【投稿】招き寄せたデルタ変異株感染拡大--経済危機論(57)

<<コロナ禍による世界的な格差拡大>>
 8/2に発表されたIMF(国際通貨基金)の最新レポート「対外セクター報告書」は、「世界中のあらゆる人にとってパンデミックを終息させることが、さらなる格差拡大を防ぐ世界的な景気回復を実現するための唯一の方法である。そのためには、各国がワクチン接種のための資金を確保し医療を維持できるよう支援する世界的な取り組みが必要となる。」、「世界全体で一斉に投資を推進したり、パンデミックを終息させ回復を下支えするために医療支出を一斉に拡大したりすれば、世界的な収支を拡大させることなく世界の成長に大きな影響を与えられるかもしれない。」、「各国政府は、貿易摩擦や技術摩擦を解決し、国際課税制度を刷新するための取り組みを強化しなければならない。医療製品に関するものを中心に関税や非関税障壁を段階的に撤廃することが最優先課題のひとつとなる。」と、訴えている。
 この報告の直前、7/27に発表されたIMFのレポート「さらに進む分断 世界経済回復の格差拡大」では、「先進国では人口の40%近くがワクチン接種を完了しているのに対して、新興市場国ではその割合は11%に過ぎず、低所得途上国ではごくわずかにとどまっている。予想よりも早いワクチン接種と経済活動の正常化が上方修正を可能にした一方で、インドをはじめとする一部の国ではワクチンへのアクセスの不足と新型コロナの新たな感染の波が下方修正につながった。」「世界全体でワクチンや診断法、治療法への迅速なアクセスを実現するには多国間行動が必要となる。それにより、無数の人命が救われ、新たな変異株の出現が阻止され、世界経済の成長を数兆ドル押し上げることになるだろう。IMF職員は最近、パンデミックを終息させるための提案を行っており、世界保健機関(WHO)および世界銀行、世界貿易機関(WTO)が賛同したこの提案では、500億ドルを投じて2021年末までにあらゆる国で人口の40%以上、2022年半ばまでに同60%以上にワクチンを接種するとともに、十分な診断法と治療法を確保することが目標として掲げられている。この目標を達成するには、余剰ワクチンを抱える国が2021年中に少なくとも10億回分のワクチンを分配し、ワクチン製造業者が低所得国や低中所得国への供給を優先する必要がある。ワクチンの原材料と最終製品に関する貿易制限を撤廃し、十分な生産を確保すべく各地域のワクチン生産能力に追加投資を行うことも重要である。また、低所得国を対象とする診断法と治療法の提供やワクチン体制確立のために、前倒しの無償資金約250億ドルを用意することも不可欠である。」と、より具体的な対策を訴えている。このIMFレポートは、ウイルスが他の場所に蔓延している限り、現在感染が非常に少ない国でも回復は保証されていないとまで述べている。さらに「「感染性の高いウイルス変異体の出現は、回復を妨げ、2025年までに世界のGDPから累積で4.5兆ドルを一掃する可能性があります」と警告している。
 ところが実態は、こうした警告が無視され、当然取られるべき対策がほとんど実行に移されてはいない。先進国政府や国際機関は表面上は賛同しながらも、むしろ、実体は意識的になおざりにされ、ネグレクトされている。
 その筆頭が、ワクチンと治療薬の知的財産権保護を一時的に放棄することを決定すべきWTOが、審議と前進への進展がないまま、このほど6週間の長期休暇に入ってしまったのである(7/27)。
 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、「世界各地でCOVID-19の第3波が猛威を振るい、米国では致死性のデルタ型が主流となっています。世界中で必要なワクチンの生産を拡大するためには、今すぐにワクチン特許権の放棄が必要です。世界貿易機関(WTO)での緊急性の欠如には困惑させられます。WTOが1ヶ月間の休暇に入ってしまっては、その実現は不可能です。WTOが人命よりも大手製薬会社の利益を優先させることは許されません。彼らが行動を起こさなければ、世界中の人々に壊滅的で永続的な影響を与えるでしょう。」と嘆息する事態である。

続きを読む

カテゴリー: 政治, 新型コロナ関連, 生駒 敬, 経済, 経済危機論 | コメントする

【投稿】国民皆保険を破壊するコロナ中等症の自宅療養

【投稿】国民皆保険を破壊するコロナ中等症の自宅療養

                       福井 杉本達也

1 新型コロナの無為無策 自宅で死ぬなどあってはならぬ

「政府は2日、新型コロナウイルス感染症の医療提供体制に関する閣僚会識を首相官邸で開き、入院対象を重症者らに限定する肯針を決めた。肺炎などの症状が ある中等症のうち重症化リスクが低い人は自宅療養」とする…「病床不足への懸念が強まっているため、事実上の方針転換」を行った(福井:2021.8.3)。これに対し、元厚労相で前東京都知事の舛添要一 氏は「中等症以下のコロナ患者を自宅療養とする方針転換は、データに基づく説明がない。緊急事態宣言発令よりも国民の命により影響する」とバッサリ。さらに、コロナ患者の急増を火事に例え、「患者の急増で病床が足りないという理由だけなら、火災が増えて消防車が足りないので、小家屋は燃えるに任せると言うに等しい」。「真剣にコロナを収束させる決意があるのか」と、政府の無策ぶりを批判した(参照:スポニチ2021.8.3)。また、ナビタスクリニックの久住英二氏は「『この人は重症化しない』と決められる検査や診断基準がない以上、軽症から中等症に悪化した人は、重症化する事を念頭において治療しなければならない 中等症を入院をさせないのは、大きな誤りだ。中等症を自宅療養にすれば、入院させて経過を見るより死亡率は高くなります それを承知での、この決定だとすると、日本という国家は、国民を切り捨てたということです」と批判している(2021.8.3twitter)。

自民党や公明党など政府与党からも中等症の自宅療養の撤回を求められていることに対しても、「撤回ではなく、しっかり説明するようにということだ。必要な医療を受けられるようにするための措置だから、丁寧に説明し、理解してもらう」、「自宅(療養)の患者もパルスオキシメーターや電話など、状態に応じてこまめに連絡をとれる体制をつくり、症状が悪化したらすぐ入院できる」と官邸で記者団に語たり、居直った(産経:2021.8.4)。入院させるべき患者を入院させないということは、国民皆保険制度の完全なる放棄であり、棄民政策である。宇都宮市インターパーク 倉持呼吸器内科院長の倉持仁氏はtwitterで、「無為無策 自宅で死ぬなどあってはならぬ あんぽんたんとはもはや言わじ」、「皆保険制度をオリンピックをやりつつ放棄し、指定感染症の法を自助なしに放置。この人に政治を司る資格なし!すぐやめてください。」(2021.8.3)と述べている。8月4日の国会の閉会中審査でも長妻昭氏など野党が追及したが、国民皆保険の完全なる破壊であるという視点が全く弱い。

2 感染症法の諸規定を自ら破ると宣言した違法国家日本

医療ガバナンス研究所の上昌弘氏は「コロナ対策、いよいよ滅茶苦茶になってきました。中等症以下を自宅に返すと福島技監らが決め、患者の医療機関の分担、選択と集中を放棄、保健所は重症になるまで自宅待機を指示しています。メルクマールはSPO2で機械的に切っているとか。」、「こうなれば、感染症法から外して、現場に完全に任せればいいのに中等症以下の自宅待機って、医系技官が勝手に感染症法を廃止したのと同じです。これは国会で審議すべき内容で、保健所一本背負いが手に負えなくなって投げ出しました。どうして、野党やメディアは追及しないのでしょうか?菅さん、どうして、こんな滅茶苦茶を許したのでしょうか。」、「政府の仕事は病床確保です。国立病院機構やJCHOで受け入れればいいだけです。彼らの設立は、設置根拠法に公衆衛生危機に対応することが唱われています。」、「感染症法は、感染抑止と患者の治療のため、強制入院の権限を知事に付与しています。これは、その目的のために、入院義務を自治体に課するものです。医療体制を構築できず、供給抑制のため、入院基準を感染抑止と患者の治療以外の要素で絞りこむのは、裁量権の逸脱濫用で違法です。」、「国賠訴訟が出る可能性があります。もし、亡くなれば、正林局長は、業務上過失致死で告訴されるでしょう。そのくらい酷い問題です。」(twitter2021.8.3)と述べている。菅首相自らが感染症法の諸規定を破ると堂々と宣言したのである。前代未聞の違法国家である。即退陣すべき事態である。また全国知事会も情けない。こんな国家に何を要望しても始まらない。各都道府県で医療確保と検査体制を整えるべきである。5月の大阪の医療崩壊の時には、大阪大学の医学部付属病院は36床あるICUを全てコロナ対応に回した。各県知事はその程度の病床の調整はできるはずだ。国民皆保険制度や自らが作った感染症法を破壊する国に任せていては国民の命は守れない。

3 大企業優先のワクチン接種から始まった国民皆保険制度の破壊

デモクラシー・タイムス7月15日版「ワクチンだけで『勝利』はない」において、東京大学先端研の児玉龍彦氏は格差ワクチンについて「力を持っているものが企業で(ワクチンを)先に打っていい。命は平等だという国民皆保険の精神をぶち壊している。カネと力を持っているものが先に打っていいということを政府が公然と言い出した。大企業・大都市・男性・正規職員・政権に近いマスコミや芸能団体に配っていいということを言い出したということは、人倫理的に歴史的大失敗をやっていることだと思います」と述べている。また立教大の金子勝氏も付け加えて「オリンピック関係者も同じです。国民の恨みを買う配分の仕方です」とし、「自治体中心にもう一度、命を守るという順番でワクチンを打っていくということが重要です」と述べている。職場接種において、公然と大企業優先でワクチンの配分が行われ始めたことが、国民皆保険制度の政府による破壊の開始である。これを野党もマスコミもまともに追及していない。このままでは、日本の医療制度は米国並みに落ち込んでいくことになる。

カテゴリー: 医療・福祉, 政治, 新型コロナ関連, 杉本執筆 | コメントする

【書評】「鎌田浩毅の役に立つ地学」から考える地球温暖化論の虚構

【書評】「鎌田浩毅の役に立つ地学」から考える地球温暖化論の虚構

(『週刊エコノミスト』2020年4月より連載中)

                         福井 杉本達也

7月26日の日経は、温暖化ガス削減「30年度計画案の内訳」:「産業で37%減」、「家庭では66%減」との見出しである。しかし、よく記事を読んでいくと「国際公約の46%削減には6億4800万トン減らす必要がる」が、産業部門は「電力供給に占める再エネの比率を36~38%、原子力発電を20~22%に高めることを前提とする」ものの、原発は「利用拡大の道筋は見通せていない」中で、「全体で46%減らすための辻つまあわせで割り振った印象が強く実効性が課題となる」と、投げやりの書きぶりが目に付く。

近年の地球温暖化は、人為的な気温上昇によるとするとし、IPCCによれば化石燃料の燃焼や土地利用の変化といった人間活動の結果、炭素重量に換算して、大気中に40億トン/年が増加しているという。これを「産業革命前と比べた気温上昇をできだけ1.5度以下に抑える」、「そのためには30年までに世界全体の排出量を10年比で45%削減し、50年までにゼロにする必要がある」というものであるが、人為的温暖化を人為的に抑え込むという発想自体に西欧科学技術の傲慢さがある。いつから「科学技術」は地球を創造する「神」の地位を占めるようになったのか。

「鎌田浩毅の役に立つ地学」は2020年4月から『週刊エコノミスト』誌に連載され、地球温暖化だけを論じているものではないか、地学の観点から地球温暖化に対してもアプローチしている。その中から何点か本質的なものを以下に抜き出してみる。

1地球内部を大循環する炭素

「大気中の二酸化炭素の濃度や量は、地球内部で行われている「炭素循環」と深く関連し、数億年にわたる地球環境をつかさどる動きに大きく左右されている」。「地球環境は「固体地球」「流体地球」という二つの領域に分けられ、炭素循環もその両者にまたがって起きている」。「炭素は固体地球の内部で長い年月をかけて循環し、その主役は地球全体の質量の8割を占めるマントルである」。「 約1億年の周期でマントル対流を起こすことにより、上部にある地殻へ炭素が供給され」、「その際、 炭素はホットプルーム(上昇流)とコールドプルーム(下降流)という二つの巨大な流れに乗って循環する」。(『エコノミスト』2021.6.1)

