【投稿】UAWスト、拡大へ--経済危機論(120)

<<「スタンド・アップ・スト」リストを拡大>>
9/23、全米自動車労組UAWの米ビッグ3自動車メーカーに対する同時ストライキが、さらに拡大されることが明らかにされた。UAWののショーン・フェイン委員長は、ゼネラル・モーターズとステランティスの20州の38施設にストライキを拡大すると発表。「すでにストライキを実施している工場は、引き続きストライキを継続する」とともに、新たに対象となった工場の労働者は、9/23正午よりストライキに入った。フェイン氏は、「GMとステランティスのすべての部品配送センターが

「スタンド・アップ・スト」リスト拡大

ストライキに入る。カリフォルニアからマサチューセッツまで、あらゆる場所でストライキを実施し、必要に応じて「スタンド・アップ・ストライキ」を拡大し続ける」と語っている。
同氏はまた、ストライキ参加者への支援を訴え、「国民はわれわれの味方であり、UAWの組合員は立ち上がる準備ができている。われわれは、友人や家族から合衆国大統領に至るまで、われわれの大義を支持するすべての人々に、ピケ・ラインに参加するよう」呼びかけている。
事実、最新の世論調査では、現在ストライキ中の自動車労働者を支持していることが示されている。9/20のロイター/イプソスの最新世論調査では、党派に関わらず有権者の58%が全米自動車労組によるストライキを支持し、民主党支持層では、72%がUAWを支持している。

ただし、このスト拡大対象にはフォードは含まれていない。フェイン氏は交渉の席で同社との前向きな「真の進展」があったと報告。それによると、フォードは2段階賃金制を断念し、利益分配の提案を13.3%に引き上げ、2009年に取り下げたインフレ連動の生活費引き上げ(COLA)を復活させ、「すべての臨時労働者のフルタイムへの即時転換」と工場閉鎖をめぐる組合のストライキ権に合意した。そのため、ミシガン州ウェイン郡にある塗装・最終組立工場以外のフォード支部はストライキ・リストに追加されなかった。「フォードではまだ終わっていないが、彼らは真剣に交渉を望んでいる」という。
しかし、「GMとステランティスでは、話は別だ」、「GMもステランティスもCOLAの復活を拒否する姿勢を崩していない」、「私たちは、彼らが正気に戻るまで部品流通センターを閉鎖する」とフェイン氏は語り、GMは、ストライキの「マイナスの波及効果」として、カンザス州フェアファックス自動車組立工場の従業員2,000人に対し、工場を閉鎖し、今週休業すると発表、ステランティスはストライキの直接の結果としてイリノイ州ベルビディア組立工場の再開提案を撤回し、イタリアではステランティスのフィアットで人員削減攻撃に出ており、労働者6000人がストライキに突入したという。

<<バイデン氏がピケラインに参加!?>>
来年米大統領選再選を目指すバイデン氏は、「労働者寄りの大統領」を自称しており、「9/26、火曜日、私はミシガン州へ行き、ピケットラインに参加し、UAWの男女と連帯する。彼らは、自分たちが創り出した価値の公正な分配を求めて闘っている。今こそ、高賃金のUAWの雇用でアメリカの自動車製造業を繁栄

させ続けるウィンウィンの合意の時だ」と語っている。「ストライキ中の労働者と連帯し、ピケットラインに参加するとなれば、これは前例のないことだ」と、民主党プログレッシブグループのジャヤパル議長は語っている。

しかし、バイデン氏は、ほんの数か月前、鉄道労働組合が、組合員全員投票でストライキを決議した際に、鉄道ストは、貨物の推定 30% と、旅客および通勤鉄道サービスのほとんどが凍結され、インフレに陥った経済を脅かすとして介入し、団体交渉権まで制限する非民主的な協定を強制し、全国的な鉄道ストライキを阻止する法案に署名して、ストライキを破棄させた張本人である。この歴史的に恥ずべきストライキ破りの行動には、民主党の進歩派議員までが同調したのであった。鉄道労働者がとりわけ求めていた安全確保要求のストライキを放棄させた、その数週間後に、オハイオ州での列車脱線事故が起きた、いや結果として安全確保がないがしろにされ事故が起こされたのであった。

ところが今回、バイデン氏は自らを労働者の友人であると自称し、経営者側に譲歩を求め、自分はUAW労働者、そして労働組合一般の側にしっかりと立っていると自己宣伝している。同時にバイデン氏は、ストライキがこれ以上大規模化、大胆化、強力化、経済への破壊的影響が大きくなるのを防ぐために、ストライキを早期に終結させることが主な目標であることも明らかにしている。

バイデン政権は、EV生産を促進するための大規模な資金計画を発表したばかりであり、それによって自動車メーカーはUAWの給与要求に適当に応じれば、連邦政府の資金を引き出し、在庫の途絶を回避し、財務上の損失を数カ月ではなく数年に分散させることができ、なおかつ、EVの製造に必要な労働力は、ガソリン車に比べて大幅に削減できる、これこそが「ウィンウィン」だというわけである。

これは当然、2024年の選挙を目前に控え、とりわけトランプ前大統領がこれまた手前勝手な「われこそが労働者の味方」面していることに対する、便宜的対処に過ぎないものでもあろう。本音は、ビッグ3資本の利益を確保し続けるために、ストライキを早期に終了させることにある。バイデン氏が現在最も恐れているのは、UAW労働者の支持拡大と戦闘性の持続である。

支持率が一向に上昇せず、揺れ動く立ち位置の変化と動揺は、バイデン氏にとって、矛盾に満ち満ちた政治的経済的危機の反映でもあろう。
(生駒 敬)

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【翻訳】「米国が好んで行使する手段:世界的制裁の危険性」

The New York Times  International Edition、July 24, 2023
Opinion 
“ The risks of global sanctions, the tool America loves to use” 
The Editorial Board
[ The Editorial Board is a group of opinion journalists whose views are informed by expertise, research, debate and certain longstanding values. It is separate from the newsroom.]

「米国が好んで行使する手段:世界的制裁の危険性」

 国際法や規範への、目に余る違反行為は、力強い一致した反響を呼び起こすことは、ほとんど世界的な合意である。考えてみよう、例えばロシアのウクライナへの侵攻、イランと北朝鮮における核兵器開発、これらへの対応として厳しい経済的制裁が長らく考えられてきている。
 しかしながら、永遠の疑問は、その次に何が来るのか?何時、制裁は働きを止めるのか?
 又は、さらに悪い方向へ、何時、米国の利害に反して、それら制裁は働き始めるのか?
 これらは重要な質問である。
 何故ならば、過去20数年に渡り経済制裁は、米国の政策立案者にとって、執るべき最初の手段となって来ている。例えば、テロリストのネットワークの粉砕、核兵器開発の阻止の試みや独裁者への罰則として行使されてきている。米国財務省の海外統括の制裁リスト上の氏名の数は、着実に増加していて、個人に対する銀行利用の制裁によって、2000年の912名より2021年の9,421名へと増加している。トランプ政権時には、一日に約3名のペースでリストに追加した。昨年のロシアのウクライナ侵攻後のバイデン大統領の声明により、その増加率は急増していて、昨年を上回っている。したがってその行使が増加していることを考えると、制裁がどのように成功する外交の手段になりえるか、のみならず、うまく作用しないときでも、世界を巡る平和や人権、さらに民主的規範を推進する米国の努力を、いかに蝕み得るかを理解することは、有益である。

