【投稿】ワクチン敗戦

【投稿】ワクチン敗戦

                     福井 杉本達也

1 「このままじゃ政治に殺される」

5月11日の朝日・読売・日経の全国三紙・見開きに第二次世界大戦末期・米軍との本土決戦に備える少女の竹槍訓練の写真と新型コロナウイルスのイメージ画像をコラージュした「ワクチンもない。クスクもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される。」と訴える「宝島社」の全面広告が掲載された。

菅首相は5月7日、緊急事態宣言を5月31日まで延長するとしたが、記者会見で「新型コロナウイルスのワクチンについて1日100万回の接種を目標とすると表明した。」6月中には一般向けの接種も始めるとした(日経:2021.5.8)。東京大学物性研究所の押川正毅氏は、こうした政府の考え方を、物理学者「ファインマンが何度も指摘した 『計算はできるけど、計算と現実を対応させられない人』『3600万*2/90は?』『高齢者が3600万人、1人2回接種。3ヶ月で全員接種完了するにはどうすれば?』『スピード感を持って躊躇なく実行』(押川正毅2021.5.4)と皮肉っている。日経によると、4月12日に始まった高齢者接種では、5月6日時点で打ち終わった人は24万人、接種率はわずか0.3%、最も多かった日で2万1,602回、「7月末から逆算して、接種回数を1日100万回に引き上げなければ到底間に合わない」。最大のネックは担い手の確保だ。「接種場所を上積みできるかも課題…計画する全ての会場で接種を行うには10万人規模での医療従事者の上積みが必要となるが、確保には不安が先立つ」(日経:2021.5.9)と書く。大阪府の人口100万人あたりコロナ感染による死者数は1週間平均で22.6人/日と最大の感染国インドの19.3人を上回った。11日には最多の55人も亡くなった。国家の最高指揮官が「机上の空論」としての「虚ろな目標」を掲げるものの、もはや誰も指揮官の言葉を信じる者はいない。いつから日本はこのような情けない国になってしまったのか。

 

2 EUからのワクチン2400万回分が行方不明に?―全く無能の日本のロジステック

政府はワクチン接種の遅れについて「3⽉末からEUがワクチンの域外輸出を規制したことで、輸⼊が⼤幅に遅滞しているため」であると説明してきた。ところが、4月22日のBloombergが「EUから1月末以降出荷のコロナワクチン、日本へが最多の5230万回分」と報道したことに対し、内科医の上昌弘氏が「これは、一体日本のどこにあるんでしょうね。」とツイートした(2021.4.26)。上氏には全く失礼だが、フェイクニュースではないかと疑ってしまった。まさか日本政府がこの危機的な時期に最も重要なワクチンの輸入総数を把握しきれていないとは思わなかった。

5月3日付けの日経は「欧州連合(EU)は4月末までに日本向けに5230万回分の輸出を承認したと発表したが、日本政府が確認に手間取る場面もあったと報道した。「EUは製薬会社に対し域内で製造したワクチンの出荷計画を事前に申告し、許可を得るよう義務付けている。」EUが公表した1月30日~4月27日にの状況では「44カ国・地域に1億4,800万回分の出荷を承認し、このうち5,230万回分を日本が占めた。」。ところが、「日本政府は4月25日の時点で国内に到着していると確認していたのはファイザー製の2800万回分ほどだった」。「河野太郎規制改革相は27日、ツイッターで『日本向け5230万回分』と紹介したのに対し『数字が違うので、確認してもらっています』」などというEUの把握に誤りがあるようなとぼけた書き込みをした。しかし、「日本政府はEUの承認状況を十分把握できていなかったとみられ、関係省庁は情報確認に追われた」(日経:2021.5.3)と報道せざるを得ない状況に追い込まれた。ロシア・Sputnikも、「EUからワクチンが出荷された43カ国の中で最も多い量だ。国内接種の遅れについて、⽇本の政府当局者が供給上のボトルネックが理由の⼀つだと指摘してきただけに、⽇本向けワクチンが⼤量に存在するとの事実は国⺠をいら⽴たせている。EUのワクチン輸出の統計についてはブルームバーグ・ニュースが22⽇に最初に報じ、その後、EU当局が発表資料で確認。⽇本ではツイッター上でアナリストや医師、野党政治家がこれに⾔及し、『ワクチンはどこにあるのか』との疑問が⾶び交った。」とより正確に報じた(Sputnik:2021.4.30)。政府に忖度する日本のマスコミはこの政府の大失態を無視したままだ。日本のロジェステック能力のなさが国際的に明らかになった。

 

3 あるのは「机上の空論」のみ、達成の手段を考えない―ワクチン敗北

米国のワクチン接種率は37%、英国は約36%だが、日本国民の接種率(4月末時点)はわずか1.3%と経済協力開発機構(OECD)加盟国37カ国で最下位である。菅首相は1日100万回を目標とし、「7月末までに高齢者のワクチン接種を終わらせろ」と言明したそうだが、現実は厳しい。4月末の厚労省の全国の地方自治体調査では、1741の市町村のうち6割以上の1100の自治体が「7月中に高齢者のワクチン接種完了はできない」と回答している。 「ワクチンが国から届かない」「予約を受け付で現場が大混乱」等々。日経によると、現在の自治体の稼働している会場は1万ケ所程度で、「おおむね医師は1.1万~1.2万人、看護師は1.4万人ほどの体制で臨んでいる」が、これを「1日80万回の接種を実現するには、医師と看護師による1万組ほどの体制で接種する場合、土日や祝日も休みなしで1日80回打たなければならない…1時間当たり十数回で、いまの体制では現実的でない。少なくとも各自治体が想定している計画を実現するには10万人規模で人材上積みが必要になる。」と計算する(日経:2021.5.2)。

日本は目標の立て方に戦略性がない。感染の拡大防止なのか、年齢層なのか、自治体間の公平性なのか、接種の公平性なのか。どのようにロジステックをするのか。時期は。資金はどのように調達し、どこに重点配分するのか。米国では既に18歳以上の4割が2回の接種を受けている。「スピード重視」、「証明書不要、予約なしでも」、「ワクチン接種の現場から感じるのは、細かな無駄は気にせず、とにかく圧倒的な物量で兵たんを充実させ、最後に勝てばいいという思想」でワクチン接種を行っている。緊急事態であるから、当然、人的資源も物的資源も不足している。『完璧』を求めることは不可能である。無駄もできる。その中でワクチン接種を優先するとするならば、どこを切り捨てるかを判断しなければならない。ワクチンが感染率を下げるとするならば、スピードを重視して公平性を後回しとすることも一つの方法である。むろん、十分なワクチンの確保が前提だが、EU発表資料から判断すれば、他の諸国より相当の量を既に確保している。

4 PCR検査でも敗北

厚労省は当初、PCR検査でも病床や医療資源が逼迫するとして、検査を37.5℃かつ4日間は受け付けないという厳しい制限を設けた。既存の感染症病床数や保健所の人的・検査機器の体制に検査数を合わせようと試みた。大学や民間の検査機関を利用すればその何倍もの能力があるにもかかわらずである。平時の体制に無理やり現実を合わせようと逆算したのである。日本ではいまだに感染状態の把握ができていない。「⽇本の感染者が多いのか、どこでどれくらい流⾏しているのか、正確な状況がわからなければ、対策の⽴てようがない。このためにはPCR検査体制を強化すべきだ。コロナ感染はPCR検査をしなければ診断できないからだ。ところが、厚労省は『PCR検査抑制』の姿勢を貫いている。」⼈⼝1000⼈あたりの検査数では、⽇本の検査数は英国の28分の1、⽶国の5分の1である(上昌弘:2021.5.1)。上昌弘氏は別の個所で厚労省関係者の話として、「『厚労省は検査を拡大する気がないからです』という。この人物は、その理由として『感染研と保健所に大規模な検査を遂行する実力はなく、検査拡大を認めれば、彼らの情報や予算の独占体制が崩壊するから』」と書いている(上昌弘:2021.4.8)。

5 憲法の「緊急事態条項」

4月7日付けの日経は「コロナ、統治の弱点露呈」との見出しで、「いまも止まらない新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の統治機構の弱点を浮き彫りにした。デジタル化の遅れや国と地方のあいまいな責任と権限、既得権が臨機応変な対応を妨げ、政治主導の動きも鈍かった。」「官僚は既存の法や制度にとらわれる。危機時にそれを突破するのが政治の役劃といえるが、その政治も既得権の壁を越えようとしない。」(日経:2021.4.7)と嘆くが、「デジタル化の遅れ」や「国と地方の責任と権限」、「既得権」、「既存の法や制度」といった個別制度だけをあげつらう問題ではない。

個別制度の欠陥を指摘するだけでは「『医療逼迫が起きたらコロナ専用病院をつくる必要があるが、今のスキームでは不可能だ』・自民党の下村博文政調会長は3日、東京都内で開かれた改憲派の集会でこう指摘し、緊急事態条項創設を訴えた」(時事:2021.5.10)というような「コロナ禍」を“好機”とみなす「ショック・ドクトリン」(惨事便乗型資本主義)の考え方が出てくる。しかし、「コロナ専用病院」をつくるにしても、医師や看護師、医療資材の投入はどうするのか。これは「スキーム」だけの問題でない。

2020年1月下旬、中国の感染症研究のリーダー鐘南山氏は、1000万人を超える武漢の閉鎖、徹底したPCR検査、建設資材を始め、医師や看護師ら5万4千人、医療資材を集中投入いて1000床を超える「火神山医院」をわずか10日に完成させ、二つ目の1500床の「雷神山医院」も14日間で建設した。死亡者を1人でも減らそうとするスピード感とロジステックは称賛に値するものである。「専制的国家」だからという批判のみで、自らは何の対応もしない日本の戦略のなさとは対照的である。なぜ、中国が素晴らしいロジステックが出来たのかを真剣に学ぼうとしないのか。

もし、下村政調会長の主張のように、あたかも全てか解決する“魔法の杖”かのように憲法に「緊急事態条項」を設け、首相に全ての指揮権を与えるならば、ロジステックなしの死屍累々たる「タケヤリ」戦術の再現となることは明らかである。ワクチン接種が滞る中、政府は自衛隊主導で1日1万人の高齢者ワクチン接種センターを東京と大阪(同5千人)に設けるとしたが、自衛隊だけでは人手が足りず、民間の人材派遣会社、旅行会社に丸投げするといいう。委託業者からはワクチン接種会場のアルバイト求人募集「時給1450円~」という求人広告が出された(AERA:2021.5.10)。指揮官の「やってるふり」の戦力の随時投入・泥縄の積み重ねでは日本沈没は免れない。

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【投稿】ワクチン・特許放棄をめぐる戦い--経済危機論(48)

<<「異常な状況は異常な措置を要求」>>
 5/5、米通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は、バイデン政権として、新型コロナウイルス用ワクチンに関わる知的財産(IP)の保護を放棄することを支持するとの声明を発表した。この発表に際して「世界貿易機関(WTO)での権利放棄に賛成であり、権利放棄の提案者が達成しようとしていること、つまりワクチンへのアクセス改善、製造能力の向上、接種の拡大に賛成である」「政権は、知財保護を強く信じる一方で、感染拡大を収束させるべく、新型コロナワクチンの知財保護を放棄することを支持する」と述べ、「これは世界的な健康危機であり、コロナウイルスによるパンデミック危機の異常な状況は異常な措置を要求している」と述べている。タイ代表はまた、米国がインドと南アフリカの提案を支持するために世界貿易機関(WTO)での交渉に参加することを明確にした。
 この声明は、大手製薬独占企業にとっては寝耳に水であり、直ちに激震となった。ファイザー(Pfizer)のワクチン共同開発企業であるドイツのビオンテック(BioNTech)の株価は14%の下落、モデルナ(Moderna)9.7%安、ノババックス(Novavax)11%安、ファイザー2.6%安、等、軒並み下落に見舞われた。フィナンシャル・タイムズ紙は「製薬部門で即座の怒りを引き起こし」、「ワクチンの大手メーカーの株は発表によって打撃を受けた」と報じている。米国内最大の製薬業界団体である米国研究製薬工業協会(PhRMA=PharmaceuticalResearch and Manufacturers of America)は、「特許免除は利益よりも害を及ぼす」、「官民連携に混乱の種をまくもので、すでに緊迫状態にあるサプライチェーンをさらに脆弱にし、ワクチン偽造を拡散させる」、「致命的なパンデミックの真っ只中に、バイデン政権は、パンデミックへの世界的な対応を弱体化させ、安全性を危うくする前例のない一歩を踏み出した」と主張する強硬な声明を発表。
 翌5/6、業界の反発に応えて、ドイツのメルケル首相がコロナワクチンの知財保護を放棄する提案に反対すると発表、「知的財産権保護は、革新の源泉として未来においても維持されなければならない。新型コロナワクチンの特許を解除しようという米国の提案は、ワクチン生産全般に大きな影響を与える」とし「現在 ワクチン生産を制約する要素は、生産力と高い品質基準であり、特許ではない」と主張。このメルケル首相の発言で、製薬企業の株価は反発、いくらかは戻している。