2 『炭素循環』が決めるCO2濃度

「大気中の二酸化炭素濃度を決めるのは『炭素循環』と呼ばれる現象である。地下深部のマントルに含まれている二酸化炭素は、大洋底の中央海嶺の火山活動によって海中へ放出される。同様に、海洋プレートが大陸プレートの下へ沈み込む地域では、マグマが大陸を貫いて地上に噴出し、二酸化炭素を大気中へ放出する。次に大陸上では、二酸化炭素は雨水や地下水に溶けて炭酸(H2CO3)となる。炭酸は、川を経て海に流れ込み、炭酸カルシウム(CaCO3)などの炭酸塩鉱物として沈殿する。それらが何千万年という時間をかけて海洋プレートとともに移動し、最後にプレートの沈み込みに伴って大陸プレートに付加される。付加されたものの一部は、沈み込みとともに地球深部に運ばれ、火山活動によってマグマとともに再び地表へ放出される。このように、炭素はさまざまなプロセスを通じて循環している。」「大気中の二酸化炭素濃度は、こうした地球スケールの炭素循環によってたえず調整され、現在まで安定した環境が維持されてきたのである。」(『エコノミスト』2020.12.15)

3 炭素の大気と海水の間での大循環

「約1億年前の白亜紀にホットプルム由来の大規模な火山活動が起こり、マグマに含まれる二酸化炭素が大気と海洋に供給された。その後、陸上に繁茂した植物が光合成によって二酸化炭素を吸収し、炭水化物として地表付近に固定された。こうして大量に蓄積された植物の遺骸は、その後に腐食・埋積されて数百万年という長い時間をかけて地中で石炭と石油に化学変化した。すなわち、マントルが媒介して固体地球と流体地球が関わる炭素循環なしには、人類を長年支えてきた化石燃料は誕生しなかったのである。」

「海水に溶け込んだ二酸化炭素は各種の陽イオンと化学反応を起こし、大量の炭素化合物を海底に沈殿させた。こうしたプロセスを経て大気と海水の間で平衡状態が作り出され、大気中の二酸化炭素濃度がコントロールされてきた。」「二酸化炭素は流体地球を構成する海水と大気の間で絶えず大規模に循環しながら、長い間に平衡を保ってきた」のである。(『エコノミスト』2021.6.8)

4 太陽との距離も気温に影響

「過去40万年間の地球と太陽の距離と、平均気温の変化との関係を見ると、両者に関係があることが分かる。すなわち、地球と太陽の距離が大きい時には、地上に届く太陽エネルギーが減少するため、平均気温が低下する。反対に距離が小さい時には太陽エネルギーが増加するため平均気温が上昇する。こうした変動によって氷期と間氷期の繰り返しが生じた」とセルビアの地球物理学者: ミランコピッチの説を紹介している。

「近年の地球温暖化は、人為的な気温上昇によるとする見方が多いが、実は気温変化には太陽の距離などはるかに大きな要素が大きく作用している。」(『エコノミスト』2021.6.15)

5 大気中の二酸化炭素濃度は3億年前の氷河期時代と現在は同じ

「地球の長い時間軸の中では、大気中や海水中の二酸化炭素が炭酸カルシウム(CaCO3)として固定される速度と、火山活動により二酸化炭素が大気中に放出される速度とが、ほほ等しくなっている」「短期的な二酸化炭素濃度の揺らぎは、長期的には平衡状態へ戻っていく。例えば、マントルの対流が活発化して地上に大量のマグマが噴出すると、二酸化炭素の供給量が増えて長期的な温暖化に向かう。その結果、大気中の二酸化炭素の海水に溶ける量が増え、次第に大気中の二酸化炭素濃度が低下する。」「現在の大気中の二酸化炭素濃度は、寒冷期に当たる非常に低い水準と言えよう。したがって、いま世界中で問題にされている地球温暖化も、こうした『長尺の目』で見ると再び氷期に向かう途上での一時的な温暖化とも解釈できる。」「大気中の二酸化炭素濃度は、こうした地球スケールの炭素循環によってたえず調整され、現在まで安定した環境が維持」されているのである。(『エコノミスト』2020.12.22)

ニュートンに「私は仮説をつくらない」という科学的認識の有名な言葉がある。ニュートンは、具体的な現象から導き出せないものはどんなものでも「仮説」に過ぎないと考えた。根拠のない前提や規則を「仮説」と呼び、現象や経験から導き出せないものを排除しようとした。「人間は自分が立てた仮説や規則に弱い」という洞察がある。いつのまにか仮説が先入観となり、虚心坦懐に物事を正しくとらえられない場合がある。(鎌田浩毅「理系の教養ニュートンの大古典に挑む」:2019.9.27)。

地球温暖化論は「仮説」である。地球物理学のこれまでの知見を無視して「仮説」を「科学的」だと大上段に構えてはならない。「仮説」というしっぽが「世界」という胴体を振り回している。二酸化炭素はわれわれの生活になくてはならない「空気」の一部である。水や空気という地球生命にとって最も重要な『社会的共通資本』に対し、排出権取引や炭素税として価格をつけるものであり、温暖化対策を主導する欧米の金融資本が儲け、経済的弱者や発展途上国は重い負担にあえぐこととなる(日経:「カーボンゼロ CO2値付け世界で拡大」2021.7.27)。「カーボンプライシングの導入にあたっては企業の負担軽減策がつくられ、企業は製品やサービスに価格転嫁する見込みだ」(日経:同上)。市場原理主義はあらゆるものをカネに変えようとする。二酸化炭素を含む空気は地球の生命にとって最も大切なものである。カーボンプライシングほど反生命的・非倫理的なものはない。

カテゴリー: 書評, 杉本執筆, 環境, 科学技術 | 【書評】「鎌田浩毅の役に立つ地学」から考える地球温暖化論の虚構 はコメントを受け付けていません

【書評】「メカニクス」の科学論

【書評】「メカニクス」の科学論

     佐藤文隆著 2020年12月 青土社 2,000円+税

                              福井 杉本達也

本書は『現代思想』(青土社)の2019年9月から2020年10月まで連載された佐藤文隆の「科学者の散歩道」を書籍化したものである。筆者が科学といっているのは「19世紀中ごろの欧州先進国で成立した『制度としての科学』、『職業としての科学』のことである。前史のギリシャ古典哲学や中華帝国の技術、錬金術や古代天文学、といった多くの芽まで包括するものではない…科学は真空の中に登場したのではなく、技術、軍事、政治、教育、医療、宗教、哲学、学術、情報、芸能などの各業界の旧勢力との軋轢の中でシェアを確保し、成長した物語でとしてみることである」。西欧に発する「科学については地域の歴史や文化と独立した普遍主義的な見方が支配的」である。しかし、近年は「科学の世界での中国の台頭」が華々しい。そこで、著者の関心は「現代科学発祥の英仏独米ロはキリスト教の支配した同一性を持った社会である。それに対し中国はこれと同化しない大きな文明の歴史を背負った社会である…そういう中国が科学の中心に座るかもしれない…科学の普遍主義的コアと西洋科学の来歴に由来する周辺部は分離して中国流の新しい衣をまとうかもしれない」と考えることから始まっている。

本書では西洋科学発祥の一因を「メカニクスの下剋上」にあるとする。「メカニクスやメカニカルが近代以前の西洋では社会的な差別語であった」。古代市民は「奴隷的で機械的な職業でない自由な職業」に価値を置いた。近代の入口でも「機械的技術に対する軽蔑…メカニックは自由人的、貴族的、騎士的といった価値のはんたいがわにあるものだった」。

蔑視されていた西洋起源の現代科学は、「一つにはギリシャ哲学やキリスト教神学といった学問世界の革新と、二つには航海・鉱山・軍事や錬金術などの技術や実験の合理化で成立し…旧勢力を『押しのけて』入れ替わったのである」。「各地の文明を支えていた伝統技術から科学と結びついた科学技術への移行は産業革命、資本主義、労働者階級の登場、都市化、帝国主義といった19世紀政治現象と一体であった。科学技術の最大の特徴は『大量化』の能力である」。「近代科学技術革命とは、社会的力を持ってきたのに学問世界から遠ざけられていた技術職能集団を引き込んで、学問世界の主導権を争った革命であった」。したがって、メカニクスには「人間を扱う仕事とちがい、『心がない』『ものを考えない』」卑賎な仕事とのイメージがつきまとう。「ガリレオ、デカルト、ニュートンらの活躍で学問世界にメカニックスが参入してから現代の『職業としての科学』が登場する」。

「自然哲学はwhyを論ずる」ことであり、「howは『機械的』『数学的』の仕事」であり、学問世界と身分の違う連中の世界のこと」であるとされてきた。「アリストテレスでは落下は上下左右の区別のある有限なこのコスモスに由来する自然の力である。斜面という『機械』はこの自然な出来事を妨げるコスモスでない異質なものである。しかし、斜面の角度を“徐々に連続して変える操作”はこれらの二つの作用を同質なものとして扱うことを意味する。斜面の傾斜角度を90度(鉛直)から0度(水平)まで変化させる状況を数学的に表現することで、コスモスを無化している」。「『howは下々の関心』だと見下された『下々』が数学上の証明で『コスモス』のwhy自体を突き崩した下剋上の物語である。『下々』の言説が効果を発揮できたは、身分の上下にまたがって存在する数学があったからである」。

「メカニクスは力学から始まり情報学に広まり、更に拡大していくであろう。理由は単純でメカニクスに便利なコンピュータや通信技術のテクノロジーが身近な社会に普及したからである。印刷術や用紙の低価格化が学問の性格を変え、口頭試験から筆記試験への変化が選ばれる才能の質を変えてきたように…データとメカニクスの技術の普及が学問世界に引き起こす影響は、文系理系を問わず、巨大なものであろう」とする。

早稲田大学の井上達彦教授は、中国のの躍進ぶりを理解するための視点としてリープフロッグを紹介する。「リープフロッグとは、経済や社会インフラで後れを取っている新興国が、先進国を超えた発展を見せるという現象である」。「第1は、同じ経路を短期間で進む『パスフォロー』。「 第2は、特定の段階をスキップして短縮する『ステージスキップ』である。固定電話のインフラを整備する段階を飛ばして、携帯電話の普及を進めるというのがその典型である」。「第3は、新たな技術で道筋をつくる『パス創造』であり、先進国の社会ではまだ実装されていない技術を導入することである。世界に先駆けて実装した、決済や与信のシステムはこれに該当する…中国企業の学習サイクルは速い。…仮説検証サイクルを『小さく、速く、賢く』回すことが当たり前になっている。経験学習のサイクルが速く、学習の時間密度も高いので、創造されたパスを一気に駆け上がって」いくとする(『東洋経済』2021,6,5)。

中国を巡っては、「専制主義」という批判、半導体を中心とする米中貿易戦争、新型コロナウイルス、ウイグル問題、台湾、香港等々さまざまな問題が山積するが、これは中国のGDPが近々米国を追い抜くという事態の中で発生している。しかし、データとメカニクスは今、中国が最も得意とする分野である。ここで、もう一度ボーアの量子力学の思想善導「黙って計算しろ!」となるのであろうか。中国を「専制主義」と批判する普遍主義を標榜する「民主主義」にも科学同様、特殊西欧の“残滓”がある、というか、「帝国主義」の”残滓“がある。独自の文明を背負った中国に無理やり押し付けようとしてもうまくいくはずもない。

本書は「メカニクスの西洋科学は20世紀において100倍にも規模を拡大したが、その中でメカニクスと西洋学問の衣の分離が進んだ」。「中国のような異なる学問の伝統をもつ社会の中にこのメカニクスが移入されれば、メカニクスは新たな衣をまとった営むに変貌するかもしれない」と締めくくる。

