【投稿】G7への対案:ワクチンサミット--経済危機論(53)

<<「ワクチン・アパルトヘイトに終止符を」>>
 6月18~21日の4日間、プログレッシブ・インターナショナルが主催する「ワクチン・国際主義・サミット」がオンライン形式で開かれた。
 プログレッシブ・インターナショナル(PI)は、2020年9月に、元ギリシャ蔵相のヤニス・バルファキスを中心とする欧州民主化運動(DiEM)と米民主党上院議員サンダース氏を中心とするグループが世界政治の再構築を目指して結成した国際主義的連帯の組織である。

 開会にあたって、サミット共同コーディネーター・PIインドのバーシャ・ガンジコタ氏が、「全世界で投与されたワクチンの85%は、高・高中所得国で投与されていますが、一方、低所得国で投与されたワクチンは、わずか0.3%です。このままのペースでは、接種に57年間もかかることになり、パンデミックは南半球を襲い、全世界が非常に脆弱な状態に陥り、このウイルスがさらに殺人的な変異を遂げる危険性にまで至るワクチン・アパルトヘイトを緊急に克服する必要があります。国家、機関、企業、国民が一丸となって、ナショナリズムからインターナショナリズムへ、競争から協力へ、慈善から連帯へと移行する必要があります」と、述べている。

 このPIが組織する今回のサミット(Summit for Vaccine Internationalism)には、アルゼンチン、メキシコ、ボリビア、キューバ、ベネズエラの各国政府と、ケニアのキスム、インドのケララの各地域政府が参加し、20カ国の政治指導者、医療従事者、ワクチンメーカー、公衆衛生の専門家らとともに、ワクチン・アパルトヘイトに終止符を打ち、ワクチンの国際化を進めるための具体的な行動について話し合い、パンデミック危機を食い止め、医薬品の生産と流通を加速させるために必要な5つの主要分野でのコミットメントが確認され、発表された。発表に当たりPIは、「このサミットは単なる話し合いの場ではありません。先進国G7サミットが見つけられなかった、見つけようとしなかったパンデミックを終わらせるための真剣な計画である」と述べている。
 なお、企業では、ブラジルのワクチン接種を主導するブラジル国営メーカーのフィオクルス社、100カ国以上に進出し、年間売上高6億ドルを誇るインドのメーカーのヴィルヒョ・ラボラトリーズ社、自発的または強制的なライセンス契約を求めるカナダのバイオリース社、キューバの国営メーカーのバイオファルマキューバ社の4社のワクチンメーカーが参加した。
 バーシャ・ガンジコタ氏は、PIは「国際主義の原則に基づいて同盟を拡大したい」と考えており、中国の参加を歓迎すると述べている。

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【投稿】米ロサミット:武力紛争・核戦争リスク低減への「対話」--経済危機論(52)

<<期待されていなかった打開策>>
 6/16、スイス・ジュネーブで行われたバイデン米大統領とプーチン露大統領との首脳会談は、ロシアのラブロフ外務大臣と米国のブリンケン国務長官、および通訳のみが出席する中、約90分間、休憩を挟み、その後の拡大したセッションを含めて全体では約3時間の短い会談であった。
 それでも両大統領は、今回の首脳会談に関する共同声明の中で、「米露は、緊張状態にあっても、戦略領域における予測可能性を確保し、武力紛争のリスクと核戦争の脅威を低減するという共通の目標に向けて前進できることを示した」と述べ、さらに「今回の新START条約の延長は、核軍備管理に対する我々のコミットメントを象徴するものである。今日、私たちは、核戦争は勝つことができず、決して戦ってはならないという原則を再確認しました。これらの目標に沿って、米国とロシアは近い将来、二国間の戦略的安定性に関する統合的な対話に着手します。この対話を通じて、将来の軍備管理とリスク軽減のための基礎を築くことを目指しています。」と述べている。
 会談の詳細は明らかにされていないが、両者は、核合意、ウクライナでの紛争、北極圏の競争、サイバーセキュリティ、人権、経済関係など、さまざまなトピックを扱ったという。それぞれの諸問題に関して、「戦略的安定性」を回復するためにさらに高レベルの議論が行われることも明らかにした。結果として、3月に断絶された大使関係が回復すること、新戦略兵器削減条約は2024年まで延長される予定であること、軍備管理とランサムウェア攻撃に対処するための二国間作業部会が設けられることが明らかにされた。
 首脳会談の2日前、6/14、プーチン氏は公開された米NBCのインタビューで、米国のインフラへのロシアからのサイバー攻撃が激化しているという告発を「茶番劇」と断じ、「証拠はどこにあるのでしょうか? 我々は、選挙妨害やサイバー攻撃など、あらゆる種類のことで非難されてきたが、一度も、何も、何らかの証拠や証明を提供されていません。」、ごく最近もモスクワが高度な衛星照準技術をイランに移転する準備をしているという主張についても、「もう一度言うが、これは私の知らない、ただの偽情報である。この情報をあなたから聞いたのは初めてだ。私たちにはこのような意図はありません。それに、イランがこの種の技術に対応できるかどうかもわかりません」、次に、食肉加工工場に対するサイバー攻撃、次はイースターエッグが攻撃されたとでも言うのでしょう。まるで茶番劇のように、終わりのない茶番劇が続いています。」とこれらの告発を明確に拒否している。さらにNATOについては、「私は何度も『これは冷戦の遺物だ』と言ってきました。冷戦時代に生まれたものです。なぜ今も存在し続けているのか、私にはよくわかりません」と述べ、インタビューの中で、米露関係がここ数年で「最低の状態」にあることを認めていたのであった。NBCは、6月16日の首脳会談では、「双方ともにどのようなレベルの打開策も期待していないようである」と結論付けていたのであった。

<<米メディアの失望>>
 一方、バイデン米大統領は、同じ6/14、ブリュッセルで開催されたNATO首脳会議の最後に行われた記者会見で、「これだけは言っておこう。プーチン大統領が望めば、我々が協力できる分野があることを明らかにするつもりだ。 もし、プーチン大統領が協力しないことを選択し、サイバーセキュリティやその他の活動に関して過去に行ったような行動をとるならば、我々はそれに対応する。」と述べ、プーチンを「立派な敵」であり、「価値ある敵」だと断じていた。だからこそ、軍産複合体・軍需資本の利益を代表して、バイデン氏は就任以来、ロシアに様々な制裁を加え、ロシアの外交官を追放し、ウクライナに軍事物資を送り、黒海に軍艦を航行させ、NATOの行動のほとんどは、「ロシアの侵略」に対する報復として組み立てられてきたのであった。NATO首脳会議の後、バイデン氏は、ロシアからの疑惑の活動が続けば対応すると脅し、大西洋同盟を守ることや民主主義の価値観のために立ち上がることを怠らないと」と述べていたのであった。
 しかし会談の結果は大いに異なったものとなった。

 バイデン氏は、プーチン大統領は「とても建設的だった」と述べ、「指導者同士が直接対話することに代わるものはありません。2つの強力で誇り高い国の関係を管理するユニークな責任がある」と付け加え、プーチン氏は、「バイデン大統領は「積極的かつ繊細で経験豊かなパートナー」であり、「敵意は全くなかった。我々は原則的な立場は異なるが、双方が互いを理解する意欲を示したと思う。とても建設的な会談だった」と述べている。本来そうであるし、もっと以前からそうあるべきであったのである。

 しかし、収まらないのはトランプ前大統領であった。6/16夜にFOXのショーン・ハニティに「我々は何も得られなかった。我々はロシアに非常に大きな舞台を与えたが、何も得られなかった」と会談をこき下ろし、とりわけ、ロシアが建設中の天然ガスをEUに輸送するノルドストリーム(Nord Stream )2・天然ガスパイプラインプロジェクトへの制裁をやめさせたバイデン氏を攻撃、バイデンのエネルギー政策が「ロシアをとても豊かにする」と怒りを露わにしている。バイデン氏は、ノルドストリーム2制裁は「ヨーロッパとの関係において逆効果である 」として放棄したのであった。
 もう一つ収まらないのは、バイデン氏がプーチン氏を睨みつけて「勝利」するとまで報じて、それを期待していた米主要メディアであった。バイデン氏は「気が散るから」という理由でプーチン氏との共同記者会見を嫌がり、単独記者会見を選択したのであるが、プーチン氏やロシアに対して予想以上に友好的で融和的なバイデン氏の姿勢に、記者たちの質問が殺到、振り切って壇上から立ち去ろうとする際に、CNNの女性記者にキレてしまって、「一体…君は一日何をしているんだ? それがわからないのなら、君は仕事が間違っている」と怒鳴り散らし、ジュネーブ出発直前に侮辱的発言を謝罪している。
 トランプ氏の失望、米主要メディアの失望は、まさに現在直面している米欧日主要資本主義諸国が直面している政治的経済的危機の直接的反映とも言えよう。バイデン氏は、こうした危機を醸成してきた新自由主義からの転換点に位置しているからこそ、その矛盾に満ちた政治的経済的政策が問われており、その中途半端な姿勢が問われているのだと言えよう。
(生駒 敬)
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【投稿】G7:コロナ・気候危機に対処不能を露呈--経済危機論(51)

<<「バケツの一滴」>>
 6/13、英南部コーンウォールで開かれていた先進国G7(グループ オブ セブン)サミット閉会式で発表された公式コミュニケは、「現状を変更し緊張を高める、いかなる一方的な試みにも強く反対する」と名指しは避けながらも中国を牽制し、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」とする首脳宣言を採択して閉幕した。しかし、米国と欧州は中国に対する戦略的利害関係が大きく異なっており、バイデン政権が主導した中国およびロシアに対する敵対的・冷戦的対決志向に対しては、ドイツ、イタリア、EU首脳が反対し、コミュニケは「中国と世界経済における競争に関して、我々は、世界経済の公正で透明な運営を損なう非市場的な政策や慣行に挑戦するための集団的なアプローチについて、引き続き協議する」と、きわめて妥協的なものにならざるを得なかった。中国の「一帯一路構想」に対抗するインフラ建設計画(Build Back Better World より良い世界を築く B3Wイニシアチブ)に至っては、その具体的概要さえ示すことはできなかったし、その意欲さえ疑問視される程度のものであった。

 一方、世界中が深刻な危機に見舞われている新型コロナウイルスによるパンデミック危機に対しては、G7はその無力さ、リーダーシップのなさをさらけ出してしまった。アメリカは5億回分のワクチンを世界に提供することを「約束」し、G7全体としては、途上国などに10億回分のワクチン提供を表明したものの、実際に新たに公約された分は6億1300万回分にとどまるものでしかなかった。6/12、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、パンデミック収束には世界人口(約80億人)の7割の接種、110億回分が必要だと表明していたが、その10分の1以下なのである。ワクチン接種を必要としている何十億人もの人々にとっては「バケツの一滴」に過ぎないと批判される事態である。

 変異ウイルスが次から次へと出現し、収まりかけていたものが、さらに世界中に広がるにつれ、すべての国、地域が守られない限り、収束などありえないということが誰の目にも明らかになってきているにもかかわらず、「世界の救世主」を装ってもこんな程度の対処能力しか持ち合わせていないのである。

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【書評】『泉佐野市税務課長975日の闘い』

【書評】『泉佐野市税務課長975日の闘い』
       (竹森 知著 2021年6月 文芸社 1500円+税)