特許放棄提案に賛成または反対する国(Co-Sponsor:支持、Full Supporter:完全支持、General Supporter:一般的支持、Opponent:反対、Original Sponsor:原提案国、Undecided:未定)

 一方、フランスのマクロン大統領は同日、「ワクチンを世界的公共財とするべきだ」として、「知的財産権を開放しようという意見に、全面的に賛成する」ことを明らかにした。オーストラリア、ニュージーランドも特許の一時的放棄に賛同の意向を表明。

 アストラゼネカ社のあるイギリス、ノバティス社とロシュ社があるスイスは、それぞれ製薬多国籍企業を抱えていることから、知的財産権の一時免除提案に対しては「論議する」としながらも、効果については疑問視しているという立場を表明している。
 5/7、欧州連合(EU)の行政トップ、フォン・デア・ライエン欧州委員長は、「議論は拒まない」としつつも、「ワクチンを素早く世界中に行き渡らせるための、短期、中期の解決策にはならない」と指摘して、反対の意向を表明。
 パンデミック危機の展開と同様、まさに混とんとした事態の展開である。
 特許権放棄のキャンペーンを行っている国境なき医師団は、提案に賛成、反対、未定の国々を示す最新の地図を公開している。日本は態度表明を避けているが、これまでの経過からして当然、反対国として表示されている。(上図)

<<「別の変異ウイルス」>>
 そもそもこの特許権放棄の提案は、昨年10月2日に、南アフリカ政府とインド政府が、WTOの貿易関連知的財産権協定(TRIPs)理事会に対し、各国が医薬品、診断薬、有望なワクチン候補など、コロナウイルスに関わる予防や治療に関連する知的財産権、意匠、特許および開示されていない情報の保護の免除を含む提案を行ったことからきており、この南アフリカ・インド提案には、すでに100か国以上の国々が支持することもしくは歓迎の意思を表明している。国連合同エイズ計画(UNAIDS)等の国際機関や国境なき医師団、等、多くの市民社会団体も支持している。
 そしてバイデン氏自身が大統領選の最中の昨年11月、この特許放棄に触れ、それが「世界で唯一の人道的なこと」であると語っていたのである。当然、バイデン政権成立後、民主党内左派の発言力、圧力が強まり、先月、4月中旬、バーニー・サンダース上院議員と他の9人の上院議員 が、バイデン氏宛ての特許免除を求める書簡に署名し、下院の民主党の過半数を超える110人の支持を得て、同様の手紙が下院で発表される事態にまで進展していたのである。だが、下院議長のナンシー・ペロシはこの書簡に署名しておらず、共和党は、党として反対を表明、当然、共和党議員の署名はゼロである。
 問題は、バイデン政権自身の対応である。USTRのタイ代表が明らかにしていることは、「これらの交渉は、機関のコンセンサスベースの性質と関連する問題の複雑さを考えると時間がかかります。」とあらかじめくぎを打っており、「免除の詳細を打ち出すことは長く複雑なプロセスになる可能性がある」ことを強調していることである。さらに、インドと南アはコロナウイルスにかかわるワクチンや開発情報、検査薬、医療物資など幅広い特許権の放棄を求めているが、米国は事実上、「ワクチンのみ」に限ろうとしている。そして決定的なことは、WTOの規則では、164加盟国・地域の全会一致が原則で、いかなる決定もこれに縛られ、協議は迅速には進まない見通しを前提にしていることである。つまりは、バイデン政権はWTOの協議を支持することで話し合いに参加し、国内の左派・改革派をなだめつつ、その一方で、特許権の完全な適用除外を伴わない、あいまいな妥協案を模索しているということである。
 WTOは「遅くとも11月末の閣僚会合での合意」を目指す、としているが、現状ではこれ自身も怪しいものであろう。
 製薬会社はすでに戦いに向けて準備を進めており、2021年の第1四半期だけでも、米製薬業界は連邦政府のロビー活動に9,200万ドルを費やし、バイデン氏にも多額の寄付を提供している。
 さらに問題は、バイデン大統領自身の製薬業界との深い結びつきも大きく関与していることである。バイデン氏は、製薬大手アストラ・ゼネカの米国本社の本拠地であるデラウェア州出身であり、特許問題について定期的に製薬会社と提携し、製薬特許規則を強化する貿易法を支持してきた経歴の持ち主なのである。そしてまた、医薬品の合理的な価格設定を強制する国立衛生研究所の権限復活に反対して共和党と投票した8人の民主党上院議員の1人でもあった。オバマ政権の副大統領時代、製薬特許の独占権を強化する環太平洋パートナーシップ協定(TTP)の主要な推進者でもあった。

反撃なければ、巨大製薬企業の欲深さがパンデミックを長期化させる (Free The Vaccine 2021/3/11、ニューヨーク、ファイザー本社前)

 こうした経歴の背景を持ちながらも、今回、バイデン政権が特許権の一時的放棄交渉に踏み出さざるを得なくなったのは、現在のパンデミック危機がもたらしたものであり、この危機を利用した自由競争原理主義と特許権で欲得づくの巨利を築いてきた大手製薬独占企業の横暴に対する怒り、内外の広範な特許権放棄を求める運動と世論がもたらしたものと言えよう。

 5/8、ローマ教皇はワクチン特許放棄を支持して、「愛や健康より知的財産を上位に置くのもまた別の変異ウイルスだ」と訴えている。
 反撃なければ、巨大製薬企業の欲深さがパンデミックを長期化させることは明らかであろう。
(生駒 敬)
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【投稿】バイデン「2正面作戦」に困惑する菅政権

4月28日バイデンは就任100日の施政方針演説で、中国、ロシアへの対抗意識を露わにした。中露への対応はトランプも厳しいものがあったが、それは個人の感情と取引に支配された不安定なものだった。
しかしバイデン政権のそれは、アメリカ流の「民主主義」「人権」という、中露との間に妥協が成立しにくいポリシーに基づくものである。 続きを読む

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【投稿】「専制主義国家」対「民主主義国家」という欺瞞に満ちたバイデン施政方針演説

【投稿】「専制主義国家」対「民主主義国家」という欺瞞に満ちたバイデン施政方針演説

                                 福井 杉本達也

1 就任100日も経ってからの施政方針演説

米大統領の「施政方針演説」は就任1期目に新政権の方向性や国内外の課題に対する見解や今後の政策について説明するもので、近年は就任1か月前後で終えていたが、バイデン氏のそれは就任100日目という「異例の遅さ」だという(日経:2021.4.30)。

施政方針演説に先立ち、3月25日、バイデン氏は就任後初の記者会見を行ったが、原稿を棒読みする危なっかしすぎる大統領の姿だけが印象に残った。RTは皮肉を込めて「⺠主党の戦略家が選挙運動中にジョー・バイデンを地下室に座らせて喜んで就任後64⽇間彼を報道陣から遠ざけた理由は分かっていますが、それは間違いなくコロナウイルスではありません。」と書いた(RT:2021.3.25)大統領選期間中にバイデン氏は、トランプ氏のファーストネームを2回にわたって「ジョージ」と呼び間違えたが、不安が的中した形となった。また、ハリス副大統領を二度も「ハリス大統領」と呼び間違えた。本当に「ハリス大統領」が出現するかもしれない。プーチン大統領を「殺人者」と呼んだことに対し、プーチン氏はバイデン氏の「健康を祈る」と切り返したが、バイデン氏の健康不安説がささやかれる中、軍産複合体を動かすCIAやネオコン、またキャンベルといったジャパンハンドラーズの行動が目立っている。

2 覇権を中国に渡さないとする宣言

バイデン氏は2兆ドルの大規模なインフラ投資計画を打ち出し、「風力タービンのブレード(羽根)を北京ではなくピッツバーグで製造できない、理由はない。電気自動車や電池の生産で、米国の労働者が世界を主導できない理由はない」と演説した。その必要性について、3月31日の計画発表時の声明では「世界的リーダーシップを我がものにするチャンスがある市場で、とりわけ中国との競争において、アメリカのイノヴェーション上の優位性を高めるだろう」と述べたが、「純然たる国内問題にまで対中対決を持ち込むバイデンの発想は貧相すぎると思わざるを得ません。」(浅井基文:2021.4.4)と浅井基文氏は批判している。また、『環球時報』社説は「今のアメリカでは、国内政策においても至る所で中国の影を持ち出し、国家安全保障のレッテルを妄りに貼り付け、ある産業がおかしいとなればすぐに中国のせいだとする。こういうやり方はナショナリズムを煽ることはできても、問題解決にはほとんど資さない…アメリカは道・方向を見失うこととなるだろう。アメリカにとって必要なことは自分自身と競うことである。」(『環球時報』社説:2021.4.2:浅井基文訳)と批判している。

3 ロシアが大統領選挙に介入するというのが「民主主義国家」?

バイデン氏は「ロシアによる選挙への干渉やサイバー攻撃、政府と企業への攻撃について、直接かっ相応の対応をした。」と述べたが、何を言っているのか本人は理解しているのか。ロシアによる選挙への干渉とは、2020年の大統領選及び2016年の大統領選についてである。トランプ前政権はその任期中継続して、民主党・メディアから「ロシア疑惑」との攻撃を受けた。トランプ前大統領はロシアの傀儡ということである。しかし、トランプ陣営がロシア政府と共謀して得票を不正に操作したという「ロシア疑惑」はなかったことが、モラー特別検察官の捜査によって結論付けられた。2年以上にもわたって大手メディアが洪水のように振りまいてきた「ロシア疑惑」報道はフェイクだった。ロシアのつながりの最大の証拠としていたのが英MI6系の「スティール報告書」だが、根拠に乏しいものだった。自らの選挙制度の不正をロシアのせいにして敵を造らなけらばならない「非民主主義国家」アメリカの哀れな現状を口走っているに過ぎない。 続きを読む

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【投稿】3補選・自民全敗が示したもの--統一戦線論(73)

