的な問題の深刻さがあらわになったことが指摘される。例えば新潟県で行われた精神の深刻度を測る「K6」の調査では、回答した避難者512人の24.8%が重症精神障害相当となった。これは通常時の平均(3%)の8倍である。
 また本書がこの章で継続的に追っている少年の自死について言えば、震災関連自殺の集計である「東日本大震災に関連する自殺者数」(厚労省)の表には、「宮城、岩手、福島、東京、神奈川などの都道府県ごとの枠が設けられ、亡くなった人数が記されているが、新潟県は枠そのものがない。つまり新潟県では1人も亡くなっていないことになっている。それだけではなく、14年以降は岩手、宮城、福島の3県以外の場所で亡くなった震災関連自殺者は1人もいないことになっていた」。こうした状況は、その後多少の手直しがされたとはいえまだ至る所に残されていて避難者を苦しめている。
 本書は、この状況を生みだしている大きな原因を、現地で避難者の精神的ケアに取り組んでいる医師の言葉に見い出す。
 「パワハラって、加害者が被害者に謝ると、被害者の精神状態が良くなるんですよ。東電も国も謝っていませんよね。それがまた、人々を苦しめているんです。原発事故は国と東電による『国策民営』の人災。国が謝罪してきちんと賠償することが必要なのに国は向き合っていない」。
 ところが国はこうした声に耳を貸さず、「当初定めた復興期間が20年度で終わるとして、19年12月に『復興・創生期間後における東日本大震災からの復興の基本方針』を閣議決定。予算は20年度までの10年間の31兆3千億円から、21年度からの5年間で1兆6千億円と大幅に減額される。(略)/年平均では約3兆円から、3千億円ほどと10分の1になる」。
 こうして政府は復興交付金を廃止、中小企業再建や心のケアセンターなど各支援を縮小する方向に向かっている。更には「政官業学メディアの五角形」により、再生エネルギーの強調の間隙を縫って原発への回帰を画策している。
 しかし本書は警告する。「原発事故から10年。忘却は、政府の最大の武器で、私たちの最大の弱点だ」と。個別の具体的事象から根深い原発の問題を炙り出す書である。(R)

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【投稿】南ア変異株:ワクチン格差放置の逆襲--経済危機論(67)

<<「懸念の変種」・オミクロンの衝撃>>
感謝祭の祝日による休場明けとなった11/26の金曜日、ニューヨーク株式市場は、南アフリカなどで見つかった新型コロナウイルスの変異株=「オミクロン」の出現で激震に見舞われた。
優良株で構成するダウ工業株30種平均は前営業日終値比905.04ドル安の3万4899.34ドルと、今年最悪・最大の下げ幅で終了、一時1025ドルを超える暴落を記録。S&P500種株価指数も2.27%下落し、2月以来の最悪を記録。ハイテク株中心のナスダック総合指数も353.57ポイント安の1万5491.66で引けた。米長期金利が急低下し、米国債・10年債利回りはパンデミック初期以来の大幅な低下。外国為替市場はドル下落、円とスイス・フランに逃避の急騰。ニューヨーク原油先物相場は13%安、1バレル=68.15ドルと、70ドル割れ、2020年4月以来の大幅下落であった。ブルームバーグ商品指数は2.2%下落、暗号通貨のビットコインも7%以上の下落、等々。
この日、世界的に株安が連鎖、欧州の主要な株式指標も軒並み下がり、今年最大の下落率を記録、イギリス3.6%安、ドイツ4.2%安、フランスは4.8%安、イタリアも4.6%安、日本の日経平均株価でも7%安、前日比747円66銭安の2万8751円62銭と大幅反落、東証株価指数(TOPIX)は40.71ポイント安。
この感謝祭の翌日の金曜日は、毎年、小売店舗などが大規模な安売りを実施、暗いうちから買い物客が押しかけ、並び、売り上げ増で黒字が見込まれる、暗いうちのブラックと、黒字のブラックをかけた、大いに歓迎されるべきブラックフライデーのはずであったが、金融・株式市場の急落で経済の根幹を揺るがす、まさに文字通りのブラックフライデーとなったのであった。

ただし、ここで注目すべきは、大手製薬独占企業の株価は上昇、コロナウイルスワクチンの特許権放棄を拒否するモデルナは約21%高、同じくファイザーは過去最高値を更新している。

世界保健機関(WHO)が緊急会議を開き、南アフリカで11/9に採取された検体から最初の感染が確認され、11/24に報告のあったコロナウイルスの新しい変異株「B.1.1.529」を、感染力が高く、南アのすべての地域で感染者が増えているとみられることから、ワクチン耐性を持つ可能性のある「懸念される変異株」として指定、「オミクロン」株と名付けたと発表したのが、11/26であった。
このオミクロンはまず、南アフリカの隣国・ボツワナで確認され、その後、南アフリカで約100人の患者、次いで、南アフリカのヨハネスブルグを含む州で報告された1,100件の新規感染者のうち、90%がこの変異型によるものであることが判明、さらにイスラエル、香港、そしてベルギーでも患者が確認される事態となった。WHOは、このオミクロンを、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタの4つの以前の変異株からの突然変異の「前例のないサンプリング」と説明し、「多数の変異があり、そのうちの一部が懸念される」と、これまでに見られなかった他の遺伝的変化があり、その重要性はまだ不明であるが、感染が広がる危険性が高い、「従来の感染急増よりも速いペースで確認されており、増殖に強みを持っている可能性がある」と、発表したのである。
その変異株の不確実性、不確定性、コロナ禍からの脱却、景気回復への悪影響に世界の金融・株式市場が敏感に反応したわけである。