カテゴリー: 思想, 書評, 杉本執筆, 社会主義, 科学技術 | 【書評】「メカニクス」の科学論 はコメントを受け付けていません

【追悼】森信成先生没後50年によせて

【追悼】森信成先生没後50年によせて

 1971年7月25日哲学者森信成さんは亡くなった。私は、1972年の大学入学であり、生前、大学での講義や講演を聞くことは叶わなかった。民学同加入後は、社研の例会や組織内の学習会では、必ず森先生の著作を中心に森哲学を学ぶことになった。
 思想的統一・議論抜きの、組織の統合・分裂を先行させてはいけない、思想の平和共存は行ってはならず、議論・論争は民主主義的手続きに則って、徹底的に行うこと、組織の利害を大衆運動の利益の上においてはいけない、党派性とは、大衆運動への適格なスローガンを提起することで明確になることなどなど、以後、労働運動や社会運動に関わる心構えは、森先生の教えに基礎があると考えている。
 中国共産党が創立100周年ということで、習近平は人民服姿で登場した。政治的民主主義が存在せず、ウィグルやチベットの民族的自治権を認めない、この国をどう評価したらいいのか。中華人民共和国の歴史、文革の功罪など、いろいろ読んでみたが、最後は森先生の「毛沢東哲学批判」ということになった。
 マル自(「マルクス主義と自由)や史根(「史的唯物論の根本問題」)は、学習会の素材として何度も読んだが、「毛沢東『実践論』・『矛盾論』批判」(刀江書店)をじっくり読むと、60年代、「唯物論研究」誌を舞台にした、日共系(当時の日共は、中国派)学者との徹底した議論に、論争家として森先生の奮闘が伝わってくる。(市大図書館に「唯物論研究」誌を確認に行ったのだが、合本の何冊か欠落状態で、情けない限りであった。)
 
 哲学分野は、どちらかと言えば苦手な私だが、没後50年ということで、以下に、著作一覧、追悼集からの再録、年譜などまとめることで、森哲学を現代に生かすことができれば、と考える(佐野秀夫)

(※ 以下の資料は「知識と労働」第3号「特集森信成追悼」を基本にしています)

1 森先生の著作一覧

2 森先生の生涯 (追悼文より)

京都大学哲学科 (小野義彦さん
「民科」「大阪唯研」(山本春義さん)
大阪市立大学 (横田三郎さん)

3 森先生の哲学思想

4 追悼の言葉

吉村励さん
大阪労働講座
民主主義学生同盟統一会議

5 森先生略年譜

6 関連資料

大阪唯物論研究会 会報 No1(1959年6月1日)

カテゴリー: 思想, 歴史, 追悼, 運動史 | コメントする

【投稿】バイデン政権・キューバ軍事侵攻の危険性--経済危機論(56)

<<「キューバを生かせ!」>>
 7/23付けニューヨークタイムズ紙に、世界中の元国家元首、政治家、著名な知識人、科学者、聖職者、芸術家、音楽家や指導者、活動家や団体、個人、400人以上の人々が署名したバイデン米大統領への緊急の公開アピールが、一面全面広告として掲載された。ここの「キューバを生かせ Let Cuba Live!」と題した公開レターは、ホワイトハウスに対し、パンデミックを制御し、キューバに住む人々の命を救うためのキューバの努力を妨害しているトランプ前大統領が課した243に上る一方的な追加制裁を直ちに解除することを求めている。署名者には、政治家、著名な知識人、科学者、聖職者、芸術家、音楽家、指導者、活動家など多様な人々、団体が名を連ね、俳優のジェーン・フォンダ、スーザン・サランドン、オリバー・ストーン、ダニー・グローバー、マーク・ラファロ、ルーラ・ダ・シルヴァ元大統領(ブラジル)、ラファエ
ル・コレア元大統領(エクアドル)、ヤニス・ヴァロファキス、ミュージシャンのジャクソン・ブラウン、ブーツ・ライリー、知識人のロクサンヌ・ダンバー=オルティス、ジュディス・バトラー、コーネル・ウェストなどが署名している(署名者全員の名前は、「Let Cuba Live!」のサイトhttps://www.letcubalive.com/で公開されている)。
 このバイデン大統領への緊急パブリック・アピールは、「食料や医薬品の輸入にはドルへのアクセスが必要であることを考えると、キューバによる送金やグローバル金融機関の利用を意図的に遮断することは、特にパンデミックの際には考えられるものではありません。直ちに大統領令に署名し、トランプ大統領の243の強制措置を無効にする 」ことを求めている。
 この書簡は、The People’s Forum、CodePink、Answer Coalitionの共同イニシアチブの第一弾であり、その目的は、米国の不道徳で近視眼的な政策を変えようとすること、そしてキューバの人々に医薬品や医療用品を提供することを明らかにしている(CODEPINK For Immediate Release- July 22, 2021)。

<<「これは始まりにすぎない」>>
 キューバをめぐる事態の急激な変化は、7月11日(日)、明らかにソーシャルメディア(「#SOSキューバ」)を介して事前に計画・調整された数十の反政府抗議活動が、キューバ全土で同時に行われたことであった。ハバナ郊外のサンアントニオや、コロナウイルス患者が急増しているマタンサスなどでは、抗議活動が暴力化し、窓ガラスが割られ、店が略奪され、車がひっくり返され、石が投げられ、人々が暴行を受ける事態にまで険悪化し、逮捕者も出る事態となった。しかしこの抗議行動は、週末に発生したときと同様、すでに沈静化しつつある。問題は、今回の抗議行動が全体として一つの大きな「反政府」デモであると一般化することはできないし、同時に、抗議行動の参加者を「CIAの協力者」や「反革命分子」というレッテルを貼ることもできない、という指摘の重要さである(People’sWorld 2021/7/16)。

 キューバのミゲル・ディアス=カネル大統領は、キューバが抱える物質的な苦難に対する正当な不満があることを認め、なおかつキューバ革命の成果を防衛することの重要性を訴えている。この大統領の呼びかけに、大規模な革命防衛デモが行われ、アメリカが介入しようとたくらむ事態は今のところ避けられている。逆に、アメリカの草の根のキューバ支援は、バイデンの意向とは無関係にどんどん進んでおり、12トンの医療用品、600万本の注射器などが報じられている。

 しかしバイデン政権は、このハッシュタグ#SOSキューバで、反対派の動員のみならず、軍事介入までを要求する事態を放置、助長し、7月11日の抗議活動における逮捕を非難する共同声明に署名するよう、米州機構(OAS)のメンバーに圧力をかけていることが暴露されている。7/21、キューバのブルーノ・ロドリゲス・パリヤ外相は、「米国国務省は、OAS諸国の政府に対して残忍な圧力をかけ、拘束されている人々を解放するよう求める声明への参加や同様の声明の発表を強要している」と抗議している。
 7/15、バイデン大統領は、「キューバは不幸にも失敗した国家であり、市民を抑圧している。共産主義は失敗したシステム」、「破綻国家」とまで呼び、自らのキューバに対する封鎖・制裁政策の継続には一切触れもせず、責任など一切関知しない態度を鮮明にしている。しかし封鎖は、主権国家の自決権を謳い、強制的な政権交代を禁止した国連憲章に違反しており、一方的な強制制裁措置は、ジュネーブ条約やハーグ条約で禁止されている、集団的懲罰であり、全く違法なものである。バイデン政権自身は、アパルトヘイト国家であり軍事テロ国家であるイスラエル、執拗にイエメン無差別爆撃・軍事テロ攻撃を行っている、全く民主主義とは無縁な専制国家サウジアラビアと強力な同盟関係にあり、そのテロ攻撃を軍事援助と財政援助を通じて支援しているのである。失敗し、破綻しているのは、バイデン政権自身なのである。
 バイデン政権は7/22、キューバの反政府デモ弾圧に関わったとして、国内法に基づき、新たにロペス・ミエラ国防相と内務省特殊部隊を制裁対象に指定と発表し、バイデン大統領は声明で「これは始まりにすぎない」とまで強調している。何の「始まり」なのか。軍事侵攻の可能性まで検討され出している危険な事態である。
 6月の国連総会では、29年連続で米国の対キューバ禁輸措置を非難する決議が採択されたが、投票は184対2で、反対票を投じたのは、ついに米国とイスラエルだけという事態にまで追い込まれているのである。米国は キューバを「テロ支援国家」と呼びながら、残酷な封鎖に加えて、キューバに対するテロを奨励・助長し、今も継続しているのである。それらのテロ組織には、「キューバ・アメリカン・ナショナル・ファウンデーション」、「アルファ66」、「コマンドスF4」、「独立・民主キューバ」、「ブラザーズ・トゥ・ザ・レスキュー」などがあり、豊富な資金と、CIAやFBIの支援を得て、米国内で堂々と活動して来たのであり、パンデミック危機の今こそ絶好の機会と蠢動している。オバマ政権は、キューバをテロ支援国家のリストから一旦は外したのであったが、トランプ前政権はキューバを再びリストに加え、243に上る一方的な追加制裁を新たに課し、バイデン政権はそれをいまだに引き継いでいるのである。「我々はキューバの人々と共にある」と言いながらこれである。偽善者=ジョー・バイデンと言えよう。
 そして現実にキューバは、これらの制裁とパンデミックの複合的な影響で、GDPは2020年には11%も減少し、観光客は2019年に比べて75%、輸入品は30%減少しており、経済的苦境と日々闘っている、闘わざるを得ない状況なのである。
 しかしそれにもかかわらず、キューバは国際主義的な連帯精神を実際に実行し、何千人ものキューバ人医療専門家がイタリアやブラジルをはじめ40カ国でコロナウイルスの患者を治療し、世界各地に派遣した医療関係者の旅団がノーベル平和賞にまでノミネートされ、さらに中南米で唯一、ファイザー社やモデルナ社に匹敵する有効性を持つ独自のワクチンの開発・製造に成功し、2,100,000人以上のキューバ人がワクチン接種を受けるところまで成果をもたらしている。無料の医療、数百万人が学位取得レベルまで無料で受けられる教育、総合的に非常に高い健康と教育の指標を達成しているという、まさに社会主義政策の成果が根付いているのである。
 こうしたキューバの成果こそが、バイデン政権にとっては癪の種であり、共和党と共同歩調、超党派外交を取るバイデン政権にとって、パンデミックの危機を利用して、さらなる封鎖と制裁に輪をかけ、一挙に社会主義政権を押しつぶしてしまう危険な路線に足を踏み出した可能性が高い、とも言えよう。しかしそうした危険な路線は逆に自らの政権を凋落させる政治的・経済的危機をもたらすであろう。
(生駒 敬)
カテゴリー: 新型コロナ関連, 生駒 敬, 経済危機論 | コメントする

【投稿】「脱炭素」茶番劇と新エネルギー基本計画

【投稿】「脱炭素」茶番劇と新エネルギー基本計画

                          福井 杉本達也

1 大山鳴動・何も決まらない新エネルギー基本計画の原案-原発も帳尻合わせ

経済産業省は2021年7月21日、新しいエネルギー基本計画の原案を公表した。目標の2030年度において、総発電量のうち再生可能エネルギーで36~38%、原子力はこれまで同様の20~22%を賄うというもので、再生エネの内訳は太陽光が15%、風力で6%、水力で10%などを想定。原案には『再生エネ優先の原則で導入を促す』と明記し」、30年度で19年度の2倍に増やす(日経:2021.7.23)。しかし、原発の新増設や建て替え(リープレス)も明記しなかった。これに対し、原発推進の橘川武郎国際大教授でさえ「リアリティーに欠け大きな禍根を残す…(電源構成案は)…率直にいって帳尻合わせだ」と酷評した(日経:同)。原発は30年度には電力から申請のある27基をフル稼働する必要がある。しかし、不祥事の相次ぐ、東電柏崎刈羽原発などは再稼働のめどはたっていない。また原案では、原発は「可能な限り依存度を低減」するという文面は残っている。一方、19年度の発電量の32%は石炭火力である。二酸化炭素の排出量が多いとして古くて効率の悪い石炭火力の休廃止を進めているが、それでも30年度では19%を計画に組み込む。

 