<<「保守王国」のもろさ>>
 4/25投開票の衆参・3補欠選挙は、いずれも与党にとっては逆風の選挙戦であった。自民は負けるべくして負けた、とも言えよう。
 衆院・北海道2区は、収賄罪で在宅起訴された自民党の吉川・元農水相の辞職にともなう選挙であり、自民党は不戦敗を選択せざるを得なかった。(野党統一候補の松木謙公氏=立憲民主党公認=5万9664票、他の候補の2倍以上)
 参院・長野補選は、立憲民主党の羽田雄一郎氏のコロナウィルス感染による急死にともなう弔い選挙であり、民主党以来の根強い支持基盤で、自・公与党には当初から不利であった。9万票の大差で自民が敗北。(野党統一候補の羽田次郎氏=立憲民主党公認=41万5781票vs. 自民党の小松裕氏=32万5826票)
 参院・広島選挙区は、2019年参院選の大規模買収事件で有罪が確定した河井案里前参院議員の当選無効にともなう再選挙であった。与野党対決構図となった、長野、広島選挙区で、当初、与党優勢が伝えられ、「唯一勝ち目のある戦い」(与党選対幹部)としていたのは、広島選挙区だけであった。だがそれも、オリンピック開催に拘泥した泥縄のコロナウィルス対策によって、すべてが後手後手に回る菅政権の無能力・無責任さが際立つ状況下での与野党対決であった。
 しかしそれでも広島選挙区は、これまで自民候補が野党候補の2倍近い票で野党の勝利を許してこなかった選挙区である。そんな選挙区であっても今回、自民・公明連合が敗北したのである。立憲、国民、社民推薦、共産自主支援で野党統一候補となった宮口治子氏が3万3000票以上の差で選挙戦を制し、与党連合に勝利したのである。しかも、宮口氏が立候補を表明したのは3月20日、告示日まで3週間を切っていた、ぎりぎりの短期決戦で、それでも勝利し得たのは画期的と言えよう。(宮口治子氏=37万860票vs. 自民党の西田英範氏=33万6924票)
 たとえ保守王国と言われてきた選挙区であっても、どのような形であれ、野党共闘が成立し、与党連合と明確に対決する統一候補を擁立すれば勝利し得ることが実証されたのである。逆に言えば、いくら保守王国としてこれまで盤石の基盤を持っていたとしても、与党連合に対する政治不信が高まり、与党政権の政権担当能力に疑問符が付き、矛盾が露呈されれば、その盤石であったはずの基盤のもろさが浮き彫りとなり、瓦解することを明らかにしたわけである。出口調査によれば、自民党支持者の約3割が宮口治子氏に投票したと回答していることにも現れている。
 問題は、この3補選、いずれも投票率が大きく低下していることである。衆院北海道2区補選は、30.46%で、前回比26.66%減(衆院補選では過去2番目の低さ)。参院長野選挙区補選は、44.40%で、前回比9.89%減(参院選では過去最低)。参院広島選挙区再選は、33.61%で、前回比11.06%減であった(広島選挙区では過去2番目の低さ)。投票率の低下は、有権者の政治不信、消極的抵抗、あきらめ、関心の低さの現われでもあろうが、制度としての民主主義に対する不信表明でもあり、直接民主制をも含めた多様な政治参加の欠如が問われているとも言えよう。野党共闘・統一戦線は、有権者の政治参加のあり方を根本的に改革し、政策としても、運動としても具現化していかなければ、野党共闘の勝利は極めて底の浅い、不安定で、それこそもろいものとなろう。

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【投稿】福井県知事40年超原発の再稼働同意-50億円で福井県民の命を売る

【投稿】福井県知事40年超原発の再稼働同意-50億円で福井県民の命を売る

                              福井 杉本達也

1 福井県知事の危険極まりない40年超原発の再稼働への同意

4月28日、杉本達治福井県知事は、40年超の原発の再稼働に同意することを表明した。これに先立ち、知事は、4月6日畑孝幸県会議長と面談し、「運転開始から幼年を超えた原発を対象に1発電所につき最大25億円を立地県に交付する国の方針を明らかにし」(福井:2021.4.7)、40年超原発の再稼働への県議会の同意を求めて、23日には事実上の同意を行っている。関電が、福井県における40年超原発の再稼働を計画しているのは、美浜3号機と高浜1,2号機の3機であり、1発電所に25億円の立地交付金を交付するとすれば50億円となる。カネに目がくらんで県民の命を売るとしかいいようがない。

2 40年超原発圧力容器の脆性破壊

鉄などの金属は粘り強さがあるが、温度が低下するとガラスのように脆くなる。この温度を脆性遷移温度と言う。通常、この遷移温度は零下数十度だが、強い中性子線にさらされると劣化が進み、上昇していく。中性子は高いエネルギーを持っており、原子炉容器の鋼材に衝突すると、原子炉の配列に乱れが生じ、鋼材の粘り強さが低下し、高い温度でも脆く割れる可能性が出てくる。特に、1970年代に運転を開始した原発は、銅などの不純物を多く含み、高浜1号では0.16%と1990年代に建設された原発の16倍もの不純物を含み、鋼材がより脆くなる(京都新聞:2012.3.14)。恐れられるのが、何らかのトラブルでECCS(強制冷却水注入装置)が作動し、大量の冷水を原子炉に注入した場合である。300℃付近で運転していた原子炉が→いきなり100℃付近にまで下げられる。高浜1号の脆性遷移温度は99℃といわれ、圧力容器は熱衝撃に耐えられず、一気に破壊するのではないかと懸念される(井野博満「老朽化原発は稼働延長に耐えられるか?」2015.4.9)。もちろん、そうなれば原子炉内の大量の放射能が環境中に放出されることになる。

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【投稿】日中関係を52年前に引き戻すのか―日米共同声明での台湾言及の時代錯誤

【投稿】日中関係を52年前に引き戻すのか―日米共同声明での台湾言及の時代錯誤

                              福井 杉本達也

1 日米首脳会談で時代錯誤の台湾言及

4月17日、訪米した菅義偉首相と共同記者会見したバイデン米大統領は、「『我々は中国からの挑戦にともに対応し、21世紀も民主主義国が競争に勝つことを証明する』と訴えた。日本と歩調を合わせて中国に対峠していく姿勢を強調した」。共同声明には『台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する』と記した」「『台湾海峡』を記すのは日中国交正常化前の1969年以来となる(日経:2021.4.18)。

既に、4月7日の『環球時報』では、4月5日に行われた日中外相電話会談において、王毅外交部長は茂木外相に対して、他人に追随して騒ぎ立てるようなことをせず、「手を伸ばしすぎるな」と直言したことを紹介し、中日関係は「新たな震動期に入る流れにある」とし、「日本は相当当てにならない国家であり、外交自主能力は極めてお粗末、アメリカの影響は絶対、外交的道徳感も極めて低い」、「外交本性は、正義を擁護することではなくして実力に屈服することにある」と、菅政権の対中政策を一蹴した(浅井基文:2021.4.13)。

2 「日中共同声明」を踏みにじる菅政権の暴挙

1972年9月、日中が国交を樹立するにあたり、当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相が署名した「日中共同声明」では、「2 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。3 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」と書いている。今回の日米共同声明での「台湾条項」は明らかに「日中共同声明」の上記条項を踏みにじるものであり、日中の国交回復前の時代に引き戻す時代錯誤の暴挙である。他国との最重要な条約事項を何のためらいもなくあっさりと踏みにじるのでは、日本の外交は全く信用されない。それを指摘しないマスコミ、さらには野党も全く信用されるものではない。 続きを読む

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【投稿】グローバル企業・アマゾンをめぐる戦い--経済危機論(47)

<<ビリオネア、コロナ禍でさらに巨額資産>>
 4/6、米フォーブス誌が発表したビリオネア(保有資産10億ドル=1084億円以上)の「世界長者番付2021」によると、その人数は2755人に達し、4年連続で首位となったのは、アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾス氏である。
 フォーブスのデータによると、その中でも1,000億ドル=10兆8400億円以上の資産を保有しているビリオネアは、以下の6人、
・アマゾンCEOのジェフ・ベゾス(1970億ドル)
・テスラとSpaceXの創設者のイーロン・マスク(1,720億ドル)
・マイクロソフトの創設者ビル・ゲイツ(1300億ドル)
・ FacebookのCEO、マーク・ザッカーバーグ(1,135億ドル)
・ バークシャー・ハサウェイCEOウォーレン・バフェット(1010億ドル)
・ オラクルの創設者ラリー・エリソン(1,010億ドル)
である。(下表、参照)

(なお、この「世界長者番付2021」で今回、「長者番付入りを果たしたのは、中国が745人、米国が724人で、中国が初めて米国を抜いた。」と4/9付け・人民網は誇らしげに報じている。中国でも新自由主義と格差の拡大が急速に進行していることの現われであろう。但し、20位以内は2人である。)

 1990年から2021年4月の間に、米国の億万長者の総資産は19倍に増大(2,400億ドルから24.56兆ドルに)しているが、とりわけ特徴的なことは、パンデミック危機の2020年3月18日から2021年4月12日までの間に、彼らビリオネアの総資産は、2.95兆ドルから4.56兆ドルへと、1.62兆ドル、つまり55パーセントも急増していることである。(INEQUALITY.org April 15, 2021 より)
 FRB・米連邦準備制度理事会のデータによると、アメリカの719人のビリオネアは、現在、米全人口の下半分、約1億6500万人の総資産(1.01兆ドル)の4倍以上の富(4.56兆ドル)を保有している。人口の1%どころか、0.0002%にすぎない彼らビリオネアは、過去13か月のコロナウイルス危機の中で、3000万人以上のアメリカ人がウィルスに感染し、56万人以上がそのために死亡し、約7700万人が失業しているそのさなかに、その犠牲を利用し、踏み台にして巨額の資産をさらに増大させたのである。ビリオネアの富の増加の3分の1は、このパンデミック危機と経済危機の13か月の間に手に入れたものである。
 99%以上の人々の犠牲の上に富と権力を集中し、独占する、こんな異常な事態が放置されることは許されないし、民主主義をあざ笑い、破壊するものと言えよう。日米首脳会談では例によって「日米は、自由、民主主義、人権などの普遍的価値を共有する同盟国だ」などとうたっているが、その「普遍的価値」を破壊し、富と権力の集中、独占を放置しているのは、日米首脳自身なのである。富裕層の脱税を許さず、累進課税を徹底的に強化し、富の社会的再配分を断行するニューディールが緊急に要請され、実行されるべき段階なのである。

<<アマゾンの組合つぶし>>
 4/13のフォーブスのデータによると、アマゾンのジェフ・ベゾス氏は、4/6の「世界長者番付2021」時点で、2020年の1130億ドルから、この13か月間で1770億ドル(19兆1868億円)へ、56.6%も増大させており、4/12時点では1968億ドル(21兆5282億円)、実に74.1%の増である。
 アマゾンは世界最大の企業の1つであり、日本でも展開するグローバル企業であるが、パンデミック危機に呼応して、ネットを通じた電子商取引が急増し、大量の実店舗の小売業に取って代わり、過去1年間だけでも、米国内だけで約40万人の従業員を追加し、総労働力はウォルマートに次ぐ80万人を超えている。ただし、これには、アマゾンのトラックで配達し、アマゾンのジャージを着ているにもかかわらず、数十万人のドライバーは請負業者として雇用されており、従業員には含まれていない。
 そのアマゾンで、昨年11/20、米南部アラバマ州、ベッセマーにあるアマゾンの倉庫で働いている労働者の要請に基づき、小売り業界の労組、小売・卸売・百貨店労組(RWDSU)が、組合結成の投票を労働関係委員会(NLRB)に公式書類を提出したときから、猛烈な組合つぶし策動が開始された。
 まず第一に、組合側が選挙に投票する資格があるのは1,500人の従業員であると主張したのに対して、アマゾン側は一時的・臨時的な季節労働者の追加を主張し、5800人に膨らませ、労働関係委員会にそれを飲ませることに成功。RWDSUのアッペルバウム事務局長は「投票資格者はわれわれが適正と考えた規模より大きくなった。だが、われわれが投票前にそれを受け入れなければ、数年にわたる法廷闘争になっていた」と述べている。離職率が高く、雇用形態が不安定で流動的な雇用主に有利な実態を逆に悪用したのである。

次いで、組合側の職場内でのキャンペーンを徹底して排除、締め出し、追跡、監視する一方で、会社側の反組合キャンぺーンは、会社側が雇った何十人もの反組合コンサルタント、その弁護士事務所の講義を従業員全員に聴講させる、トイレから浴室、職場のいたるところに会社側の反組合スローガン・チラシ・看板・メールをあふれさせる、等々、常軌を逸した、違法な反組合キャンぺーを横行させたのであった。ビリオネアにとっては、ビリオネアを維持し、さらに攻勢を強めていくための絶対に負けられない必死の反撃でもあったと言えよう。

 4/9の投票結果は、投票総数3041、組合結成に賛成738票、反対1,798票、29%対71%での否決であった。会社側が異議申し立てをした賛成票とみられる500票余りがあり、それらを加えたとしても4対6で、組合側にとっての敗北である。組合側はただちに、「アマゾンの行為は(従業員の間に)混乱や抑圧、報復を恐れる空気をもたらし、結果として従業員の選択の自由を妨害した。今回の投票結果は無効にするべきだ」との声明を発表し、全国労働関係委員会に異議を申し立てることを明らかにしている。