                              福井 杉本達也

1 国有化に対するリベンジとしての「関空連絡橋利用税」

「泉佐野市税務課長975日の闘い ミッションインポッシブルー関空連絡橋に課税せよ!」という「国に楯突く」タイトルは、「お上」意識の強い我が国にあってはあまりにも刺激的だ。周知のように、2020年6月、泉佐野市は「ふるさと納税」でも「国と喧嘩し」総務大臣を訴え最高裁で勝訴している。

関西国際空港はバブル絶頂期の1987年に埋め立て工事が着工し、バブル崩壊後の1994年に開港した。泉佐野市は開港に合わせるべく、空港関連地域整備や区画整理、鉄道高架事業、りんくうタウン関連など多くの施設整備を短期間で進めたが、景気低迷や地価下落により、あてにしていた空港関連税収が大きく下回った事から、財政状況が厳しくなった。2004年3月に「財政非常事態宣言」を出し、内部管理経費の節減や人件費など経費削減、受益者負担など緊縮施政を行ったものの、平成20年度決算では連結実質赤字比率が約24%と早期健全化基準(17.44%)を超過し、2008年に財政健全化団体となった。

泉佐野市に限らず、1990年前後は全国の自治体がバブルに浮かれていた。地域総合整備事業債(チソーサイ)というものがあり、元利償還に要する経費について、後年度に財政力に応じてその30~50%が基準財政需要額に算入されるという自治省(現総務省)の甘い言葉に踊らされて、各自治体は競ってハコモノを建設した。結果、財政難に陥る自治体が続出した。

本書は市が財政健全化団体となっていた2010年、著者が税務課長に就任した時点から始まるが、泉佐野市は2010年2月に策定した財政健全化計画の中で、各種事業の見直しや遊休財産の売却、企業誘致の推進などに取り組むとともに、人件費の削減なども行った。2013年度決算で財政健全化計画を達成し、2015年度決算で早期健全化団体から脱却した。その中でも大きかったのが「関空連絡橋利用税」であった。

「関空連絡橋利用税」は泉佐野市にとっては「『国有化に対するリベンジ』『減収補填のための税』」であり、「関空連絡橋の国有化が発表されてから丸5年。失われた税収を回復するための戦いだった」。著者はあとがきで「平成25(2013)年3月30日午前0時に徴収が始まりました。ほとんどの自動車はETCで通行しますから、『関空橋税 100円』が取られていると気付かない利用者が多かったことでしょう」と課税当日の緊張を振り返るも、時が経つにつれ、税務課長として、「国の経済施策に影響を与える税で地方財政審議会に呼ばれたこと」「道路通行者から税を徴収することは関所の復活で、明治維新以来約140年ぶり」などの、「歴史的事件に関わったとの思いが生まれ」たとし、「関空連絡橋の国有化に物申し…関空連絡橋に税金をかけるまでの道程」は、千代松市長は「『新しいものは無理難題から生まれる』」としたが、「空港連絡橋利用税は無理難題の連続で、私にとってはミッションインポッシブルでした」と975日の闘いを締めくくった。

2 「ふるさと納税」を巡る最高裁判決

ところで、泉佐野市は「ふるさと納税」でも国(総務省)と最高裁まで争った。市は「返礼品は寄付額の3割以下、地場産品とする」という総務省の「助言」に従わず、通販大手のギフト券などを上乗せして寄付を大々的に集めた。「ふるさと納税」とは、どの自治体にでも、例えば10万円寄付すれば9万8千円が減税になる。所得の高い層はどんどん寄付する。当然、自治体は寄付を集めようとして返礼品競争をエスカレートさせた。国は自治体間の返礼品競争を煽る最悪の制度を作ってしまった。仕方なく 、総務省は問題行為があれば除外できるように地方税法を改正した上で、泉佐野市を施行前の行為を理由に除外した。これは関与の法定主義、法の不遡及に反するものである。最高裁は泉佐野市勝訴の判決を下したが、「本件の経緯に鑑み、上告人の勝訴となる結論にいささか居心地の悪さを覚えた」とする補足意見があった。片山善博元総務相は、裁判の結果を「非常識と違法の戦いです。そうなると、違法の方が負けるのは当然です」と辛口の批評をした(福井:2020.7.19)。

3 「法定外普通税」としての核燃料税との対比

法定外普通税の一つに、原発立地道県が事業者に課税する「核燃料税」がある。「福井県は全国に先駆けて1976年から条例に基づき徴収している。条例は5年ごとに更新。2011年の改定で『出力割』を初めて導入し、原発が停止していても税収を安定的に確保できる…16年度には使用済み核燃斜の県外搬出を促す『搬出促進割』を導入した」(福井:2021.6.3)。核燃料税は、県や市町村が独自に課税できる法定外普通税の1つに位置付けられる。ただ、当時は国の許可(現在は同意)が必要だった。福井県は、一部の原発が建設時期の関係で電源三法交付金の対象から外れることとなり、核燃料税はこの救済策として許可された。今は全国の原発立地道県で課税しているが、発足当初は「核燃料税は福井県だけの特例です」と当時の自治省担当者から告げられたという(福島民報:2011.12.26)。

福井県は今回、この核燃料税の税率を引き上げる。「原発内での貯蔵が5年を超える使用済み核燃料に課税する『搬出促進割』を重量1キロ当たり年千円から1500円」に上げるものである。「原発のプールにたまり続けている使用済み核燃料の県外搬出を促すのが目的」で、「中間貯蔵施設の県外立地地点の確定時期をお年末までに先送りした問題もあり、県外搬出に向けた努力をより促したい考え」(福井:2021.6.3)だというが、税収は11億円増えるが、建設から40年超経過し、テロ対策施設も未完成で安全性に疑問のある、関電美浜3号機を6月23日から10月25日(テロ対策施設期限)までのわずか4カ月間の再稼働に知事同意することの引き換えとしてはあまりにお粗末である。

そもそも、法定外普通税は、税収の隙間にあるものに課税するものであり、税源の幅は非常に狭く、「無理難題の連続」ではあるが、国に楯突いてでも勝ち取るものか、住民の生命財産を売ってでも国に従い、関電には愚弄されても、おこぼれをもらうものなのか。地方自治をどう考えるのか、泉佐野市の「関空連絡橋利用税」課税をめぐる経緯を書き綴った本書は一読の価値がある。

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【書評】『白い土地—–ルポ福島「帰還困難区域」とその周辺』

【書評】 『白い土地—-ルポ福島「帰還困難区域」とその周辺』
   (三浦英之著、集英社クリエイティブ、2020年10月、1,800円+税)

 東京電力福島第一原発の事故後に、放射線量が極めて高く、住民の居住ができない「帰還困難区域」が指定された。しかしその中で2010年代後半に、「特定復興再生拠点区域」(国が積極的に除染して2023年までに避難指示を解除する=住民が住めるようにする区域=「還れる」区域)とされる地域が新たに定められた。
 《白・地》(しろ・じ)とは、これ以外の地域、つまり将来的にも住民の居住がまったく見通せない地域=「還れない」区域=約310平方キロメートルを指す行政用語である。
 本書は、この地域に焦点を当て、そこで生き抜く人々の様々な局面を切り取るレポートである。前著『南三陸日記』(2019年、集英社文庫・・・本誌2020.1.23付に掲載した)でも見られたが、個人の生活・体験という小さな切り口から、日本社会の大きな流れが見えてくる。
 中でも注目されるべきは、本書の第五~七章(「ある町長の死Ⅰ~Ⅲ」)での、原発の北西部に隣接する浪江町の馬場有(たもつ)元町長(2018年6月27日死去)へのインタビューであろう。馬場は震災前の2007年に町長に就任し、その後の原発事故や6年に及んだ全町避難の対応に当たった当事者であった。その浪江町は「悲劇の町」と呼ばれる。
 「町内に原発が立地していないにもかかわらず、原発の爆発事故によって巻き上げられた大量の放射性物質を含んだ雲(プルーム)が浪江町内を縦貫するかのように北西方向へと流れ、(略)町域全体が極度に汚染されてしまった。国や福島県は当時、それらの雲の流れを事前に察知していたが、その情報は浪江町には伝えられず、町は結果的に──あるいは悲劇的に──町民をあえて被曝する危険性のある地域へと避難させてしまった」。
 その馬場はかつて原発推進派であった。
 「『決して馬場さんだけじゃないんです』と馬場の死後、町長の椅子に座った吉田数博は(略)言った。『過去のすべての町長が皆、ここまで原発の「安全神話」に漬かっていました。立派な公共施設などで絶えず財政的に豊かな隣の立地自治体と比較される。原発を欲するのは、いわば「原発周辺自治体」の宿命なのです』」。
 しかしその馬場は、原発事故後2カ月も遅れて福島県の担当者が「SPEEDI(緊急時迅速放射能予測ネットワークシステム)」の拡散予測を浪江町に伝えなかった事実の報告を受けて、謝罪する担当者に向かって詰め寄る。
 「放射能の汚染予測がわかっていたら、私は決して町民を津島地区(註:浪江町北西部)には逃がさなかった。あのとき、避難所の外ではたくさんの子どもたちが遊んでいた。あなた方の行為は、あるいは『殺人罪』に当たるのではないですか──」。
 また東京電力の幹部が、避難先である二本松市東和支所の仮役場を訪れたときである。
 「どういうことなのか、まずは説明してください」と馬場は爆発しそうな憤りを抑え、ひとまず相手の言い分を聞こうとした。「東京電力と浪江町は通報連絡協定を結んでいた、それはご存じですよね」/「はい」/「それなのに原発事故が起きたとき、東京電力からは浪江町に何一つ情報が寄せられなかった。結果、我々は震災の翌日に急きょ避難を強いられ、まだ沿岸部に残っていたかもしれない町民の救助にあたれなかった。その責任を、あなた方はどのようの考えておられるのでしょうか」。
 しかし埒が明かないので馬場は、取りあえず避難所の寒さを防ぐための暖房器具の寄贈を東京電力に要請した。その話を聞いて随行していた東電社員が書面を取り出して幹部に渡そうとした、その時、書面が社員の手から滑り落ちて馬場の足元にはらりと落ちた。
 その書面を拾って見たとき、馬場は体中の血液が沸騰していくのがわかった。/《ストーブ=大熊町、双葉町四〇台、浪江町五台・・・》/(略)/「あなた方はいつだってそうだ」と馬場は抑えきれない怒りをかみ殺すように震えながら言った。「原発が立地している地域にしか意識が向かない。今回の事故の最大の被害自治体は大熊町や双葉町じゃない。双葉軍最大の人口二万一〇〇〇人を抱える、わが浪江町ではないのですか──」。
 原発推進派であった馬場が、事故と町民避難の現実に直面して吐露した言葉である。この後馬場は死の直前まで奮闘するが、2017年2月には避難指示解除に伴う町民の帰還に関する苦渋の決断をする。しかし「避難指示の解除から半年で町に帰還した人はわずかに約三八〇人。町内にはスーパーや病院はなく、新設された小中学校への入学希望者は一〇人に満たない。帰還住民のうち少なくない人が『こんなことなら戻らなかった』と嘯き、その不満の多くは今、馬場町政への批判となって町役場に寄せられている」。
 ここに政府、福島県、東京電力を信じてその政策に振り回された首長の軌跡が記されている。
 本書ではさらに、浪江町では実は震災が起こる直前には土地買収がすでに98%まで完了していた「東北電力浪江・小高原発」計画があった──町議会が誘致運動を展開していて、震災がなければここには原発が建設されるはずであった──ことが語られる。この土地はその後どうなったか。
 「東日本大震災後、浪江・小高原発の建設計画を撤回に追い込まれた東北電力は、『用済み』となったその広大な土地を浪江町に無償で寄付し、その後、原子力行政の失敗による損失を償うかのように経済産業省が国の水素製造施設の建造計画を立てていた」のである。
 そしてここには2020年3月「フクシマ水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)が開所し、水素燃料の製造施設が建設された。同じ3月、浪江町は「ゼロカーボンシティ」を宣言する。そして本年3月25日、この水素燃料を灯した聖火リレーが駆け抜けたのである。浪江町のホームページにはこの記事が誇らしげに掲載されている。
 あまりの不条理に言葉もない。しかしそこには厳然と資本の論理が貫かれている。
 本書の最終章では、こう語られる。
 「東京は次なるオリンピックの開催を機に過去を拭い去り、再興に向けて勢いよくスタートダッシュを切るだろう。あるいはこのままオリンピックが開かれなかっとしても、何かまた別のイベントを作り出し、『成功』を演出するに違いない。(略)でも福島はきっと東京のようには前に進めない。拭い去ることのできない、あまりに多くのものをすでに抱え込み過ぎているからだ。それは廃炉作業が思うように進まない壊れた原発であり、帰還の見通しが立たない《白地》と呼ばれる帰宅困難区域であり、癒えることのない人々の心の痛みだ」。(R)