<<「渡航禁止は早いが、ワクチン共有は非常に遅い」>>
こうした事態に、英政府は直ちにアフリカ6カ国からの航空便を一時禁止すると発表。欧州連合(EU)もウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「アフリカ南部地域からの航空旅行を停止するための緊急ブレーキの発動」を提案。米国当局も、11/29から南アフリカ、ボツワナ、ジンバブエ、ナミビア、レソト、エスワティニ、モザンビーク、マラウイからの入国禁止を発表した。
「豊かな国は、渡航を禁止するのは早いが、ワクチンやノウハウを共有するのは非常に遅い」と、カナダのマギル大学の疫学・国際保健学のマドゥ・パイ博士が痛烈に批判している通りである。

問題は、富裕国と貧困国の間に大きな予防接種の格差があり、世界中の何十億もの人々がワクチン接種を受けられず、放置されてきたこと、意図的に莫大な超過利潤を確保する製薬独占企業の強欲さを富裕国が支援し、ワクチンの共有を拒否してきたこと、まさにそうした事態こそが、さまざまな変異種の出現を許し、助長してきたことにある。そのしっぺ返し、逆襲として、オミクロンが出現したとも言えよう。
アフリカでは、直近11/23段階で10.5%しかワクチン接種が行われていないのである(Our World in DATA 2021/11/23)。新たな変異種の出現は、ワクチン特許権放棄を頑強に拒否し続けてきた欧州諸国、一時的特許放棄を提案しながらイギリスやドイツ政権に追随し、米ファイザーの利権に配慮し、積極的な交渉を放棄してきた米バイデン政権などがもたらしたものなのである。
英国に拠点を置く提言団体「Global Justice Now」のティム・ビアリー氏は、「南アフリカ、ボツワナをはじめとするほとんどの国は、1年以上前から、コロナウイルスのワクチン、検査、治療に関する知的財産権を放棄して、独自の注射薬を製造できるようにすることを世界のリーダーたちに求めてきました」、しかし、「英国は、低・中所得国がコロナワクチンを公平に入手することを積極的に妨害してきたのです。私たちは、この亜種が出現する条件を作ってしまった」のであり、それは「富裕国の意図的な政策決定の結果」であり、「完全に回避可能」であったものであるとの声明を発表している(Common Dreams November 26, 2021)。

コロナワクチンを1回以上接種した人の割合、2021年11月23日 キューバ89.6% 中高所得国47.5% 高所得国73.4% 南米71.6% アメリカ68.6% 北アメリカ63.9% 欧州61.9% アジア61.8% 世界53.5% 中低所得国42.2% アフリカ10.4% 低所得国5.2%(少なくとも1回のワクチン接種を受けた人の総数を、その国の総人口で割ったもの。)

一方、上の図表でも明らかなように、いまだに米政権の悪質な制裁によって低所得国に追いやられ、キューバ独自の矛盾や弱点を抱え、コロナ禍に苦しめられながらも、100%完全に公的なバイオテクノロジー部門の製品として、ワクチンを開発、今やキューバは、89.6%の接種率を達成している。
なおかつ、キューバはその独自の国産ワクチンを、さらに向上、発展させ、いよいよ他の諸国に出荷できる段階となり、商業的輸出も開始し、大手製薬企業や富裕国に見捨てられた貧困国に製造レシピまで提供する用意を整えている。すでに100万本以上のワクチンを出荷、そのうち15万本は寄付されている。
9月にキューバを訪問したベトナムのグエン・スアン・フック大統領は、ワクチンを製造する研究所を見学し、少なくとも500万回分を購入する合意を発表。イランとナイジェリアも、独自のワクチンを開発するためにキューバと提携することに合意、ベネズエラとは3回分のワクチン1200万ドル分購入することに合意し、すでに投与が開始されている。米欧先進諸国は、こうした事態のさらなる進展に様々な妨害策を講じているが、戦々恐々としだした証左とも言えよう。

今回の新たで危険な変異ウイルスの出現は、ワクチンが世界中に公平で平等に配布・投与されていない場合、場所を問わずどこにでも出現するものであり、その影響は富裕国・先進国を除外するものではなく、むしろ政治的経済的危機をさらに激化させるものであることをあからさまに示したのである。一部独占企業とそれを擁護する政権は、圧倒的多数の人々から孤立し、自らの政権維持さえ危険にさらされるリスクがあることを思い知らせたのである。
(生駒 敬)

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【投稿】インフレ=バイデンの政治的悪夢--経済危機論(66)

<<FRBパウエル議長再任に非難殺到>>
11/22、バイデン米大統領は、米連邦準備制度理事会・FRB議長にジェローム・パウエル氏を再指名することを発表したが、これには避難が殺到している(CommonDreams November 22, 2021)。
同日、経済政策研究センター(Center for Economic and Policy Research)の回転ドアプロジェクト(Revolving Door Project)は、今回の指名に「非常に失望した」との声明を出し、「我々は、バイデン氏がジェローム・パウエルを連邦準備制度理事会の議長に再指名したことに非常に失望している。バイデンがパウエルの規制緩和政策を支持したことは、アメリカの家庭に大きな損害を与えるだろう。今日は、従来の常識とエスタブリッシュメントの勝利であり、地球とジョー・バイデン氏の究極のレガシーの敗北である。」と述べ、「はっきりさせておくと、この選択は、パウエル自身の取引スキャンダルと、連邦準備制度理事会(FRB)の一連のスキャンダルに対するパウエルの口止めされた不十分な対応について、現在、そして今後知られるであろうことを、大統領が所有することを意味する」と糾弾している。