The invisible costs of sanctions. [制裁の目に見えない費用]
 一部には、制裁は、特に軍事行動に比べて低コストと見られることで、政治家はしばしば制裁に立ち帰る。Drexel University’s Global Sanction Data Base によると、1950年以来、米国は、世界で課せられた制裁の 42 % を占めている。事実、費用は実在する。それら費用は、銀行、企業、市民や人道主義者のグループによって負担されている。そして彼らは、制裁を実行に移す負担を負い、それらを適応し、その影響を軽減している。制裁は又、弱い立場にある人々に損害を与える可能性があります— しばしば貧しい人々や抑圧的政権の下での住人に対して。それらの事実を、学者たちが文書化しています。当局者が、そのような費用を考慮することはほとんどない。他方、制裁は容易に課せられる。自治体の連邦機関によって執行される多くの制裁計画がある。そして、一旦実行されれば、政策的、官僚機構的に中止、解除することが難しい。たとえ、それらの制裁が、もはや米国の利益に役立たなくなっていたとしても。さらに悪いことには、制裁は又、重要な公的審査を逃れている。
 ある特定の制裁が、不必要に、罪のない潔白な人々を傷つけ、外交政策の目標を台無しにしているか、よりも、意図したように働いているか否かに、責任を持つ当局者/役人は、ほとんどいない。
 Mr. Biden は、それら制裁の説明責任の欠如を改正することを約束して、大統領に就任した。財務省は、2021年に、実施された制裁の広範囲な再調査を指導し、その年の10月に7 page の要約を公表した。再調査のプロセスは、重要な一歩であった。それは、とりわけ、次のように結論付けている。
 まず、制裁は状況、環境に合わせて正しい手段であるということを確証すべく、体系的に精査されねばならない。又、制裁は明確で具体的な成果に結びつき、その場で可能な、同盟国を含んでいること。さらに、制裁が米国の労働者や企業、同盟国や潔白な人々に与える「意図しなかった経済的、政治的衝撃」を和らげるための注意や努力がなされるべきであると。財務省は、検証の推奨を実行することで、いくらかの前進を見せているが、同省は、制裁を成し遂げるための責任ある多くの政府の機関の一つに過ぎない。政府のすべての機関は、制裁の利点は、それに要する費用に勝っていること、そして、制裁は正しい手段であり、目的を成し遂げるための最も安易な手段ではない、ということを確証するために、定期的にdata を使った分析を指導すべきである。又、そのような分析の結果が議会や国民に伝えられることが重要である。

Sanctions need clear achievable outcomes.
[制裁には、明白で達成可能な成果が必要である]
 すでに知られていることは、制裁は、実現可能な目的を有していて、それら目的が達成された場合の救済の約束と対をなしている時に最も効果的である。
 おそらく、最良の例は、Apartheid (アパルトヘイト、人種隔離制度) 時代の南アフリカを対象とした 1986 年の法律である。この法律は、制裁緩和のための Nelson Mandela の釈放を含む五つの条件を示していた。米国や他の国々による、その制裁は、南アフリカの白人だけの政府 (white-only Government) を説得して、人種差別を維持できないよう指示することに助力した。
 「連帯」運動の抑圧に応じての、1981年における共産主義国家ポーランドへの制裁は、これが如何に作用するかのもう一つの事例である。米国とその同盟国は、ポーランドや、その他東ヨーロッパでの政治的自由における新時代の先導役を手助けすることで、投獄/収監されている多くの活動家達が、釈放されることで徐々に制裁を解除した。
 南アフリカやポーランドに対する制裁は、自由と公正な選挙をもたらすことを意図し、政権交代 (regime change) を意図したものでないことは明らかである。政権交代を意図した制裁は、しばしば改革ではなく反抗を奨励する。それらは、Cuba, Syria や Venezuela の事例が明らかにしているように、ひどい実績を残している。 Venezuela においては、野心を持った無制限の制裁 — 独裁者 Nicolas Maduro を追い出すための制裁 — は、これまでのところ、その逆を達成している。2017年に、彼は民主的に選ばれた国会を解散して、2018年の、インチキな大統領選挙で、彼は勝者と宣告された。その後で、トランプ政権は、Maduro独裁政権の資金の重要な源泉である Venezuela 国有石油会社に最大限の制裁を科した。Mr. Maduro への厳しい個人制裁は必要である一方で、Venezuela の石油部門をBlack List に載せることは、人道主義の危機を悪化させてきている。
 この NY Times の Editorial Board が警告したように、石油収益を切り取ることは、ここ10数年、ラテンアメリカでの一番の経済悪化をもたらしている状況を、さらに深化させた。
 Francisco Rodriguez, a Venezuelan economist at the Josef Korbel School of International Studies at the University of Denver の昨年の研究によれば、この国の輸出の約 90 % を占める石油産業への制裁は、政府収入の劇的削減と著しい貧困の増加をもたらすと。この制裁は、同時に、Mr. Maduro の政権の座より追い落とすことに失敗した。
 翻って、彼は、支配力を強化し、この経済的苦悩は米国の責任であるとして、この国をロシアや中国に近づけた。多くの世論調査では、制裁は深く不人気である。米国における Venezuelaの野党の代表者や、かって広範囲な制裁を支持したあるグループでさえも、最近になって Mr. Biden に、石油制裁の解除を呼び掛けた。
 就任以来、Mr. Bidenは、Venezuelaに対して、制裁を修正して、特定の達成可能な目的を追加する措置を講じて来た。Biden政権は、ロシアのウクライナ侵攻後の石油価格の高騰に促されて、Chevron に Venezuela での限られた仕事に許可を与えることによって、いくつかの石油制裁を解除した。White House は、もし Mr. Maduro が来年行われる選挙で、自由、公正な選挙の実施に向けた措置を講じるならば、制裁の追加軽減を行うことを約束した。
 Francisco Palmieri, the State Department’s chief of mission of the Venezuelan affairs unit in Bogota, Colombia は、制裁が解除されるためには、何がなされるべきかの詳しいリストを公表した。そのリストには、来年の大統領選挙の日付を決めること、独断で逮捕された候補者の復権、そして政治的にとらわれた囚人の釈放が含まれている。
 Mr. Maduro は、これまで、この提言には、従ってきていない。それどころか、6/30 さらに、別のよく知られている野党議員の公職就任を阻止した。それにも関わらす、性急な政権交代よりも、民主主義への緩やかな復帰を支持する Biden 政権の穏健な政策は、良い approach である。Biden 政権は、Venezuela でどの制裁を解除するのか、又とりわけ国営石油会社への制裁をいつ解除するのか、より明確であるべきである。 このことは、米国の約束をより信頼あるものにするであろう。昨年 11月に、Mr. Maduro と野党の間で Venezuelaの凍結されている資産を人道目的に使おう、という協定は、もう一つの約束事だった。しかしその資産は未だ凍結されているので、協定は不確実のままである。
 この遅れは Venezuela に、危機に至る事態を解決する希望を失わせている、と Feliciano Reyna, the president and founder of Accion Solidaria, a nonprofit organization that procures supplies for public hospitals in Venezuela は述べている。彼は、物品を輸入できる特殊なライセンスを持ってはいるけれども、必要としている物品の取得に困難を抱えている、と言っている。いくつかの企業は、それら物品が法律に適合しているか否かを確かめる煩雑さ — 過剰適合 (overcompliance) として知られている現象 — よりも、むしろ Venezuela と取引しない方を好んでいた、と彼は述べている。また「この状況は、内政的には悲惨である。」と。
 希望の喪失は、ある程度は、2015年以来、700万以上のVenezuela人が国外に逃れていること、さらに過去二年に、米国南部国境に、240,000以上の人々が押し寄せていることの、一つの証であろうか。多くの専門家が、Venezuelaからの人々の移動の推進役として制裁がある、と評している。 というのも、制裁が経済状態を悪化させ人々を、押し出したのであるからと。これに応じて民主党のあるグループ — including Representative Veronica Escobar of Texas, who co-chairs Mr. Biden’s re-election campaign — は、Mr. Biden に、Venezuela と Cuba への制裁を解除するよう嘆願した。
 Biden 政権は、Venezuela で、より人道的にする為に制裁政策を変えているということを、明示することが出来る。最初の一歩は、2021年の再調査の勧告に従って、制裁が科せられる前に、いかなる制裁でも公式に人道コストを考慮する。 財務省は5月になって、その任務、職務を果たすために、二人のエコノミストを雇った。その任務とは、制裁を成し遂げる責任を持ついかなる部局に対しての標準慣行(standard practice)となるべき職務、任務である。

Sanctions need to be reversible.
[制裁は、可逆的である必要である。(元の状態に戻れることが必要である)]
 一度、政府が現行の制裁事項の組織的再評価を指導し始めれば、課せられたいかなる制裁も破棄されることが出来るということを、確実にすることが最重要である。
 この一番の失敗例を考えてみてください。それは、Cubaに対する無制限の貿易禁止(trade embargo)である。 1962年、John F. Kennedy 大統領は、明言された目標「現在のCuba政権を孤立させ、共産主義勢力との連携によってもたらされる脅威を減少させる。」にて、通商禁止措置(embargo)を講じた。それ以来、米国の大統領達は、すっと何年も、制裁を解除するには何が必要かについての、激しく異なったメッセージを発信して来ている。Barack Obama は、2014年に、それらの多くを解除すべく動議を提出した。それは一つの努力の成果であったが、3年後 Donald Trump がひっくり返した。昨年Mr. Bidenは、Trump時代の制裁のいくつかを解除した。 しかし、通商禁止を終わらせることが出来るのは、議会の法律だけである。