2 古い原発を80年間(「60年超」)も運転

2021年7月16日の福井新聞は「政府が原発の運転に関する「原則40年問、最長60年間」の法定期間の延長を検討していることが15日分かった。自民党や経済界の一部が求める新増設やリプレース(建て替え)は、世論の強い反発が予想されるため見送り、既存原発の長期的な活用を模索する。来年にも原子炉等規制法改正案をまとめる方向で調整する。ただ老朽化により安全性への懸念が強まることは避けられない」と報じた。政府は2012年6月、原子炉等規制法を改正し、原発の運転期間を原則40年と定めた。例外として原子力規制委員会が審査して認めれば、1回だけ最長で20年延長できる。さる6月23日に再稼働した2004年8月に二次系大口径配管破断事故を起こした関電美浜3号(参照:福井新聞:事故写真)が国内初の40年超運転である。だがここにきてさらに20年の再延長が浮上した。合わせて80年間も運転することになる。菅政権は昨年、50年の「脱炭素社会の実現」を打ち出した。目標達成には、排出量の4割を占める電力部門の対応が鍵を握る。約30基の原発は必要というが、建設中の3基を含め36基。全ての原発を例外的に最長20年延命させても寿命を迎え、50年に23基、60年には8基だけになる。新増設や建て替えには世論の反発が強い。「経産省幹部は。不祥事の続発を背景に『新増設やリプレース(建て替え)を前面に打ち出すのは難しい状況だ』と認める。発電量の水準を保とうとすれば運転期間を長くするししか道はなく、『延命』の選択は苦肉の策」である(福井:2021.7.16)。政府は、来年にも法改正案をまとめる意向である。しかし、古い原発を使い続ければ事故の危険性はさらに高まる。もちろん耐震性も低いままである。いま、関電美浜原発構内ではテロ対策施設工事のため足の踏み場もない。工事が完成しなければ、無理やり再稼働した原発もすぐ停止することとなる。2004年の事故は配管が運転開始から28年間、一度も点検されなかったことが原因だったことをすっかり忘れてしまっている。

 

3 勝算もなく打ち出した50年「脱炭素社会の実現」

菅首相は今年4月22日の温暖化サミットで、30年度に温室効果ガスを13年度比で46%削減するとの新たな地球温暖化対策の目標を掲げた(50年実質ゼロ)。掲げたといえば聞こえが良いが、何の勝算もなく欧米に無理やり言わされたというのが正解である。達成には、二酸化炭素(CO2)排出量の4割を占める電力部門の対応が鍵を握る。特に排出量は石炭と石油だけで発電部門からでるCO2の過半を占める。これを全廃しなければ46%削減はおぼつかない。この発電量を賄うのに原発が必要というが経産省の論理である。ところが、19年度の電源構成は火力が75・7%、再生エネが18・1%、原子力はわずか6・2%というのが現実である。

経産省では「脱炭素宣言」を原発再稼働の好機ととらえたが、足元はおぼつかない。逆に温暖化ガス削減に向けて政府が6月4日にまとめたグリーン成長戦略では、原発を「引き続き最大限活用していく」との表現が削除されてしまった。閣内で小泉環境相や河野規制改革担当相が反対したといわれる。昨年12月に策定したグリーン成長戦略 では、原子力は「確立した炭素技術。可能な限り依存度を低減しつつも、安全性向上を図り、引き続き最大限活用していく」と記載されていた。「確立した炭素技術」という表現さえなくなった(福井:2021.6.4)。カネのために先に関電美浜3号、高浜1・2号の40年超原発の再稼働に同意した福井県の杉本知事は梯子を外され、江島経産副大臣に対し「『大変驚いている』と述べ、経産省の認識をただした。」(福井:2021.6.10)。先の読めないなさけないやり取りである。

 

4 「脱炭素」は欧米金融資本の茶番劇

温暖化サミットにおいて、欧州委員会は、どういった事業が温暖化防止に貢献するかを示す基準「EUタクソノミー」を公表した。金融機関や企業に詳細な基準を明示し、企業経営や金融商品のグリーン化を目指すとする。それぞれの事業がどういった基準ならば「グリーン」と判別されるかを明示している(日経:2021.4.23)。「まるで『闘魔(えんま)大王』みたいに企業が選別される」。このような受け止め方が広がる。欧州発のルールが世界の潮流となる。欧州各国によるガソリン車の販売規制の表明を「欧州自動車メーカーのディーゼル不正を機に欧州が有利になるようなルールに変えてしまった」と伊藤忠総研の深尾三四郎氏は指摘する。PHVはEVよりもCO2排出量は少ない。しかし、EU基準ではアウトとなる(日経:2021.7.24)。日本は勝手に競争の土俵を変えられ、変えられた土俵の上で競争せざるを得なくなる。「脱炭素」とはWTOの枠外での新たな貿易障壁である。それを何の交渉もすることなく、のほほんと受け入れる我が国の首相とはいったいどこを向いているのかを考えざるを得ない。

 

5 ドイツは自力で米の圧力を跳ね除けノルドストリーム2を完成させる

EUの強いルールにおいても「電力部門では判断を先送りした分野もある」。「石炭火力発電は一律にタクソノミーの適用外としている。天然ガスと原子力については結論を先送りにした。天然ガスを巡っては、ポーランドなど東欧諸国を中心に脱石炭を進める上で当面は認めるきだと訴える」(日経:2021.4.23)。自国にとって都合の良い分野では相手国に押し付け、自国に都合の悪い分野についてはルールを断固として拒否するのである。

7月21日、米独政府はドイツとロシアを結ぶパイプライン計画(ノルドストリーム2)について、米が計画を容認すると発表した。米独は計画を巡る長年の対立に終止符を打った。ロシアから欧州向けのガス供給をめぐっては、ウクライナを経由するパイプラインがある。 ノルドストリーム2はバルト海に敷設されたため、ウクライナを迂回できる(日経:2021.7.21)。これまで米国は欧州(ドイツ)とロシアを分断するため、ロシアからのウクライナ経由のガスの安定供給を執拗に妨害してきた。ウクライナでのオレンジ革命・マイダン・クーデターなどでロシアの下腹部を攻撃してきたが、それが最終的に失敗したことを宣言したのである。今後、ウクライナは米国にとってさして重要な国ではなくなる。単なる破綻国家に戻る。ドイツは日本のような帳尻合わせのエネルギー計画は立てない。何十年にもわたる長期的なエネルギーの安定供給を重視する。欧米金融資本に恫喝されてその場しのぎのエネルギー計画を作成したり、数字合わせに旧式原発の再稼働を試みたりすることはない。

 

カテゴリー: 原発・原子力, 杉本執筆 | コメントする

【投稿】イギリス艦隊は極東でもロシアと対峙へ

黒海でロシアを挑発し、地中海ではイラクの武装勢力へ空爆を行い、意気軒昂とインド洋を進むかに見えたイギリス空母打撃群(CGS21)であるが、ここにきて様々なトラブルに見舞われている。
空母「クィーン・エリザベス」を含む4隻でコロナクラスターが発生、乗組員100人以上が感染したことが明らかになった。フリゲート「ケント」ではコロナとの関連は不明だが、7月10日に乗組員一人が死亡した。
さらにミサイル駆逐艦「ダイアモンド」がエンジントラブルで艦隊から脱落し、シチリア島で修理中であることが明らかになった。
欧州から極東へ向かう艦隊が次々とトラブルに会うのは、「バルチック艦隊」を想起させる。この時はスエズ運河通行拒否など、イギリスによる妨害の影響が大きかったが、今回はイギリス艦隊が悲運に見舞われており、ロシアの呪いが通じたわけではないがプーチンは大笑いだろう。
コロナについては中東の寄港地で感染した可能性が高い。先にはジプチの自衛隊基地でクラスターが発生し、最近にはソマリア沖に展開する韓国の駆逐艦で乗員の8割が感染する事態となっている。今後コロナが猖獗を極めるインドや感染拡大中のシンガポールに寄港し、西太平洋を進む予定である。
CGS21司令部は「作戦に支障はない」としており、予定通り進めば9月には朝鮮海峡を抜けて日本海に入り、津軽海峡を通過し太平洋にでる予定となっている。これは明らかにロシアを挑発するコースである。ウラジオストックにどこまで接近するかにもよるが、ロシアは昨年11月にアメリカがピヨトール大帝湾で「航行の自由作戦」を実施した時以上の対応をとるだろう。
一方、中国に対しては南シナ海での行動に不確定要素はあるものの、台湾海峡は通らずに不要な刺激を避けるコースとなっている。
黒海で始まり日本海で終わる行動を見ればCGS21の主要な狙いは、日本が期待している中国牽制ではなく、ロシア牽制であることが判る。
日本政府は、ソマリア沖での海自との共同訓練を皮切りに、随時CGS21との演習を積み重ねていく計画であるが、日本海で共同歩調をとればロシア側からの厳しい反発は避けられない。
政治情勢が流動的な時期に緊張が高まれば、対露没交渉の菅政権としてはなすすべもないだろう。

その後艦隊は横須賀、呉、佐世保、舞鶴に分散して寄港する予定となっているが、その際は厳重な検疫が必要となる。昨年の「プリンセス」に続き「クィーン」がコロナ禍にみまわれたわけであるが、「女王陛下」を特別扱いすることは許されない。
また外国の艦艇が寄港した際には市民対象の一般公開が行われるが、「希望者へのワクチン接種完了が10月から11月」という状況では実施不可能だろう。
菅政権はCGS21の極東来航を政権浮揚のイベントにせんとしているが、オリンピックと同様その目論見は外れるだろう。(大阪O)

カテゴリー: 平和, 歴史 | 【投稿】イギリス艦隊は極東でもロシアと対峙へ はコメントを受け付けていません

【投稿】米独サミットは「失敗だった」--経済危機論(55)

<<ワクチン特許放棄に一言も触れず>>
 7/15、バイデン米大統領とドイツのメルケル首相の米独首脳会談がホワイトハウスで開かれたが、焦眉のワクチン特許放棄に関しては一片の合意さえも得られず、両首脳の記者会見でも一言も触れられなという失態であった。
 バイデン氏は、5月にバイデン政権として、新型コロナウイルス用ワクチンに関わる知的財産権(IP)の保護を放棄することを支持するとの声明を発表し、国際社会から多くの支持と期待を寄せられていたにもかかわらず、イギリスと並んで特許権放棄の最大の障害とみなされていたドイツを説得できなかったのである。
 ドイツのビオンテック社のワクチン開発に公的資金を投入してきたドイツ、同社と組むアメリカのファイザー社の連合によるワクチンの一時的な特許権放棄は、パンデミック危機拡大を阻止し、ウイルスの拡散を収束させ、混迷する経済危機を打開する途上において決定的なかなめだったのである。

 首脳会談でバイデン氏は、メルケル首相との個人的な会談の中で、ワクチンの特許放棄について一応の言及はしたとされているが、優先課題とはしなかったのである。明らかな後退であり、自らの政策に対する責任放棄でもある。

 一方のメルケル氏は、7/15の記者会見の中で「より多くの人がワクチンを接種すればするほど、私たちは再び自由に生きることができるようになります」と述べ、「私たちは今、まだ自発的にワクチンを推進している段階です。皆さんにお願いしたいのは、知り合いや信頼できる人がいるところではどこでも、ワクチンのことを訴えてほしいということです」と語っている。このように語りながら、あくまでもコロナウィルス・ワクチンの一時的な特許免除に対する反対を取り下げていないのである。偽善とも言えよう。

<<「ワクチンの滞留と在庫増」という異常>>
 米議会進歩派議連の議長であるプラミラ・ジャヤパル下院議員は、7/15に声明を発表し、「メルケル首相がワシントンに到着したのは、世界中でウイルスのデルタ変異株が急増し、富裕層の国では80%のワクチン投与が行われているのに対し、低所得国では0.4%しか投与されていない状況の中なのです。世界のワクチンの公平性を優先し、世界のワクチン生産と治療アクセスを迅速かつ公平に確保しない限り、パンデミックは終わりません。ドイツが特許権免除の承認を保留する限り、世界中の何百万人もの人々の命と、ウイルスを粉砕する我々の能力が脅かされているのです。」と強調している。