「Fossil Free Federal Reserve(化石燃料のない連邦準備制度)」キャンペーンを立ち上げて活動してきた350.org、副議長候補のラエル・ブレイナードは、気候変動のリーダーであるが、パウエルは気候に関して失敗している。

ここで指摘されているFRB議長のスキャンダルとは、今年の10/18に暴露されたことであるが、2020年の10月、トランプ政権下、コロナ救済法案の可決をめぐって交渉が膠着状態にある最中、パウエル氏は 10月1日にスティーブン・ムニューシン財務長官(当時)と4回、ナンシー・ペロシ下院議長とも話したその同じ10/1に、バンガード・トータル・ストック・マーケット・インデックス・ファンドの株式を売却しており、その10日前、同じファンドの株式を別個に売却したことで、FRB議長は5万ドルから10万ドルの利益を得ていた、というのである。しかもこのスキャンダルは、この9月末にボストン(チーフ、エリック・ローゼングレン)とダラスの連邦準備銀行の総裁(ロバート・カプラン)が2020年に、大規模な株取引を行っていたことが金融機関の情報開示で明らかになったため、退任することを発表したスキャンダルに続くものであった。さらに、ブルームバーグ・ニュースが今年の10/1、パウエル氏がパンデミックによる利下げの可能性を示唆した前日の2020年2月27日に、リチャード・クラリダ連邦準備制度理事会副議長があるミューチュアル・ファンドから100万ドルから500万ドルを引き出し、他の2つのファンドに入れていたと報じるスキャンダルも暴露されたのである。
パウエル氏を含めたFRBの幹部が、FRBが方針として戒めている利益相反の腐敗した取引を行っており、事実究明すら行われず、うやむやにされている。こうした事態に、エリザベス・ウォーレン上院議員(民主党)は、証券取引委員会(SEC)に対し、ローゼングレン、カプラン、クレリダの3人がインサイダー取引の規則に違反していないかどうかの調査を要求、先月10月5日の上院議場での演説で、パウエル氏を呼び捨てにし、「リーダーとして失敗した」と議長不適格、退任を求めていたのである。
環境保護・消費者の権利擁護に取り組むパブリック・シチズンは、今回の決定について、「無謀なウォール街の規制緩和と、金融システムに対する気候関連の脅威に対する危険な引き延ばしを倍増させるものであり、気候の脅威を食い止めるためのバイデン政権全体のアプローチに背を向けるものである」と厳しく抗議している。

<<「関税撤廃の即時行動を」>>
そのFRBは、大規模な金融緩和・財政出動で先進国株価指数の上昇をけん引し、金融投機とバブル経済を煽ってきた政策の転換をいよいよ迫られる事態となり、11月2~3日に開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で債券購入プログラムのテーパリング(段階的縮小)開始を決定することとなった。11月半ばから買い入れ規模を縮小し、22年6月にも見込まれるテーパリング終了後のフェデラルファンド(FF)金利の引き上げに移行する

というのである。すでに債券買い入れ規模の若干の縮小に着手し始めたところであるが、株式・債券市場は、インフレの高進と相まって、いよいよ動揺し始めている。事態が悪化した場合、すでにゼロ金利か実質上マイナス金利に移行している下では、低金利に逃げることもできない。インフレを抑えるために金利を引き上げれば、債務危機を急速に引き起こし、株高の終焉どころか、株式市場とバブルを一挙に崩壊の危機に陥らせかねない。もはや大規模な金融緩和にも戻れない。引くに引けない、進むに進めない事態の到来である。
当面は何としてもインフレの高進を抑える、これがバイデン政権にとっての最大課題となっている。
先に開かれた、仮想・米中首脳会談で、バイデン大統領の側から、経済協力協定の一環として中国の備蓄石油量を放出するよう習主席に要請したと、11/17のサウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙が特報として報じるや、原油市場価格は一時的に下落、さらに他の先進国にも要請し、日本政府も備蓄石油の放出検討に動き出している。しかし効果は限定的なことは言うまでもない。
しかしこんな取ってつけたような弥縫策よりも、バイデン政権がインフレ抑制で手っ取り早く政策転換できる、インフレを少しでも、実効を伴って抑制できる道が確固として存在している。それは、トランプ政権が開始し、バイデン政権が相も変わらず引き継いでいる、中国製品への関税引き上げ政策である。
11/15、米国の2ダースの経済団体が、バイデン政権に対し、インフレ上昇の中で米国人を救済するために、中国製品への関税を引き下げるよう要請した、と報じられている(CNN Business November 15, 2021)。米中経済協議会を中心とした経済団体は、キャサリン・タイ米通商代表部代表とジャネット・イエレン財務長官に宛てた書簡の中で、「過去数年間に実施された関税は、米国の企業、農家、労働者、家族に不均衡な経済的損害を与え続けている」と述べ、米国の輸入業者は、中国製品に対するいわゆる「セクション301」の関税のために1,100億米ドル以上を支払っており、そのうち約400億米ドルはバイデン政権時代に課せられたもので、「これらのコストは、他のインフレ圧力と相まって、パンデミックの影響から回復しようとしているアメリカの企業、農家、家族に大きな負担を強いるものです」と指摘し、「関税撤廃プロセスを大幅に拡大するための即時行動を要請します」と結んでいる。この書簡に署名した他の24の経済団体は、米国商工会議所、ビジネス・ラウンドテーブル、全米小売連合、米国ファームビューロー連合、半導体産業協会などである。