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【書評】『9条の戦後史』

【書評】『9条の戦後史』

加藤典洋著 2021年5月 ちくま新書 1,300円+税

                          福井 杉本達也

1 はじめに

2019年5月に亡くなった文芸評論家の加藤典洋の「遺著」である。加藤の生前最後の著書となったのは創元社から刊行された『9条入門』である。本書は「その続編に相当する部分とし書かれていた未定稿を整理し、新たに表題を付したものである」「『9条入門』と『9条の戦後史』は、当初、ひとつながりの全体として執筆されていた。」「原『9条入門』は、分量の長大さもあって、一度に刊行することが難しく、その前半にあたる部分のみがまず」刊行された。「残りの部分の草稿について、加藤は当然、独立した一冊の著作として世に問う意志を持っていたが、生前には実現できなかった。未定稿でるあることもあり、しばらく刊行のめどが立たなかった」が、矢部宏治氏らの協力により刊行されることとなったものである」(野口良平「『はじめに』に代えて」)。

2 9条と日米安保の相補性の問題化

加藤は、1960年の安保闘争が「岸退陣と次の池田内閣の高度成長政策に道を」開き、「戦前の文脈から戦後型の文脈への転換点、折り返し地点があった」とする。池田内閣は対米従属路線を堅持し、「再武装の要求には極力抵抗」しつつ、「国内の健全な経済成長を最優先する」「経済的にナショナリズムの心的要求を満足させる新しい護憲的立場」を作り上げた。「そこから生まれてくるのが自衛隊の『解釈合憲』論、日米安保の統治行為論を介した合憲論で、以後、憲法9条と日米安保は『棲み分け』、共存するように」なる。こうして、「日米安保条約に基づく体制を是認しながら」なおかつ、「憲法9条の戦争放棄の理念を支持する」という、「それ自体大いに矛盾を抱えた新しい国民層が」現れてきたとする。しかし、「これは同時に、アメリカに日本が従属しているという事実が、隠蔽され、意識されなくなり、空気のような存在に変わっていく過程でもあった」(同時に、米軍基地の沖縄に集中する過程でもあった)とする。 続きを読む

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【投稿】米・イスラエル「自衛」の名による戦争犯罪--経済危機論(50)

<<「これが戦争の代償だ」・殺害された67人の子どもの写真>>
 5/27、イスラエルの新聞「ハーレツ」(Haaretz)紙が、「これが戦争の代償だ」と題して1面表紙に、イスラエル軍の猛爆撃によって殺害されたパレスチナ人の子ども67人全員の写真と体験談を掲載した。前例のない事態である。これまでイスラエルの主流メディアはイスラエル軍の軍事作戦やイスラエル政府の暴力的人種隔離政策によるパレスチナ人の犠牲者を報道してこなかったことからすれば、「大胆な行動」だと見なされている。イスラエル国内の組織やメディアがイスラエル軍の攻撃による人的被害を公表しようとすれば弾圧し、抑え込まれてきたことからすれば、確かに異例な事態である。

「これが戦争の代償だ」。イスラエルの新聞、ガザで殺害されたパレスチナ人の子ども67人全員の写真を掲載(May 27, 2021 Common Dreams

  「ハーレツ」はさらに、「イスラエルのイラストレーターがガザ紛争で犠牲になった子どもたちを追悼」と題して、イスラエルの美大生が、他のイラストレーターと協力して、命を落とした子どもたちを追悼し、自分たちの持つツールで自らの痛みを表現した追悼のイラストを大きく紹介している。ベザレル芸術デザインアカデミーのビジュアルコミュニケーション科4年生のオル・セガールは、「私は、静かで強く、物事をさらに悪化させないような方法で仕

イスラエルのイラストレーター ガザ戦争の子どもの犠牲者を追悼(haaretz. May. 27, 2021

事をしたいと思いました」、「慣れ親しんだイラストとデザインというツールを使って、兄弟愛をもってそれを行うことにしました」とハーレツに語っている。

 バイデン米大統領も強く後押しした「自衛権」の名による戦争犯罪がイスラエル国内においてさえ公然と問われ出したのである。
 圧倒的な武力、重武装の イスラエルは、アメリカ、フランス、イギリス、EUから供給された兵器  砲艦、戦車、砲弾、ドローン、F16、F35ジェットを使用して、ガザを自由に爆撃、病院や水道などのインフラまで破壊、殺害したのである。ガザにはこのような一方的な「自衛」に対抗できるような陸軍も海軍も空軍もない。それでも、ガザのハマスが率いる抵抗運動は、過去11日間で約4,000発の自家製ロケットを発射し、さらに数か月間発射し続けられる備蓄がまだあると述べている。圧倒的な軍事力格差は厳然としてあるが、ハマスを見くびっていたイスラエル軍が地上部隊を侵攻させることができなかったのも事実であろう。この11日間の戦闘の過程で、米バイデン政権は、5回の即時停戦を求める国連の提案を阻止している。しかしついに内外からの圧力によって、イスラエルは停戦に応じざるを得なかったのである。
 あくまでも一時的な停戦合意であろうが、その合意までの11日間の死亡者数を比較しただけでも、暴力とジェノサイドの一方的な本質は明瞭である。67人の子供を含め、248人のパレスチナ人が殺害されている(イスラエル側は12人、内、子ども1人)。
 国連の集計によると、6つの病院、53の学校、11のプライマリヘルスケアセンターを含む450近くの建物が被害を受け、258棟、1,000戸以上が破壊され、14,500戸が被害を受け、10万人以上が国内避難民となり、3つの主要な淡水化プラント、送電線、下水処理場が破壊されている。
 しかし、もはやこうした戦争犯罪とジェノサイド・アパルトヘイト政策を隠蔽しきれない情勢の到来と言えよう。アメリカや西ヨーロッパの政権が、中東で唯一の「自由と民主主義」の価値を代表し、体現する国として称揚してきたイスラエルが、今や「自由と民主主義」の価値を踏みにじる政権として問われ出したのである。

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【投稿】バイデンの大嘘:イスラエルに「自衛権」--経済危機論(49)

<<メディアが報じない「自衛」の実態>>
 バイデン米大統領が、アパルトヘイト(人種差別・隔離)国家であり、パレスチナ民衆のジェノサイドを推し進めるイスラエルのネタニヤフ政権を、「自衛」という名で擁護する姿勢を明確にさらけ出してしまった。トランプ前政権よりはイスラエルに批判的姿勢を選択するかに見せていたが、米国内のネオコン勢力とイスラエルロビー、ネタニヤフ政権に踊らされ、彼らの代弁者となってしまったのである。
 アメリカの政治的経済的危機から脱出する路線転換が問われていた、あの大統領選は、いったい何のための政権交代であったのか、台無しにしかねないものである。しかしそれは、バイデン政権が大上段に掲げる、凋落するアメリカ帝国の復権を狙う、中国・ロシアとの新たな冷戦挑発戦略にとって不可欠な中近東の火薬庫に手を出す、必然的な結果でもあるとも言えよう。今、最も必要な緊張緩和ではなく、今、最も避けられるべき緊張激化路線を選択したのである。

 ことの発端は、5/7、東エルサレム旧市街、シャイフ・ジャラーフ地区のパレスチナ民衆にとっての聖地、アルアクサにラマダン月(約 1か月におよぶ断食)最後の金曜礼拝に向けて、何万人ものパレスチナ人が朝から参集しているモスクを、武装したイスラエルの警察と軍隊が包囲し、爆弾、催涙ガス、ゴム弾を発射して、襲撃したのである。

 名目は、イスラエル当局が推し進める東エルサレムの2000人に及ぶパレスチナ人立ち退き政策、シャイフ・ジャラーフに住むパレスチナ人38家族への立ち退き命令の実行である。しかしこれは、占領地への入植活動や併合を禁止し、「個人的若しくは集団的に強制移送し、又は追放すること」、「不動産又は動産の占領軍による破壊」を禁止するジュネーブ第四条約と国連安保理決議478号によって「国際法違反で無効」とされているものである。
 この無理無体を強行するイスラエル側の政策、襲撃によって、この日、300人以上の負傷者が続出、これに抵抗した人々が次から次へと拘束される事態が引き起こされたのであった。この事態を受けて、ガザ地区のパレスチナ人居住区を実効支配しているイスラム抵抗運動組織・ハマスは、午後6時までにアルアクサとシャイフ・ジャラーフ地区からのイスラエル軍・警察の撤退と、拘束されたすべてのパレスチナ人を釈放しなければ、報復が行われるだろう、とイスラエル側に最終警告を出していたのである。午後6時過ぎ、警告通りハマスはガザからロケット弾を数発発射したのであった。これこそまさに「自衛」の警告砲撃であった。イスラエル側は、待ってましたとばかりにガザ地区への激しい空爆での圧倒的報復攻撃を開始したのである。マスメディアは一切こうした経緯を報じていないばかりか、いかにもイスラエル側がやむにやまれぬ「自衛」、「自らを守る」行為にしかすぎないかのように描き出しているのである。とんでもない悪質・悪辣な行為、テロリスト国家として行動するイスラエルの人種差別と民族浄化、国際法違反の戦争犯罪を弁護しているのである。
 この事態に関連して、菅政権の中山泰秀防衛副大臣が5/12、「私たちの心はイスラエルと共にある」「イスラエルにはテロリストから自国を守る権利があります」とツイッターで投稿し、イスラエル大使館から「我々が聞きたかったことであり、感謝している」と大いに歓迎されている。5/18、参院外交防衛委員会でこのツイートを追求された中山氏は、「個人として行わせていただいている」と撤回を拒否している。しかし、これは5/11の外務省の見解「イスラエル政府当局による東エルサレムにおける540棟の入植地住宅建設計画は、我が国が国際法違反として幾度となく撤回を求めてきたイスラエル政府による入植活動の継続にほかならず、まったく容認できません。イスラエル政府に対し、その決定の撤回及び入植活動の完全凍結を改めて求めます。」「日本政府は、すべての関係者に対し、一方的行為を最大限自制し、事態の更なるエスカレートを回避し、平穏を取り戻すよう強く求めます。」と言う日本政府としての公式談話を完全に否定するものなのである。