 米国の環境保護・消費者の権利擁護に取り組む非営利団体パブリック・シチズンのグローバル・トレード・ウォッチのディレクターであるロリ・ウォラック氏は、バイデン氏が特許免除に関してメルケル首相を動かすことができなかったことは、「パンデミックを終わらせるための努力に打撃を与えるものであり、今回のサミットは失敗であった。特許権免除を早急に成立させ、より多くのワクチンや治療薬を世界中で生産できるようにすることを優先させるべきである」との声明を発表している。

 7/16、米独首脳会談の翌日、世界保健機関(WHO)は、これまで比較的に少なかったアフリカで、コロナウイルスによる死亡者数が前週から43%も増加し、7月11日までの1週間で6,273人の死亡者を記録、ナミビア、南アフリカ、チュニジア、ウガンダ、ザンビアが新たな死亡者数の83%を占め、しかも感染力の高いデルタ型の感染が広がり続け、8週間連続で感染者数が増加し、アフリカの21カ国で検出されていることを明らかにした。7/16付けニューヨーク・タイムズ紙は、このWHO報告について、1月から5月までに出荷されたワクチンが予想よりも6,000万本も少なく、「すべてが計画通りに進んだとしても、人口の約7%に完全なワクチンを接種するのに十分な2億本以上のワクチンを、10月までアフリカに届けることができないだろうと予測している」と報じている。
 それにもかかわらず、米・欧ではワクチンの滞留は1.5億回分にも達し、余剰を抱え、在庫が米・英では5割、欧州では7割増加しているという(日経紙・7/18付け報道)。米欧は、それぞれ自国の変異ウイルの拡大と、ワクチン接種3回必要事態に備えだして、備蓄に動き、世界的蔓延拡大を無視しだしたのである。政治的・道義的危機であると同時に、さらなる経済的危機をも呼び込み、犯罪的、とも言えよう。
(生駒 敬)
カテゴリー: 政治, 新型コロナ関連, 生駒 敬, 経済危機論 | コメントする

【投稿】東京都議選が突きつけたもの--統一戦線論(74)

<<二階氏「小池氏はよくやっている」>>
 7/4の東京都議会議員選挙の投票日直前まで、大手メディアは、都民ファーストの議席一けた台への激減、逆に自民、公明は合わせて過半数(64議席)以上獲得、それどころか「自民だけで50に届くかもしれない」との予測が大半であった。
 ところがふたを開けてみると、自公で過半数どころか、自民33議席、公明23議席、合わせても56議席にとどまった。都民ファーストは得票数、得票率とも減らしはしたものの、現有45議席から31議席に減らし、自民とは2議席差、第2党にとどまった。自公に都民ファーストを加えれば、ある意味で与党体制は万全なのである。今回の都議選はそのことを改めて再確認させたと言えよう。
 都議選から一夜明けた7/5、小池都知事は早速、自民党の二階幹事長、公明党の山口代表と相次いで面会し、今後も都政への協力を要請し、共に手を携えていく姿勢を示し、二階氏は、「小池氏はよくやっている」と賛辞を呈している。互いに持ちつ、持たれつなのである。
 自公と都民ファーストに違いはあれど、その緊縮政策・規制緩和路線=新自由主義路線、社会保障縮小路線では同一なのである。ただし、オリンピックとパンデミック対策では、補完しあいながらも、いずれがイニシアチブをとるかで争われ、自公は後手後手に終始したのに対して、小池知事側は、最終盤、菅政権側のオリンピック各会場最大1万人「有観客」路線に対して、「無観客」路線を対置した。しかも小池知事は過労で入院、選挙終盤で公務復帰、最終日に酸素ボンベを傍らに置き、都民ファーストの応援回りをして巻き返しを図ったのであった。
 新型コロナウイルス感染危機の再拡大とオリンピックを直前に控えた今回の選挙で、自民・公明与党政権は、その後手後手、ワクチン不足、失策の連続に都民から明らかに「ノー!」を突き付けられたのである。都民ファーストも同罪であるのだが、小手先でかわしたにすぎないものであった。しかし、菅政権にとっては今回の都議選の結果は大きなダメージであり、今秋の衆院解散・総選挙を目前に控えて、「菅首相では選挙の顔にはならない」との危機感が自民党内に拡がり出したのも当然であろう。

<<これを「歴史的快挙」「勝利」というのか>>
 東京都議選の党派別得票数と得票率は、以下の通りである。
                 得票数  得票率 前回得票数 得票率
 自民 1,192,796   25.69%      1,260,101     22.53%
 都民 1,034,778   22.29%      1,884,029     33.68%
 公明    630,810   13.58%          734,697    13.13%
 共産    630,158   13.56%          773,722    13.83%
 (ここでは立憲民主党は前回と比較できないので省いている)

特徴的なのは、いずれの党も得票数を減らしている。しかしこの得票数の減少は、投票率が前回(2017年)より8.89ポイント低い、42.39%で、過去、2番目に低い投票率であったことからすれば当然とも言えよう。
 しかし、得票率の減少は、それぞれの党の現時点での票を獲得する力の明らかな減少を示している。自民、公明両党は、得票率を上昇させているのに対して、都民ファーストと共産党は得票率を減少させているのである。
 ところが、7/6付け・しんぶん赤旗は「4日投開票された東京都議選(定数127)で日本共産党は現有18議席を確保し、1議席増の19議席を実現しました。3回連続の前進は1965~73年以来、ほぼ半世紀ぶり。「歴史的快挙」(志位和夫委員長)となりました。」と報じている。今回選挙時18議席で「1議席増」と言うが、前回も19議席獲得していたという事実を報じていないのである。議席数現状維持、得票数、得票率とも減少している現実を直視していないのである。共産党の指導部はなぜこんな姑息な報道や評価をするのであろうか。
 評価されてしかるべきなのは、立憲民主党の大幅な躍進であり、これに大いに貢献した共産党の「野党共闘」路線なのである。立憲民主党は、現有8議席から15議席に大幅に議席を増やしたのである。
 立憲民主党の安住国対委員長は7/5、国会内で記者団に、同党が15議席を獲得した東京都議選では共産党との候補者一本化が奏功したとの認識を示し、一方、国民民主党の候補4人が全員落選したことを踏まえ「リアルパワーは何なのかを冷静に見なければ」と指摘し、共産との協力を強く否定してきた国民や連合東京に苦言を呈している。
 問題は、この「野党共闘」、まだまだ不完全で、それぞれの「住み分け」や「取引き」に終始していたり、「野党と市民の共闘」と言いながら市民不在、既成幹部間のなれ合い、もたれあいで有権者の期待にまともに応えていないことである。港、西東京、南多摩などの選挙区では、野党共闘さえ成立せずに共倒れとなっている現実がある。
 こうした厳しい現実こそが、自公・都民ファーストの跳梁・跋扈を許しているのであり、それを克服する、野党共闘、統一戦線の路線こそが要請されていると言えよう。
(生駒 敬)
カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 統一戦線論 | コメントする

【投稿】米・英・日:対中・対ロ軍事挑発の危うさ--経済危機論(54)

<<バイデンのイラク・シリア空爆署名>>
 6/27、米軍がF-15とF-16戦闘機を使って、イラクとシリアで行った最新の空爆は、バイデン政権がトランプ前政権よりも危険な軍事挑発戦略、緊張激化路線に乗り出した可能性を示唆している。
 米国防総省のカービー報道官によると、この空爆はバイデン大統領の指示により行われたもので、米軍は、イランの支援を受けた民兵組織が同地域の米軍関係者や施設に対する無人機攻撃を行うために使用している「シリアの2カ所、イラクの1カ所にある作戦・武器保管施設」を攻撃したという。「今晩の空爆で示されたように、バイデン大統領は米軍関係者を守るために行動することを明確にしている」とし、バイデン政権は、この空爆をあくまでも「防衛的」なものとして正当化している。しかし、問題は、この空爆がイランとの核取引を復活させるための交渉の最中に実行されたことである。強硬派と言われるイランの次期大統領ライシ氏が対米交渉に前向きであるにもかかわらず、トランプ前政権が2018年に破棄した「共同包括行動計画(JCPOA)」の復活交渉を棚上げ、あるいは放棄し、イランに対する壊滅的な制裁を強化する「最大限の圧力」作戦、つまりはトランプと同じ路線、より危険な路線に傾斜しだした可能性である。
 米国は、イラクに約2,500人、シリアに約900人の兵士を駐留させているが、いずれも違法な駐留である。米軍のイラク駐留は、2003年の違法な侵略以来の違法な駐留の継続、昨年のイラク政府の要請による退去を拒否して居座っているに過ぎないものであり、シリアにはシリア政府の許可なく違法に駐留しているものである。したがって、違法な駐留米軍には、そもそも「防衛的な行動をとる」権利など存在しないのである。バイデン政権が今回の空爆に使っている法的正当性など、根拠なしなのである。
 当然、イラクのムスタファ・アル・カディミ首相は、今回の米軍の空爆に対して、即座に「昨夜、イラクとシリアの国境にある施設を標的とした米国の空爆を非難する。これは、すべての国際条約に従って、イラクの主権とイラクの国家安全保障に対する露骨かつ容認できない侵害である」と非難し、バイデン政権にとっては予想外の手厳しい批判を招き、大きな溝を作ってしまったことである。
 シリアへの空爆では、住宅が爆撃され子ども1人が死亡し、少なくとも3人が負傷したという。直ちに、子どもや民間人が殺害されたことに対する報復として、デリゾール州にあるシリア最大のオマール油田に居座る米軍基地に対して少なくとも8発の「未知のグループによる」ロケット攻撃が実行されている。
 バイデン氏の空爆は、明らかに中東に新たな緊張激化のエスカレートを招いているのである。
 バイデン政権にとってさらに問題なのは、バイデン大統領が、議会の承認を得ずに空爆に署名したことである。この空爆の2週間前、6/17、米下院は、イラク戦争の開戦を承認した2002年の「軍事力行使権限承認(AUMF)」を廃止することを賛成268・反対161で可決したばかりであった。この歴史的に意義深い投票には、少なくとも49人の共和党議員も賛成に回っている。米憲法は、議会に宣戦布告の権限があると定めているが、AUMFにより、大統領に権限が委譲され、20年近くにわたって、民主・共和両党の大統領が軍事行動を正当化する根拠となってきたその根拠法の廃止が可決されたばかりのこの時期に、バイデン大統領は議会に諮ることなく、空爆に署名したのである。民主党のイルハン・オマール議員が、「このような暴力と報復の絶え間ないサイクルは、失敗した政策であり、私たちの安全を高めるものではありません。議会にこそ戦争権限があり、いかなるエスカレーションの前にも議会に諮られるべきなのです」と述べるのは、当然なのである。バイデン政権は、明らかに危険な道に踏み出しつつあると言えよう。

続きを読む

カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 経済危機論 | コメントする

【投稿】米英露の間に嵌る菅政権

6月中旬、ロシア太平洋艦隊はハワイ近海で、ミサイル巡洋艦など水上戦闘艦6隻のほか給油艦、病院船、さらにはカムチャッカ半島の基地から対潜哨戒機も参加する大規模な軍事演習を行った。
ハワイにこれだけの「敵性艦隊」が接近するのは、真珠湾攻撃の日本海軍以来のことである。今回ロシア艦隊はホノルルから約60キロにまで接近(日本の空母機動部隊は約350キロ)したが、実際演習のシナリオには「敵空母や陸上基地への攻撃」=「真珠湾攻撃」が想定されていた。
これに対してアメリカ軍はオアフ島からF22戦闘機を緊急発進させ警戒にあたり、さらなる接近に対してはイージス駆逐艦3隻を急派し監視を続けている。
これまでアメリカは太平洋海域においては対中国に傾注していたが、今回ロシア軍が長距離遠征能力を立証したことで、より困難な事態に直面することとなった。
今回の演習は6月16日のジュネーブでの米露首脳会談の前後に行われたが、対露強硬姿勢を崩さないバイデンに対するプーチンの回答である。米露首脳会談については、バイデンが対中露2正面作戦を回避するためなどと言われているが、実際は「真珠湾攻撃」に続き欧州でも緊張が激化している。
極東に向かうイギリス空母打撃群(CGS21)から2隻が分離して黒海に入ることは先の投稿で指摘したが、その一隻である英駆逐艦「ディフェンダー」が6月23日、クリミア半島沖でロシア領海を侵犯した。これに対しロシア軍機と国境警備隊艦船が爆弾投下と警告射撃を実施、イギリス艦は領海を離れたが、ロシア側は監視を続けている。
黒海では1988年にソ連艦艇が領海侵犯したアメリカ巡洋艦に体当たりを敢行したが、今回の砲爆撃はそれ以来のコンフリクトである。今後米艦を含むCGS21が極東に近づけば、ロシア太平洋艦隊が中国海軍と共同して反応することも考えられる。
ロシアは北方領土近海で日本漁船の拿捕や、択捉島での爆撃演習、さらには6月23日からはサハリンを含む地域で大規模軍事演習を開始するなど「非友好的」行動を頻発している。
これに対し菅政権は形式的な抗議を行うのみで依然として静謐を保っているが、米英の対応次第ではアジアでの対露緊張がさらに激化する可能性が高い。米英から共同歩調を求められれば、対中国で手一杯の菅政権は窮地に追い込まれるだろう。(大阪O)