11/10 イエレン財務長官は、FRBは1970年代レベルのインフレの繰り返しを許さないと述べ、米国のインフレ率の上昇は来年以降は持続しないとの見解を繰り返し、「物価上昇は横ばいになると思います。通常と考えている2%に近いインフレに戻ります」、「それは今は起こっておらず、連邦準備制度はそれが起こることを許可しません」と強弁している。しかしこのように叫べば叫ぶほど、足元を見透かされれるというものであろう。「それは今は起こっておらず」と言っても、すでに目標の3倍以上、6.2%に高進しているのである。一部の地域ではさらに高進し、アトランタでは、インフレ率は7.9%にフェニックスとセントルイスも7%を超えた、と報じられている。
庶民はすでに、「エネルギー危機の中、アメリカ人はパニックに陥り、薪やストーブを購入」と報じられ、「高騰する化石燃料の価格をそぎ落とすために、薪の束やストーブをパニック的に購入しています。」(11/21、ブルームバーグ)、「1コード(約700本)の乾燥した薪が、今日は200ドルで売られている。これは1年前に比べて33%の上昇です」「2,800ドル以上の薪ストーブの売り上げが50%も増加している」という。

インフレ高進がバイデン政権にとって政治的な悪夢となっている以上、まずは、米中冷戦政策を放棄し、関税引き上げ競争を停止すること。さらには愚かな金融ギャンブルを横行させ、マネーゲームが支配する金融資本主義、インフレを主導する独占企業支配体制に徹底的なメスを入れ、反独占規制を復活させる、より深い構造的問題に切り込む、反独占政策こそが事態打開のカギとなっているのである。
(生駒 敬)

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【投稿】COP26の「脱石炭」は金融詐欺と原発回帰の合図

【投稿】COP26の「脱石炭」は金融詐欺と原発回帰の合図

                                                                                      福井 杉本達也

1 竜頭蛇尾の「脱石炭」

COP26は人為的な地球温暖化の主要因となっているとする化石燃料の削減・特に”悪役“の石炭に絞って削減が求められたが、交渉は難航し11月12日までの日程が、1日延長され13日にずれ込んで閉幕した。特に石炭を主燃料とするインドは、「化石燃料の削減を巡る文言に反発し、表現の修正を要求。石炭火力の『段階的廃止(phase out)』ではなく、「段階的削減(phase down)」に向けた努力の加速を各国に要請するという表現に修正された。」(ロイター:2021.11.15)。韓国『ハンギョレ新聞』はこれを「場が盛りあがったりひっくり返ったり…COP26の『決定的場面』5カット」(2021.11.15 Yahoo)と揶揄した。同紙は会議当初の「首脳たちの派手な外出」を取り上げ、「120あまりの国の首脳が直接、英国のグラスゴーを訪れたからだ。COP26は、1~2日に特別首脳会議で始まり、期待を高めた。実際、100カ国以上が、2030年までに全世界の森林破壊を防ごうと約束した。ブラジルやインドネシアなど森林が多い国も含まれた。米国が主導した国際メタン誓約への加入国も100カ国を超えた。」と書き、最大の関心事は、脱石炭計画の具体化について、「しかし、最終合意文では、中断の代わりに削減に変わり、4日にその内容を約束した脱石炭声明に署名した国は、46カ国に過ぎなかった。石炭火力発電への依存度が高い国家に挙げられる日本、中国、オーストラリア、インドや米国などは、初めから参加しなかった。韓国やポーランドなどは署名したが、石炭退出の時期には同意していないという立場だ。この日…アニメキャラクター『ピカチュ』の扮装をした気候問題活動家が、日本が石炭への金融支援などのこれまでの政策を維持することに対し抗議するデモを行った。」と書いた。

2 空理空論の「脱石炭計画」

そもそも、脱石炭は空理空論に過ぎない。総合球環境学研究所の金本圭一朗准教授は「先進国が自国の排出削減を進める陰で、新興国や途上国に排出を抑しつけている」と指摘する。金本氏の計算では、中国が2015年に排出した温暖化ガスのうち5・8億トンは米国向けに輸出した商品に由来する。同じく欧州向けが5.3億トン、日本向けが2.4億トンである。日本の場合、元々の排出量が13億トンなので、輸入品に伴う排出量・2.4億トンというのは2割弱を占めることとなる。石炭火力などを中心とする中国の排出量は、これら輸出関係が1/3を占めることとなる。COPでは先進国は自国に有利なように議論を運ぼうとしたのである。オックスフォード大学は「製品を生産する側ではなく消費する側の国・地域に排出量をひもづけたデータを公表している。同年の推計で、中国の排出量は全体とし1割減る。逆に日本は1~2割増える。」今回のCOP26の議長国である英国に至っては4割増となる。「世界全体でみれば、製品をつくる場所が違う国・地域に移っただけである。」(日経:2021.11.2)。石炭はインドなどを含め発展途上国の貴重な第一次エネルギー源であるし、今後ともエネルギー源でありつづける。もちろん大気汚染への対策や発電の効率化は進める必要があるが、全廃などというのは暴論である。