しかし、組合側の敗北にもかかわらず、今回のアマゾン労組結成キャンペーンは、意外とアマゾンを追い詰め、多大な影響をアメリカのみならず、全世界に及ぼしていると言えよう。米国の50以上の都市でアマゾン・ベッセマー労働者との連帯集会が開催され、4/5に発表されたAFL-CIOの登録有権者の世論調査では、「労働条件について交渉するために組合を結成するアマゾンの労働者を支持しますか、反対しますか?」との問いに、77%対16%で支持が反対を圧倒(民主党支持者:96%対2%、共和党支持者:55%対34%、無党派:79%対15%)している。

 3/22、イタリア労働総同盟(CGIL)が15か所のアマゾン倉庫で「アラバマとの連帯・ワンビッグ・ユニオン」を掲げてストライキを決行している。ドイツ、インドでもアマゾンの労働者によるストライキが行われている。
 4/16、ジェフ・ベゾス氏は、「株主への手紙」を公開し、個人経営の宅配業者やドライバー、そして一時雇用の社員支援のための基金を立ち上げることを明らかにし、さらに、アマゾンの従業員が過酷な労働条件の中でトイレにも行けず、ボトルに小便をしていることの言い訳として、わざわざ「従業員の成功のためのより良いビジョン」と「世界で最高の雇用主」になることを約束している。ある意味では、ベゾス氏は追い詰められているのである。
 アラバマ・ベッセマーのアマゾン労働者の闘いは、反撃の闘いの始まりに過ぎない、とも言えよう。
(生駒 敬)
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【書評】『ルポ沖縄 国家の暴力──米軍新基地建設と「高江165日」の真実』

【書評】『ルポ沖縄 国家の暴力──米軍新基地建設と「高江165日」の真実』
               (阿部岳、2020年1月、朝日文庫、740円+税)

 「それは沖縄の本土復帰後、最悪の165日間だった」。
本書はこの言葉で始まる。そして次の言葉が続く。
 「民主主義が壊された」/「「人権が踏みにじられた」/「法治主義が揺さぶられた」/「命が危険にさらされた」。
 本書の舞台は、名護市辺野古の新基地の東北に位置する東村高江区の米軍北部訓練場である。1996年12月2日、米軍は普天間飛行場の返還、北部訓練場の過半返還などを発表した。しかし北部訓練場の返還の条件としてヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)の移設という条件を付けた。つまり北部訓練場の北半分(ヘリパッド7か所を含む)を返還する代わりに、南半分に当たる地区に新たにヘリパッド6か所を新設する(そこには既存のヘリパッドが15か所ある)、そして新型輸送機オスプレイを配置するというものである。オスプレイについては周知のように墜落事故が相次いで「空飛ぶ恥」とまで言われて問題になった輸送機である。
 地元高江地区では受け入れ反対運動が起きたが、2007年村長が反対の公約を撤回、工事が着工された。2013年~14年に2か所のヘリパッドが完成した。
 そして残りの4か所について、沖縄防衛局が何が何でも工事を再開して完成させようと遮二無二暴力的に突き進んだ165日間(2016年7月11日の資材搬入~12月22日の返還を祝う祝典×市民団体はオスプレイ墜落の抗議集会)の「沖縄タイムス」記者による記録が本書である。
 この間、住民の反対運動を阻止するために、本土6都府県の機動隊を含む警察官約500人が投入された。本書は語る。「それにしても、500人。この派遣規模の意味を考えてみる」として、2014年北九州市の「特定危険指定暴力団」工藤会トップを逮捕する「頂上作戦」で福岡県に動員された機動隊員が約530人であったと指摘する。「政府はほぼ同じ人数を高江に差し向けた。凶器を持つ暴力団と丸腰の市民を同列に扱ったのだ」。
 そして問答無用の一斉検問、現場封鎖、無差別監視、座り込み住民のゴボウ抜き、微罪での逮捕、取材中の記者の監禁までもが行なわれた。その実態は本書に生々しいが、この中で全国に報道された、「土人」発言が起こる。
 「『触るなクソ。触るなコラ。どこつかんどんのじゃこのボケ』/2016年10月18日、抗議運動の住民に対し、とても職務中の公務員と思えないような罵倒を尽くした大阪府警機動隊の巡査部長(29)が、最後にこう吐き捨てた。/『土人が』/むき出しの敵意を投げつけられたのは芥川賞作家の目取真(めどるま)俊(56)だった。沖縄の軍事要塞化に強い危機感を持ち、辺野古、高江と抗議の最前線で体を張り続けている」。
 「乱暴な言動が目立つこの巡査部長に正面からビデオカメラを向けると、カメラ目線の暴言が返ってきた。撮られていることを承知の確信犯。巡査部長はこの後、目取真が別の機動隊員に押さえ付けられた時、わざわざ近寄ってきて脇腹を殴り、足を3回蹴ったという。/目取真はその日のうちに自身のブログ『海鳴りの島から』でビデオを公開した」。
 本書はこの事件の記事をこう書く。
 「警察官による『土人』発言は歴史的暴言である。(中略)この暴言が歴史的だと言う時には二つの意味がある。まず琉球処分以来、本土の人間に脈々と受け継がれる沖縄差別が露呈した。/そしてもう一つ、この暴言は歴史の節目として長く記憶に刻まれるだろう。琉球処分時の軍隊、警察とほぼ同じ全国500人の機動隊を投入した事実を象徴するものとして」(「沖縄タイムス」、2016.10.19付)。
 そしてこれに追い打ちをかけるのが、沖縄についての「免罪符としての多彩なデマ」である。曰く「沖縄は地政学的に有利な位置にあるから」、「基地で経済的に潤っているから」、「反対運動は日当をもらえるからやっているだけ」等々。そして「デマは沖縄の異議申し立てを『自分たちの利益のためにやっているんだ』『かわいそうだが仕方のないことなんだ』と心の中で相殺し、無関心でいられる土壌を育てる」。そして「本土の人々が良心の痛みを覚えなくてすむ」結果を生んでいる、と本書は指摘する。またネトウヨによるヘイトスピーチ報道や作家百田尚樹による的外れと誹謗の講演会など、塩を傷口に上塗りするかのような出来事が次から次へと紹介される。
 問題の本質は、と本書は語る。
 「1972年の本土復帰以降、政府は表向き『償いの心』を語ってきた。太平洋戦争末期、本土を守る防波堤として沖縄を切り捨て、戦後また米軍占領下に見捨てた過去がそうさせた。/今、政府は沖縄と向き合うポーズすら取らない。提示するのは、黙って基地を引き受け続けるか、抗って罰を受けるか、の二択である。基地は必要だが、身近には置きたくないという身もふたもない本土のエゴ。それを恥ずかしいとも問題だとも思わない、政治の劣化があらわになっている」。
 「きょうの沖縄は、あすの本土である」という本書の言葉が重く響く。(R)
 (初出:2017年8月、朝日新聞社) 

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【投稿】法人税・底辺競争脱却への転換点--経済危機論(46)

<<「自滅的な競争」>>
 米・バイデン新政権は、パンデミック危機と経済危機に対処する1.9兆ドル規模のアメリカ救済計画(ARP)に続いて、2兆2500億ドル(約247兆円)規模のインフラ投資計画を明らかにし、同時にこれらの財源として、法人税率を21%から28%に引き上げる提案を明示した。
 トランプ前政権が2017年に「史上最大の減税、史上最大の改革」と称して、法人税率を35%から21%に引き下げた路線からの明らかな転換であり、法人税率の「底辺への競争」を正当化してきた市場原理主義・新自由主義路線からの転換、脱却に踏み出したのである。「底辺への競争」は、市場原理主義者が言うような「必然」ではなく、「選択」であったのである。
 トランプ前政権の大型減税で、米国の国内総生産(GDP)に占める法人税収の割合は1%となり、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の3%を大幅に下回っているのが現実である。アメリカの法人税率は1960年時点で50%を超えていたのである。法人税の法定税率の世界平均は、この法人税引き下げ競争の結果、1985年から2018年の期間、49%から24%へと半分以下に減少させられてきたのである。本来なら49%へ、最低限、まずは35%に戻すべきであろうが、バイデン政権は「超党派の支持を得る」という名目のもとに、いつ後退するか(すでに25%案が飛び交っている)、中途半端なものに妥協するか、バイデン氏自身が「議論を歓迎する。妥協は避けられない。修正があるのは間違いない」と述べており、不確かな面を持ちつつも、それでも逆の「選択」が可能であることを示す画期的な一歩前進であると言えよう。
 バイデン政権のイエレン財務長官は、4/7の記者会見で、「われわれは税による競争を選んだことで、労働者のスキルやインフラの強靱さで競うことを怠ってきた。これは自滅的な競争だ」と述べ、法人税率28%への引き上げによって、10年間で約2兆ドルの企業利益を取り戻せると主張。さらに、決算報告で年間20億ドル以上の利益を計上した大企業に対しては、税制優遇などで法人税の課税額がゼロになる場合であっても、決算上の利益に対して最低15%を課税する制度を提案、これによって納税額が平均で年間3億ドル増えると見込む。租税回避についても、海外への利益移転に関するインセンティブを撤廃し、多国籍企業の海外子会社の収益への課税を現行の2倍の21%に引き上げるなど、利益の海外移転に対する税制上のメリットを縮小することで、連邦政府の歳入は7000億ドルほど増えるとの試算を示している。
 対して、米国の多国籍企業は、租税回避地(タックスヘイブン)の活用で実効法人税率がたったの8%にとどまっており、これをやすやすとは手放せない。多国籍企業との闘いの火ぶたが切られたとも言えよう。どこまで貫徹できるか、増税反対派は共和党はもちろん、民主党内にも厳としてあり、バイデン政権は岐路に立っているのである。

<<グローバル課税>>
 バイデン政権の提案は、当然のことであるが、「底辺への競争を回避する」ためには、米国内のみならず、世界的な最低法人税の合意が不可欠である。イエレン財務長官は、「私たちはグローバルな最低法人税の導入によって、多国籍企業の課税における公平な競争の場を確保し、それによって世界経済の繁栄を確保する」ことを提案している。
 すでに4/8段階で、OECD協議に参加する約140カ国に提案が送付されており、内容は公表されていないが、それぞれの国内の売上高に基づいて企業利益に課税できるようにする案を提示し、あらゆる業種の多国籍企業が対象となり、法人課税ルールが一律に適用されるグローバル・タックスでの合意を目指している、と報道されている(4/8、ブルームバーグ)。EU加盟国やイギリスはこの提案を歓迎しているが、アイルランドは、法人税率12.5%の租税回避地であることからこの提案を拒否している。
 OECDは世界的な法人課税ルールの改革案で今夏までに139カ国での合意成立を目指している。こうした合意が成立すれば、どこまで厳密に適用できるものになるか疑問の余地もあるが、世界中のタックスヘイブンを利用した脱税、租税回避が極めて困難となる可能性を秘めている、と言えよう。
 ここで重要なことは、最低税率を導入しただけでは、問題が解決するわけではないということであろう。多国籍企業は、本社をタックスヘイブンに移すことで租税回避できるのである。しかし、グローバル・タックス・ルールが合意されれば、いくら本社をタックスヘイブンに移しても、実体的に移転しない限り、それがペーパーカンパニーであれば、租税回避地での売り上げが計上できないのである。したがって、このグローバル・タックス・ルールの合意がグローバル課税のカギとなろう。
 法人税と連動するもう一つのさらに重要な課題は、富裕税、累進課税の問題である。アメリカは1930年代、経済恐慌から脱出するニューディール政策の時代、最富裕層に対する最高限界税率は90%、企業利益には50%、広大な不動産には80%近い税率であった。1942/4/27、ルーズベルト大統領が議会に送った教書で「低所得者と超高所得者との差を縮めなければならない」として、総合所得2万5000ドル以上の所得に100%税率を課そうとした。当時の2万5000ドルは現在の100万ドル以上に相当、議会は、最高限界税率を94%にすることで決着を図った。実際に支払う税率は90%を超えることはなかったが、1944~1981年までの所得税の最高限界税率の平均は89%に及んでいる。(『つくられた格差 不公平税制が生んだ所得の不平等』E・サエズ/G・ズックマン著、2020/9月発行、光文社 から)
 今日のパンデミック危機・経済危機の時代におけるニューディールにとっても、今や史上最大規模にまで達した格差解消、所得再配分の課題は、喫緊・最大の課題であり、グローバル・タックスとともに、累進課税の強化にいかに取り組むかが問われている。
(生駒 敬)
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【投稿】日本は越えてはならない一線を越える―福島第一放射能汚染水の海洋放出決定