カテゴリー: 平和, 政治, 歴史 | コメントする

【投稿】G7への対案:ワクチンサミット--経済危機論(53)

<<「ワクチン・アパルトヘイトに終止符を」>>
 6月18~21日の4日間、プログレッシブ・インターナショナルが主催する「ワクチン・国際主義・サミット」がオンライン形式で開かれた。
 プログレッシブ・インターナショナル(PI)は、2020年9月に、元ギリシャ蔵相のヤニス・バルファキスを中心とする欧州民主化運動(DiEM)と米民主党上院議員サンダース氏を中心とするグループが世界政治の再構築を目指して結成した国際主義的連帯の組織である。

 開会にあたって、サミット共同コーディネーター・PIインドのバーシャ・ガンジコタ氏が、「全世界で投与されたワクチンの85%は、高・高中所得国で投与されていますが、一方、低所得国で投与されたワクチンは、わずか0.3%です。このままのペースでは、接種に57年間もかかることになり、パンデミックは南半球を襲い、全世界が非常に脆弱な状態に陥り、このウイルスがさらに殺人的な変異を遂げる危険性にまで至るワクチン・アパルトヘイトを緊急に克服する必要があります。国家、機関、企業、国民が一丸となって、ナショナリズムからインターナショナリズムへ、競争から協力へ、慈善から連帯へと移行する必要があります」と、述べている。

 このPIが組織する今回のサミット(Summit for Vaccine Internationalism)には、アルゼンチン、メキシコ、ボリビア、キューバ、ベネズエラの各国政府と、ケニアのキスム、インドのケララの各地域政府が参加し、20カ国の政治指導者、医療従事者、ワクチンメーカー、公衆衛生の専門家らとともに、ワクチン・アパルトヘイトに終止符を打ち、ワクチンの国際化を進めるための具体的な行動について話し合い、パンデミック危機を食い止め、医薬品の生産と流通を加速させるために必要な5つの主要分野でのコミットメントが確認され、発表された。発表に当たりPIは、「このサミットは単なる話し合いの場ではありません。先進国G7サミットが見つけられなかった、見つけようとしなかったパンデミックを終わらせるための真剣な計画である」と述べている。
 なお、企業では、ブラジルのワクチン接種を主導するブラジル国営メーカーのフィオクルス社、100カ国以上に進出し、年間売上高6億ドルを誇るインドのメーカーのヴィルヒョ・ラボラトリーズ社、自発的または強制的なライセンス契約を求めるカナダのバイオリース社、キューバの国営メーカーのバイオファルマキューバ社の4社のワクチンメーカーが参加した。
 バーシャ・ガンジコタ氏は、PIは「国際主義の原則に基づいて同盟を拡大したい」と考えており、中国の参加を歓迎すると述べている。

続きを読む

カテゴリー: 新型コロナ関連, 生駒 敬, 経済, 経済危機論 | コメントする

【投稿】米ロサミット:武力紛争・核戦争リスク低減への「対話」--経済危機論(52)

<<期待されていなかった打開策>>
 6/16、スイス・ジュネーブで行われたバイデン米大統領とプーチン露大統領との首脳会談は、ロシアのラブロフ外務大臣と米国のブリンケン国務長官、および通訳のみが出席する中、約90分間、休憩を挟み、その後の拡大したセッションを含めて全体では約3時間の短い会談であった。
 それでも両大統領は、今回の首脳会談に関する共同声明の中で、「米露は、緊張状態にあっても、戦略領域における予測可能性を確保し、武力紛争のリスクと核戦争の脅威を低減するという共通の目標に向けて前進できることを示した」と述べ、さらに「今回の新START条約の延長は、核軍備管理に対する我々のコミットメントを象徴するものである。今日、私たちは、核戦争は勝つことができず、決して戦ってはならないという原則を再確認しました。これらの目標に沿って、米国とロシアは近い将来、二国間の戦略的安定性に関する統合的な対話に着手します。この対話を通じて、将来の軍備管理とリスク軽減のための基礎を築くことを目指しています。」と述べている。
 会談の詳細は明らかにされていないが、両者は、核合意、ウクライナでの紛争、北極圏の競争、サイバーセキュリティ、人権、経済関係など、さまざまなトピックを扱ったという。それぞれの諸問題に関して、「戦略的安定性」を回復するためにさらに高レベルの議論が行われることも明らかにした。結果として、3月に断絶された大使関係が回復すること、新戦略兵器削減条約は2024年まで延長される予定であること、軍備管理とランサムウェア攻撃に対処するための二国間作業部会が設けられることが明らかにされた。
 首脳会談の2日前、6/14、プーチン氏は公開された米NBCのインタビューで、米国のインフラへのロシアからのサイバー攻撃が激化しているという告発を「茶番劇」と断じ、「証拠はどこにあるのでしょうか? 我々は、選挙妨害やサイバー攻撃など、あらゆる種類のことで非難されてきたが、一度も、何も、何らかの証拠や証明を提供されていません。」、ごく最近もモスクワが高度な衛星照準技術をイランに移転する準備をしているという主張についても、「もう一度言うが、これは私の知らない、ただの偽情報である。この情報をあなたから聞いたのは初めてだ。私たちにはこのような意図はありません。それに、イランがこの種の技術に対応できるかどうかもわかりません」、次に、食肉加工工場に対するサイバー攻撃、次はイースターエッグが攻撃されたとでも言うのでしょう。まるで茶番劇のように、終わりのない茶番劇が続いています。」とこれらの告発を明確に拒否している。さらにNATOについては、「私は何度も『これは冷戦の遺物だ』と言ってきました。冷戦時代に生まれたものです。なぜ今も存在し続けているのか、私にはよくわかりません」と述べ、インタビューの中で、米露関係がここ数年で「最低の状態」にあることを認めていたのであった。NBCは、6月16日の首脳会談では、「双方ともにどのようなレベルの打開策も期待していないようである」と結論付けていたのであった。

<<米メディアの失望>>
 一方、バイデン米大統領は、同じ6/14、ブリュッセルで開催されたNATO首脳会議の最後に行われた記者会見で、「これだけは言っておこう。プーチン大統領が望めば、我々が協力できる分野があることを明らかにするつもりだ。 もし、プーチン大統領が協力しないことを選択し、サイバーセキュリティやその他の活動に関して過去に行ったような行動をとるならば、我々はそれに対応する。」と述べ、プーチンを「立派な敵」であり、「価値ある敵」だと断じていた。だからこそ、軍産複合体・軍需資本の利益を代表して、バイデン氏は就任以来、ロシアに様々な制裁を加え、ロシアの外交官を追放し、ウクライナに軍事物資を送り、黒海に軍艦を航行させ、NATOの行動のほとんどは、「ロシアの侵略」に対する報復として組み立てられてきたのであった。NATO首脳会議の後、バイデン氏は、ロシアからの疑惑の活動が続けば対応すると脅し、大西洋同盟を守ることや民主主義の価値観のために立ち上がることを怠らないと」と述べていたのであった。
 しかし会談の結果は大いに異なったものとなった。

 バイデン氏は、プーチン大統領は「とても建設的だった」と述べ、「指導者同士が直接対話することに代わるものはありません。2つの強力で誇り高い国の関係を管理するユニークな責任がある」と付け加え、プーチン氏は、「バイデン大統領は「積極的かつ繊細で経験豊かなパートナー」であり、「敵意は全くなかった。我々は原則的な立場は異なるが、双方が互いを理解する意欲を示したと思う。とても建設的な会談だった」と述べている。本来そうであるし、もっと以前からそうあるべきであったのである。

 しかし、収まらないのはトランプ前大統領であった。6/16夜にFOXのショーン・ハニティに「我々は何も得られなかった。我々はロシアに非常に大きな舞台を与えたが、何も得られなかった」と会談をこき下ろし、とりわけ、ロシアが建設中の天然ガスをEUに輸送するノルドストリーム(Nord Stream )2・天然ガスパイプラインプロジェクトへの制裁をやめさせたバイデン氏を攻撃、バイデンのエネルギー政策が「ロシアをとても豊かにする」と怒りを露わにしている。バイデン氏は、ノルドストリーム2制裁は「ヨーロッパとの関係において逆効果である 」として放棄したのであった。
 もう一つ収まらないのは、バイデン氏がプーチン氏を睨みつけて「勝利」するとまで報じて、それを期待していた米主要メディアであった。バイデン氏は「気が散るから」という理由でプーチン氏との共同記者会見を嫌がり、単独記者会見を選択したのであるが、プーチン氏やロシアに対して予想以上に友好的で融和的なバイデン氏の姿勢に、記者たちの質問が殺到、振り切って壇上から立ち去ろうとする際に、CNNの女性記者にキレてしまって、「一体…君は一日何をしているんだ? それがわからないのなら、君は仕事が間違っている」と怒鳴り散らし、ジュネーブ出発直前に侮辱的発言を謝罪している。
 トランプ氏の失望、米主要メディアの失望は、まさに現在直面している米欧日主要資本主義諸国が直面している政治的経済的危機の直接的反映とも言えよう。バイデン氏は、こうした危機を醸成してきた新自由主義からの転換点に位置しているからこそ、その矛盾に満ちた政治的経済的政策が問われており、その中途半端な姿勢が問われているのだと言えよう。
(生駒 敬)
カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 経済危機論 | コメントする

【投稿】G7:コロナ・気候危機に対処不能を露呈--経済危機論(51)

<<「バケツの一滴」>>
 6/13、英南部コーンウォールで開かれていた先進国G7(グループ オブ セブン)サミット閉会式で発表された公式コミュニケは、「現状を変更し緊張を高める、いかなる一方的な試みにも強く反対する」と名指しは避けながらも中国を牽制し、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」とする首脳宣言を採択して閉幕した。しかし、米国と欧州は中国に対する戦略的利害関係が大きく異なっており、バイデン政権が主導した中国およびロシアに対する敵対的・冷戦的対決志向に対しては、ドイツ、イタリア、EU首脳が反対し、コミュニケは「中国と世界経済における競争に関して、我々は、世界経済の公正で透明な運営を損なう非市場的な政策や慣行に挑戦するための集団的なアプローチについて、引き続き協議する」と、きわめて妥協的なものにならざるを得なかった。中国の「一帯一路構想」に対抗するインフラ建設計画(Build Back Better World より良い世界を築く B3Wイニシアチブ)に至っては、その具体的概要さえ示すことはできなかったし、その意欲さえ疑問視される程度のものであった。

 一方、世界中が深刻な危機に見舞われている新型コロナウイルスによるパンデミック危機に対しては、G7はその無力さ、リーダーシップのなさをさらけ出してしまった。アメリカは5億回分のワクチンを世界に提供することを「約束」し、G7全体としては、途上国などに10億回分のワクチン提供を表明したものの、実際に新たに公約された分は6億1300万回分にとどまるものでしかなかった。6/12、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、パンデミック収束には世界人口(約80億人)の7割の接種、110億回分が必要だと表明していたが、その10分の1以下なのである。ワクチン接種を必要としている何十億人もの人々にとっては「バケツの一滴」に過ぎないと批判される事態である。