 

3 「脱石炭」は実物投資から金融にカネを集めるための巨大詐欺

国際会計基準を策定するIFRS財団は、2022年6月をめどに企業による気候変動リスクの開示を求める世界共通の基準をつくとした。統一したルールに基づき「温暖化ガス排出量などの開示が進めば投資家は比較しやすくなり、企業の選別が進む」という建前であるが(日経:2021.11.4)、実際は、石炭や石油・天然ガスといった資源投資では長期にわたり投資が固定化されるので、これを嫌がり、短期資金としてカネを金融に回しバブルを支える財源にするもので、全くの金融詐欺といえる。日銀もこうした国際金融資本の流れに「気候変動対応,オペ(公開市場操作)」を設けるとした。「対象となる金融機関には、気候変動への取り組みに関する目標や戦略、実績といった具体的な情報開示を求める。こうした条件を満たした金融機関は、金利ゼロで日銀から資金を借りられる。投融資の実請に応じて、マイナス金利政策による負担が軽くなる優遇措置を受げられるメリットもある。」(福井:「日銀が脱炭素化支援」2021.11.8)と発表した。温暖化ガス排出の実質ゼロを目指す金融機関の有志連合(GFANZ)は今後30年間で脱炭素に100兆ドル(1・1京円)を投じる方針だ。提唱したのは国際金融資本の元締めの一つ・イングランド銀行前総裁のマーク・カーニー氏である。世界の有力銀行・保険・投資会社450社が参加するという。日本からも3メガバンクのほか、日本生命・野村アセットなど18社が名を連ねる(日経:2021.11.8)。資源に投資すれば、当然、探査・開発などで20~30年という長期にわたり資金が固定される。発展途上国の自立により、かつてのようには資源の収奪ができなくなり、利益も上げにくくなってきてもいる。また、石油のように価格支配力をOPECプラスに奪われてしまったものもある。国際金融資本としては、こうした利益幅の薄くなった投資先から、投機市場に資金を移し替えたいのである。

4 再生可能エネルギーの妄想

再生可能エネルギーによって、全てのエネルギーが賄われるというのは妄想に過ぎない。太陽光や風力発電などの再生エネルギーは予測不能であり安定性に欠ける。それをバックアップするために大規模な蓄電システムが必要である。今回、英国はガソリン自動車の新車販売を主要市場で35年、世界で40年までに終えるとの宣言を出した(日経:2021.11.11)。ガソリン車を廃止するということは、電気自動車(EV)への転換を進めるということだが、少し資料は古いが、小澤祥司氏の計算によると、ガソリンの発熱量は1ℓあたり8000=9300W/H、フルタンクにすれば400~500km走ることができる。一方、バッテリー充電できる電力量を体積(ℓ)あたりのエネルギー密度はリチウムイオン電池でも300~600W/Hである。ガソリンの1/15~1/30ほどであり、重量あたりのエネルギー密度ではガソリンの2%、ガソリン車と同等の走行距離を稼ごうとすればガソリン車の15倍のバッテリーを積む必要がある(小澤:『「水素社会」はなぜ問題か』)。さらに、冬季の暖房はどうするのか。ガソリン車では廃熱を利用している。EVでは電気を無駄に暖房に使用しなければならない。全世界の自動車の内燃機関から発生するエネルギーを、再生可能エネルギーだけで賄うということは不可能である。それはどこからか持ってこなければならない。

5 原発回帰を狙う国際金融資本

COP26開催中の11月9日、フランスのマクロン大統領は、ガスや電力価格が高くなる中「原子力発電所の建設を再開すると発表した。安定した電力供給を続けながら脱炭素を進めるには原発の活用が不可欠と説明した。」原発に回帰した背景を、「気象条件で発電量が左右される再生可能エネルギーだけでは安定的な電力の供給体制はつくれないとの考えを強調した。原発の活用で電力の安定供給と脱炭素の両方を実現できるとする」と説明した。また、英国も「原発の活用で温暖化ガス削減を進めるとの立場」である(日経:2021.11.11)。 英政府は10月19日、「2050年までの温暖化ガスの排出実質ゼロに向け、30年までに900億ポンド(約14兆円)の民間投資を呼び込む」と発表したが、「原発については、工場で組み立てる『小型モジユール炉』(SMR)を合めた原発開発や技術の維持のために1・2億ポンドの新基金を創設する。20年にも小型炉や先進的モジュール炉の開発に3・8億ポンドを充てる計画を表明済み」である(日経:2021.10.22)。英国は全発電量の原発の比率が16%、再生エネルギーが43%を占めが、ジョンソン首相はCOP26に先立ち、「2035年までに電力の脱炭素化を果たす方針を表明した」が、その裏には再生エネルギーは予測不能で安定性に欠けることを念頭に、『原発はベースロード電源になる』との見方を示し」(日経:同上)、「ベースロード電源」の競合相手の1つとして原発などよりよほど安全性でもコスト的にも有力な石炭火力を潰すことによる、原発回帰の露骨な宣言であり、グラスゴーのCOP26での「脱石炭」はまともに取り合ってはいけない危険なしろものである。

 

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【投稿】制御不可能なインフレの高進へ--経済危機論(65)