【投稿】日本は越えてはならない一線を越える―福島第一放射能汚染水の海洋放出決定

                                                                                福井 杉本達也

1 日本は越えてはならない一線を越える

『福島民友』2021年4月9日の号外によれば福島第一原発の放射能汚染水である「放射性物質トリチウムを含む処理水の処分に関し、政府が海洋放出の方針を固めた…13日にも関係閣僚会議を開いて正式に決定する」。「菅義偉首相が7日、全漁連の岸宏会長と会談し、方針決定に向けた意向を伝えた」が、全漁連は「『海洋放出は絶対反対』と反発している」。

第一原発では、溶融核燃料(デブリ)を冷やすための注水や流入する地下水などで現在も汚染水、処理水が増え続けている。3月時点で処理水は125万トンに上り、処理途中の水も含め敷地内で1061基のタンクに保管されており、来年秋にはタンク容量が満杯になるからだと東電は主張している。

 

2 放射性トリチウムは除去できない

福島第一原発事故後、原発建屋の地下へは800t/⽇の地下⽔の流⼊し、地下に落下した溶融核燃料と接触し、放射能汚染⽔が発⽣した。地下⽔の流⼊と放射能汚染⽔の流出は、当初と比較するとかなり抑制されているが、現在も150t/⽇余りの地下⽔が原⼦炉建屋地下に流⼊している。この地下水を遮断するため凍土壁を原発の周囲に巡らせたが、最終的に失敗した。これが溶融炉⼼と接触した放射能汚染⽔を多核種除去設備(ALPS:アルプス)により処理し、除去が困難なトリチウム以外は、告⽰濃度未満まで除去していると2018年8月まで東京電⼒、経産省、環境省、原⼦⼒規制委員会は説明してきた。

矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授によると(2014.6.21)、トリチウムとは水素の同位体で、普通の水素は原子核に陽子だけで中性子がないが、トリチウムは原子核に、陽子1 つと中性子2つがあり、その周りを電子1つがまわっているものである。トリチウムはベータ線を出してヘリウム3に変わる。半減期は12.3年である。原発では、制御棒のホウ素に中性子が吸収されトリチウムが生成される。トリチウムは通常3重水(HTO)となって、水に混じっており、化学的性質、物理的性質が同じで、重さだけが違うので、トリチウムだけを除去することもできない。むろん莫大な費用をかけてウランを濃縮するのと同じプロセスでトリチウムだけを取り出すことは可能ではあるが壮大な無駄である。トリチウムの放射線のエネルギーは小さく、ベータ(β)線を発し、体内では0.01㎜ほど しか飛ばない。エネルギーが低いほど相互作用が強く、電離の密度が10倍ほどにもなり、浴びると健康被害がでる。原田二三子氏によれば、生物の体内に入ったトリチウムは細胞を構成し、特にDNAに集まり、容易には体外に排出されず、細胞を構成する有機分子の内部から、細胞を破壊していく。トリチウムによる被曝が危険な理由である(原田二三子(伊方原発広島裁判応援団)2019.11.4)。

 

 

3 トリチウム以外の放射性物質を含む汚染水

2018年8月にはフリーランスライターの木野龍逸氏が東電発表資料を緻密に調べたところ、トリチウム水と政府は呼ぶが、実際には他の放射性物質がl年で65回も基準超過していたことが分かった。「福島第一原発で発生し続ける汚染水からトリチウム以外の放射性物質を取り除いたと東電が説明してきた水、いわゆるトリチウム水に、実際にはその他の放射性物質が取り切れずに残っていることがわかった。8月19日に共同通信が取り残しを報じた後、23 日には河北新報が,2017年度のデータを検証したところヨウ素129が法律で定められた放出のための濃縮限度(告示濃縮限度)を60回,超えていたと、報じた」(Yahooニュース:2018,8,27)。木野氏の追及により、「東電は9月28日、浄化処理した後に保管している水の約8割に、排出基準を超えるヨウ素やストロンチウムなどの放射性物質が含まれていることを」(日経:2018.10.2)しぶしぶ認めた。海洋放出をしようとしているタンク内の汚染水は、多核種除去設備(ALPS)では取りきれないとんでもない危険な放射性物質を含んでいるのである。

4 数十年~数百年も危険な放射性物質を海洋に垂れ流す国際犯罪国家へ

タンク中には1000兆~5000兆ベクレル(Bq)もの放射性物質がたまっている(東京新聞:2018.8.29を一部時点修正)。海洋放出先の北西太平洋は我が国の貴重な漁場であるばかりか、世界の三大漁場の1つともいわれる。日本の漁船ばかりではなく、台湾や韓国、中国やロシアなど各国の漁船もひしめく。また、対岸はカナダや米国の貴重な漁場でもある。そのような海域に数十年~数百年間も放射能を垂れ流し続け、地球を汚染し、被曝によって緩慢な人類の大量死を招く。かつて、米ソ英仏などによって大気圏内核実験が行われ、1945年から1963年まで,世界のさまざまなところで500回以上の核実験が行われ,放射能を帯びた塵が大気圏にばら撒かれ、このままでは人類が絶滅するとして部分的核実験停止条約により大気圏内での核実験が禁止された。日本の今回の放射能の汚染水の海洋放出はこれに匹敵する人類史上最大の愚行であり国際犯罪である。しかもその量も核種も最終的帰結も定かではない。原発の地下室にたまるセシウム137もストロンチウムも、プルトニウムさえ、この際海洋放出しようとするであろう。もし、日本政府が最後の一線を越えるならば、「人類絶滅の引き金を引いた」として国際的非難を受けるばかりか、その決定を下した政府を許した国民も共同正犯の国際犯罪者として告発されるであろう。

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【投稿】アルケゴス巨額損失事件:氷山の一角--経済危機論(45)

<<問答無用の熾烈な戦い>>
 3/29、米国の野村證券で2200億円規模の巨額の損失計上の可能性があることが発表され、1月のゲームストップ事件に引き続き、金融資本主義の脆弱性と不安定性の一端が再び浮かび上がってきている。
 一個人、ビル・ファン(Bill Hwang)氏のファミリーオフィス、アルケゴス・キャピタル・マネジメント(Archegos Capital Management)に大手金融機関が振り回され、多額の損失を明らかにせざるを得なくなったのである。野村に続き、三菱UFJ証券ホールディングスが約3億ドル(約330億円)の損失見込み、みずほフィナンシャルグループも100億円規模、クレディ・スイスの損失は50億ドルにも達する可能性、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、ウェルズ・ファーゴ、ドイツ銀行なども大なり小なり損失を被っているという。金融機関の損失合計は100億ドル(1兆1,030億円)に上ると見積もられている。この日3/29、ニューヨーク証取終了までに、それぞれ関与していた金融機関の株価は、野村で14.07%、クレディ・スイスが11.5%、ドイツ銀行は3.24%、モルガンスタンレーは2.63%、ゴールドマンサックスは0.51%の下落を記録している。
 ゴールドマンサックスが関与の大きさにもかかわらず少ない被害で済んだのは、3/25の金融機関同士の会合でアルケゴスの保有株処分を巡り協議したが、結論は出ず、もう少し様子を見ようとの合意を無視して、危険を察知してアルケゴスの持ち分の株を強制的に清算するために前代未聞となる総額200億ドル(約2兆2000億円)以上のブロック取引(市場外の相対取引)を行って、差し出されていたアルケゴスの担保証券を抜け駆け的に大量売却、処分したからであった。強制的な清算の「前倒し」であり、清算は、最初に引き金を引いた者が勝ちというわけで、事後に気づいた野村やクレディ・スイスなどが巨額損失に見舞われたわけである。金融機関にとっては問答無用の熾烈な戦いでもあり、パニックでもあった。

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【投稿】バイデン政権「対中対ロ」新冷戦政策の危うさ--経済危機論(44)

<<「キラー」プーチン>>
 国内政策では、新自由主義路線からの転換に大きく舵を切りだしたバイデン米新政権であるが、対外政策では環境政策を除いて前トランプ政権の対立激化路線・新自由主義路線をそのまま継承、むしろより激化させ、対中・対ロの新冷戦政策・軍拡路線に乗り出す、危なっかしい姿勢を打ち出している。
 3/12には、バイデン米大統領の強い働きかけで、米・日・豪・印の「クワッド」(「4つの」を味するQuad)と呼ばれる4か国首脳会議がオンラインで開かれ、「自由で開かれたインド太平洋」構想を推進し、法の支配に基づく海洋秩序維持での連携を確認、明らかに中国に対峙するアジア版NATOの形成に踏み出している。
 3/15、バイデン大統領はブリンケン国務長官とオースチン国防長官を日本に派遣、茂木外相や岸防衛相と会談させ、その際、中国の「威圧的で攻撃的な姿勢」との対決を最大の課題として提起し、米政権への同調・日米軍事同盟の強化を約束させ、
 続いて3/18、オースチン国防長官は北朝鮮に対し、米軍は「今夜にでも攻撃する準備ができている」と脅させている。トランプ前政権の対話姿勢からの明らかな転換である。
 そして3/17、バイデン米大統領は米ABCニュースのインタビューで、ロシアは同国が行ったとされる米大統領選挙への干渉に対し報いを受けることになると述べ、プーチン大統領が「殺人者」(「キラー」プーチン)であるとの認識を明らかにした(司会者の質問に乗せられた側面はあるが)。バイデン新政権下でもいまだにアフガン、イラン、シリアで戦争政策を継続し、自らも深くかかわってきたウクライナや中南米で政権転覆政策を続け、侵略、破壊、殺戮、略奪を世界規模で繰り返してきたアメリカの大統領が、他国の大統領をあしざまに人殺しだと主張したわけで、対話と外交を台無しにする発言を平気で行ってしまう思慮のなさはあきれるばかりである。戦争挑発発言とみなされる愚かさである。
 さらに3/19、アンカレッジで開かれた米中会談では、ブリンケン国務長官とサリバン国家安全保障補佐官が、中国側の楊潔篪共産党政治局員と王毅国務委員兼外相との会談で異例の挑発的なやり取りを展開、共同記者会見も、会談後の共同声明もなしという事態を全世界に見せつけるものであった。
 3/24、ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部を訪問したブリンケン国務長官は、米国はNATO同盟国に米中のどちら側につくのか選択を迫るようなことはしないが、中国は国際貿易の秩序を乱していると非難し、「われわれが力を合わせれば、いかなる公平な競争の場でも中国に勝てる」として、NATO同盟国にこの敵対的な立場で米国に加わるよう促している。
 こうした経緯だけを見ても、バイデン政権は、対中・対ロの新冷戦政策が外交政策の最優先事項であることを明らかにしており、世界戦争にもつながりかねない危険な道に足を踏み出した可能性がある、といえよう。
<<「混乱をお詫びします」>>

  こうした危険な

情勢の進展の最中の3/28、アメリカの核兵器と抑止力を管理・監督する米国戦略軍(STRATCOM)から、一通の一見暗号めいたコードが記載されたツイートが発信された。そのツイートは、何千もの核弾頭を担当している軍事司令部である米国戦略軍の検証済みのアカウントであり、30分後、問題が発覚した時点で、そのツイート画像にあるように4,000回以上のリツイート(引用ツイート 4512 リツイート 4992)があり、「それは…起動コードですか? 」(Is that… the launch code? )と大騒ぎになった。驚いたSTRATCOMが調査した結果、「コマンドの

米国戦略軍(STRATCOM)の問題のツイート

ツイッターマネージャーが、在宅勤務の状態にある間、コマンドのツイッターアカウントを一時的に開いたままにして無人にしました。」「彼の非常に幼い子供がこの状況を利用して遊び始め、残念ながら、そして無意識のうちにツイートを投稿してしまいました」と釈明、「混乱をお詫びします。この投稿は無視してください」とツイートしている。彼の幼い子供がキーボードでコマンドしたという(his “very young child” commandeering the keyboard.)。こんな釈明がまかり通るのも疑問だが、こんな程度の管理意識、核弾頭指令に関する情報が簡単にお遊び程度で発信されてしまう恐ろしさが露呈されている。