 Peter Harrell, served on the National Security Council staff under Mr. Biden,は、論じている。もし議会がそれらの延長に賛同しないなら、制裁は、一定の年数後には、自動的に期限が切れて無効となるべきである。そうすれば、米国の議員達が、それら制裁の達成目標を諦めてしまった後も、何十年も存続している無気力になったゾンビ(zombie)のような制裁の件数は、減少するだろうと。

 制裁を、過去における単なる行為を罰するものより、変化を動機付ける制裁とする為には、米国は、たとえ憎むべき行為者、関係者であっても、指定された基準が満たされている場合には、制裁の解除に備えるべきである。
 制裁は、たとえ魅力的であっても、解除される為の基準と組み合わされている特定の目標なしに機能することは、ほとんどありません。これは、現在および将来の制裁に適用される。
 目標や救済の基準なくしては、米国の外交政策の中でも、比重の大きいこれら制裁という手段、措置は、長い目で見れば、米国の利害や行動基準に反する危険性がある。

                           [ 完 ] (訳:芋森)

 

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【投稿】全米自動車労組・歴史的ストライキとなるか--経済危機論(119)

<<ビッグ3、史上初の同時ストへ>>
9/15、午前0時、ゼネラル・モーターズ、フォード、ステランティス(旧クライスラー)のビッグ3自動車メーカーに対する史上初の同時ストライキが開始された。全米自動車労組UAWと自動車メーカー3社との間の新たな4年間の労働契約の交渉は真夜中前に決裂し、まずはストライキの第一波として、ミシガン州のフォード・モーター社の工場、ミズーリ州のゼネラル・モーターズ社の工場、オハイオ州

ミシガン州のUAWローカル372のメンバー

のステランティスNV工場、この3社の工場から1万3000人の労働者がストライキ行動に参加した(UAWの組合員は、14万3000人)。

今回のストライキは、「スタンド・アップ・ストライキ 」と名付けられ、全工場の一斉ストから開始するのではなく、「スタンド・アップ」を要請された工場から開始し、順次それを拡大する、「最大限の影響力と最大限の柔軟性が得られる」と説明されており、UAWののショーン・フェイン委員長は「より多くの地域が “スタンド・アップ”を要請され、ストに参加する可

史上初のBig3同時スト

能性がある。これにより、ビッグスリーの各自動車メーカーで公正な契約を勝ち取るための闘いにおいて、最大限の影響力と最大限の柔軟性が得られる、スタンド・アップ・ストライキは、各社を油断させない。規律、組織、創造性に頼ることになる。私たちはこの戦いにおいて正しい側にいる。労働者階級と富裕層、持てる者と持たざる者、億万長者階級とその他すべての人々との戦いなのだ。」と説明している。すでに、8月、UAW組合員の97%が、9/14深夜までに適切な契約が結ばれない場合、ビッグスリーでのストライキを承認することに投票している。
この「スタンド・アップ・ストライキ 」について、UAWのサイト「スタンド・アップ・ストライキとは?」は、「スタンド・アップ・ストライキは、必要であれば全国的な全面ストまでエスカレートさせる能力を組合に与える。また、ビッグスリーが私たちにふさわしい協約交渉を拒否した場合、長期的にビッグスリーに対する経済的影響力を高めることができる。」として、詳細な戦略・戦術を提供している。

<<「どちらかの側を選ぶ」のか>>
このフェイン氏と他の組合改革派指導部は、組合史上初のトップポスト直接選挙で、改革運動「民主主義のための全労働者団結」(Unite All Workers for Democracy UAWD)の支援を受け、メンバーズ・ユナイテッドの一員として立候補し、この3月に就任したばかりである。

UAWののショーン・フェイン委員長

UAWの要求は、4年契約期間で36%の賃上げ、2階層の非正規・臨時労働力の廃止と雇用保障(派遣労働者を90日後に全額賃金、福利厚生、利益分配を伴って正社員に転換すること)、COLA(インフレ連動生活費引き上げ)の復活、全員への確定給付年金の復活、週労働時間の短縮である。

これに対する経営側の回答は、フォード、ゼネラル・モーターズ、ステランティスはそれぞれ、4年契約の期間中に20%、18%、17.5%でしかない。

2003年以降、自動車労働者の平均時給は30%も低下している一方で、過去10年間に自動車ビッグスリーは2500億ドル以上の利益を上げ、自社株買いや配当金支払いで株主に数百億ドルの報酬を与えてきたのである。過去4年間で、ゼネラル・モーターズ、フォード、ステランティスの最高経営責任者(CEO)の給与総額は40%増加したが、同社の一般従業員の賃金はわずか6%しか上昇しておらず、実質賃金が2008年以来19.3%減少している。
UAWの要求に対し、3社はいずれもフルタイムの年功序列労働者が最高賃金に達するまでの期間を8年から4年に半減する、GMとステランティスは、派遣社員の最低賃金を現在の時給16.67ドルと15.68ドルから20ドルに引き上げると回答しているが、組合側の雇用保障提案に関しては無回答である。
ビッグスリーは2023年上半期だけで200億ドル以上の利益を上げ、これら企業の CEO は、年間数千万ドルもの金銭的報酬を手にしている。昨年総額2100万ドル近くの報酬を手に入れたフォードのジム・ファーリー最高経営責任者(CEO)はCNNに対し、UAWによる40%近い賃上げの推進は「我々を廃業に追い込む」と語ったが、フェイン氏はこの主張を「冗談だ」と一蹴、「車両の人件費は車両の5%だ」、「彼らは我々の賃金を倍増させても車両の価格を上げなくても、それでも何十億ドルも儲かるだろう。彼らの口から出る他のことと同様、それは嘘だ。」と反撃している。

ビッグ3に車両を配送する全米トラック運転手組合・チームスターズは、ストライキ中はディーラーへの配送を拒否すると明言し、デトロイトのチームスターズ・ローカル299の会長ケビン・ムーア氏は、「我々はUAW労働者とショーン・フェイン氏の立場を100パーセント支持している。」と連帯行動を明言している。

一方、バイデン大統領は、今月初め、「ストライキについては心配していない。ストライキが起こるとは思わない」と語っていたのであるが、とんだ見当違いである。あわてて、バイデン氏はUAWフェイン氏および自動車大手3社の各CEOと電話で会談しているが、フェイン氏は「われわれの支持は自由に与えられるものではなく、その行動によって誰を支持するかが決まる」と述べ、バイデン氏に単に自動車メーカーに交渉を促すのではなく「どちらかの側を選ぶ」よう促した、報じられている。

バイデン氏は、この全米自動車労組の歴史的ストライキに直面し、政治的・経済的危機での、まさに「どちらかの側を選ぶ」かを問われているのである。
(生駒 敬)

 

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【書評】島崎邦彦『3.11大津波の対策を邪魔した男たち』

【書評】島崎邦彦『3.11大津波の対策を邪魔した男たち』
(2023年3月、青志社、1,400円+税)