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【投稿】ワクチン敗戦

【投稿】ワクチン敗戦

                     福井 杉本達也

1 「このままじゃ政治に殺される」

5月11日の朝日・読売・日経の全国三紙・見開きに第二次世界大戦末期・米軍との本土決戦に備える少女の竹槍訓練の写真と新型コロナウイルスのイメージ画像をコラージュした「ワクチンもない。クスクもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される。」と訴える「宝島社」の全面広告が掲載された。

菅首相は5月7日、緊急事態宣言を5月31日まで延長するとしたが、記者会見で「新型コロナウイルスのワクチンについて1日100万回の接種を目標とすると表明した。」6月中には一般向けの接種も始めるとした(日経:2021.5.8)。東京大学物性研究所の押川正毅氏は、こうした政府の考え方を、物理学者「ファインマンが何度も指摘した 『計算はできるけど、計算と現実を対応させられない人』『3600万*2/90は?』『高齢者が3600万人、1人2回接種。3ヶ月で全員接種完了するにはどうすれば?』『スピード感を持って躊躇なく実行』(押川正毅2021.5.4)と皮肉っている。日経によると、4月12日に始まった高齢者接種では、5月6日時点で打ち終わった人は24万人、接種率はわずか0.3%、最も多かった日で2万1,602回、「7月末から逆算して、接種回数を1日100万回に引き上げなければ到底間に合わない」。最大のネックは担い手の確保だ。「接種場所を上積みできるかも課題…計画する全ての会場で接種を行うには10万人規模での医療従事者の上積みが必要となるが、確保には不安が先立つ」(日経:2021.5.9)と書く。大阪府の人口100万人あたりコロナ感染による死者数は1週間平均で22.6人/日と最大の感染国インドの19.3人を上回った。11日には最多の55人も亡くなった。国家の最高指揮官が「机上の空論」としての「虚ろな目標」を掲げるものの、もはや誰も指揮官の言葉を信じる者はいない。いつから日本はこのような情けない国になってしまったのか。

 

2 EUからのワクチン2400万回分が行方不明に?―全く無能の日本のロジステック

政府はワクチン接種の遅れについて「3⽉末からEUがワクチンの域外輸出を規制したことで、輸⼊が⼤幅に遅滞しているため」であると説明してきた。ところが、4月22日のBloombergが「EUから1月末以降出荷のコロナワクチン、日本へが最多の5230万回分」と報道したことに対し、内科医の上昌弘氏が「これは、一体日本のどこにあるんでしょうね。」とツイートした(2021.4.26)。上氏には全く失礼だが、フェイクニュースではないかと疑ってしまった。まさか日本政府がこの危機的な時期に最も重要なワクチンの輸入総数を把握しきれていないとは思わなかった。

5月3日付けの日経は「欧州連合(EU)は4月末までに日本向けに5230万回分の輸出を承認したと発表したが、日本政府が確認に手間取る場面もあったと報道した。「EUは製薬会社に対し域内で製造したワクチンの出荷計画を事前に申告し、許可を得るよう義務付けている。」EUが公表した1月30日~4月27日にの状況では「44カ国・地域に1億4,800万回分の出荷を承認し、このうち5,230万回分を日本が占めた。」。ところが、「日本政府は4月25日の時点で国内に到着していると確認していたのはファイザー製の2800万回分ほどだった」。「河野太郎規制改革相は27日、ツイッターで『日本向け5230万回分』と紹介したのに対し『数字が違うので、確認してもらっています』」などというEUの把握に誤りがあるようなとぼけた書き込みをした。しかし、「日本政府はEUの承認状況を十分把握できていなかったとみられ、関係省庁は情報確認に追われた」(日経:2021.5.3)と報道せざるを得ない状況に追い込まれた。ロシア・Sputnikも、「EUからワクチンが出荷された43カ国の中で最も多い量だ。国内接種の遅れについて、⽇本の政府当局者が供給上のボトルネックが理由の⼀つだと指摘してきただけに、⽇本向けワクチンが⼤量に存在するとの事実は国⺠をいら⽴たせている。EUのワクチン輸出の統計についてはブルームバーグ・ニュースが22⽇に最初に報じ、その後、EU当局が発表資料で確認。⽇本ではツイッター上でアナリストや医師、野党政治家がこれに⾔及し、『ワクチンはどこにあるのか』との疑問が⾶び交った。」とより正確に報じた(Sputnik:2021.4.30)。政府に忖度する日本のマスコミはこの政府の大失態を無視したままだ。日本のロジェステック能力のなさが国際的に明らかになった。

 

3 あるのは「机上の空論」のみ、達成の手段を考えない―ワクチン敗北

米国のワクチン接種率は37%、英国は約36%だが、日本国民の接種率(4月末時点)はわずか1.3%と経済協力開発機構(OECD)加盟国37カ国で最下位である。菅首相は1日100万回を目標とし、「7月末までに高齢者のワクチン接種を終わらせろ」と言明したそうだが、現実は厳しい。4月末の厚労省の全国の地方自治体調査では、1741の市町村のうち6割以上の1100の自治体が「7月中に高齢者のワクチン接種完了はできない」と回答している。 「ワクチンが国から届かない」「予約を受け付で現場が大混乱」等々。日経によると、現在の自治体の稼働している会場は1万ケ所程度で、「おおむね医師は1.1万~1.2万人、看護師は1.4万人ほどの体制で臨んでいる」が、これを「1日80万回の接種を実現するには、医師と看護師による1万組ほどの体制で接種する場合、土日や祝日も休みなしで1日80回打たなければならない…1時間当たり十数回で、いまの体制では現実的でない。少なくとも各自治体が想定している計画を実現するには10万人規模で人材上積みが必要になる。」と計算する(日経:2021.5.2)。

日本は目標の立て方に戦略性がない。感染の拡大防止なのか、年齢層なのか、自治体間の公平性なのか、接種の公平性なのか。どのようにロジステックをするのか。時期は。資金はどのように調達し、どこに重点配分するのか。米国では既に18歳以上の4割が2回の接種を受けている。「スピード重視」、「証明書不要、予約なしでも」、「ワクチン接種の現場から感じるのは、細かな無駄は気にせず、とにかく圧倒的な物量で兵たんを充実させ、最後に勝てばいいという思想」でワクチン接種を行っている。緊急事態であるから、当然、人的資源も物的資源も不足している。『完璧』を求めることは不可能である。無駄もできる。その中でワクチン接種を優先するとするならば、どこを切り捨てるかを判断しなければならない。ワクチンが感染率を下げるとするならば、スピードを重視して公平性を後回しとすることも一つの方法である。むろん、十分なワクチンの確保が前提だが、EU発表資料から判断すれば、他の諸国より相当の量を既に確保している。

4 PCR検査でも敗北

厚労省は当初、PCR検査でも病床や医療資源が逼迫するとして、検査を37.5℃かつ4日間は受け付けないという厳しい制限を設けた。既存の感染症病床数や保健所の人的・検査機器の体制に検査数を合わせようと試みた。大学や民間の検査機関を利用すればその何倍もの能力があるにもかかわらずである。平時の体制に無理やり現実を合わせようと逆算したのである。日本ではいまだに感染状態の把握ができていない。「⽇本の感染者が多いのか、どこでどれくらい流⾏しているのか、正確な状況がわからなければ、対策の⽴てようがない。このためにはPCR検査体制を強化すべきだ。コロナ感染はPCR検査をしなければ診断できないからだ。ところが、厚労省は『PCR検査抑制』の姿勢を貫いている。」⼈⼝1000⼈あたりの検査数では、⽇本の検査数は英国の28分の1、⽶国の5分の1である(上昌弘:2021.5.1)。上昌弘氏は別の個所で厚労省関係者の話として、「『厚労省は検査を拡大する気がないからです』という。この人物は、その理由として『感染研と保健所に大規模な検査を遂行する実力はなく、検査拡大を認めれば、彼らの情報や予算の独占体制が崩壊するから』」と書いている(上昌弘:2021.4.8)。

5 憲法の「緊急事態条項」

4月7日付けの日経は「コロナ、統治の弱点露呈」との見出しで、「いまも止まらない新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の統治機構の弱点を浮き彫りにした。デジタル化の遅れや国と地方のあいまいな責任と権限、既得権が臨機応変な対応を妨げ、政治主導の動きも鈍かった。」「官僚は既存の法や制度にとらわれる。危機時にそれを突破するのが政治の役劃といえるが、その政治も既得権の壁を越えようとしない。」(日経:2021.4.7)と嘆くが、「デジタル化の遅れ」や「国と地方の責任と権限」、「既得権」、「既存の法や制度」といった個別制度だけをあげつらう問題ではない。

個別制度の欠陥を指摘するだけでは「『医療逼迫が起きたらコロナ専用病院をつくる必要があるが、今のスキームでは不可能だ』・自民党の下村博文政調会長は3日、東京都内で開かれた改憲派の集会でこう指摘し、緊急事態条項創設を訴えた」(時事:2021.5.10)というような「コロナ禍」を“好機”とみなす「ショック・ドクトリン」(惨事便乗型資本主義)の考え方が出てくる。しかし、「コロナ専用病院」をつくるにしても、医師や看護師、医療資材の投入はどうするのか。これは「スキーム」だけの問題でない。

2020年1月下旬、中国の感染症研究のリーダー鐘南山氏は、1000万人を超える武漢の閉鎖、徹底したPCR検査、建設資材を始め、医師や看護師ら5万4千人、医療資材を集中投入いて1000床を超える「火神山医院」をわずか10日に完成させ、二つ目の1500床の「雷神山医院」も14日間で建設した。死亡者を1人でも減らそうとするスピード感とロジステックは称賛に値するものである。「専制的国家」だからという批判のみで、自らは何の対応もしない日本の戦略のなさとは対照的である。なぜ、中国が素晴らしいロジステックが出来たのかを真剣に学ぼうとしないのか。

もし、下村政調会長の主張のように、あたかも全てか解決する“魔法の杖”かのように憲法に「緊急事態条項」を設け、首相に全ての指揮権を与えるならば、ロジステックなしの死屍累々たる「タケヤリ」戦術の再現となることは明らかである。ワクチン接種が滞る中、政府は自衛隊主導で1日1万人の高齢者ワクチン接種センターを東京と大阪(同5千人)に設けるとしたが、自衛隊だけでは人手が足りず、民間の人材派遣会社、旅行会社に丸投げするといいう。委託業者からはワクチン接種会場のアルバイト求人募集「時給1450円~」という求人広告が出された(AERA:2021.5.10)。指揮官の「やってるふり」の戦力の随時投入・泥縄の積み重ねでは日本沈没は免れない。

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【投稿】ワクチン・特許放棄をめぐる戦い--経済危機論(48)