 ところで、バイデン大統領は3/26、米国が4月22~23日に開催を予定している気候変動サミットに、自ら対立をあおっている中国とロシアの両首脳を招待することを明らかにしている。ホワイトハウスは声明で「サミットでは、気候変動対策を強化することの緊急性と経済的利益が強調されるだろう」と指摘、主要な経済国への排出量の削減努力の呼びかけや、気候変動対策による雇用の創出、排出量削減のための革新的な技術開発の促進などが議題になるという。
 ロシアの指導者には「魂がない」、「キラー」プーチンと罵倒し、中国の習近平は「独裁者」、「彼には民主主義のかけらもない」とこき下ろしておいて、果たして対話が成立するのであろうか。とりわけ気候変動対策では、なによりも緊密な協力と調整が必要である。お互いの非難、罵倒、けんか腰ではサミットの成果など期待できないであろう。
 しかしこれらも、幼い子供がしたようなことで、「無意識のうちに」に乗せられて発言してしまい、「混乱をお詫びします。前の発言は無視してください」と言って回避できるのであろうか。バイデン氏の精神状態も気がかりであるが、中国やロシアが冷静に対処し、回避できればそれに越したことはない。逆に対立が激化すれば取り返しのつかないことになる可能性が大である。
 現実には、3/22、中国側の要請で、ロシアのラブロフ外相が中国を訪問、桂林で王毅外交部長と会談、両国の同盟関係をアピールし、会談の中で中国とロシアはドル離れを確認、貿易決済で自国通貨を使うようにすることで合意している。
 バイデン政権の「対中対ロ」新冷戦政策は、逆にアメリカの政治経済全般の危機として跳ね返ってくる可能性を大きくする危険性を高めている、と言えよう。
(生駒 敬)
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【投稿】千葉県知事選・自民大敗が示したもの--統一戦線論(72)

<<大差で敗北の典型>>
 3月21日投開票の千葉県知事選挙で、熊谷俊人・前千葉市長が約140万票を獲得し、千葉県知事選史上最多得票で、2位の自民党推薦候補に100万票以上の差をつけて圧勝した。
1.熊谷俊人 43無所属 新  1,409,496票 70.47%
2.関政幸     41 無所属 新    384,723票  19.24% 自由民主党推薦
3.金光理恵 57 無所属 新    122,931票    6.15%  日本共産党推薦
菅政権にとっては、ダブルスコア、トリプルスコアどころか、ほぼ4倍近い大差での予想もできなかった手痛い敗北である。自民党のふがいなさ、菅氏自身の神通力のなさに驚いたことであろう。自民、公明を与党とする菅政権のコロナ・パンデミック対策・オリンピック強行政策に象徴される、度し難い無策・後手後手政策、「自助」を最優先する無能力政権、忖度・癒着・腐敗政権への手厳しい審判であった、と言えよう。つまりは、菅氏自身が招き寄せた敗北であった。
菅政権にとっては、支持率が3割台(34%=朝日新聞・2月調査)に落ち込み、3月に入ってやや持ち直したかに見え、4月訪米・衆議院解散・総選挙まで視野に入れていたはずが、「早期解散論なんて吹き飛ぶ衝撃度」(参院・自民党幹部)で決定的ともいえるダメージをこうむってしまったのである。
当選した熊谷氏は、「オール千葉県の総力を結集して、コロナ対策に取り組む」、「現場主義、対話主義、開かれた県政」の県民党を掲げ、政党本部レベルでの推薦は辞退する一方、県組織や団体の支援は受ける意向を示し、立憲民主党県議団、千葉維新の会とそれぞれ政策協定を締結、立憲民主党、国民民主党、社民党、日本維新の会の各県組織に加え、自民、公明両党の一部国会議員の支持も受けていた。一方、関氏の与党陣営の足並みは乱れ、公明党は自主投票であった。
3/21・NHKの出口調査の結果は、
「無所属で新人の熊谷さんは、
▼自民党の支持層の60%あまり、
▼立憲民主党の支持層の80%あまり、
▼公明党の支持層の70%台半ば、
▼共産党の支持層の40%あまり、
▼特に支持する政党がない、いわゆる無党派層の80%あまりから支持を得ました。」と報じている。
ここに至る千葉県独自の要因があるとはいえ、与党陣営が大差で敗北する姿の典型がここに示されている。与党陣営は雪崩を打って崩れているのである。
野党共闘や統一戦線は、単に通り一遍の政策や合意ではなく、与党陣営の矛盾や問題点、分岐を拡大させ、足並みを乱れさせ、無党派層の圧倒的多数を獲得する政策と戦略・戦術が決定的に必要不可欠なことを示している。

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【投稿】新自由主義脱却の転換点--経済危機論(43)

<<低所得コミュニティへの支援>>
 3/11、バイデン米大統領は1兆9000億ドル(約206兆円)規模のアメリカ救済計画(ARP :The American Rescue Plan)に署名し、バイデン政権発足後初の大規模経済対策の成立により、3/13から順次、多くの個人や企業、州や地方政府に援助資金が行き渡ることを明らかにした。
 このARP法案は、当初、下院で可決されていた法案から、共和党側からのより小規模、より対象を絞ったものにする要求に応じ、1時間当たりの最低賃金を15ドルに引き上げる規定を削除、個人への2000ドル支援を1400ドルに引き下げるなどの修正に民主党が譲歩、3/6、上院で、賛成50、反対49の僅差で可決され、その修正法案を下院が3/10に賛成220、反対211で可決、成立し、大統領に送付されていたものである。最賃15ドル規定の削除は、民主党内、上院議員7人がこの規定に反対・拒否した結果でもあった。
 バイデン氏は、共和党に対し超党派の支持を訴え、「パンデミックおよび経済危機からの回復と再建を支援する真のパートナー」になることを呼びかけていたのであるが、上下両院とも共和党議員は誰1人も賛成票を投じなかったのである。
 バイデン氏は署名にあたり、この法案は、国民の大多数が「強く支持している」と強調。事実それは、米調査機関ピュー・リサーチ・センターが3月に行った世論調査でも、アメリカの成人の70%が支持し、そのうち41%が共和党であったという事実にも示されている。
 民主党左派で大統領選予備選を闘った上院予算委員会のバーニー・サンダース議員は、上院投票後の声明の中で、この法案は「この国の近代史において働く家族に利益をもたらす最も重要な法律」であり、「アメリカの人々は傷ついている。そしてこの包括的な計画は、私たちが直面している無数の危機に対処するのに大いに役立つ」と評価し、「このパッケージは、とりわけ、直接支払いを1,400ドル増やし、失業給付を拡大し、子供の貧困を半分に減らし、できるだけ多くの人々にワクチンを接種し、安全に学校を再開する道を開く」ものであり、さらに400億ドルのチャイルドケア、児童税額控除の拡大、数百億ドルの緊急住宅援助、州および地方政府への援助の3,500億ドル、地域ワクチンセンターの立ち上げのための資金、およびメディケイドホーム、チャイルドケアセンターへの資金の増加」など、ケアプログラムのインフラベースを大幅に改善・前進させるものであることを強調している。
 まず、3/13以降、年間所得が個人で8万ドル(約857万円)、カップルで16万ドル未満の世帯に、子どもも含めて1人当たり1400ドル、総額4000億ドルの現金の直接支給が順次実行される。これだけでも、最貧層の20%の収入が平均33%増加し、最貧層の60%は平均11%の収入増加が見込まれ、子どもの貧困を半分に削減することが見込まれている。さらに、先住民コミュニティは、312億ドルの援助を受け、アフリカ系アメリカ人の農民に対して1世紀にわたる差別と処分に対する50億ドルの補償金が支払われる。こうした低所得コミュニティへの支援は、これまでの歴代政権にはなかった歴史的な投資と言えよう。

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【投稿】福島第一原発事故から10年・原発再稼働と「エネルギー基本計画」改定

【投稿】福島第一原発事故から10年・原発再稼働と「エネルギー基本計画」の改定

                              福井 杉本達也

1 これは「復興」ですか?

3月11日、東日本大震災から10年を迎える。テレビ・新聞では各局・各社が大震災10年特集を組んでいる。福島第一原発事故はあたかも過去のことであるかのように「復興」を強調している。しかし、現実は厳しい。「復興」の象徴のひとつとして放射線量の高い避難解除困難区域を縦断するように走る常磐線を無理やり全線開通させた。烏賀陽弘道⽒の報告によると、常磐線の洗⾞場・勝⽥⾞両センター(茨城・ひたちなか市)で0.28uSv/hを記録したという。周辺は0.04uSv/hと通常レベルで、明らかに洗⾞場が汚染されている。福島第一の汚染区域から放射能を一緒に運んできている。2⽉22⽇には福島県新地町の沖合8.8キロ、⽔深24メート ルの漁場で採れたクロソイから基準の5倍の放射性セシウムが検出された。2⽉13⽇夜、福島県沖を震源とする最⼤震度6強の地震が起きた。東京電⼒は22⽇になって福島第⼀原発3号機原⼦炉建屋内に設置した地震計2台がいずれも故障していたにもかかわらず、半年以上放置されたままで地震データの記録がなされていないことをこっそり発表した。53基の汚染水タンクが最大53センチもずれた。19⽇には東京電⼒は福島第⼀原発1号機と3号機において原⼦炉格納容器内の⽔位が30センチ以上低下し、今もその状況が続いている=燃料棒などが溶けて固まったデブリが水面に顔を出す危険な状態であることを発表した(おしどりマコ調査)。2月13日の地震より少し大きい地震が襲ったら放射能デブリもろとも建物が崩壊してもおかしくない状況が続いている。原子力規制委は1月26日、2,3号機の原子炉格納容器の上蓋(シールドプラグ)内に7京ベクレル(事故直後1~3号機の放射性物質70京ベクレルの1/10)という途方もない放射性物質(主に放射性セシウム)が残っていると発表した(日経:2021.1.27)。格納容器内の放射性デブリを取り出すには上蓋を外さなければならない。しかし、そのような場所では作業員は大量の放射線を浴び即死である。ようするに、規制委は事実上デブリの回収はできないと今頃になって認めたのである。

2 放射能汚染水を海洋に大量放出しようとする犯罪国家

3月6日に福島県南相馬市を視察した菅義偉首相は、「復興は、国がしっかり責任をもって取り組んでいきたい」とし、すぐ後に、福島第一原発のタンク1000基・124万トンの汚染水の海洋放出について「いつまでも決定せず、先送りはすべきではない。適切な時期に処分方針を決定したい」(福井:2021.3.7)と語った。しかし、紙面の扱いは他の震災特集記事と比べると極めて控えめなものであった。相馬双葉漁協の組合員は「海洋放出されたらもう立ち直れない。絶対反対の立場を貫きたい」(福井:2020.12.23 野田勉記者取材)と取材に答えていたが、菅首相の原発被災住民の生活など微塵も顧みることのない鉄仮面の冷酷さだけが伝わる。

3 高浜1,2号・美浜3号の40年超の老朽原発再稼働を目論む福井県知事

福井県の杉本知事は、これまで使用済み核燃料の中間貯蔵施設の県外候補地の提示を高浜1・2号、美浜3号機という稼働から40年超の原発再稼働是非の「議論の前提」としてきたが、2月12日、関電の森本社長から青森県むつ市にある中間貯蔵施設の電力各社で共用する案を提示されたことを受け、「覚悟を示された。議論の前提はクリアされた」と述べ、再稼働の県としての同意について県議会で議論を促すとした(日経:2021.2.13)。寝耳に水の共用案を持ち出されたむつ市は反発しているが一考もしていない。さらに福井県知事は県議会の途中、前のめりに「本来、中間貯蔵施設と40年超原発の問題は別々の事柄」とし、「中間貯蔵施設が前提という話と、40年超原発再稼働の議論がごちゃごちゃになっていた」とし、「再稼働の議論」に絞って県議会の議論をして欲しいと述べた(福井:2021.2.27)。誰がいったい中間貯蔵施設が40年超原発再稼働是非の「議論の前提」だとこれまで言ってきたのか。全く支離滅裂もいいところである。知事が当初の自説をあっさり下ろし、さらに踏み込んで議会に要請するなど、40年超原発の再稼働の早期の同意を打ち出してきた背景には国からの強い圧力があることは間違いない。しかし、再稼働を計画する美浜3号機は2004年8月に死者5名・負傷者6名を出した直径55cm、肉厚10mmの配管大口径二次系配管破談事故を起こしている。そのような大事故を起こしたような原発を40年を超えて稼働するなどと言うのは論外である。栗田幸雄元知事が打ち出した、県外への使用済み核燃料の搬出が関電の再稼働の足カセとなっていることは間違いない。かつて、西川一誠前知事は、原発の再稼働と北陸新幹線の敦賀延伸を取引材料としたことも大問題であるが、何の主体的考えも持たず、国の言いなりに再稼働の同意へと突き進む杉本知事の態度はさらに問題である。県民の生命・財産を守るという地方自治体の首長としての矜持の欠片もない。