 本書の著者は、東大地震研究所教授(現名誉教授)。1995~2012年の17年間、政府の地震調査研究本部(地震本部)の長期評価部会長に就いていた。長期評価部会とは歴史上の地震を分析し、今後に起こる可能性の確率を予測し対策に備える、いわば日本の地震対策の根幹を提案する部署である。本書は、その部会が出した大津波と原発をめぐる警告を東京電力と政府が捻じ曲げ、結果として大震災・原発事故を招いた経緯、そしてその背後に「原子力ムラ」の暗躍があったことを内部から告発する。
 本書は言う。「大津波の警告は、2002年の夏、すでに発表されていた。この警告に従って対策していれば、災いは防げたのだ。3・11大津波の被害も原発事故も防ぐことができたのである」と。
 地震本部は2002年7月、「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(「長期評価」)をとりまとめ、「日本海溝沿いの三陸沖~房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」と指摘し、「30年以内に20%」と数字も提示した。そしてこれを受けて保安院は、各電力会社に不測の事態に備えて予想される津波の高さの計算を要求した。
 ところが東京電力は、土木学会の「津波評価技術」(電力会社側が2億円近い資金を出して津波の調査研究をしてもらったもので、2002年2月に報告書となる)を盾に取り、保安院の要求を蹴り、福島県沖~茨城県沖には津波地震が起こらないと主張した。「長期評価」はプレート・テクニクス理論を用いて予測の精度が高い新しい方法を採用しているのに対して、「津波評価技術」では予測精度の低い地震地体構造の考えで「過去に津波地震が起こった場所でのみ、津波地震が起こる」という結論を出し、しかもその「過去」を400年までとしていた。
 更に「長期評価」に対して、なんと小泉内閣(当時)の防災担当大臣(村井仁)がこれの公表に反対し、文部科学大臣に申し入れをした。このため公表そのものは実現したが、「評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり、防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要がある」という「長期評価」を軽視する一段落が付け加えられた。
 本書はこの間の事情を後になって、「『津波地震』が大問題だったのである。だから内閣府防災担当が、地震本部事務局に圧力をかけ、前がきに一段落を入れさせたのだろう。さらに、(略)信頼度を付けさせて、津波地震の信頼度を低く見せたと思われる」と述べる。つまり「日本海溝沿いの三陸沖~房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」となれば、それは福島の原発の地域も含むこととなり、これへの対策が必要とされるので、これを外す目的であったと言えよう。
 その後、1995年の阪神・淡路大震災(M7.3)を受けて検討されていた原発の安全性の新指針が2006年9月に発表され、これによる原発の見直しが終わらないうちに起きた新潟中越沖地震(Ⅿ6.8)(2007年7月。この地震の強い揺れで東京電力柏崎刈羽原発ではわずかであったが放射性物質を含む水やガスが外にもれた)の被害もあって、各電力会社は原発の津波対策の余裕を表にまとめている。「これは『津波評価技術』を使っていて、福島県沖の津波地震は考えられていない。それにもかかわらず、十六原発のうち福島第一原発だけが全く余裕がなく、最も対策が必要とされていたのである」。さらにここでは、「津波評価技術」のやり方で計算しても、福島第一原発での津波の高さが最高15.7メートルという数字が出ていた。
 この東京電力の土木グループの報告に対して、武藤東京電力原子力・立地副本部長の答は、「すぐに津波対策をとろう」ではなく「研究をやろう」であった。その流れは、2009~2011年度に電力会社などが研究し、「津波評価技術」を新しいものにする。それに基づいて原発の見直しをし、その最終報告を保安院に出す、このため各方面の有力者に根回しをする、というものであった。「要するに、東京電力は報告書を先送りにして、何も対策しなかった」のである。本書はこれを「費用も労力もかかる津波対策を避けたい。そのためにこの計算結果(津波の高さ15.7メートル:評者註)を秘密にした東京電力は、土木学会の委員会を操って、新しい『津波評価技術』をつくろうとしていた。津波対策なしで原発見直しの最終報告が認められることを、東京電力は目論んでいたのではないか」と批判するが、この恐るべき怠慢と不作為が、3・11大津波と重大な原発事故まで続くことになる。
 そして2011年3月の大震災直前、平安時代の貞観津波(869年)等の調査研究を踏まえた「長期評価」の改訂(第二版)が発表されるときに、地震本部事務局と東京電力は秘密裏に会議を持ち(3月3日)、その内容の書き換えを要求し、「そのため『長期計画』第二版の承認を三月の委員会(大津波2日前の地震調査委員会)では見送ることにした」という経過がある。その緊迫した状況は本書を読んでいただきたいが、事務局は最終的に「長期評価」第二版に「また貞観地震の地震動について・・・判断するのに適切なデータが十分でないため、さらなる調査研究が必要である」という文章を追加し書き換えた。つまり貞観地震の強い揺れの程度がわからないから、福島第一原発で備えなければならない揺れの強さは分からない、という訳である。結局この直後に3・11大津波が来たことにより、第二版は発表されないまま、闇に葬られた。
 本書は、「3・11の後、地震対策本部は、想定どおりの地震が起こったという委員の声を黙らせて、想定外の地震だと発表した。地震は想定できていたが、その発表が遅れたと言えば、事務局に非難が集中しただろう。/想定していた地震の警告は、3・11に間に合わなかった。警告を遅らせたのは、事務局と東京電力との秘密会合のためだった」ということを暴露する。東京電力は、かくして9年前の「長期評価」で警告された津波地震の際には、ウソで保安院をだまして津波計算から逃れ、第二版の内容に対してはまたもやその一部の書き換えを要求した。
 以上の経緯を振り返って本書は痛恨の反省を述べる。
 「もし三月に『長期評価』第二版を承認し、発表していれば──その翌日(大津波の前日)の朝刊に警告が出て、多くの人々の命が救えただろう。/貞観地震の警告が出る一歩手前であったことを、事務局は隠した。事務局と東京電力との秘密会合も隠した。/秘密の書き換えも隠した。このため事務局の責任、警告を遅らせた責任は、追及されることはなかったのだ」。
 「東京電力と地震本部事務局とが秘密会合を開いたために、貞観地震の警告が間に合わなかった──。もし、秘密会合がなかったならば、と私は想像せずにいられない。/もし、3・11大津波の二日前の委員会の議題に『長期評価』第二版が入っていたならば、と。/もし、前日の朝刊で、陸の奥まで襲う津波への警告が伝えられていたならば、と」。
 今更ながらであるが、今こそ読まれるべき書であろう。(R)

 (追記)なお本書には、この経緯の裏で暗躍していた「原子力ムラの相関図」(弁護士河合弘之による)が載せられていて参考になる。そして河合によれば、その特徴は政官業が絡み合うコングロマリットのようなものとされ、しかもムラの住人が入れ替わる。ただ住人が入れ替わっても、ムラの根底には変わらないものがある。それは、原発を推進しなくてはいけないという空気、組織としての慣性、「今だけカネだけ自分の会社だけ」という意識であると的確に指摘されている。 

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【投稿】G20サミット:米主導の破綻--経済危機論(118)

<<「バリはバリ、ニューデリーはニューデリーだ」>>
9/9~10、インドを議長国として、ニューデリーで開催されたG20サミット(正式名称は「金融と世界経済に関する首脳会合」)は、初日に、米主導の破綻が明らかとなった。日本を含むG7、米英が執拗に追求していた、ウクライナ戦争への言及で、モディ首相が米国側の圧力を無視して、対ロシア・対中国制裁に一切言及しない声明文案が発表され、日米欧以外の諸国代表がすぐにそれに賛同して、米国側

「アメリカが可哀想です」

の反対を押し切って採択・可決されたのである。

G20サミット首脳宣言は、
・ G20の首脳らは、G20メンバーの間でウクライナ情勢に対する評価や見解の相違があることを認める。
・ G20の首脳らは、アフリカ連合のG20加盟が現代の世界的な問題の解決に役立つと考えている。また首脳らは、開発途上国は国際的な金融機関および経済機関でより大きな役割を果たすべきだと指摘した。
・ G20は核兵器の使用または威嚇に反対する。
・ G20の首脳らは「紛争の平和的な解決と対話」の大きな重要性を指摘した。
・ G20の首脳らはすべての国に対し、「領土保全や主権」を含む国際法の原則の順守を呼びかけた。
・ G20の首脳らは、この形式のサミットは地政学的問題を解決するためのプラットフォームではないと表明した。
・ G20の首脳らは世界貿易機関(WTO)改革を呼びかけた。
・ G20の首脳らは、世界の食料安全保障の強化を約束した。
・ G20諸国は、データ交換を含む麻薬対策に関する国際協力の強化を支持した。
・ 宣言には、今後はブラジル(2024年)、南アフリカ(2025年)、米国(2026年)でG20サミットが開催されることも記載された。