<<「バイディンフレーション」>>
11/10、米国の10月の消費者物価指数(CPI)が前年比6.2%上昇と発表された。これは、1990年以来の最速の年間上昇で、過去30年以上で最も高く、9月に記録された5.4%の上昇をも上回るものであった。食料やエネルギーなどの不安定な項目を取り除いた後のいわゆるコアインフレでみても、1991年以来の最高レベルである4.6%の上昇を記録し、価格の高騰が経済全体に広がっていることを明確に示している。平均時給も前年同期比+4.9%、より広範な指標である雇用コスト指数も前年同期比+3.7%となっているが、インフレ調整後の実質的な平均時給は10月に前年同月比1.2%減となり、7カ月連続でマイナスである。実質賃金は減少しているのである。

バイディンフレーション: クラフトハインツ、製品価格、最大20%引き上げ 同社広報は、今回の値上げは 「業界全体が直面しているエスカレートするインフレを相殺するため 」に実施するものたと述べている。

その上に、食料品とエネルギー(非中核品目)のインフレ率が前年比で9.7%上昇しており、低所得者層により大きな打撃を与えていることが明瞭となっている。

こうした最中、11/10、クラフト・マカロニ&チーズ、ハインツ・ケチャップ、ゼリーなどを扱うアメリカの大手食品会社・クラフト・ハインツが、「業界全体が直面しているエスカレートするインフレを相殺するため 」だとして、多数の製品を最大20%値上げすることを発表したのであるが、このようなインフレを招いたのはバイデン大統領であり、このインフレは「バイディンフレーション」(BIDINFLATION)だとするツイートが登場する事態である。
11/10、バイデン大統領は声明を出し、「インフレ傾向の改善が私の最優先課題だ」と述べざるを得なくなった。
米国でのインフレの急増は、米国のみならず、世界の金融市場の混乱をさらに深め、まずは信用取引や外国為替証拠金取引など、担保をもとに取引を行うショートエンド市場の混乱を招き、国債の利回りを押し上げ、バブル化し、投機化した金融市場の不安定化を招きだしている。金融・株式市場はいよいよ激変しかねない魑魅魍魎の世界に入ろうとしているとも言えよう。
もちろん、この制御が効かなくなりつつあるインフレ高進は、米国だけではなく、世界的な現象となりつつある。
9月のユーロ圏のインフレ率は3.4%で、これまた世界金融危機前以来の最高水準であり、欧州中央銀行の目標である2%を大きく上回っている。イギリスでは、来年の最初の数ヶ月で5%に達すると予測されている。
日本のインフレ率は、直近10/21現在、9月+0.2%で、前月-0.4%から+に転じている。21年4月以降ジリジリと上昇基調にある。輸入物価指数は20年10月には前年比10.9%減であったものが、21年9月には同31.3%増に急上昇しており、連日目立って報道されているのがガソリン価格の上昇である。レギュラーガソリンの小売価格は、20年4月には1リットル当たり134円台であったが、1年後の21年4月には150円台に上昇、1年半後の10月には160円台に上昇、11/10現在、10週連続値上がりで、169.0円まで上昇、11/13現在、高知県では175円を超えている。原油価格の上昇はLNG(液化天然ガス)価格の上昇にも波及、電気・ガス料金の値上げを電力・ガス企業は虎視眈々とうかがっている。インフレは、ベースメタルと言われる銅などの鉱物資源価格、金などの貴金属価格の上昇にも波及しており、日本のインフレはこれからが本番とも言えよう。
世界の製造工場となった中国においてもインフレ傾向が現れだしている。企業の収益性の指標である中国の工業生産者物価指数・工場のゲート価格が、21年4月、前年比+6.8%、6月9%、9月10.7%、10月には13.5%上昇し、26年間で最高の上昇となっている。上昇の主な理由は、原材料の値上げである。石油および天然ガス抽出業界の価格は5月にほぼ2倍になり、鉄金属製錬および圧延処理部門の価格は38.1% 上昇している。中国国家統計局が11/10に発表した、2021年10月の全国の消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)のデータによると、PPIは2.5%上昇し、前年同期比では、13.5%上昇し、上昇幅は前月比で2.8ポイント拡大している。CPIは、前月比で、前月の横ばいから0.7%上昇に転じ、前年同期比で見ると1.5%上昇している。中国でも、インフレはこれからが本番とも言えよう。

<<「人々は怒り出すだろう」>>
11/10付けニューヨークタイムズ紙は、「冬の暖房費が次のインフレの脅威となる」と題して、パンデミックで景気が悪化し、急落していたエネルギー価格が急上昇している。消費者はすでに数十年で最も早い価格上昇に対処しているが、もう一つの好ましくない上昇が目前に迫っている。冬の暖房費の増加である。米国の家庭の約半分の暖房に使われている天然ガスは、昨年のこの時期に比べて約2倍の価格になっており、冬季に暖房用の石油やプロパンを使用する10%の家庭に大きな影響を与える原油価格も、同様に目を見張るほどの高騰を見せている。米国では、家庭用燃料消費の約50~80%が冬場に集中しており、暖房費が過去10年間で見られなかったレベルまで上昇し、請求額を押し上げる可能性がある。言い訳として、在庫量やサプライチェーン、世界の需要についての複雑な説明を聞いても、心が癒されることはないだろう。12月や1月に請求書が届き始めると、「一般の人々は怒り出すだろう」と警告している。
バイデン大統領は、11/10の先の声明の中で、物価高の最大要因は「エネルギー価格の上昇だ」と指摘している。
しかし、物価上昇の最大の原因は、価格を上げる力を持った相対的に少数の巨大な大企業・独占体へのアメリカ経済の集中化・競争条件の排除が進んでいることと密接不可分なのである。
問題のエネルギー価格についても、実際には、集中化し、寡占化した石油・ガス独占体が、価格が上昇するのを待ってから供給量を増やすことで大きな利益を得ているのが実態なのである。それが可能なのは、大規模な石油・ガス企業は売り手優位の独占企業連合を通じて、競争を排除し、値下げ競争ににさらされていないからである。そうした下での価格上昇のほとんどは、インフレではなく、独占企業・独占資本の力、それを支えるこれまた独占金融資本の力が価格上昇を促進しているのである。実際にも、米石油大手シェブロンが10/29に発表した第3・四半期決算は、石油販売が前年同期の約2倍、米国産ガスの販売が同3倍となり、利益が過去8年間で最高となっている。まさに価格上昇に対応して供給量を増やし、巨大な利益を手にしたのである。