<<「異常な状況は異常な措置を要求」>>
 5/5、米通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は、バイデン政権として、新型コロナウイルス用ワクチンに関わる知的財産(IP)の保護を放棄することを支持するとの声明を発表した。この発表に際して「世界貿易機関(WTO)での権利放棄に賛成であり、権利放棄の提案者が達成しようとしていること、つまりワクチンへのアクセス改善、製造能力の向上、接種の拡大に賛成である」「政権は、知財保護を強く信じる一方で、感染拡大を収束させるべく、新型コロナワクチンの知財保護を放棄することを支持する」と述べ、「これは世界的な健康危機であり、コロナウイルスによるパンデミック危機の異常な状況は異常な措置を要求している」と述べている。タイ代表はまた、米国がインドと南アフリカの提案を支持するために世界貿易機関(WTO)での交渉に参加することを明確にした。
 この声明は、大手製薬独占企業にとっては寝耳に水であり、直ちに激震となった。ファイザー(Pfizer)のワクチン共同開発企業であるドイツのビオンテック(BioNTech)の株価は14%の下落、モデルナ(Moderna)9.7%安、ノババックス(Novavax)11%安、ファイザー2.6%安、等、軒並み下落に見舞われた。フィナンシャル・タイムズ紙は「製薬部門で即座の怒りを引き起こし」、「ワクチンの大手メーカーの株は発表によって打撃を受けた」と報じている。米国内最大の製薬業界団体である米国研究製薬工業協会(PhRMA=PharmaceuticalResearch and Manufacturers of America)は、「特許免除は利益よりも害を及ぼす」、「官民連携に混乱の種をまくもので、すでに緊迫状態にあるサプライチェーンをさらに脆弱にし、ワクチン偽造を拡散させる」、「致命的なパンデミックの真っ只中に、バイデン政権は、パンデミックへの世界的な対応を弱体化させ、安全性を危うくする前例のない一歩を踏み出した」と主張する強硬な声明を発表。
 翌5/6、業界の反発に応えて、ドイツのメルケル首相がコロナワクチンの知財保護を放棄する提案に反対すると発表、「知的財産権保護は、革新の源泉として未来においても維持されなければならない。新型コロナワクチンの特許を解除しようという米国の提案は、ワクチン生産全般に大きな影響を与える」とし「現在 ワクチン生産を制約する要素は、生産力と高い品質基準であり、特許ではない」と主張。このメルケル首相の発言で、製薬企業の株価は反発、いくらかは戻している。

特許放棄提案に賛成または反対する国(Co-Sponsor:支持、Full Supporter:完全支持、General Supporter:一般的支持、Opponent:反対、Original Sponsor:原提案国、Undecided:未定)

 一方、フランスのマクロン大統領は同日、「ワクチンを世界的公共財とするべきだ」として、「知的財産権を開放しようという意見に、全面的に賛成する」ことを明らかにした。オーストラリア、ニュージーランドも特許の一時的放棄に賛同の意向を表明。

 アストラゼネカ社のあるイギリス、ノバティス社とロシュ社があるスイスは、それぞれ製薬多国籍企業を抱えていることから、知的財産権の一時免除提案に対しては「論議する」としながらも、効果については疑問視しているという立場を表明している。
 5/7、欧州連合(EU)の行政トップ、フォン・デア・ライエン欧州委員長は、「議論は拒まない」としつつも、「ワクチンを素早く世界中に行き渡らせるための、短期、中期の解決策にはならない」と指摘して、反対の意向を表明。
 パンデミック危機の展開と同様、まさに混とんとした事態の展開である。
 特許権放棄のキャンペーンを行っている国境なき医師団は、提案に賛成、反対、未定の国々を示す最新の地図を公開している。日本は態度表明を避けているが、これまでの経過からして当然、反対国として表示されている。(上図)

<<「別の変異ウイルス」>>
 そもそもこの特許権放棄の提案は、昨年10月2日に、南アフリカ政府とインド政府が、WTOの貿易関連知的財産権協定(TRIPs)理事会に対し、各国が医薬品、診断薬、有望なワクチン候補など、コロナウイルスに関わる予防や治療に関連する知的財産権、意匠、特許および開示されていない情報の保護の免除を含む提案を行ったことからきており、この南アフリカ・インド提案には、すでに100か国以上の国々が支持することもしくは歓迎の意思を表明している。国連合同エイズ計画(UNAIDS)等の国際機関や国境なき医師団、等、多くの市民社会団体も支持している。
 そしてバイデン氏自身が大統領選の最中の昨年11月、この特許放棄に触れ、それが「世界で唯一の人道的なこと」であると語っていたのである。当然、バイデン政権成立後、民主党内左派の発言力、圧力が強まり、先月、4月中旬、バーニー・サンダース上院議員と他の9人の上院議員 が、バイデン氏宛ての特許免除を求める書簡に署名し、下院の民主党の過半数を超える110人の支持を得て、同様の手紙が下院で発表される事態にまで進展していたのである。だが、下院議長のナンシー・ペロシはこの書簡に署名しておらず、共和党は、党として反対を表明、当然、共和党議員の署名はゼロである。
 問題は、バイデン政権自身の対応である。USTRのタイ代表が明らかにしていることは、「これらの交渉は、機関のコンセンサスベースの性質と関連する問題の複雑さを考えると時間がかかります。」とあらかじめくぎを打っており、「免除の詳細を打ち出すことは長く複雑なプロセスになる可能性がある」ことを強調していることである。さらに、インドと南アはコロナウイルスにかかわるワクチンや開発情報、検査薬、医療物資など幅広い特許権の放棄を求めているが、米国は事実上、「ワクチンのみ」に限ろうとしている。そして決定的なことは、WTOの規則では、164加盟国・地域の全会一致が原則で、いかなる決定もこれに縛られ、協議は迅速には進まない見通しを前提にしていることである。つまりは、バイデン政権はWTOの協議を支持することで話し合いに参加し、国内の左派・改革派をなだめつつ、その一方で、特許権の完全な適用除外を伴わない、あいまいな妥協案を模索しているということである。
 WTOは「遅くとも11月末の閣僚会合での合意」を目指す、としているが、現状ではこれ自身も怪しいものであろう。
 製薬会社はすでに戦いに向けて準備を進めており、2021年の第1四半期だけでも、米製薬業界は連邦政府のロビー活動に9,200万ドルを費やし、バイデン氏にも多額の寄付を提供している。
 さらに問題は、バイデン大統領自身の製薬業界との深い結びつきも大きく関与していることである。バイデン氏は、製薬大手アストラ・ゼネカの米国本社の本拠地であるデラウェア州出身であり、特許問題について定期的に製薬会社と提携し、製薬特許規則を強化する貿易法を支持してきた経歴の持ち主なのである。そしてまた、医薬品の合理的な価格設定を強制する国立衛生研究所の権限復活に反対して共和党と投票した8人の民主党上院議員の1人でもあった。オバマ政権の副大統領時代、製薬特許の独占権を強化する環太平洋パートナーシップ協定(TTP)の主要な推進者でもあった。

反撃なければ、巨大製薬企業の欲深さがパンデミックを長期化させる (Free The Vaccine 2021/3/11、ニューヨーク、ファイザー本社前)

 こうした経歴の背景を持ちながらも、今回、バイデン政権が特許権の一時的放棄交渉に踏み出さざるを得なくなったのは、現在のパンデミック危機がもたらしたものであり、この危機を利用した自由競争原理主義と特許権で欲得づくの巨利を築いてきた大手製薬独占企業の横暴に対する怒り、内外の広範な特許権放棄を求める運動と世論がもたらしたものと言えよう。

 5/8、ローマ教皇はワクチン特許放棄を支持して、「愛や健康より知的財産を上位に置くのもまた別の変異ウイルスだ」と訴えている。
 反撃なければ、巨大製薬企業の欲深さがパンデミックを長期化させることは明らかであろう。
(生駒 敬)
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【投稿】バイデン「2正面作戦」に困惑する菅政権

4月28日バイデンは就任100日の施政方針演説で、中国、ロシアへの対抗意識を露わにした。中露への対応はトランプも厳しいものがあったが、それは個人の感情と取引に支配された不安定なものだった。
しかしバイデン政権のそれは、アメリカ流の「民主主義」「人権」という、中露との間に妥協が成立しにくいポリシーに基づくものである。 続きを読む

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【投稿】「専制主義国家」対「民主主義国家」という欺瞞に満ちたバイデン施政方針演説

【投稿】「専制主義国家」対「民主主義国家」という欺瞞に満ちたバイデン施政方針演説

                                 福井 杉本達也

1 就任100日も経ってからの施政方針演説

米大統領の「施政方針演説」は就任1期目に新政権の方向性や国内外の課題に対する見解や今後の政策について説明するもので、近年は就任1か月前後で終えていたが、バイデン氏のそれは就任100日目という「異例の遅さ」だという(日経:2021.4.30)。

施政方針演説に先立ち、3月25日、バイデン氏は就任後初の記者会見を行ったが、原稿を棒読みする危なっかしすぎる大統領の姿だけが印象に残った。RTは皮肉を込めて「⺠主党の戦略家が選挙運動中にジョー・バイデンを地下室に座らせて喜んで就任後64⽇間彼を報道陣から遠ざけた理由は分かっていますが、それは間違いなくコロナウイルスではありません。」と書いた(RT:2021.3.25)大統領選期間中にバイデン氏は、トランプ氏のファーストネームを2回にわたって「ジョージ」と呼び間違えたが、不安が的中した形となった。また、ハリス副大統領を二度も「ハリス大統領」と呼び間違えた。本当に「ハリス大統領」が出現するかもしれない。プーチン大統領を「殺人者」と呼んだことに対し、プーチン氏はバイデン氏の「健康を祈る」と切り返したが、バイデン氏の健康不安説がささやかれる中、軍産複合体を動かすCIAやネオコン、またキャンベルといったジャパンハンドラーズの行動が目立っている。

2 覇権を中国に渡さないとする宣言

バイデン氏は2兆ドルの大規模なインフラ投資計画を打ち出し、「風力タービンのブレード(羽根)を北京ではなくピッツバーグで製造できない、理由はない。電気自動車や電池の生産で、米国の労働者が世界を主導できない理由はない」と演説した。その必要性について、3月31日の計画発表時の声明では「世界的リーダーシップを我がものにするチャンスがある市場で、とりわけ中国との競争において、アメリカのイノヴェーション上の優位性を高めるだろう」と述べたが、「純然たる国内問題にまで対中対決を持ち込むバイデンの発想は貧相すぎると思わざるを得ません。」(浅井基文:2021.4.4)と浅井基文氏は批判している。また、『環球時報』社説は「今のアメリカでは、国内政策においても至る所で中国の影を持ち出し、国家安全保障のレッテルを妄りに貼り付け、ある産業がおかしいとなればすぐに中国のせいだとする。こういうやり方はナショナリズムを煽ることはできても、問題解決にはほとんど資さない…アメリカは道・方向を見失うこととなるだろう。アメリカにとって必要なことは自分自身と競うことである。」(『環球時報』社説:2021.4.2:浅井基文訳)と批判している。

3 ロシアが大統領選挙に介入するというのが「民主主義国家」?