宣言要旨は、以上の通りである。当初、採択が危ぶまれていたが、首脳宣言が初日の討議の過程で発表され、直ちに採択される異例の展開となったのである。なにしろ、史上初めて共同コミュニケが出せない可能性があると報道されていたのである。
記者会見で、インドの外務大臣ジャイシャンカール氏は、昨年のインドネシア・G20バリ宣言で言及されている「ロシアの侵略」への言及がないことへの質問を一蹴し、「バリはバリであり、ニューデリーはニューデリーだ」と述べ、「率直に言って、世界はこの1年で変化しており、デリー宣言はそれを反映している」と大臣は念を押し、「すべての加盟国が合意形成に貢献し、ウクライナに関する意見の相違を克服することに貢献した」と述べている。

<<非常に気まずいバイデン氏>>
米欧日側は、まず第一に、拡大後、勢いを増すBRICS+と、G20との「対立」を画策、 第二に、中国とインドの対立を拡大・誘発させる。第三に、中国の「一帯一路」に代わる代替プログラムをバイデン大統領が提案し、第四に、何よりも新たな対ロシア制裁を確認させ、G20を中国やロシアを攻撃する場に変質させようとしたのであったが、もはやそれだけの力も、信頼もなくなってしまっていることを思い知らされたのだと言えよう。

当然、ロシアを泥沼の戦争に引きずり込んだバイデン政権に追随する、代理戦争の当事者として、ウクライナのゼレンスキー大統領は「誇れる内容ではない」と、このG20首脳宣言に強い不満を表明している。

しかし、そもそも、2008年の金融危機の際に誕生したG20メカニズムは、同年のリーマン・ブラザーズの破綻から全世界的な金融危機を引き起こし、西側諸国全体はもちろん、発展途上国を含む世界経済を危機に陥れたため、先進国グループと発展途上国グループの合意形成が不可欠のものとなり、その結果誕生したのがこの「金融と世界経済に関する首脳会合」なのである。そのG20に、米主導のG7グループが、意図的に対ロシア・対中国の緊張激化政策を持ち込み、逆に、自らを孤立化させてしまっているのである。ドル一極支配が崩れようと大きく世界経済が転換期を迎えつつあるとき、バイデン政権は、悪あがきに陥ってしまっている、と言えよう。

 このG20サミットでバイデン氏にとって哀れなのは、サミット出席者の前で、まさに滑稽で皮肉なアメリカの現状をさらけ出してしまったことである。
バイデン氏は、各国首脳の名前につまずき、何かわけのわからぬままにブツブツとつぶやき、まとまりのない話に終始し、非常に気まずい雰囲気を漂わせてしまい、ムハンマド・ビン・サルマンの名前を間違え、さらにウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の名前までも間違えたのであった。

直近のC米NNの世論調査によると、調査対象者のうち、58%がバイデン氏の政策が経済状況を悪化させたと回答し、70%が米国の状況は悪化していると回答。 調査対象者のうち、バイデン氏を大統領として誇りに思う人物だと述べたのはわずか33%だった、という現実である。

こんな米政権に追随する岸田政権やG7グループ自身が、世界的な政治的経済的危機の製造元として厳しく追及されるべきであろう。
(生駒 敬)

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【投稿】「曇り空の下、星を頼りに航行」--経済危機論(117)

<<「世界経済の構造的変化」>>
8/24~26、日米欧の主要中央銀行トップを集めた国際経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」(Fed Summit)が開かれた。その会議の内容は、8/22~24のBRICS首脳会議が、6か国の新規加盟国を発表して「BRICSに新たな活力を注入し、世界の平和と発展に寄与する。新興市場国と発展途上国の連帯と協力の新たな章を描くために尽力」する

ジャクソンホールで、ラガルド総裁(左)、植田総裁(中央)、パウエル議長(右)

ことを表明したのとは、まったく対照的に、

予測不可能な経済的危機打開の先行きについて、米中銀・パウエルFRB議長が、「よくあることだが、我々は曇り空の下で星を頼りに航行している。」と吐露していることに象徴的である。

例年、アメリカ西部の高原リゾート、ジャクソンホールで開かれる米欧日の中央銀行トップが集う「ジャクソンホール会議」、今回のテーマは、皮肉なことに、「世界経済の構造的変化」であった。

パウエル氏は、「インフレ:進歩と今後の道筋」という基調講演で、「インフレ率はピークから低下しており、これは歓迎すべき展開だが、依然として高すぎる」と述べ、要旨、以下のことを強調したのであった。、
・ 経済の不確実性は、機動的な金融政策決定を必要とする。
・ 予想通りに景気が冷え込んでいない兆候に注意。
・ インフレ率の低下にはまだ長い道のりがある。
・ 物価の安定を取り戻すには、さらに多くの課題を克服する必要がある。
・ 賃料の鈍化は住宅インフレの鈍化を示唆。
・ 政策は制限的だが、FRBは中立金利の水準を確信できない。
・ FRBは、金融政策が両面でリスクに直面していることに留意している。
・ インフレ率の低下には、労働市場の軟化も必要となる可能性が高い。

パウエル議長の結論は、要するに、「我々は曇り空の下で星を頼りに航行している」とする、不確実性の羅列であった、と言えよう。

<<「リーダーシップの欠如」>>
欧州中銀(ECB)のラガルド総裁は、「変化と停滞の時代における政策立案」という演題で、「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きに生きなければならない」という言葉(『恐怖と震え』を書いたキルケゴール)を引用し 、労働市

場における「深遠な変化」、エネルギー転換、地政学的ショックにより、これまでの成長モデルは、「もはや適切ではないかもしれない」と、まさに自らの「恐怖と震え」を実感している内容であった。

英中銀(BOE)のブロードベント副総裁は、「貿易制限の経済的コスト:英国の経験」と題して、「貿易のグローバル化が進んでいない方が経済ショックから守る効果が高いという証拠はない」と主張し、交易条件の悪化と労働市場の逼迫が相互作用し、そうした不確実性により、金融政策の設定はかなり複雑になっている」と、これまた見通し得ない不確実性を嘆く事態である。

ドイツ連銀のナーゲル総裁は、「インフレ率が依然5%前後であることを忘れてはならない。これは高過ぎる。」と対インフレ対策の重要性を述べるにとどまっている。

一方、日銀の植田総裁は、アジアにおける貿易・直接投資に見ら

れる構造変化を論点として、日本企業の輸出や対外直接投資において脱中国化が進展していることを強調して、G7の対中国貿易制裁・緊張激化路線に追随。

逆に日本のインフレについては、「基調インフレは依然、目標をやや下回っている。それが緩和を堅持する理由」であると、これまでの低金利・金融緩和路線の継続を追認し、方向転換封じ込めに終始するものであった。この点では、米欧の論調とは異なるものであった。しかし、植田氏のインフレ認識は、日本経済のインフレ加速の実態をほとんど無視しており、日本の消費者物価指数(CPI)変化率が、米国を総合ベースで上回ってきており、ユーロ圏のインフレ率に近づいていることさえ認識できていない。この、インフレ高進を放置する路線こそが、今現在進行中の、通貨減価、円売り、1ドル=150円台突破、円安進行の元凶であるという認識もないのである。

この会合に抗議する民衆の怒りには暴力的に食って掛かるが、このように、日米欧の中央銀行を率いる総裁たちは、直面する政治的経済的危機に対して、今や確たる指針も指し示し得ない、不確実性に漂うしか対応できない、リーダーシップの欠如、無能力さをさらけ出しているのである。
(生駒 敬)

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【投稿】BRICS > G7 の現実--経済危機論(116)