<<COP26『ブラ・ブラ・ブラ』>>
すでに2年前に、米エクソンモービル(ExxonMobil)、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェル(Royal Dutch Shell)、米シェブロン(Chevron)、英BP、仏トタル(Total)の5社が、表向きはパリ協定とその気温目標を支持すると約束しつつ、実際には「化石燃料事業の運営と拡大」に年2億ドル(約220億円)をつぎ込んできたことが暴露されている。そして今回の英スコットランド・グラスゴーで開かれている国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に、どの国よりも多くの代表を送り込んだのは化石燃料産業界であり、会議開始時に国連が発表した参加者リストには、化石燃料産業とかかわりのある503人が、COP26の参加資格を認定されている。
「COP26」は会期を延長して14日間にわたる交渉を終え、世界の平均気温の上昇を1.5度に抑える努力を追求するとした成果文書を採択して閉幕したのであるが、最終合意案には当初、石炭の使用の「段階的に廃止」ではなく「段階的削減」という表現に変えられ、イギリスの前ビジネス相でもあるアロク・シャーマCOP26議長は、「この終わり方について、謝ります」「本当に申し訳ない」と全体会議を前に謝罪する事態に追い込まれたのであった。
 スウェーデンの環境保護活動家、グレタ・トゥーンベリさんは11/13、自身のツイッターに「COP26が終わりました。簡潔に言えば『ブラ・ブラ・ブラ』です。本当の活動は議場の外で続いています。私たちは決して諦めません」と投稿している。「ブラ・ブラ・ブラ」は、会議が形だけのものだったというわけである。

こうした石油独占資本やそれを支える金融独占資本のあくなき独占利益追求こそがインフレを高進させているのであり、環境を破壊しているのである。これを阻止するためには、独占禁止法を徹底的、積極的に活用することが求められているのである。
しかし現実には、連邦政府が反トラスト法の施行をほとんど放棄した1980年代以降、アメリカの全産業の3分の2が集中化・独占化している。そしてこれらの業界団体の一つである米石油協会(American Petroleum Institute)を通じた、共和・民主両党へのロビー活動によって、2018年にはメタン排出基準の緩和や、石油ガス開発規制の緩和など、トランプ政権下での「成果」を次々と勝ちとってきたのである。こうした「成果」は、独占禁止法によって破棄し、独占体そのものを規制・解体しなければならないものである。
現在、バイデン政権は、ガソリン価格の上昇を抑えるために石油業界と協議したり、トラック運転手の不足を解消するために商用運転免許証の発行を簡素化したり、混雑したコンテナ港を解消しようとしたりしているが、そんなことではますますインフレ高進を制御不可能なものとさせ、放置することになろう。物価上昇の原因となっているより深い構造的問題に切り込む、反独占政策こそが要請されているのである。
(生駒 敬)

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【翻訳】フランスは、如何にしてAUKUS協定で蚊帳の外に置かれたか

The Japan Times on Thursday, September 23, 2021
“How France was blindsided by the AUKUS pact” by Paris AFP JIJI

「フランスは、如何にしてAUKUS協定で蚊帳の外に置かれたか」

 今年6月、気がかりな懸案を抱えている両国の潜水艦契約への関心を持ってフランスのリーダー Emmanuel Macron は、オーストラリア首相 Scott Morrison をパリに迎えた。日の当たるエリゼ宮殿の階段での所見にて、Mr. Macron は Mr. Morrison に “dear Scott”と呼び掛けて、「契約を早く進めて、出来るだけオーストラリアの要望に応えたい。」と約した。Macronは、顧客がすり抜けていくのを心配する、少し不安そうな商人のように打診する一方で、Morrisonはこの画期的な取引―2016年に調印時は、50 billion Australian Dollar (US弗36.5 billion)―については、言及しなかった。彼は、フランスにおいて「世紀の契約」として知られていることについて、公には何も述べなかった。以来、このことが、西側同盟において亀裂を大きく広げていく。
 匿名という条件でMacronに近いある情報筋は、以下を認識していた。即ち、我々は豪州側が、この契約に懸念を抱いていることは聞いていた。それゆえに彼らの質問に答えるべく便宜を与え、彼らに心配ないとの保証を与えてきた。Macron大統領は、Morrison首相を招待するに、自発的に動かれた、と。他方、豪州の関心は公表する記録の事であった。即ち、増大するコスト、納期の遅れ、さらにより大きな懸念として、12隻の潜水艦が2030年始めに就航するに当たり、その目的に適合できるであろうか。 2016年に調印された時は、Canberra(豪州の首都)は在来のディーゼル推進の潜水艦を望んだ。しかし5年後、中国との貿易上の争いと、Beijing(中国の首都、北京)の太平洋を巡る独断的態度により、より長く潜水できる原子力仕様への声となって来ていた。