バイデン氏は「ロシアによる選挙への干渉やサイバー攻撃、政府と企業への攻撃について、直接かっ相応の対応をした。」と述べたが、何を言っているのか本人は理解しているのか。ロシアによる選挙への干渉とは、2020年の大統領選及び2016年の大統領選についてである。トランプ前政権はその任期中継続して、民主党・メディアから「ロシア疑惑」との攻撃を受けた。トランプ前大統領はロシアの傀儡ということである。しかし、トランプ陣営がロシア政府と共謀して得票を不正に操作したという「ロシア疑惑」はなかったことが、モラー特別検察官の捜査によって結論付けられた。2年以上にもわたって大手メディアが洪水のように振りまいてきた「ロシア疑惑」報道はフェイクだった。ロシアのつながりの最大の証拠としていたのが英MI6系の「スティール報告書」だが、根拠に乏しいものだった。自らの選挙制度の不正をロシアのせいにして敵を造らなけらばならない「非民主主義国家」アメリカの哀れな現状を口走っているに過ぎない。 続きを読む

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【投稿】3補選・自民全敗が示したもの--統一戦線論(73)

<<「保守王国」のもろさ>>
 4/25投開票の衆参・3補欠選挙は、いずれも与党にとっては逆風の選挙戦であった。自民は負けるべくして負けた、とも言えよう。
 衆院・北海道2区は、収賄罪で在宅起訴された自民党の吉川・元農水相の辞職にともなう選挙であり、自民党は不戦敗を選択せざるを得なかった。(野党統一候補の松木謙公氏=立憲民主党公認=5万9664票、他の候補の2倍以上)
 参院・長野補選は、立憲民主党の羽田雄一郎氏のコロナウィルス感染による急死にともなう弔い選挙であり、民主党以来の根強い支持基盤で、自・公与党には当初から不利であった。9万票の大差で自民が敗北。(野党統一候補の羽田次郎氏=立憲民主党公認=41万5781票vs. 自民党の小松裕氏=32万5826票)
 参院・広島選挙区は、2019年参院選の大規模買収事件で有罪が確定した河井案里前参院議員の当選無効にともなう再選挙であった。与野党対決構図となった、長野、広島選挙区で、当初、与党優勢が伝えられ、「唯一勝ち目のある戦い」(与党選対幹部)としていたのは、広島選挙区だけであった。だがそれも、オリンピック開催に拘泥した泥縄のコロナウィルス対策によって、すべてが後手後手に回る菅政権の無能力・無責任さが際立つ状況下での与野党対決であった。
 しかしそれでも広島選挙区は、これまで自民候補が野党候補の2倍近い票で野党の勝利を許してこなかった選挙区である。そんな選挙区であっても今回、自民・公明連合が敗北したのである。立憲、国民、社民推薦、共産自主支援で野党統一候補となった宮口治子氏が3万3000票以上の差で選挙戦を制し、与党連合に勝利したのである。しかも、宮口氏が立候補を表明したのは3月20日、告示日まで3週間を切っていた、ぎりぎりの短期決戦で、それでも勝利し得たのは画期的と言えよう。(宮口治子氏=37万860票vs. 自民党の西田英範氏=33万6924票)
 たとえ保守王国と言われてきた選挙区であっても、どのような形であれ、野党共闘が成立し、与党連合と明確に対決する統一候補を擁立すれば勝利し得ることが実証されたのである。逆に言えば、いくら保守王国としてこれまで盤石の基盤を持っていたとしても、与党連合に対する政治不信が高まり、与党政権の政権担当能力に疑問符が付き、矛盾が露呈されれば、その盤石であったはずの基盤のもろさが浮き彫りとなり、瓦解することを明らかにしたわけである。出口調査によれば、自民党支持者の約3割が宮口治子氏に投票したと回答していることにも現れている。
 問題は、この3補選、いずれも投票率が大きく低下していることである。衆院北海道2区補選は、30.46%で、前回比26.66%減(衆院補選では過去2番目の低さ)。参院長野選挙区補選は、44.40%で、前回比9.89%減(参院選では過去最低)。参院広島選挙区再選は、33.61%で、前回比11.06%減であった(広島選挙区では過去2番目の低さ)。投票率の低下は、有権者の政治不信、消極的抵抗、あきらめ、関心の低さの現われでもあろうが、制度としての民主主義に対する不信表明でもあり、直接民主制をも含めた多様な政治参加の欠如が問われているとも言えよう。野党共闘・統一戦線は、有権者の政治参加のあり方を根本的に改革し、政策としても、運動としても具現化していかなければ、野党共闘の勝利は極めて底の浅い、不安定で、それこそもろいものとなろう。

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【投稿】福井県知事40年超原発の再稼働同意-50億円で福井県民の命を売る

【投稿】福井県知事40年超原発の再稼働同意-50億円で福井県民の命を売る

                              福井 杉本達也

1 福井県知事の危険極まりない40年超原発の再稼働への同意

4月28日、杉本達治福井県知事は、40年超の原発の再稼働に同意することを表明した。これに先立ち、知事は、4月6日畑孝幸県会議長と面談し、「運転開始から幼年を超えた原発を対象に1発電所につき最大25億円を立地県に交付する国の方針を明らかにし」(福井:2021.4.7)、40年超原発の再稼働への県議会の同意を求めて、23日には事実上の同意を行っている。関電が、福井県における40年超原発の再稼働を計画しているのは、美浜3号機と高浜1,2号機の3機であり、1発電所に25億円の立地交付金を交付するとすれば50億円となる。カネに目がくらんで県民の命を売るとしかいいようがない。

2 40年超原発圧力容器の脆性破壊

鉄などの金属は粘り強さがあるが、温度が低下するとガラスのように脆くなる。この温度を脆性遷移温度と言う。通常、この遷移温度は零下数十度だが、強い中性子線にさらされると劣化が進み、上昇していく。中性子は高いエネルギーを持っており、原子炉容器の鋼材に衝突すると、原子炉の配列に乱れが生じ、鋼材の粘り強さが低下し、高い温度でも脆く割れる可能性が出てくる。特に、1970年代に運転を開始した原発は、銅などの不純物を多く含み、高浜1号では0.16%と1990年代に建設された原発の16倍もの不純物を含み、鋼材がより脆くなる(京都新聞:2012.3.14)。恐れられるのが、何らかのトラブルでECCS(強制冷却水注入装置)が作動し、大量の冷水を原子炉に注入した場合である。300℃付近で運転していた原子炉が→いきなり100℃付近にまで下げられる。高浜1号の脆性遷移温度は99℃といわれ、圧力容器は熱衝撃に耐えられず、一気に破壊するのではないかと懸念される(井野博満「老朽化原発は稼働延長に耐えられるか?」2015.4.9)。もちろん、そうなれば原子炉内の大量の放射能が環境中に放出されることになる。

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【投稿】日中関係を52年前に引き戻すのか―日米共同声明での台湾言及の時代錯誤

【投稿】日中関係を52年前に引き戻すのか―日米共同声明での台湾言及の時代錯誤

                              福井 杉本達也

1 日米首脳会談で時代錯誤の台湾言及

4月17日、訪米した菅義偉首相と共同記者会見したバイデン米大統領は、「『我々は中国からの挑戦にともに対応し、21世紀も民主主義国が競争に勝つことを証明する』と訴えた。日本と歩調を合わせて中国に対峠していく姿勢を強調した」。共同声明には『台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する』と記した」「『台湾海峡』を記すのは日中国交正常化前の1969年以来となる(日経:2021.4.18)。

既に、4月7日の『環球時報』では、4月5日に行われた日中外相電話会談において、王毅外交部長は茂木外相に対して、他人に追随して騒ぎ立てるようなことをせず、「手を伸ばしすぎるな」と直言したことを紹介し、中日関係は「新たな震動期に入る流れにある」とし、「日本は相当当てにならない国家であり、外交自主能力は極めてお粗末、アメリカの影響は絶対、外交的道徳感も極めて低い」、「外交本性は、正義を擁護することではなくして実力に屈服することにある」と、菅政権の対中政策を一蹴した(浅井基文:2021.4.13)。

2 「日中共同声明」を踏みにじる菅政権の暴挙

1972年9月、日中が国交を樹立するにあたり、当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相が署名した「日中共同声明」では、「2 日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。3 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」と書いている。今回の日米共同声明での「台湾条項」は明らかに「日中共同声明」の上記条項を踏みにじるものであり、日中の国交回復前の時代に引き戻す時代錯誤の暴挙である。他国との最重要な条約事項を何のためらいもなくあっさりと踏みにじるのでは、日本の外交は全く信用されない。それを指摘しないマスコミ、さらには野党も全く信用されるものではない。 続きを読む

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【投稿】グローバル企業・アマゾンをめぐる戦い--経済危機論(47)

<<ビリオネア、コロナ禍でさらに巨額資産>>
 4/6、米フォーブス誌が発表したビリオネア(保有資産10億ドル=1084億円以上)の「世界長者番付2021」によると、その人数は2755人に達し、4年連続で首位となったのは、アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾス氏である。
 フォーブスのデータによると、その中でも1,000億ドル=10兆8400億円以上の資産を保有しているビリオネアは、以下の6人、
・アマゾンCEOのジェフ・ベゾス(1970億ドル)
・テスラとSpaceXの創設者のイーロン・マスク(1,720億ドル)
・マイクロソフトの創設者ビル・ゲイツ(1300億ドル)
・ FacebookのCEO、マーク・ザッカーバーグ(1,135億ドル)
・ バークシャー・ハサウェイCEOウォーレン・バフェット(1010億ドル)
・ オラクルの創設者ラリー・エリソン(1,010億ドル)
である。(下表、参照)

(なお、この「世界長者番付2021」で今回、「長者番付入りを果たしたのは、中国が745人、米国が724人で、中国が初めて米国を抜いた。」と4/9付け・人民網は誇らしげに報じている。中国でも新自由主義と格差の拡大が急速に進行していることの現われであろう。但し、20位以内は2人である。)

 1990年から2021年4月の間に、米国の億万長者の総資産は19倍に増大(2,400億ドルから24.56兆ドルに)しているが、とりわけ特徴的なことは、パンデミック危機の2020年3月18日から2021年4月12日までの間に、彼らビリオネアの総資産は、2.95兆ドルから4.56兆ドルへと、1.62兆ドル、つまり55パーセントも急増していることである。(INEQUALITY.org April 15, 2021 より)
 FRB・米連邦準備制度理事会のデータによると、アメリカの719人のビリオネアは、現在、米全人口の下半分、約1億6500万人の総資産(1.01兆ドル)の4倍以上の富(4.56兆ドル)を保有している。人口の1%どころか、0.0002%にすぎない彼らビリオネアは、過去13か月のコロナウイルス危機の中で、3000万人以上のアメリカ人がウィルスに感染し、56万人以上がそのために死亡し、約7700万人が失業しているそのさなかに、その犠牲を利用し、踏み台にして巨額の資産をさらに増大させたのである。ビリオネアの富の増加の3分の1は、このパンデミック危機と経済危機の13か月の間に手に入れたものである。
 99%以上の人々の犠牲の上に富と権力を集中し、独占する、こんな異常な事態が放置されることは許されないし、民主主義をあざ笑い、破壊するものと言えよう。日米首脳会談では例によって「日米は、自由、民主主義、人権などの普遍的価値を共有する同盟国だ」などとうたっているが、その「普遍的価値」を破壊し、富と権力の集中、独占を放置しているのは、日米首脳自身なのである。富裕層の脱税を許さず、累進課税を徹底的に強化し、富の社会的再配分を断行するニューディールが緊急に要請され、実行されるべき段階なのである。