<<世界人口の46%、GDPの37%>>
8/22~24、南アフリカを議長国として、ヨハネスブルグで開かれていた、ブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、中国(C)、南アフリカ(S)で構成するBRICS首脳会議は、「BRICS拡大プロセスの指導原則、基準、手順」について合意し、加盟国の6か国拡大を盛り込んだ「ヨハネスブルク宣言」を採択し、閉幕した。次回、同サミットは、2024年10月、ロシアが議長国となり、カザンで開催されることも明らかにされた。
 招待される新たな加盟国は、エジプト、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、アルゼンチン、エチオピアの6か国で、2024年1月1日から正式加盟国になると発表されている。
同宣言は、「BRICSに新たな活力を注入し、世界の平和と発展に寄与する。新興市場国と発展途上国の連帯と協力の新たな章を描くために尽力」することを表明している。
2009年に結成されたBRICs(当時は小文字のs)、当時ウォール街のゴールドマン・サックスの経済調査責任者だったジム・オニール氏が執筆した報告書で、ブラジル、ロシア、インド、中国が最大の「新興市場」・BRICsであり、成長は G7諸国よりも速いと指摘していた。2009年、ブラジルのルーラ氏、ロシアのメドベージェフ氏、インドのマンモハン・シン氏、中国の胡錦濤氏の4カ国の大統領がグループ初の正式な首脳会談を開催し、翌年、南アフリカがこのグループへの参加を認められ、 S が追加されたのであった。
その現BRICS5か国は、すでに世界人口の 40%以上を占めており、2020年のGDP合計ですでにG7を上回っている。IMF によると、今年の世界 GDP の 32.1% を占め、G7のシェア29.9%を上回っているのである。これがさらに、BRICS+によって、世界人口の46%、世界のGDPの37%に達しようとしている。
 すでにG7を上回った決定的で客観的な現実は、もはやG7によって恣意的に否定することも、無視することもできない事態である。
しかも、このBRICSへの加盟を希望する国が増大し、南アフリカのBRICS大使アニル・スクラル氏によると、キューバ、ナイジェリア、ベネズエラ、タイ、ベトナムがBRICS共同体への参加を目指しており、これとは別に、22か国が正式加盟を打診していると述べている。
注目されるのは、今回の新たな加盟国の参加、とりわけ、サウジアラビア、UAE、イランはいずれも主要なエネルギー輸出国であり、すでに崩壊しつつあるアメリカのドル一極支配体制のかなめであるペトロダラー体制は有名無実となり、金融の多極化プロセスが大幅に加速する可能性が現実のものとなったのである。

<<「対話による和平解決」を主張>>
しかし、今回のBRICS宣言で明らかなことは、あえて脱ドル化を性急に推し進めるのではなく、「世界貿易機関(WTO)を中核とし、オープン、透明、公正、予測可能、包括的、公平、非差別的でルールに基づいた多角的貿易システム」の維持を求めている、ことである。
「我々は、BRICSとその相手貿易国との間の国際貿易及び金融取引に関して現地通貨の使用を奨励することの重要性を強調する。我々はまた、BRICS諸国の間のコルレス銀行ネットワークを強化し、「現地通貨での決済を可能にすることを奨励する」とされている。

さらに、宣言では、BRICS諸国は世界各地の紛争に憂慮を表明し、対話による和平解決を主張、
・ BRICSは、国連とアフリカ連合に基づくニジェール、リビア、スーダンの紛争の外交的解決への支持を表明、
・ BRICSは、シリア危機の政治的かつ交渉による解決を促進するためのあらゆる努力を歓迎し、
・ BRICSは、イラン核問題の解決は平和的かつ外交的であるべきだと考えている。ウクライナ紛争
・ BRICS加盟国は、アフリカ平和維持ミッションを含むウクライナ危機の平和解決を目的とした「調停提案」に感謝の意を表し、アフリカ諸国の和平イニシアチブを含む対話と外交を通じたウクライナ紛争の平和の解決を支持していると述べられている。

宣言ではさらに、発展途上国のインフラやその他のプロジェクトへの資金提供を促進する新開発銀行(NDB)(旧BRICS銀行)の役割を強調している。この2014年にBRICSによって設立された新開発銀行は、各国がBRICSへの加盟に強い願望を表明しているもう一つの理由でもある。設立以来、同銀行は中核インフラ分野で340億ドル相当の100近くのプロジェクトに融資してきており、世界銀行(WB)や国際通貨基金(IMF)などの西側主導の金融機関に対する対抗勢力として機能し、期待されている。

 和平努力として、今回のサミット期間中、中国の習近平国家主席とインドのナレンドラ・モディ首相が、実効支配線(LAC)として知られる係争中の国境について話し合い、両首脳は「迅速な関与解除と緊張緩和に向けた努力を強化するよう関係当局者に指示することで合意した」ことが明らかになっている。

今回のBRICSサミットの進展は、歴史的な事態の到来、とも言えよう。G7側が、この事態を前に、相も変わらず対ロシア・対中国の緊張激化政策を続けるならば、自らの政治的・経済的危機を一層深め、墓穴を掘ることとなろう。
(生駒 敬)

 

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【投稿】ハワイ・マウイ島大火災と新自由主義--経済危機論(115)

<<「これは最高の災害資本主義だ」>>
8/8、ハワイ・マウイ島、かつてのハワイ王国の首都・ラハイナは、大規模な山火事が発生し、島の3,200エーカー以上に被害が拡大、115人の死亡が確認され、約1,000人が依然として行方不明という、「大参事」に襲われた。この大規模火災に対して、ハワイの当局者自身が「公平」の名の下に、消火のための水の使用と警告音を差し控えたことを認めた、人為的被害の最悪の結果に唖然とさせられる事態である。
 この災害の中心にあるのは、ハワイ先住民(カナカ マオリ) の何世代にもわたる水と土地の権利をめぐる長く続く闘いである。ハワイ先住民の7世代目の農民であり、コミュニティのリーダー、教育者であり、非営利団体フイ・オ・ナー・ワイ・エハーの会長でもあるホクアオ・ペレグリノ氏は、8/21のCNN ニュース番組で、「これは最高の災害資本主義だ」と告発している。
かつては太平洋のベニスとして知られた、水資源豊富なラハイナは、1 世紀以上にわたり、最初はマウイ島の西部地域であるマウイ・コモハナの水が、大規模な砂糖農園によって、そして最近では市場競争原理主義の新自由主義政策、規制緩和政策に乗じて、ウエスト・マウイ・ランド・カンパニー(WML)とその子会社、カアナパリ・ランド・マネジメントやマウイ・ランド&パイナップル・インクなどの企業が、高級リゾート、ゴルフ場の開発のために独占的に水と島の天然資源を食い荒らし、資源略奪的な現代的プランテーション経済がさらに先住民の生態系から自然の水資源を略奪、土地と深いつながりを持つ先住民族コミュニティへの影響をさらに悪化させ、炎と戦うための水はほとんど残されず、乾燥した土地に変えてしまったのである。
そして、米軍もハワイの水危機の主な原因となっている。海軍ジェット燃料の汚染により、水の供給が脅かされ、地元住民が燃料貯蔵タンクの閉鎖を要求し、勝利したが、1か月も経たないうちに海軍は約束を反故にし、闘争が再開されている。
しかも、昨年、西マウイ島では、地元住民に対して最大500ドルの罰金を伴う強制的な水制限が導入されたが、水を大量に消費する企業群にはそのような制限は課されなかったのである。
 8/18のデモクラシー・ナウに出演したハワイの法学教授カプアアラ・スプロアト氏(カ・フリ・アオ・ネイティブ・ハワイアン法律センターの法学教授であり、ハワイ大学マノア校ロースクールのネイティブ・ハワイアン・ライツ・クリニックの共同ディレクター)は、「災害資本主義は、残念ながら、マウイ・コモハナ、あるいは西マウイで現在起こっていることを表す完璧な用語だと私は思う。資源の多くを支配してきた大規模な土地所有権であるプランテーションは、この機会を利用し、火災の翌日に知事が発令した非常事態宣言を利用し、これを特に水資源に関して自分たちの思い通りにしようとする機会として利用しているのです。」と、まさに、ナオミ・クラインが2007年の著書『ショック・ドクトリン』で明確にした、「災害を刺激的な市場機会として徹底的に利用」する新自由主義の「災害資本主義」を糾弾している。