4 「脱炭素」という詐欺

菅首相は2050年に「脱炭素」を宣言、国会答弁で「原子力を合めあらゆる選択肢を追求」するとした(日経:2020.11.17)。新聞紙上は毎日のように「脱炭素」の記事で埋め尽くされている。「CO2大気から直接回収」、「アンモニアを火力燃料に」、「水素争奪戦に備えを」、「CO2からコンクリート」、「高炉CO2排出2割削減」…と賑やかしい限りではある。しかし、財界からは別の本音も聞こえる。日経の申し訳程度の扱いの記事で、政府が調整中の2030年代半ばに全ての新車を脱ガソリン車とする目標に対し、トヨタの豊田社長は「国のエネルギー政策に手を打たないと自動車業界のビジネスモデルが崩壊する」との懸念を表明した。これに対し、加藤官房長官は目標を達成するため「技術革新を通じて課題を克服したい」、「自動車の電動化が不可欠だ」と反論した(日経:2020.12.19)。「脱ガソリン」とは、石油エネルギーで走っていた車を他のエネルギーに代替するということである。市川眞一氏の計算では、ガソリン車からEV代替時の必要電力量を『自動車燃料消費量調査』で算出すると、1,434億kWhとなるという。2019年度における国内の総発電量は1兆278億kWhであり、その14%を占める。EVの充電は「 家庭や事業所でのバッテリーへの充電は夜間に集中する…EVの充電が集中する場合、ベースロー ドの頑健性を問われる…火力が使えないなかで、十分な夜間ベースロードを確保するに は、再生可能エネルギーなら洋上を含めた風力、そして原子力の活用が必要だ。…その現実的な解が原子力であり、EVとは最も親和性の高い電源」だと結論づける(市川眞一「EV化を目指すなら原子力の利用は不可避」『原子力産業新聞』2021.2.3)。

二酸化炭素・温暖化主犯説に対し、鎌田浩毅京大教授は大気中の二酸化炭素濃度は、マントルや火山活動・化学的風化作用やプレートの沈み込み・生物の光合成による有機炭素など「地球内部での炭素の循環や、大気と海洋の間での炭素のやりとりなど、複雑な相互作用によって決まっている…地球システム全体で見れば、炭素(C)の循環による影響の方がはるかに大きい。炭素は長い時間をかけて状態を変えながら地球を循環」しているとする。(『エコノミスト』2020.12.15)。無理やり石炭やLNG火力発電の停止、脱ガソリン車=EV化を目指そうとする背景には原発再稼働の意図を感ぜざるを得ない。

 

5 支離滅裂の「エネルギー基本計画」の改定

2月24日に開催された「資源エネルギー調査会(経済産業相の諮問機関)の分科会では、脱炭素社会の実現に向けて二酸化炭素(C02)をほぼ排出しない原子力発電所の新増設方針を明確にし、再稼働の推進へ国が前面に立つよう求める声が上がった」(日経:2021.2.25)。日商の三村会頭は「安全性を確保した上での原発は欠かせない」と明言。新増設や早期再稼働に向けて「国が前面に立って原発政策を前進させることを強く期待する」とし電力会社や自治体まかせにしないよう求めた(日経:同上)。新増設ができなければ36基(建設中含む)の設備は2060年に40年運転の場合で3基、60年への運転延長が認められた場合でも8基になってしまう(日経:同上)。エネルギー基本計画は3年に1回見直される。「2018年7月に閣議決定された現在の計画は、再生エネの発電割合を22~24%程度、原発を20~22%程度とする従来目標を維持した。」しかし、2018年度実績は火力が77%、再生エネが17%、原発はわずか6%だった(福井:2020.9.16)。この実績をふまえれば、計画に書き込まれる原発比率は限りなく「ゼロ」に近づく。菅首相が打ち出した「脱炭素」宣言は「再生エネルギーの拡大」にあるのではなく、「火力の削減」・裏には「原発」の枠拡大にある。それが実績稼ぎとしての再稼働の圧力である。経団連の中西会長は「人類が発見した知恵であり、原子力を活用しない手はない…カーボンニュトラル達成にも、原子力から離れて安定した電源を供給するのは難しい」(日経:2021.2.23)と述べるに至っては、この10年何も変わっていないどころか、福島の大被害という現実に目を背け、見ざるを得ないものを敢て見ない現実逃避以外のなにものでもない。

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【投稿】中国包囲網の虚構

中国に対抗する多国間連携として、日米豪印戦略対話(Quadクワッド)がこの間喧伝されているが、しかしその内実は極めて不安定である。
インドはこの間カシミール地方で中国と緊張関係にあり、昨年には両軍の衝突で多数の死傷者が出た。こうしたことから、インドを対中国の尖兵と見る向きもあった。
しかし、両国は紛争のエスカレートを防ぐため、火器の使用を制限してきたし、最近係争地域からの両軍の撤収が始まった。インドの対中包囲網への積極的関与はないだろう。

インドに代わって期待されているのはイギリスである。ジョンソン政権は空母「クィーン・エリザベス」のアジア派遣を決定した。イギリスは香港問題を念頭に中国を牽制するため、こうした動きを見せていると解説されている。
だが、イギリスに限らずNATOの主敵はあくまでソ連―ロシアである。冷戦崩壊後、21世紀初頭まではEUロシア間で協力関係が構築されてきたが、現在は冷戦期の状況に戻っている。
イギリスはウクライナ情勢に関しロシアへの制裁を強化してきたが、2018年にイギリス国内でロシアの元情報員が「化学兵器」で襲撃されて以降、両国関係はさらに悪化している。
また昨年ロシアの反体制活動家に対する毒殺未遂が発生、前事件を想起させる展開に英政府は、一層警戒を強めている。

しかし、軍事的にはロシアはNATOに対して劣勢である。ロシア唯一の空母「アドミラル・クズネツォフ」は改修中であり、数々の事故も有って復帰は2022年以降となる見通しである。
これに対しNATOの空母はアメリカ第2艦隊を除いても、英2、仏1、伊1とロシアを圧倒している。
つまりイギリスの空母戦力は余剰状態であり、ヨーロッパで遊ばしておいては予算の無駄使いと批判されかねないのである。

こうした状況の中、イギリスにとって中国のアジアにおける「脅威」は渡りに船となり、空母派遣はTPP加盟の手土産にもなるという一石二鳥であろう。
したがって今後ロシア空母が復帰すれば、英空母はアジアから撤収するだろう。
さらに今後、計画されているロシア初の原子力空母が就役すれば、中国どころの話ではなくなり、今回恩を売られた形の日本が対露牽制を求められる可能性がある。
フランスが原子力空母や潜水艦をアジア地域に派遣しているのも、こうした背景を抜きに考えることはできない。 続きを読む

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【投稿】露呈された新自由主義の酷薄さ--経済危機論(42)

<<テキサスのブラックアウト>>
この2月12〜17日、冬の嵐・ウリ(Winter Storm Uri)と呼ばれる大寒波が、太平洋北西部で始まり、メキシコ北部から米国南部に移動、その後中西部、カナダにまで至る広範囲な地域、米国だけでも30の州に襲来した。その中で際立って大きな被害を受けたのが米国南部テキサス州であった。他の地域では起こらなかったブラックアウト=電力崩壊が引き起こされ、電力供給がストップ、州内の合計797の水道システムが、パイプの凍結または破損に見舞われ、何百万人もの住民が停電と断水というライフラインの危機に追い込まれ、氷点下の気温の中で少なくとも40人以上の人々が死亡している。バイデン大統領は2/14、テキサス州に非常事態を宣言し、14の州が計画停電を行う事態となった。
その後、ほぼ1週間にわたった停電、さらに水道・ガス復旧はいまだに(2/27現在)ままならず、テキサス州の半分の住民は水を飲む前に沸騰させるようにという沸騰水に関する通知を受けている深刻な状態である。
いったいなぜここまで深刻な事態に立ち至ったのであろうか?
実は、テキサスは独自の電力網を持っている米国で唯一の州であり、米国内の2つの主要な電力網(Eastern(Southwest Power Pool)、Western(Western Electricity Coordinating Council))に接続されていないため、ブラックアウトに至る前に、他の地域からの電力供給を受けられなかったのである。今回の大災害は、その致命的な弱点をさらけ出したものと言えよう。
テキサスは、米国で最大の石油、天然ガス、風力エネルギーの生産州であり、他の州とは異なり、州の大部分にサービスを提供する独自の内部電力網を運営しており、非営利電気信頼性評議会(ERCOT)によって管理されているグリッド(配電系統)が、州の電力の90%を供給し、2,600万人の顧客に電力を供給している。このテキサス州の電力網は、2002年に規制緩和され、テキサスのグリッドが連邦の他のグリッドに接続されていた場合、それによって要請される電力網の安定性と信頼性を保証するインフラ改善の規制を逃れるために、意図的に米連邦の電力網に接続しなかったのである。電力の小売が自由化され、「電気業界での競争は、月額料金を引き下げ、消費者が使用する電力についてより多くの選択肢を提供することで、テキサス州に利益をもたらすでしょう」と当時の知事であるジョージW.ブッシュは、規制緩和法に署名した際に述べている。新自由主義・自由競争原理主義を地で行くものであった。
しかし、この規制緩和と故意のエネルギー隔離によって、利益を最大化するために、保守とアップグレードのコストは最小限に抑えられ、電力インフラは老朽化したまま放置され、「それは、予測可能な状況下で最終的に破綻するまで、過少投資と怠慢に足を踏み入れた。」(ヒューストン・クロニクル)、その結果として今回の事態を招いたのであった。
それでも、ERCOTの指導者たちは、電力危機の責任は、テキサスの規制緩和システム全体ではなく、天候にあると述べている。

この危機のさなか、テキサス州の共和党上院議員テッド・クルーズが、2/16、「今週、テキサスでは100人規模の犠牲が出る可能性がある。どうかリスクを冒さず、自宅待機し、子供を抱き締めてあげて」とラジオで呼びかけていた、その翌日2/17、ヒューストンの空港を出てメキシコのリゾート地カンクンに向かう写真がネットで拡散、ごうごうたる非難を受け、議員辞職を求める声が高まり、旅行を中断、帰国せざるを得ない醜態を演じている。 続きを読む

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【投稿】バブルがバブルを呼ぶ金融資本主義--経済危機論(41)

<<特別買収目的会社(SPAC)の熱狂>>
超低金利と超金融緩和によって生み出された”行き場のない投機的な資産の急増”が株価を押し上げているが、それに飽き足らず、より投機的でよりリスクの高い新たな金融バブルの商品を生み出しており、その一つがSPACである。「特別買収会社」(Special Purpose Acquisition Company)の略である「SPAC」は、未公開会社の買収を目的として設立される法人であり、上場した時点では、自らは事業を行なっていないペーパーカンパニーそのものである。買収だけを目的に上場し、事業を行わないことから、「空箱」企業、「ブランク・チェック・カンパニー」(Blank Check Company 白地小切手会社)とも言われる。今や300社を超えており、SPACによる合併・買収(M&A)が急増、米M&A市場の3割に達している。上場後に、株式市場から資金調達を行い、2年以内に、調達した資金を使って民間企業を買収する必要があるが、未公開会社の場合、買収されれば、従来の上場のプロセスを行わずに上場することができるのが売りでもある。
大手金融資本の中には、スタートアップ企業を食い物にする手段として、SPACを採用しているとも言われている。出発時点からしてペーパーカンパニーであることから、資産も製品も販売も実態不明のままで、非実体を売買する究極の投機・マネーゲームの手段だとも言えよう。リスクにかける投資家にとっては、「大化け銘柄」でもある。
SPACは以前から存在してはいたが、未公開企業への不信とリスクから敬遠されていたのだが、昨年から急に注目を浴びだし、2020年で820億ドルを調達、それまでの調達額を大幅に上回る事態となった。
2020年6月には、トラック事業の「ニコラ・モーター」(Nikola)がSPACに買収され、ナスダックに上場、一時期は93ドルに株価が上昇、し