 変異ウイルスが次から次へと出現し、収まりかけていたものが、さらに世界中に広がるにつれ、すべての国、地域が守られない限り、収束などありえないということが誰の目にも明らかになってきているにもかかわらず、「世界の救世主」を装ってもこんな程度の対処能力しか持ち合わせていないのである。

続きを読む

カテゴリー: 政治, 新型コロナ関連, 生駒 敬, 経済, 経済危機論 | コメントする

【書評】『泉佐野市税務課長975日の闘い』

【書評】『泉佐野市税務課長975日の闘い』
       (竹森 知著 2021年6月 文芸社 1500円+税)

                              福井 杉本達也

1 国有化に対するリベンジとしての「関空連絡橋利用税」

「泉佐野市税務課長975日の闘い ミッションインポッシブルー関空連絡橋に課税せよ!」という「国に楯突く」タイトルは、「お上」意識の強い我が国にあってはあまりにも刺激的だ。周知のように、2020年6月、泉佐野市は「ふるさと納税」でも「国と喧嘩し」総務大臣を訴え最高裁で勝訴している。

関西国際空港はバブル絶頂期の1987年に埋め立て工事が着工し、バブル崩壊後の1994年に開港した。泉佐野市は開港に合わせるべく、空港関連地域整備や区画整理、鉄道高架事業、りんくうタウン関連など多くの施設整備を短期間で進めたが、景気低迷や地価下落により、あてにしていた空港関連税収が大きく下回った事から、財政状況が厳しくなった。2004年3月に「財政非常事態宣言」を出し、内部管理経費の節減や人件費など経費削減、受益者負担など緊縮施政を行ったものの、平成20年度決算では連結実質赤字比率が約24%と早期健全化基準(17.44%)を超過し、2008年に財政健全化団体となった。

泉佐野市に限らず、1990年前後は全国の自治体がバブルに浮かれていた。地域総合整備事業債(チソーサイ)というものがあり、元利償還に要する経費について、後年度に財政力に応じてその30~50%が基準財政需要額に算入されるという自治省(現総務省)の甘い言葉に踊らされて、各自治体は競ってハコモノを建設した。結果、財政難に陥る自治体が続出した。

本書は市が財政健全化団体となっていた2010年、著者が税務課長に就任した時点から始まるが、泉佐野市は2010年2月に策定した財政健全化計画の中で、各種事業の見直しや遊休財産の売却、企業誘致の推進などに取り組むとともに、人件費の削減なども行った。2013年度決算で財政健全化計画を達成し、2015年度決算で早期健全化団体から脱却した。その中でも大きかったのが「関空連絡橋利用税」であった。

「関空連絡橋利用税」は泉佐野市にとっては「『国有化に対するリベンジ』『減収補填のための税』」であり、「関空連絡橋の国有化が発表されてから丸5年。失われた税収を回復するための戦いだった」。著者はあとがきで「平成25(2013)年3月30日午前0時に徴収が始まりました。ほとんどの自動車はETCで通行しますから、『関空橋税 100円』が取られていると気付かない利用者が多かったことでしょう」と課税当日の緊張を振り返るも、時が経つにつれ、税務課長として、「国の経済施策に影響を与える税で地方財政審議会に呼ばれたこと」「道路通行者から税を徴収することは関所の復活で、明治維新以来約140年ぶり」などの、「歴史的事件に関わったとの思いが生まれ」たとし、「関空連絡橋の国有化に物申し…関空連絡橋に税金をかけるまでの道程」は、千代松市長は「『新しいものは無理難題から生まれる』」としたが、「空港連絡橋利用税は無理難題の連続で、私にとってはミッションインポッシブルでした」と975日の闘いを締めくくった。

2 「ふるさと納税」を巡る最高裁判決

ところで、泉佐野市は「ふるさと納税」でも国(総務省)と最高裁まで争った。市は「返礼品は寄付額の3割以下、地場産品とする」という総務省の「助言」に従わず、通販大手のギフト券などを上乗せして寄付を大々的に集めた。「ふるさと納税」とは、どの自治体にでも、例えば10万円寄付すれば9万8千円が減税になる。所得の高い層はどんどん寄付する。当然、自治体は寄付を集めようとして返礼品競争をエスカレートさせた。国は自治体間の返礼品競争を煽る最悪の制度を作ってしまった。仕方なく 、総務省は問題行為があれば除外できるように地方税法を改正した上で、泉佐野市を施行前の行為を理由に除外した。これは関与の法定主義、法の不遡及に反するものである。最高裁は泉佐野市勝訴の判決を下したが、「本件の経緯に鑑み、上告人の勝訴となる結論にいささか居心地の悪さを覚えた」とする補足意見があった。片山善博元総務相は、裁判の結果を「非常識と違法の戦いです。そうなると、違法の方が負けるのは当然です」と辛口の批評をした(福井:2020.7.19)。

3 「法定外普通税」としての核燃料税との対比

法定外普通税の一つに、原発立地道県が事業者に課税する「核燃料税」がある。「福井県は全国に先駆けて1976年から条例に基づき徴収している。条例は5年ごとに更新。2011年の改定で『出力割』を初めて導入し、原発が停止していても税収を安定的に確保できる…16年度には使用済み核燃斜の県外搬出を促す『搬出促進割』を導入した」(福井:2021.6.3)。核燃料税は、県や市町村が独自に課税できる法定外普通税の1つに位置付けられる。ただ、当時は国の許可(現在は同意)が必要だった。福井県は、一部の原発が建設時期の関係で電源三法交付金の対象から外れることとなり、核燃料税はこの救済策として許可された。今は全国の原発立地道県で課税しているが、発足当初は「核燃料税は福井県だけの特例です」と当時の自治省担当者から告げられたという(福島民報:2011.12.26)。

福井県は今回、この核燃料税の税率を引き上げる。「原発内での貯蔵が5年を超える使用済み核燃料に課税する『搬出促進割』を重量1キロ当たり年千円から1500円」に上げるものである。「原発のプールにたまり続けている使用済み核燃料の県外搬出を促すのが目的」で、「中間貯蔵施設の県外立地地点の確定時期をお年末までに先送りした問題もあり、県外搬出に向けた努力をより促したい考え」(福井:2021.6.3)だというが、税収は11億円増えるが、建設から40年超経過し、テロ対策施設も未完成で安全性に疑問のある、関電美浜3号機を6月23日から10月25日(テロ対策施設期限)までのわずか4カ月間の再稼働に知事同意することの引き換えとしてはあまりにお粗末である。

そもそも、法定外普通税は、税収の隙間にあるものに課税するものであり、税源の幅は非常に狭く、「無理難題の連続」ではあるが、国に楯突いてでも勝ち取るものか、住民の生命財産を売ってでも国に従い、関電には愚弄されても、おこぼれをもらうものなのか。地方自治をどう考えるのか、泉佐野市の「関空連絡橋利用税」課税をめぐる経緯を書き綴った本書は一読の価値がある。

カテゴリー: 分権, 原発・原子力, 書評, 杉本執筆 | コメントする

【書評】『白い土地—–ルポ福島「帰還困難区域」とその周辺』

【書評】 『白い土地—-ルポ福島「帰還困難区域」とその周辺』
   (三浦英之著、集英社クリエイティブ、2020年10月、1,800円+税)

 東京電力福島第一原発の事故後に、放射線量が極めて高く、住民の居住ができない「帰還困難区域」が指定された。しかしその中で2010年代後半に、「特定復興再生拠点区域」(国が積極的に除染して2023年までに避難指示を解除する=住民が住めるようにする区域=「還れる」区域)とされる地域が新たに定められた。
 《白・地》(しろ・じ)とは、これ以外の地域、つまり将来的にも住民の居住がまったく見通せない地域=「還れない」区域=約310平方キロメートルを指す行政用語である。
 本書は、この地域に焦点を当て、そこで生き抜く人々の様々な局面を切り取るレポートである。前著『南三陸日記』(2019年、集英社文庫・・・本誌2020.1.23付に掲載した)でも見られたが、個人の生活・体験という小さな切り口から、日本社会の大きな流れが見えてくる。
 中でも注目されるべきは、本書の第五~七章(「ある町長の死Ⅰ~Ⅲ」)での、原発の北西部に隣接する浪江町の馬場有(たもつ)元町長(2018年6月27日死去)へのインタビューであろう。馬場は震災前の2007年に町長に就任し、その後の原発事故や6年に及んだ全町避難の対応に当たった当事者であった。その浪江町は「悲劇の町」と呼ばれる。
 「町内に原発が立地していないにもかかわらず、原発の爆発事故によって巻き上げられた大量の放射性物質を含んだ雲(プルーム)が浪江町内を縦貫するかのように北西方向へと流れ、(略)町域全体が極度に汚染されてしまった。国や福島県は当時、それらの雲の流れを事前に察知していたが、その情報は浪江町には伝えられず、町は結果的に──あるいは悲劇的に──町民をあえて被曝する危険性のある地域へと避難させてしまった」。
 その馬場はかつて原発推進派であった。
 「『決して馬場さんだけじゃないんです』と馬場の死後、町長の椅子に座った吉田数博は(略)言った。『過去のすべての町長が皆、ここまで原発の「安全神話」に漬かっていました。立派な公共施設などで絶えず財政的に豊かな隣の立地自治体と比較される。原発を欲するのは、いわば「原発周辺自治体」の宿命なのです』」。
 しかしその馬場は、原発事故後2カ月も遅れて福島県の担当者が「SPEEDI(緊急時迅速放射能予測ネットワークシステム)」の拡散予測を浪江町に伝えなかった事実の報告を受けて、謝罪する担当者に向かって詰め寄る。
 「放射能の汚染予測がわかっていたら、私は決して町民を津島地区(註:浪江町北西部)には逃がさなかった。あのとき、避難所の外ではたくさんの子どもたちが遊んでいた。あなた方の行為は、あるいは『殺人罪』に当たるのではないですか──」。
 また東京電力の幹部が、避難先である二本松市東和支所の仮役場を訪れたときである。
 「どういうことなのか、まずは説明してください」と馬場は爆発しそうな憤りを抑え、ひとまず相手の言い分を聞こうとした。「東京電力と浪江町は通報連絡協定を結んでいた、それはご存じですよね」/「はい」/「それなのに原発事故が起きたとき、東京電力からは浪江町に何一つ情報が寄せられなかった。結果、我々は震災の翌日に急きょ避難を強いられ、まだ沿岸部に残っていたかもしれない町民の救助にあたれなかった。その責任を、あなた方はどのようの考えておられるのでしょうか」。
 しかし埒が明かないので馬場は、取りあえず避難所の寒さを防ぐための暖房器具の寄贈を東京電力に要請した。その話を聞いて随行していた東電社員が書面を取り出して幹部に渡そうとした、その時、書面が社員の手から滑り落ちて馬場の足元にはらりと落ちた。
 その書面を拾って見たとき、馬場は体中の血液が沸騰していくのがわかった。/《ストーブ=大熊町、双葉町四〇台、浪江町五台・・・》/(略)/「あなた方はいつだってそうだ」と馬場は抑えきれない怒りをかみ殺すように震えながら言った。「原発が立地している地域にしか意識が向かない。今回の事故の最大の被害自治体は大熊町や双葉町じゃない。双葉軍最大の人口二万一〇〇〇人を抱える、わが浪江町ではないのですか──」。
 原発推進派であった馬場が、事故と町民避難の現実に直面して吐露した言葉である。この後馬場は死の直前まで奮闘するが、2017年2月には避難指示解除に伴う町民の帰還に関する苦渋の決断をする。しかし「避難指示の解除から半年で町に帰還した人はわずかに約三八〇人。町内にはスーパーや病院はなく、新設された小中学校への入学希望者は一〇人に満たない。帰還住民のうち少なくない人が『こんなことなら戻らなかった』と嘯き、その不満の多くは今、馬場町政への批判となって町役場に寄せられている」。
 ここに政府、福島県、東京電力を信じてその政策に振り回された首長の軌跡が記されている。
 本書ではさらに、浪江町では実は震災が起こる直前には土地買収がすでに98%まで完了していた「東北電力浪江・小高原発」計画があった──町議会が誘致運動を展開していて、震災がなければここには原発が建設されるはずであった──ことが語られる。この土地はその後どうなったか。
 「東日本大震災後、浪江・小高原発の建設計画を撤回に追い込まれた東北電力は、『用済み』となったその広大な土地を浪江町に無償で寄付し、その後、原子力行政の失敗による損失を償うかのように経済産業省が国の水素製造施設の建造計画を立てていた」のである。
 そしてここには2020年3月「フクシマ水素エネルギー研究フィールド」(FH2R)が開所し、水素燃料の製造施設が建設された。同じ3月、浪江町は「ゼロカーボンシティ」を宣言する。そして本年3月25日、この水素燃料を灯した聖火リレーが駆け抜けたのである。浪江町のホームページにはこの記事が誇らしげに掲載されている。
 あまりの不条理に言葉もない。しかしそこには厳然と資本の論理が貫かれている。
 本書の最終章では、こう語られる。
 「東京は次なるオリンピックの開催を機に過去を拭い去り、再興に向けて勢いよくスタートダッシュを切るだろう。あるいはこのままオリンピックが開かれなかっとしても、何かまた別のイベントを作り出し、『成功』を演出するに違いない。(略)でも福島はきっと東京のようには前に進めない。拭い去ることのできない、あまりに多くのものをすでに抱え込み過ぎているからだ。それは廃炉作業が思うように進まない壊れた原発であり、帰還の見通しが立たない《白地》と呼ばれる帰宅困難区域であり、癒えることのない人々の心の痛みだ」。(R)