<<全てを「気候危機」に押し流す大手メディア>>
この大火災から 13日後にようやく現地に顔を出したバイデン大統領、マウイ島の山火事への対応の一環として、自宅を追われた申請者に対し、1世帯当たり700ドル(約10万円)を一時金として支払うと約束したが、1人ではなく、1世帯で、この金額では災害後の住民のニーズを満たすには程遠く、事態を軽視していることが明らかである。一方、バイデン政権はウクライナでの代理戦争にすでに約1000億ドル以上を送っている。
 しかもバイデン氏は、事前に選ばれた住民との会見で、かつて自宅で起きた小さなキッチン火災で妻を失いかけたと嘘をつき、家、車、所有物をすべて失った数千人のマウイ島住民に喩えたがために、地元住民を激怒させ、「あなたは庶民とは無縁で、彼らとどう話せばいいのかさえわかっていない」、「最低で卑劣だ」と指弾されている。実際は、消防士が「かなり早い段階で発見」し、「20分で鎮圧」されていたのである。
バイデン氏は、次期大統領選に向けて「気候変動と先住民族の権利」の問題で、共和党候補にたいして有利な立場を取りたいとの考えから、マウイ島を訪れたのであるが、地元住民からは歓迎されない訪問となってしまった、と言えよう。実際のバイデン政権は、表面上の言葉とは裏腹に、アラスカのウィロープロジェクトのような石油掘削プロジェクトを承認し、メキシコ湾での掘削プロジェクトを競売にかけたりと、水と土地を脅かし、先住民の主権と自己決定を損なう政策を推進しているのである。
 大手メディアは、バイデン政権と同様、この大火災を、新自由主義政策による「災害資本主義」から目をそらすために、水資源略奪問題を全く報道せず、すべての原因を世界的な「気候変動危機」に流し込んでいることが明らかである。
ツイートで、「ハワイの当局者自身が公平の名の下に水と警告音を差し控えたことを認めたのに、メディアが死者の原因を大声で嬉々として気候変動のせいにしていることに、今でも驚いている。誰も責任を問われず、ごまかしの太陽神のせいにするとき、私たちには希望がありません。」と指摘されている通りである。

問われているのは、まさに政治的経済的危機の根底にある、新自由主義政策による「災害資本主義」なのである。
(生駒 敬)

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【投稿】使用済み核燃料中間貯蔵施設をめぐる関電の猫の目計画

【投稿】使用済み核燃料中間貯蔵施設をめぐる関電の猫の目計画

                                                                                    福井 杉本達也

1 関電が突如の使用済み核燃料のフランス移送計画

「関西電力の森望社長は12目、県庁で杉本達治知事と面談し、高浜原発で保管する使用済みプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料と使用済み核燃料の一部を2020年代後半にフランスに搬出する計画を示した。電気事業連合会(電事連)がフランスで行う実証研究の一環。関電は県内原発から出る使用済み核燃料の中間貯蔵施設の県外計画地点を年末までに県に提示するとしており、森社長は『県外に搬出されるという意味で中間貯蔵と同等の意義があり、県との約束はひとまず果たされた』との認識を示し、県に理解を求めた」(福井:2023.6.13)。

これまでの経緯を知らない者には分かりにくい非常に絡み合った文章であるが、まず「中間貯蔵施設」とは、使用済み核燃料を一時的に保管する場所である。①使用済み核燃料は現在、原発内の使用済み核燃料プールに保管されているが、これが満杯に近いので中間貯蔵施設を造らなければならない。ところが、②福井県との約束で、中間貯蔵施設は福井県外に造る約束となっている。③約束が守られなければ原発の再稼働を停止する。④その場所を決める期限が2023年末である。⑤関電は2020年代後半に使用済み核燃料のごく一部をフランスに搬出する。⑥これは中間貯蔵施設を福井県外に作ると『同義』であり、2023年末という福井県との約束を果たした。⑦フランスではMOX燃料を試験的に再処理してみる。といった内容である。⑧しかも、これを西村経産相が追認したのである。

2 福井県の使用済み核燃料の県外搬出の経過

1997年、福井県外に使用済み核燃料を搬出すべきだと提案したのは、当時の栗田幸雄知事である。福島第一原発事故以前ではあったが、栗田知事は使用済み核燃料が大量に原発サイト内にたまり続けることに漠然と不安を抱えていたのであろう。

2017年の大飯3、4号機の再稼働に向けた地元手続きの際、当時の岩根関電社長は中間貯蔵施設の候補地を「最大の経営課題」とし、「2018年中に示す」と明言し、西川一誠前知事の再稼働同意につながった。しかし、中間貯蔵施設の候補地として、有力とされていた青森県むつ市の理解が得られなかった。2020年10月には杉本達也現知事が候補地提示が原発再稼働同意の前提となる(候補地提示がなければ再稼働同意はしない)との見解を示している。元々、関電は東電と日本原電が共同で設置したむつ市の中間貯蔵施設に相乗りする計画であった。ところが、これに強固に反対したむつ市長であった宮下宗一郎氏が2023年6月に青森県知事に就任したことから、候補地としてのむつ市が絶望的となったことが、今回の猫の目計画の端緒である。

3 フランスへの移送は県外搬出にあたらない

関電の提案に対し、自民党の県議は「福井県を小ばかにした話。詭弁であり、すり替えだ」とし、資源エネルギーの小沢典明次長が「中間貯蔵施設ではないが、県外搬出を行う手段として評価できる」と県議会で関電の主張を追認したことに対し、「開き直りの強弁だ」とし、「地元は原発を止めたくないはずだ、と見くびっている」と批判している(朝日:2023.6.29)。自民党福井県議会の山岸猛夫会長は全協終了後「『同等の意載がある』と言われでも納得できない。国の誠意が全く感じられない」と批判した上で「今回のような詭弁でなく、誠意を持った回答を持ってきてもらいたい」と述べた(福井:2023.6.24)。

また、櫻本副知事も30年ごろに2千トン規模の使用済み核燃料の中間貯蔵施設を操業開始すると約東していた関電の計画と比較しても搬出量が少ないと指摘。フランスへの「搬出が継続的に行われるものでもなく、県民からは根本的な問題解決になっておらず、先送りではないか」と苦言を呈した(福井:同上)。

4 猫の目の関電―中国電力の山口県上関原の中間貯蔵計画にも触手

フランスへの搬出計画を提案したわずか2か月後、「中国電力は、山口県上関町の同社所有地で、原発から出る使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設を検討していると表明した。単独での建設や運営が難しいとして、同様に施設が必要な関西電力と共同で進めるという。」「上関町では、1982年に町が原発誘致を表明し、2009年に準備工事が始まった。だが、11年の福島第一原発事故を受けて中断し、町側が地域振興策を中国電に要望していた(京都新聞社説:2023.8.11)。

京都新聞社説はこれを「関電は福井県との間で、中間貯蔵施設の県外候補地を今年末までに示すと約束している。できない場合は3基の運転を停止するとも明言している。中国電との中間貯蔵施設の共同開発は、まさに『渡りに船』だったのだろうが、場当たりが過ぎないか」と批判している(同上)。

しかし、杉本福井県知事は「県が求める使用済み核燃料の県外搬出に向け「(関電の取り組みが)少しずつ進んでいる印象」と評価(福井:2023.8.4)。どこまでも関電に舐められるつもりらしい。

5 使用済みMOX燃料の危険性

フランスに送る研究用の 200トンは関電の使用済み核燃料の一部にすぎず、それも一回限りである。MOX燃料は主にウランが核分裂するのではなくプルトニウムが核分裂することで発電する。そのため、発生する放射性物質の性格が異なり、半減期の長い、そして、中性子の発生が多いものになる。中性子の発生量は普通のウラン の使用済み核燃料に比較して10倍、ガンマ線の発生量は2割程度減って8割程度になる。発熱量がなかなか 減少しないために地上でプールの中に保管して水冷する期間が普通のウラン使用済み核燃料の約10倍必要になる。普通のウラン核燃料は30年程度プールで冷やすが、MOXの使用済み核燃料は300年程度はプールでの保管が必要となる。使用済み MOX 燃料そのものの再処理には、溶解しにくく再処理工程で厄介な作用をする白金族元素が多く含まれるため、極めて困難である。したがって、フランスへの搬出はあくまでも「試験」に過ぎない。しかも大規模放射能事故の可能性のある超危険な「試験」である。鈴木達治郎長崎大教授は「行き場のないものを海外に運んでも問題の先送りでしかない。」核燃料サイクル政策の「行き詰まりを直視し、全ての使用済み核燃料再処理する前提を含めて根本的に考え直すべきだ」と指摘する(朝日:同上)。

 