かし9月には、「誇大広告」が疑われ、16ドルにまで株価が急落している。この2/9にニコラ株は5%以上下落したが、競合する水素燃料電池電気自動車メーカー(Hyzon Motors)がSPACと合併して公開するという発表に起因している(ニコラ株はなぜ下落したのか Nasdaq FEB 9, 2021)。SPAC同士でつぶしあう構図でもある。
それでもSPACは2021年に入って、1月だけで前年比で実に20倍の242億6000万ドルに急増している。この趨勢、熱狂が続けば、SPACは2021年に数千億ドルを調達する可能性が大であり、これをレバレッジとし最大3倍まで活用すれば、1兆ドル近くのマネーゲーム資本の急増となり、金融バブルがさらに膨らまされることが明らかなのである。今やそれは完全に制御不能になり、歯止めが利かない状態なのである。

<<低格付け社債の急増>>
さらにバブルを象徴する不気味な動きは、低格付け社債の発行が急増していることである。
2021年に入ってからの発行額は世界で1100億ドル(約11兆5000億円)を超え、過去最高ペースを記録している。利回りの低下で投資不適格級の企業が市場での資金調達を増やしており、直近の2月1週間だけでも70億ドル(約7360億円)余りを集めている。パンデミックのコロナ救済による米財務省の融資制度や米連邦準備理事会(FRB)の債券買い入れの対象になるのではないかとの観測や、世界の低格付け債の平均利回りが、2/19時点で4.6%と過去最低となっていることがこの動きを加速させている。超低金利の中で利回りを追求する投資家、金融資本にとっては、たとえ投資不適格級資産であっても、今ならまだいけるとリスクを無視して資金を投じているのである。カジノ場のギャンブラーの心理状況とも言えよう。バブルがバブルを呼び込んでいるのである。
低格付け債は、「ジャンク債」や「ハイイールド債」とも呼ばれ、低格付けのデフォルトリスク(元本償還や利払いの不能リスク)の高い債券である。通常、スタンダード・アンド・プアーズ社(S&P)の格付けで「BB」以下の低格付債券のことを指している。BB以下は、B、CCC、CC、C、Dとなる。
2/9には、CCCクラスの企業が1.5億ドル発行しており(米パーティシティホールディングス)、買い入れ応募は旺盛で、借り手優位の需要を背景にCクラスでも発行可能という事態である。
こうした一連の動きで重要なことは、ほぼすべての金融市場に存在する前例のないレベルの無謀な投機的・ギャンブル的行為の蔓延である。ゲームストップ事件で明らかになったように、多くの個人投資家もそれに巻き込まれているのである。
結果として、今や株式市場を含めた金融市場は、生産的な投資のための資金調達とはほとんど関係がない、という事態である。市場は、その場しのぎの一攫千金の手っ取り早い手段、賭場と化しており、バブルに乗じたギャンブラーが支配する場と化しているとも言えよう。金融市場は病んでおり、FRBをはじめ各国中央銀行がや財政当局がそれを下支えし、市場はただただそれに依存しているのである。
問題は、このような事態は自然でも持続可能でもないということである。この危機から抜け出す方法は、バブル市場と化し、カジノ場と化した投機的市場を徹底的に規制・縮小することであろう。バブル破裂を防ぎ、熱を冷まさせるには、大胆な金融資本規制を導入し、たとえ低率でも一律課税できる金融取引税を導入し、富裕税・累進課税を再構築する、そうしたニューディール政策こそが緊急の課題であることを明らかにしている。
(生駒 敬)

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【投稿】カジノと化す株式バブル--経済危機論(40)

<<ロビンフッド・アプリで自ら命を絶った若者>>
2/8・月曜日に、昨年6月に20歳の学生、アレックス・カーンズ(Alex Kearns)さんが自ら命を絶つに至った株式取引手数料無料のスマホ・アプリを提供するロビンフッド・マーケッツ社を相手取って、両親(Dan and Dorothy Kearns)が息子の死の責任を問い、不法行為による死亡でカリフォルニア州サンタクララ郡の州裁判所に提訴したことが明らかになった。
亡くなったカーンズさんは、投資に興味があり、高校を卒業する前にロビンフッドに口座を開設していた。彼は、母親のドロシーさんに「お母さん、私はまだ自分の人生で何をしたいのかわかりません。しかし、私は人々を助けたいと思っています。」と語る若者であった(2/8、CBSnews ThisMorning インタビュー)。
その彼が、同じ銘柄のプットオプションの売りと買いを同時に行うオプションスプレッド取引をしていて(これは、巨額の損失を被る可能性のあるリスクの高い取引であるが、本人は、オプション売買の何たるかも分からず、その承認さえしていなかった )、昨年6/11、ロビンフッドが730,000ドル(約7650万円)のマイナス残高を通知し、その夜遅く、午前3時26分に、同社はアレックスさんに「即時アクション」を要求する自動メールを送信し、170,000ドル以上の支払いを要求したのであった。借りた覚えもない巨額な請求に驚いたアレックスさんは、その夜遅くと翌朝に3回、サポートアドレスにメールを送信(ロビンフッドにはカスタマーサービスの電話番号がない)、「何が起きているのか理解できない」、「私は、私が持っているべきよりも多くのお金を誤って割り当てられました。私の購入したプットは、私が販売したプットをカバーするはずでした。誰かがこれを調べてくれませんか?」と。それに応えた自動メッセージは「私たちのサポートチームに連絡してくれてありがとう!」、「できるだけ早くご連絡できるよう努めておりますが、お返事が遅れる可能性があることをお知らせいたします。」と。ケース番号06849753が割り当てられたが、それから先はなしのつぶて、「後で折り返しご連絡します」だけ。
カーンズさんがオプション取引で73万ドルを失ったと思い込んで自死した翌日、ロビンフッドは彼のアカウントに自動化された電子メールを送り、問題は解決され、借入金はなく、「証拠金請求に対応し、取引制限が解除されたことを確認するために連絡を差し上げています。」と。
カーンズさんの両親の弁護士は「彼らが彼に提供した情報は、信じられないほど歪曲されていた。そして、おそらく完全に間違っていた。なぜなら、本当に何も借りていないのに、73万ドルを借りているように見せる。それはだれでもパニックになる可能性があります。」「彼らは、電話やライブの電子メールサービスを通じて、質問に対するライブの回答を得るためのメカニズムを提供していません」と告発している。
カーンズさんは自死する前に、両親へのメモで「収入のない20歳の若者に、100万ドル相当のレバレッジを割り当てることができたのはいったいどういうことなのでしょうか?」 「売買したプットもキャンセルされるべきだったのですが、今何をしているのかわからない。これほど割り当てられてリスクを冒すつもりはなかったので、アプリをチェックすると、証拠金投資オプションは私にとって『オン』にさえされていないのです。苦々しい教訓です。F***(ちくしょう)!ロビンフッド。」と書き残していた。
ここで言うレバレッジとは、株式市場で委託保証金で何倍もの借り入れができる、リスクのきわめて大きい、投機的なギャンブルに誘い込む手段、手口である。ロビンフッドは収入ゼロの若者に73万ドルものレバレッジを本人の承諾もなくかけていたわけである。引っかかればしめたものと計算していたのであろう。
彼の両親は、ロビンフッドが若くて経験の浅い顧客をターゲットにし、危険な取引慣行に誘いこみ、不法な死、精神的苦痛の過失、不公正な商慣行、投資家が助けを必要としたときに必要で適切な顧客サポートを提供せず、知識も少ない投資家を食い物にしている、として提訴したのである。


<<イエレン新財務長官の役割は何なのか>>

ロビンフッドは発表資料で「カーンズ氏の死に大きな衝撃を受けた」とし、6月以降にオプションの提供についてさまざまな改善を加え、顧客の「経験要件を改訂」したと説明している。同社の広報担当者は、「ロビンフッドを責任を持って学び、投資する場所にすることに引き続き取り組んでいる」と語り、「私たちの使命は、すべての人の金融を民主化することです。ロビンフッドは、以前は金融システムから切り離されていた全世代の人々にとって、投資をより身近で気が遠くなるようなものにすることを目的として、モバイルファーストで直感的になるように設計しました。より多くの人々が彼らの財政を管理するのを助けるために、投資に対する体系的な障壁を常に打ち破っています。」 と述べている。
しかし今年の2月時点でも、それは、サインアップアンケートの一部として、アプリは「あなたはどのくらいの投資経験がありますか?」と尋ね、「なし」を選択すると、オプション取引はできないが、それを「あまりない」に変更すると、「オプションへようこそ」と、いとも簡単にアプリはオプション取引を承認する、その程度の改訂でしかない。これのどこに、「金融の民主化」や「責任をもって学ぶ」姿勢があるのであろうか。
このロビンフッドをめぐっては、前回取り上げたゲームストップ事件で、この2月18日に米下院金融サービス委員会の公聴会が予定されている。同委員会の議長であるウォーターズ氏(Maxine Waters)は、「ロビンフッドとこれに関与したヘッジファンドの一部との間に共謀があったため、ロビンフッドが取引を制限したかどうかについて懸念している」と語っており、ロビンフッドも召喚されている。
ここでの「共謀」関係を指摘されているのは、大手投資ファンドのシタデルである。ロビンフッドのビジネスモデルは、当然、無料の取引手数料にではなく、シタデルなどのマーケットメーカーへの注文フローの支払いに依存しており、ロビンフッドユーザーの投資活動を含むユーザーデータをシタデル証券に販売することで収益を上げている。収益を上げるためには、常に新しいユーザーを引き付け、獲得し続ける必要があり、なおかつリスクの高い高頻度取引やオプション取引にユーザーを巻き込まなければならない。これを、ロビンフッドのCEO・最高経営責任者ウラジミール・テネフ(Vlad Tenev)氏は「ヘッジファンドではなく、ウォール街に置き去りにされた人々を支援しています。アメリカの金融システムに取り残されたと感じた何百万人もの人々のために。私たちは、この瞬間を自分自身を改善し続ける機会として捉え、すべての人が金融業界全体にアクセスできるようにすることを約束します。」と述べている。すべての人々をマネーゲームのカジノに誘い込みながら、言い終わって舌を出しているような皮肉たっぷりの戯れ言と言えよう。
問題は、ロビンフッドと共謀関係にあるヘッジファンドと、バイデン新政権の財務長官ジャネット・イエレン氏が、密接な関係にあることが疑われていることである。
シタデルは、2018年2月に連邦準備制度理事会・FRBの議長を辞任して以来、イエレン氏に992,500ドルもの講演料を支払っている。もちろんシタデルだけではなく、2019年と2020年のイエレン氏の講演料、現金収入は700万ドルを超え、そのほとんどはウォール街の企業とヘッジファンドからのものであった。ウォール街の金融資本は、様々な違法な金融活動を日常茶飯事のごとく行っており、そのたびにSECやFRBや規制当局と掛け合い、ごまかし、罰金を支払っている。ごく最近でも、シタデル証券は、2020年11月13日、自主規制当局であるFINRAから、650万件の空売り取引に対して18万ドルの罰金を科されたが、シタデルは申し立てを承認も否定もせずに罰金を支払っている。
イエレン氏は近々にも、財務長官としてゲームストップ事件での取引調査に取り掛かると言われているが、本来ならゲームストップ・ロビンフッド・シタデル、そしてイエレン氏の密接な関係からして、関与すべきではないであろうし、関与すればあいまいな調査・決着になろうことが歴然としているのである。
連日、史上最高値を更新する株式市場のバブル破裂、カジノと化している株式市場を抑え込むためには、大胆な金融資本規制、金融取引税の導入、富裕税・累進課税の再構築といったニューディールこそが要請されているが、イエレン新財務長官の役割、バイデン政権の役割が厳しく問われているのである。
(生駒 敬)

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