 [Summer of worries (心配事の夏)]
 フランス高官たちの会見では、すべてが契約通りに進んでいるパリの様子を描いている。
 ただ、9月15日公式発表の数時間前、パリは豪州がフランスとの取引を見捨てて、AUKUSと呼ばれる米国、英国との原子力潜水艦(以下「原潜」)のための協定を行っている、ということを知った。(訳者注:AUKUS:豪、英、米 三国の軍事同盟。2021年9月15日発足し翌9/16公表された。) パリにおける激しい怒りの感覚は、外務大臣 Jean-Yves Le Drian が叫んだ、Morisonの率直さの欠落に加え「二重人格」「裏切り」そして「背後から刺された」(”stab in the back”)と言う以上のものであった。
 Morrison 豪州首相は日曜日 (9月19日の日曜か— 訳者)に述べた。即ち、Canberraが「深く重大な懸念」を、以前よりフランス原潜に抱いていたことを Paris (フランスの首都)が気付いていたであろう、と。豪州の他の大臣たちが数カ月前にこの取引の問題点を取り上げていたと言いつつ。
 6月のエリゼ宮での会食で、MacronはMorrisonに、フランス海軍グループとの契約についての豪州の懸念の詳細について知らせるよう強く求めた。第三のフランス情報筋―彼はより詳しいことの提供を断った―によれば、全体として保守的な豪州人(Morrisonのことか―訳者)の訪問は、うまくいかなかった。 二週間前の6月2日、パリで豪州国防省の首席Mr. Greg Moriartyは、現行の難局ゆえに、この取引の可能性ある代案を示して、警鐘の準備としていた。 6月9日、フランス国防大臣のMrs. Florence Parlyは、豪州国防大臣のPeter Duttonに、明確化を求めて、大丈夫だとの、さらなる再保証を与えられている、と匿名を条件に第四の情報筋は述べている。また、6月の会食の後、MacronはMorrisonに手紙を出した。他方、仏国と豪州の役人、職員、技術者、軍関係者の連絡/交流は強化さていた。

 [Mysterious movements]
 しかしながら、一連の警報ライトはずっとまたたいていた。この月の初めの、気分を落ち着かせる言葉の後、豪国防大臣Mr. Duttonは、6/24のパリ訪問以来初めて「豪州の受け入れ能力」について取り上げた、と国防省筋は述べた。 パリの神経質を暗示するかのように、Washington駐在の仏外交官Mr. Philippe Etienneは、7月に関係会社、NSA(National Security Adviser), White House等、あらゆる地位の人々をチェックするよう指示を受けたが、何も見つからなかった、とある情報筋は述べている。
 緊張した話し合いの夏の後、下旬の会合がいくらかの安堵をフランスに与えた。
8月30日、豪・仏の国防・外務大臣たちが最初の合同会議をVideoで行った。種々案件の中で両者は共同声明に合意した、即ち「より深めた防衛産業の協力」と「将来の潜水艦計画の重要性の強化」について。 両者には、この二年間に討議してきている重要な段階、即ち”System Functional Review”の完成の軌道に乗っているという確信が出来てきていた。
 しかしながら、フランスの得心は短命だった。金曜日(Sept.10)になって、Canberraの大使がパリに帰って、異状なる展開を知らせた。豪州防衛・外務両大臣が、対面会議の為Washingtonに向かっていると。 仏側は、直ちに十分な警鐘を鳴らして米国務大臣Antony Blinkenと国防大臣Lloid Austinに説明を求めた。しかし両者とも仏側への応対を避けた、と5番目のフランスの情報筋は述ている。

 [Blow to the head(頭を強打)]
 Canberraがフランスとの契約を見捨てる、という爆弾ニュースの豪州新聞の第一報が、水曜日(Sept. 15)ヨーロッパ時間にもたらされた。フランスの役人たちは、毅然たる態度でこのようなやり方での決定について学んだ。
 「Morrisonは、契約の終了についての風評が、すでに新聞に出始めている時にMacron大統領に連絡を取ることを試みた」と、ある大統領側近は述べた。Macronは、事前のはっきりした説明なしに、その電話を取ることを断った、とその情報筋は述べた。Morrisonは、結局手紙を送った。その手紙が到着したのは、公表の数時間前であった。
 怒ったフランス役人と米国の相方の緊張した話し合いに置いて、米側は以下の説明をした。
 即ち、豪州が英国に接近した。そして、そのことがJoe Bidenの新しい米国の統治についての話を促進させた。 6月11,12日の7ヶ国サミットが英国で行われたついでに、Morrison, BidenとUK首相Boris Johnsonの三者対面の話し合いがもたれた。 Morrisonがパリに到着する3日前だった、と仏情報筋は見ている。
 そして、たとえBidenが、他の二人との共同声明に置いてAUKUSの協調/協力を発表したとしても、米国にとっては、非公式には、AUKUSとの協調をパリに伝えるのは、豪州の責任であった、と主張したであろう。
「先週は、頭を強打されたようだった。」ある仏の情報筋は言っていた。

[ 訳:芋森 ]

 

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