<<アマゾンの組合つぶし>>
 4/13のフォーブスのデータによると、アマゾンのジェフ・ベゾス氏は、4/6の「世界長者番付2021」時点で、2020年の1130億ドルから、この13か月間で1770億ドル(19兆1868億円)へ、56.6%も増大させており、4/12時点では1968億ドル(21兆5282億円)、実に74.1%の増である。
 アマゾンは世界最大の企業の1つであり、日本でも展開するグローバル企業であるが、パンデミック危機に呼応して、ネットを通じた電子商取引が急増し、大量の実店舗の小売業に取って代わり、過去1年間だけでも、米国内だけで約40万人の従業員を追加し、総労働力はウォルマートに次ぐ80万人を超えている。ただし、これには、アマゾンのトラックで配達し、アマゾンのジャージを着ているにもかかわらず、数十万人のドライバーは請負業者として雇用されており、従業員には含まれていない。
 そのアマゾンで、昨年11/20、米南部アラバマ州、ベッセマーにあるアマゾンの倉庫で働いている労働者の要請に基づき、小売り業界の労組、小売・卸売・百貨店労組(RWDSU)が、組合結成の投票を労働関係委員会(NLRB)に公式書類を提出したときから、猛烈な組合つぶし策動が開始された。
 まず第一に、組合側が選挙に投票する資格があるのは1,500人の従業員であると主張したのに対して、アマゾン側は一時的・臨時的な季節労働者の追加を主張し、5800人に膨らませ、労働関係委員会にそれを飲ませることに成功。RWDSUのアッペルバウム事務局長は「投票資格者はわれわれが適正と考えた規模より大きくなった。だが、われわれが投票前にそれを受け入れなければ、数年にわたる法廷闘争になっていた」と述べている。離職率が高く、雇用形態が不安定で流動的な雇用主に有利な実態を逆に悪用したのである。

次いで、組合側の職場内でのキャンペーンを徹底して排除、締め出し、追跡、監視する一方で、会社側の反組合キャンぺーンは、会社側が雇った何十人もの反組合コンサルタント、その弁護士事務所の講義を従業員全員に聴講させる、トイレから浴室、職場のいたるところに会社側の反組合スローガン・チラシ・看板・メールをあふれさせる、等々、常軌を逸した、違法な反組合キャンぺーを横行させたのであった。ビリオネアにとっては、ビリオネアを維持し、さらに攻勢を強めていくための絶対に負けられない必死の反撃でもあったと言えよう。

 4/9の投票結果は、投票総数3041、組合結成に賛成738票、反対1,798票、29%対71%での否決であった。会社側が異議申し立てをした賛成票とみられる500票余りがあり、それらを加えたとしても4対6で、組合側にとっての敗北である。組合側はただちに、「アマゾンの行為は(従業員の間に)混乱や抑圧、報復を恐れる空気をもたらし、結果として従業員の選択の自由を妨害した。今回の投票結果は無効にするべきだ」との声明を発表し、全国労働関係委員会に異議を申し立てることを明らかにしている。

しかし、組合側の敗北にもかかわらず、今回のアマゾン労組結成キャンペーンは、意外とアマゾンを追い詰め、多大な影響をアメリカのみならず、全世界に及ぼしていると言えよう。米国の50以上の都市でアマゾン・ベッセマー労働者との連帯集会が開催され、4/5に発表されたAFL-CIOの登録有権者の世論調査では、「労働条件について交渉するために組合を結成するアマゾンの労働者を支持しますか、反対しますか?」との問いに、77%対16%で支持が反対を圧倒(民主党支持者:96%対2%、共和党支持者:55%対34%、無党派:79%対15%)している。

 3/22、イタリア労働総同盟(CGIL)が15か所のアマゾン倉庫で「アラバマとの連帯・ワンビッグ・ユニオン」を掲げてストライキを決行している。ドイツ、インドでもアマゾンの労働者によるストライキが行われている。
 4/16、ジェフ・ベゾス氏は、「株主への手紙」を公開し、個人経営の宅配業者やドライバー、そして一時雇用の社員支援のための基金を立ち上げることを明らかにし、さらに、アマゾンの従業員が過酷な労働条件の中でトイレにも行けず、ボトルに小便をしていることの言い訳として、わざわざ「従業員の成功のためのより良いビジョン」と「世界で最高の雇用主」になることを約束している。ある意味では、ベゾス氏は追い詰められているのである。
 アラバマ・ベッセマーのアマゾン労働者の闘いは、反撃の闘いの始まりに過ぎない、とも言えよう。
(生駒 敬)
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【書評】『ルポ沖縄 国家の暴力──米軍新基地建設と「高江165日」の真実』

【書評】『ルポ沖縄 国家の暴力──米軍新基地建設と「高江165日」の真実』
               (阿部岳、2020年1月、朝日文庫、740円+税)

 「それは沖縄の本土復帰後、最悪の165日間だった」。
本書はこの言葉で始まる。そして次の言葉が続く。
 「民主主義が壊された」/「「人権が踏みにじられた」/「法治主義が揺さぶられた」/「命が危険にさらされた」。
 本書の舞台は、名護市辺野古の新基地の東北に位置する東村高江区の米軍北部訓練場である。1996年12月2日、米軍は普天間飛行場の返還、北部訓練場の過半返還などを発表した。しかし北部訓練場の返還の条件としてヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)の移設という条件を付けた。つまり北部訓練場の北半分(ヘリパッド7か所を含む)を返還する代わりに、南半分に当たる地区に新たにヘリパッド6か所を新設する(そこには既存のヘリパッドが15か所ある)、そして新型輸送機オスプレイを配置するというものである。オスプレイについては周知のように墜落事故が相次いで「空飛ぶ恥」とまで言われて問題になった輸送機である。
 地元高江地区では受け入れ反対運動が起きたが、2007年村長が反対の公約を撤回、工事が着工された。2013年~14年に2か所のヘリパッドが完成した。
 そして残りの4か所について、沖縄防衛局が何が何でも工事を再開して完成させようと遮二無二暴力的に突き進んだ165日間(2016年7月11日の資材搬入~12月22日の返還を祝う祝典×市民団体はオスプレイ墜落の抗議集会)の「沖縄タイムス」記者による記録が本書である。
 この間、住民の反対運動を阻止するために、本土6都府県の機動隊を含む警察官約500人が投入された。本書は語る。「それにしても、500人。この派遣規模の意味を考えてみる」として、2014年北九州市の「特定危険指定暴力団」工藤会トップを逮捕する「頂上作戦」で福岡県に動員された機動隊員が約530人であったと指摘する。「政府はほぼ同じ人数を高江に差し向けた。凶器を持つ暴力団と丸腰の市民を同列に扱ったのだ」。
 そして問答無用の一斉検問、現場封鎖、無差別監視、座り込み住民のゴボウ抜き、微罪での逮捕、取材中の記者の監禁までもが行なわれた。その実態は本書に生々しいが、この中で全国に報道された、「土人」発言が起こる。
 「『触るなクソ。触るなコラ。どこつかんどんのじゃこのボケ』/2016年10月18日、抗議運動の住民に対し、とても職務中の公務員と思えないような罵倒を尽くした大阪府警機動隊の巡査部長(29)が、最後にこう吐き捨てた。/『土人が』/むき出しの敵意を投げつけられたのは芥川賞作家の目取真(めどるま)俊(56)だった。沖縄の軍事要塞化に強い危機感を持ち、辺野古、高江と抗議の最前線で体を張り続けている」。
 「乱暴な言動が目立つこの巡査部長に正面からビデオカメラを向けると、カメラ目線の暴言が返ってきた。撮られていることを承知の確信犯。巡査部長はこの後、目取真が別の機動隊員に押さえ付けられた時、わざわざ近寄ってきて脇腹を殴り、足を3回蹴ったという。/目取真はその日のうちに自身のブログ『海鳴りの島から』でビデオを公開した」。
 本書はこの事件の記事をこう書く。
 「警察官による『土人』発言は歴史的暴言である。(中略)この暴言が歴史的だと言う時には二つの意味がある。まず琉球処分以来、本土の人間に脈々と受け継がれる沖縄差別が露呈した。/そしてもう一つ、この暴言は歴史の節目として長く記憶に刻まれるだろう。琉球処分時の軍隊、警察とほぼ同じ全国500人の機動隊を投入した事実を象徴するものとして」(「沖縄タイムス」、2016.10.19付)。
 そしてこれに追い打ちをかけるのが、沖縄についての「免罪符としての多彩なデマ」である。曰く「沖縄は地政学的に有利な位置にあるから」、「基地で経済的に潤っているから」、「反対運動は日当をもらえるからやっているだけ」等々。そして「デマは沖縄の異議申し立てを『自分たちの利益のためにやっているんだ』『かわいそうだが仕方のないことなんだ』と心の中で相殺し、無関心でいられる土壌を育てる」。そして「本土の人々が良心の痛みを覚えなくてすむ」結果を生んでいる、と本書は指摘する。またネトウヨによるヘイトスピーチ報道や作家百田尚樹による的外れと誹謗の講演会など、塩を傷口に上塗りするかのような出来事が次から次へと紹介される。
 問題の本質は、と本書は語る。
 「1972年の本土復帰以降、政府は表向き『償いの心』を語ってきた。太平洋戦争末期、本土を守る防波堤として沖縄を切り捨て、戦後また米軍占領下に見捨てた過去がそうさせた。/今、政府は沖縄と向き合うポーズすら取らない。提示するのは、黙って基地を引き受け続けるか、抗って罰を受けるか、の二択である。基地は必要だが、身近には置きたくないという身もふたもない本土のエゴ。それを恥ずかしいとも問題だとも思わない、政治の劣化があらわになっている」。
 「きょうの沖縄は、あすの本土である」という本書の言葉が重く響く。(R)
 (初出:2017年8月、朝日新聞社) 

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【投稿】法人税・底辺競争脱却への転換点--経済危機論(46)

<<「自滅的な競争」>>
 米・バイデン新政権は、パンデミック危機と経済危機に対処する1.9兆ドル規模のアメリカ救済計画(ARP)に続いて、2兆2500億ドル(約247兆円)規模のインフラ投資計画を明らかにし、同時にこれらの財源として、法人税率を21%から28%に引き上げる提案を明示した。
 トランプ前政権が2017年に「史上最大の減税、史上最大の改革」と称して、法人税率を35%から21%に引き下げた路線からの明らかな転換であり、法人税率の「底辺への競争」を正当化してきた市場原理主義・新自由主義路線からの転換、脱却に踏み出したのである。「底辺への競争」は、市場原理主義者が言うような「必然」ではなく、「選択」であったのである。
 トランプ前政権の大型減税で、米国の国内総生産(GDP)に占める法人税収の割合は1%となり、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の3%を大幅に下回っているのが現実である。アメリカの法人税率は1960年時点で50%を超えていたのである。法人税の法定税率の世界平均は、この法人税引き下げ競争の結果、1985年から2018年の期間、49%から24%へと半分以下に減少させられてきたのである。本来なら49%へ、最低限、まずは35%に戻すべきであろうが、バイデン政権は「超党派の支持を得る」という名目のもとに、いつ後退するか(すでに25%案が飛び交っている)、中途半端なものに妥協するか、バイデン氏自身が「議論を歓迎する。妥協は避けられない。修正があるのは間違いない」と述べており、不確かな面を持ちつつも、それでも逆の「選択」が可能であることを示す画期的な一歩前進であると言えよう。
 バイデン政権のイエレン財務長官は、4/7の記者会見で、「われわれは税による競争を選んだことで、労働者のスキルやインフラの強靱さで競うことを怠ってきた。これは自滅的な競争だ」と述べ、法人税率28%への引き上げによって、10年間で約2兆ドルの企業利益を取り戻せると主張。さらに、決算報告で年間20億ドル以上の利益を計上した大企業に対しては、税制優遇などで法人税の課税額がゼロになる場合であっても、決算上の利益に対して最低15%を課税する制度を提案、これによって納税額が平均で年間3億ドル増えると見込む。租税回避についても、海外への利益移転に関するインセンティブを撤廃し、多国籍企業の海外子会社の収益への課税を現行の2倍の21%に引き上げるなど、利益の海外移転に対する税制上のメリットを縮小することで、連邦政府の歳入は7000億ドルほど増えるとの試算を示している。
 対して、米国の多国籍企業は、租税回避地(タックスヘイブン)の活用で実効法人税率がたったの8%にとどまっており、これをやすやすとは手放せない。多国籍企業との闘いの火ぶたが切られたとも言えよう。どこまで貫徹できるか、増税反対派は共和党はもちろん、民主党内にも厳としてあり、バイデン政権は岐路に立っているのである。