カテゴリー: 原発・原子力, 書評, 書評R | タグ: , | 【書評】『白い土地—–ルポ福島「帰還困難区域」とその周辺』 はコメントを受け付けていません

【書評】『9条の戦後史』

【書評】『9条の戦後史』

加藤典洋著 2021年5月 ちくま新書 1,300円+税

                          福井 杉本達也

1 はじめに

2019年5月に亡くなった文芸評論家の加藤典洋の「遺著」である。加藤の生前最後の著書となったのは創元社から刊行された『9条入門』である。本書は「その続編に相当する部分とし書かれていた未定稿を整理し、新たに表題を付したものである」「『9条入門』と『9条の戦後史』は、当初、ひとつながりの全体として執筆されていた。」「原『9条入門』は、分量の長大さもあって、一度に刊行することが難しく、その前半にあたる部分のみがまず」刊行された。「残りの部分の草稿について、加藤は当然、独立した一冊の著作として世に問う意志を持っていたが、生前には実現できなかった。未定稿でるあることもあり、しばらく刊行のめどが立たなかった」が、矢部宏治氏らの協力により刊行されることとなったものである」(野口良平「『はじめに』に代えて」)。

2 9条と日米安保の相補性の問題化

加藤は、1960年の安保闘争が「岸退陣と次の池田内閣の高度成長政策に道を」開き、「戦前の文脈から戦後型の文脈への転換点、折り返し地点があった」とする。池田内閣は対米従属路線を堅持し、「再武装の要求には極力抵抗」しつつ、「国内の健全な経済成長を最優先する」「経済的にナショナリズムの心的要求を満足させる新しい護憲的立場」を作り上げた。「そこから生まれてくるのが自衛隊の『解釈合憲』論、日米安保の統治行為論を介した合憲論で、以後、憲法9条と日米安保は『棲み分け』、共存するように」なる。こうして、「日米安保条約に基づく体制を是認しながら」なおかつ、「憲法9条の戦争放棄の理念を支持する」という、「それ自体大いに矛盾を抱えた新しい国民層が」現れてきたとする。しかし、「これは同時に、アメリカに日本が従属しているという事実が、隠蔽され、意識されなくなり、空気のような存在に変わっていく過程でもあった」(同時に、米軍基地の沖縄に集中する過程でもあった)とする。 続きを読む

カテゴリー: ソ連崩壊, 平和, 政治, 書評, 杉本執筆, 歴史, 社会主義 | コメントする

【投稿】米・イスラエル「自衛」の名による戦争犯罪--経済危機論(50)

<<「これが戦争の代償だ」・殺害された67人の子どもの写真>>
 5/27、イスラエルの新聞「ハーレツ」(Haaretz)紙が、「これが戦争の代償だ」と題して1面表紙に、イスラエル軍の猛爆撃によって殺害されたパレスチナ人の子ども67人全員の写真と体験談を掲載した。前例のない事態である。これまでイスラエルの主流メディアはイスラエル軍の軍事作戦やイスラエル政府の暴力的人種隔離政策によるパレスチナ人の犠牲者を報道してこなかったことからすれば、「大胆な行動」だと見なされている。イスラエル国内の組織やメディアがイスラエル軍の攻撃による人的被害を公表しようとすれば弾圧し、抑え込まれてきたことからすれば、確かに異例な事態である。

「これが戦争の代償だ」。イスラエルの新聞、ガザで殺害されたパレスチナ人の子ども67人全員の写真を掲載(May 27, 2021 Common Dreams

  「ハーレツ」はさらに、「イスラエルのイラストレーターがガザ紛争で犠牲になった子どもたちを追悼」と題して、イスラエルの美大生が、他のイラストレーターと協力して、命を落とした子どもたちを追悼し、自分たちの持つツールで自らの痛みを表現した追悼のイラストを大きく紹介している。ベザレル芸術デザインアカデミーのビジュアルコミュニケーション科4年生のオル・セガールは、「私は、静かで強く、物事をさらに悪化させないような方法で仕

イスラエルのイラストレーター ガザ戦争の子どもの犠牲者を追悼(haaretz. May. 27, 2021

事をしたいと思いました」、「慣れ親しんだイラストとデザインというツールを使って、兄弟愛をもってそれを行うことにしました」とハーレツに語っている。

 バイデン米大統領も強く後押しした「自衛権」の名による戦争犯罪がイスラエル国内においてさえ公然と問われ出したのである。
 圧倒的な武力、重武装の イスラエルは、アメリカ、フランス、イギリス、EUから供給された兵器  砲艦、戦車、砲弾、ドローン、F16、F35ジェットを使用して、ガザを自由に爆撃、病院や水道などのインフラまで破壊、殺害したのである。ガザにはこのような一方的な「自衛」に対抗できるような陸軍も海軍も空軍もない。それでも、ガザのハマスが率いる抵抗運動は、過去11日間で約4,000発の自家製ロケットを発射し、さらに数か月間発射し続けられる備蓄がまだあると述べている。圧倒的な軍事力格差は厳然としてあるが、ハマスを見くびっていたイスラエル軍が地上部隊を侵攻させることができなかったのも事実であろう。この11日間の戦闘の過程で、米バイデン政権は、5回の即時停戦を求める国連の提案を阻止している。しかしついに内外からの圧力によって、イスラエルは停戦に応じざるを得なかったのである。
 あくまでも一時的な停戦合意であろうが、その合意までの11日間の死亡者数を比較しただけでも、暴力とジェノサイドの一方的な本質は明瞭である。67人の子供を含め、248人のパレスチナ人が殺害されている(イスラエル側は12人、内、子ども1人)。
 国連の集計によると、6つの病院、53の学校、11のプライマリヘルスケアセンターを含む450近くの建物が被害を受け、258棟、1,000戸以上が破壊され、14,500戸が被害を受け、10万人以上が国内避難民となり、3つの主要な淡水化プラント、送電線、下水処理場が破壊されている。
 しかし、もはやこうした戦争犯罪とジェノサイド・アパルトヘイト政策を隠蔽しきれない情勢の到来と言えよう。アメリカや西ヨーロッパの政権が、中東で唯一の「自由と民主主義」の価値を代表し、体現する国として称揚してきたイスラエルが、今や「自由と民主主義」の価値を踏みにじる政権として問われ出したのである。

続きを読む

カテゴリー: 政治, 生駒 敬, 経済, 経済危機論, 統一戦線論 | コメントする

【投稿】バイデンの大嘘:イスラエルに「自衛権」--経済危機論(49)

<<メディアが報じない「自衛」の実態>>
 バイデン米大統領が、アパルトヘイト(人種差別・隔離)国家であり、パレスチナ民衆のジェノサイドを推し進めるイスラエルのネタニヤフ政権を、「自衛」という名で擁護する姿勢を明確にさらけ出してしまった。トランプ前政権よりはイスラエルに批判的姿勢を選択するかに見せていたが、米国内のネオコン勢力とイスラエルロビー、ネタニヤフ政権に踊らされ、彼らの代弁者となってしまったのである。
 アメリカの政治的経済的危機から脱出する路線転換が問われていた、あの大統領選は、いったい何のための政権交代であったのか、台無しにしかねないものである。しかしそれは、バイデン政権が大上段に掲げる、凋落するアメリカ帝国の復権を狙う、中国・ロシアとの新たな冷戦挑発戦略にとって不可欠な中近東の火薬庫に手を出す、必然的な結果でもあるとも言えよう。今、最も必要な緊張緩和ではなく、今、最も避けられるべき緊張激化路線を選択したのである。

 ことの発端は、5/7、東エルサレム旧市街、シャイフ・ジャラーフ地区のパレスチナ民衆にとっての聖地、アルアクサにラマダン月(約 1か月におよぶ断食)最後の金曜礼拝に向けて、何万人ものパレスチナ人が朝から参集しているモスクを、武装したイスラエルの警察と軍隊が包囲し、爆弾、催涙ガス、ゴム弾を発射して、襲撃したのである。

 名目は、イスラエル当局が推し進める東エルサレムの2000人に及ぶパレスチナ人立ち退き政策、シャイフ・ジャラーフに住むパレスチナ人38家族への立ち退き命令の実行である。しかしこれは、占領地への入植活動や併合を禁止し、「個人的若しくは集団的に強制移送し、又は追放すること」、「不動産又は動産の占領軍による破壊」を禁止するジュネーブ第四条約と国連安保理決議478号によって「国際法違反で無効」とされているものである。
 この無理無体を強行するイスラエル側の政策、襲撃によって、この日、300人以上の負傷者が続出、これに抵抗した人々が次から次へと拘束される事態が引き起こされたのであった。この事態を受けて、ガザ地区のパレスチナ人居住区を実効支配しているイスラム抵抗運動組織・ハマスは、午後6時までにアルアクサとシャイフ・ジャラーフ地区からのイスラエル軍・警察の撤退と、拘束されたすべてのパレスチナ人を釈放しなければ、報復が行われるだろう、とイスラエル側に最終警告を出していたのである。午後6時過ぎ、警告通りハマスはガザからロケット弾を数発発射したのであった。これこそまさに「自衛」の警告砲撃であった。イスラエル側は、待ってましたとばかりにガザ地区への激しい空爆での圧倒的報復攻撃を開始したのである。マスメディアは一切こうした経緯を報じていないばかりか、いかにもイスラエル側がやむにやまれぬ「自衛」、「自らを守る」行為にしかすぎないかのように描き出しているのである。とんでもない悪質・悪辣な行為、テロリスト国家として行動するイスラエルの人種差別と民族浄化、国際法違反の戦争犯罪を弁護しているのである。
 この事態に関連して、菅政権の中山泰秀防衛副大臣が5/12、「私たちの心はイスラエルと共にある」「イスラエルにはテロリストから自国を守る権利があります」とツイッターで投稿し、イスラエル大使館から「我々が聞きたかったことであり、感謝している」と大いに歓迎されている。5/18、参院外交防衛委員会でこのツイートを追求された中山氏は、「個人として行わせていただいている」と撤回を拒否している。しかし、これは5/11の外務省の見解「イスラエル政府当局による東エルサレムにおける540棟の入植地住宅建設計画は、我が国が国際法違反として幾度となく撤回を求めてきたイスラエル政府による入植活動の継続にほかならず、まったく容認できません。イスラエル政府に対し、その決定の撤回及び入植活動の完全凍結を改めて求めます。」「日本政府は、すべての関係者に対し、一方的行為を最大限自制し、事態の更なるエスカレートを回避し、平穏を取り戻すよう強く求めます。」と言う日本政府としての公式談話を完全に否定するものなのである。

続きを読む

カテゴリー: 人権, 平和, 政治, 生駒 敬, 経済, 経済危機論 | コメントする