<<グローバル課税>>
 バイデン政権の提案は、当然のことであるが、「底辺への競争を回避する」ためには、米国内のみならず、世界的な最低法人税の合意が不可欠である。イエレン財務長官は、「私たちはグローバルな最低法人税の導入によって、多国籍企業の課税における公平な競争の場を確保し、それによって世界経済の繁栄を確保する」ことを提案している。
 すでに4/8段階で、OECD協議に参加する約140カ国に提案が送付されており、内容は公表されていないが、それぞれの国内の売上高に基づいて企業利益に課税できるようにする案を提示し、あらゆる業種の多国籍企業が対象となり、法人課税ルールが一律に適用されるグローバル・タックスでの合意を目指している、と報道されている(4/8、ブルームバーグ)。EU加盟国やイギリスはこの提案を歓迎しているが、アイルランドは、法人税率12.5%の租税回避地であることからこの提案を拒否している。
 OECDは世界的な法人課税ルールの改革案で今夏までに139カ国での合意成立を目指している。こうした合意が成立すれば、どこまで厳密に適用できるものになるか疑問の余地もあるが、世界中のタックスヘイブンを利用した脱税、租税回避が極めて困難となる可能性を秘めている、と言えよう。
 ここで重要なことは、最低税率を導入しただけでは、問題が解決するわけではないということであろう。多国籍企業は、本社をタックスヘイブンに移すことで租税回避できるのである。しかし、グローバル・タックス・ルールが合意されれば、いくら本社をタックスヘイブンに移しても、実体的に移転しない限り、それがペーパーカンパニーであれば、租税回避地での売り上げが計上できないのである。したがって、このグローバル・タックス・ルールの合意がグローバル課税のカギとなろう。
 法人税と連動するもう一つのさらに重要な課題は、富裕税、累進課税の問題である。アメリカは1930年代、経済恐慌から脱出するニューディール政策の時代、最富裕層に対する最高限界税率は90%、企業利益には50%、広大な不動産には80%近い税率であった。1942/4/27、ルーズベルト大統領が議会に送った教書で「低所得者と超高所得者との差を縮めなければならない」として、総合所得2万5000ドル以上の所得に100%税率を課そうとした。当時の2万5000ドルは現在の100万ドル以上に相当、議会は、最高限界税率を94%にすることで決着を図った。実際に支払う税率は90%を超えることはなかったが、1944~1981年までの所得税の最高限界税率の平均は89%に及んでいる。(『つくられた格差 不公平税制が生んだ所得の不平等』E・サエズ/G・ズックマン著、2020/9月発行、光文社 から)
 今日のパンデミック危機・経済危機の時代におけるニューディールにとっても、今や史上最大規模にまで達した格差解消、所得再配分の課題は、喫緊・最大の課題であり、グローバル・タックスとともに、累進課税の強化にいかに取り組むかが問われている。
(生駒 敬)
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【投稿】日本は越えてはならない一線を越える―福島第一放射能汚染水の海洋放出決定

【投稿】日本は越えてはならない一線を越える―福島第一放射能汚染水の海洋放出決定

                                                                                福井 杉本達也

1 日本は越えてはならない一線を越える

『福島民友』2021年4月9日の号外によれば福島第一原発の放射能汚染水である「放射性物質トリチウムを含む処理水の処分に関し、政府が海洋放出の方針を固めた…13日にも関係閣僚会議を開いて正式に決定する」。「菅義偉首相が7日、全漁連の岸宏会長と会談し、方針決定に向けた意向を伝えた」が、全漁連は「『海洋放出は絶対反対』と反発している」。

第一原発では、溶融核燃料(デブリ)を冷やすための注水や流入する地下水などで現在も汚染水、処理水が増え続けている。3月時点で処理水は125万トンに上り、処理途中の水も含め敷地内で1061基のタンクに保管されており、来年秋にはタンク容量が満杯になるからだと東電は主張している。

 

2 放射性トリチウムは除去できない

福島第一原発事故後、原発建屋の地下へは800t/⽇の地下⽔の流⼊し、地下に落下した溶融核燃料と接触し、放射能汚染⽔が発⽣した。地下⽔の流⼊と放射能汚染⽔の流出は、当初と比較するとかなり抑制されているが、現在も150t/⽇余りの地下⽔が原⼦炉建屋地下に流⼊している。この地下水を遮断するため凍土壁を原発の周囲に巡らせたが、最終的に失敗した。これが溶融炉⼼と接触した放射能汚染⽔を多核種除去設備(ALPS:アルプス)により処理し、除去が困難なトリチウム以外は、告⽰濃度未満まで除去していると2018年8月まで東京電⼒、経産省、環境省、原⼦⼒規制委員会は説明してきた。

矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授によると(2014.6.21)、トリチウムとは水素の同位体で、普通の水素は原子核に陽子だけで中性子がないが、トリチウムは原子核に、陽子1 つと中性子2つがあり、その周りを電子1つがまわっているものである。トリチウムはベータ線を出してヘリウム3に変わる。半減期は12.3年である。原発では、制御棒のホウ素に中性子が吸収されトリチウムが生成される。トリチウムは通常3重水(HTO)となって、水に混じっており、化学的性質、物理的性質が同じで、重さだけが違うので、トリチウムだけを除去することもできない。むろん莫大な費用をかけてウランを濃縮するのと同じプロセスでトリチウムだけを取り出すことは可能ではあるが壮大な無駄である。トリチウムの放射線のエネルギーは小さく、ベータ(β)線を発し、体内では0.01㎜ほど しか飛ばない。エネルギーが低いほど相互作用が強く、電離の密度が10倍ほどにもなり、浴びると健康被害がでる。原田二三子氏によれば、生物の体内に入ったトリチウムは細胞を構成し、特にDNAに集まり、容易には体外に排出されず、細胞を構成する有機分子の内部から、細胞を破壊していく。トリチウムによる被曝が危険な理由である(原田二三子(伊方原発広島裁判応援団)2019.11.4)。

 

 

3 トリチウム以外の放射性物質を含む汚染水

2018年8月にはフリーランスライターの木野龍逸氏が東電発表資料を緻密に調べたところ、トリチウム水と政府は呼ぶが、実際には他の放射性物質がl年で65回も基準超過していたことが分かった。「福島第一原発で発生し続ける汚染水からトリチウム以外の放射性物質を取り除いたと東電が説明してきた水、いわゆるトリチウム水に、実際にはその他の放射性物質が取り切れずに残っていることがわかった。8月19日に共同通信が取り残しを報じた後、23 日には河北新報が,2017年度のデータを検証したところヨウ素129が法律で定められた放出のための濃縮限度(告示濃縮限度)を60回,超えていたと、報じた」(Yahooニュース:2018,8,27)。木野氏の追及により、「東電は9月28日、浄化処理した後に保管している水の約8割に、排出基準を超えるヨウ素やストロンチウムなどの放射性物質が含まれていることを」(日経:2018.10.2)しぶしぶ認めた。海洋放出をしようとしているタンク内の汚染水は、多核種除去設備(ALPS)では取りきれないとんでもない危険な放射性物質を含んでいるのである。

4 数十年~数百年も危険な放射性物質を海洋に垂れ流す国際犯罪国家へ

タンク中には1000兆~5000兆ベクレル(Bq)もの放射性物質がたまっている(東京新聞:2018.8.29を一部時点修正)。海洋放出先の北西太平洋は我が国の貴重な漁場であるばかりか、世界の三大漁場の1つともいわれる。日本の漁船ばかりではなく、台湾や韓国、中国やロシアなど各国の漁船もひしめく。また、対岸はカナダや米国の貴重な漁場でもある。そのような海域に数十年~数百年間も放射能を垂れ流し続け、地球を汚染し、被曝によって緩慢な人類の大量死を招く。かつて、米ソ英仏などによって大気圏内核実験が行われ、1945年から1963年まで,世界のさまざまなところで500回以上の核実験が行われ,放射能を帯びた塵が大気圏にばら撒かれ、このままでは人類が絶滅するとして部分的核実験停止条約により大気圏内での核実験が禁止された。日本の今回の放射能の汚染水の海洋放出はこれに匹敵する人類史上最大の愚行であり国際犯罪である。しかもその量も核種も最終的帰結も定かではない。原発の地下室にたまるセシウム137もストロンチウムも、プルトニウムさえ、この際海洋放出しようとするであろう。もし、日本政府が最後の一線を越えるならば、「人類絶滅の引き金を引いた」として国際的非難を受けるばかりか、その決定を下した政府を許した国民も共同正犯の国際犯罪者として告発されるであろう。

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【投稿】アルケゴス巨額損失事件:氷山の一角--経済危機論(45)

<<問答無用の熾烈な戦い>>
 3/29、米国の野村證券で2200億円規模の巨額の損失計上の可能性があることが発表され、1月のゲームストップ事件に引き続き、金融資本主義の脆弱性と不安定性の一端が再び浮かび上がってきている。
 一個人、ビル・ファン(Bill Hwang)氏のファミリーオフィス、アルケゴス・キャピタル・マネジメント(Archegos Capital Management)に大手金融機関が振り回され、多額の損失を明らかにせざるを得なくなったのである。野村に続き、三菱UFJ証券ホールディングスが約3億ドル(約330億円)の損失見込み、みずほフィナンシャルグループも100億円規模、クレディ・スイスの損失は50億ドルにも達する可能性、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、ウェルズ・ファーゴ、ドイツ銀行なども大なり小なり損失を被っているという。金融機関の損失合計は100億ドル(1兆1,030億円)に上ると見積もられている。この日3/29、ニューヨーク証取終了までに、それぞれ関与していた金融機関の株価は、野村で14.07%、クレディ・スイスが11.5%、ドイツ銀行は3.24%、モルガンスタンレーは2.63%、ゴールドマンサックスは0.51%の下落を記録している。
 ゴールドマンサックスが関与の大きさにもかかわらず少ない被害で済んだのは、3/25の金融機関同士の会合でアルケゴスの保有株処分を巡り協議したが、結論は出ず、もう少し様子を見ようとの合意を無視して、危険を察知してアルケゴスの持ち分の株を強制的に清算するために前代未聞となる総額200億ドル(約2兆2000億円)以上のブロック取引(市場外の相対取引)を行って、差し出されていたアルケゴスの担保証券を抜け駆け的に大量売却、処分したからであった。強制的な清算の「前倒し」であり、清算は、最初に引き金を引いた者が勝ちというわけで、事後に気づいた野村やクレディ・スイスなどが巨額損失に見舞われたわけである。金融機関にとっては問答無用の熾烈な戦いでもあり、パニックでもあった。

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