6 使用済み核燃料で一杯・危険性は増大で原発を止めるしかない

福井県内の商業用原発13基で生み出された使用済み核燃料は18,000体7,448トンであり。その約半分が英仏の再処理工場と東海・六ケ所村の再処理工場へ搬出されたが、現在もサイト内に9,578体、4,163トンが保管されている。これまで関電を始め各電力会社は2000年代から「リラッキング」という手法で、「使用済燃料を収納するラック(収納棚)をステンレス鋼製から中性子吸収材であるホウ素を添加したステンレス鋼製に変更し、使用済燃料プールの大きさを変えることなく、ラックの間隔を狭めることで、使用済燃料の貯蔵能力を増やす」(電事連解説)ことを行ってきた。しかし、それも限界に達している。関電は4.6年~6.6年で満杯になるとしている。しかも、福島第一原発事故・特に3号機核燃料プール爆発事故の教訓からは、使用済み核燃料が大量に格納容器のない核燃料プールに丸裸で保管されるということは危険極まりない。国は60年超の原発の運転を認めるというが、使用済み核燃料の置き場がなくては、60年超運転どころではない。自動的に原発を止める以外にはない。

 

7 原発を止めれば全電力会社は債務超過で破綻・国有化以外に道はない

関電の2023年3月末の貸借対照表によれば、固定資産のうち原子力発電設備が902,806百万円、原子力廃止関連仮勘定が45,123百万円、使用済燃料再処理関連加工仮勘定が180,035百万円、核燃料が494,026百万円で原発関連合計1,621,990百万円となる。一方、株主資本は資本金・剰余金など1,617,548百万円であり、もし、原発が止まれば、今までの発電資産は逆にお荷物の不良資産となり、関電は債務超過に陥る。この計算には、その後の原発の管理・解体・放射性廃棄物の管理費用などは含まれていない。倒産企業となる。全電力会社を国有化して放射能を管理していく以外に方法はない。

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【投稿】盗人猛々しい:福島第一原発放射能汚染水の海洋放出計画

【投稿】盗人猛々しい:福島第一原発放射能汚染水の海洋放出計画

                          福井 杉本達也

1 無理やり福島第一原発の放射能汚染水を海洋放出しようとする岸田政権

東京電力福島第一原発1~3号機のメルトダウンから12年、溶け落ちた核燃料(デブリ)は今後も半永久的に冷却し続けなければならない。原発事故の終息などというのは夢想にすぎない。ましてやデブリの取り出しなどというのは永久に不可能である。デブリを冷却するために注入する水や、流入する地下水が直接デブリに接することで大量の放射能汚染水が発生し続けている。原発の敷地内のタンクにこの放射能汚染水を貯め続けてきたが、その数は現在、1083基=全容量(137万トン)の98%(134万トンあまり)にも上っている。しかも、今でも、毎日100~130トン前後の汚染水が生じている。

菅前政権は、2021年4月・東京電力福島第一原発で増え続ける放射能汚染水の処分に関し、2年後を目途に海洋放出の方針を正式決定した。そして、今年に入り、岸田政権は1月に「海に放出し始め時期について2023年の『春から夏ごろ』との見通しを示した」(日経:2023.1.14)。しかし、放出反対を貫く漁業者に対しては、西村経産相は「『風評対策の徹底に万全を期す』と述べた。水産物の消費拡大など、地元や漁業者の理解を得るための取り組みを続りる。」(日経:同上)として、漁業者の懸念は、あくまでも「風評」であり、「実害」の放射能汚染はないとの一方的な主張を行った。札束でひっぱたけば賛成するだろうと、完全に地元住民をなめ切った対応である。6月26日には海洋放出に使う約全長1,030mの海底トンネル工事が完了。7月には「IAEAの安全基準に合致している」と結論づける報告書を公表、国際的お墨付きも得たとして強引に進める考えである。

 

 

2 尹韓国政権の抱き込みも図る

米国の強い圧力下で、韓国の尹錫悦政権は日本との関係改善を図るため、「汚染水」という言葉を「処理水」に変えることを考えている。韓国政府は5月に専門家による視察団を福島第一 原発に送った。しかし、「日本側が説明してきた安全性は十分浸透していない。韓国の野党が主導して放出に反対」し、尹政権を批判している(日経:2023.7.4)。「処理水の放出で海水を原料とする塩が汚染されるとの情報が出回り、ス一パーなどで塩の買い占めが起きた」(日経:同上)。

カン・ビョンチョル氏は、『ハンギョレ日本語版』において、「科学の名で他人の無知を批判したいという誘惑にかられた時は、まず自分が十分に知っていのるかを振り返ってみるべきだ。…政府与党が先頭に立って汚染水の海洋放出の安全性を擁護しているのは、おかしなことという次元を超え、超現実的だ。日本の立場を理解したとしても、それは日本政府がなすべきことではないのか。私は、今回のことが悪い先例となって放射性物質の海洋投棄が日常化するのではないかという恐怖を感じる。」(「安全なら海に捨ててもよいのか」カン・ビョンチョル:hankyoreh japan:20230.7.24)と書いている。

3 汚染水に含まれるトリチウムの危険性

国・東電はトリチウムはエネルギーの低いβ線しか出さないから安全だと主張している。隣国の韓国や中国も日本の原発以上に放出していると主張している。確かに、トリチウムの出す放射線のエネルギーは18.6keVとセシウムの1/7である。それでも私たち身体の細胞結合の1000倍ものエネルギーであるから、放射線を受ければ細胞はズタズタになる。トリチウムは三重水素で、自然界では酸素と結合して水として存在するから、水から水を分離することはできない。福島第一の放射能汚染水は国の基準をオーバーしている。これを海水で薄めて、濃度を国の基準の40分の1となる1リットル当り1500ベクレル未満まで下げ、太平洋に流してしまえという理屈だが、薄めてもトリチウムの総量は変わらない。タンクに入れておけば目に見える。海に捨ててしまえば見えなくなるというだけの発想である。見えなくなれば原発事故を「なかったことに」できるという浅はかな考えである。しかし、福島第一の溶融したデブリは永久に取り出せない。常に地下水が接触し汚染水は増え続けるから永久に海に捨て続けなければならないので「なかったことに」できるはずはない。

4 「汚染水」は「汚染水」―「処理水」ではない

松野博一官房長官は、7月6日、「放射性物質トリチウムの年間放出量は中韓両国を含む海外の多くの原子力関連施設と比べて低い水準にあると説明した。放出計画について『核汚染水』などと批判する中国に反論した(日経:2023.7.7)。しかし、溶融したデブリに接触した「放射能汚染水」と、正常に運転されている原発の炉心に直接接触していない「排水」は本質的に異なる。発生源が異なり、含まれる放射性核種が異なり、処理の難度が異なる。デブリに接触してきた「汚染水」には、含まれる核種が極めて多く、ALPSで取り切れないものも多数含まれまれる。原発が動いている段階では、トリチウムを含め核分裂成分はジルコニウムという金属製のパイプでできた燃料棒に閉じ込められている。燃料棒の中に閉じ込められていればまだ良い。ところが、福島第一原発では、この燃料棒が溶け落ちて、中に閉じ込めっれているべき核分裂成分が全て外に出てきてしまった。そのデブリを冷却水で冷やし、また地下水も湧き出ている。事故を起こした崩壊した炉心を通した水である。トリチウム以外に62種の放射性物質があり、濃度や組成はタンクによって均一ではない。通常運転時に放出されるトリチウムと同一視することはできない。「汚染水」という表現こそが科学的であり、「処理水」と表現するのは、「詭弁」である。

 

 

5 「人類の生命・健康にかかわる」と日本の強引な動きをけん制する中国

7月14日、ジャカルタのASEANと日中韓3カ国の外相会議で、中国の王毅政治局員は「処理水を『核汚染水』と呼び、海洋政出は『海洋環境の安全と人類の生命・健康にかかわる』などと批判した。」(日経:2023.7.15)。’これに対し林芳正外相は「科学的観点から意思疎通する」と反論した。

その後、7月18日には、中国税関当局は日本からの輸入海産物に対する全面的な放射線検査を始めた。また、香港もこれに追随した。日本からの海産物の輸出に占める割合では、中国・香港を合わせると約40%を占め、日本の漁業にとって大きな打撃となる。

7月27日付けの『人民網日本語版』は「日本は、国際社会、とりわけ利害関係者と十分な協議を行わないばかりか、世界の反対を押し切ってまで原発汚染水の海洋放出計画を強引に推し進めている。」とし、「原発汚染水の処分問題において、日本は誠意ある協議の原則に従うどころか、自国の過ちを認めずに他国を非難し、日本側の提案した科学に基づく専門家同士の対話を中国側が再三拒否してきたと主張した。これは、原発汚染水の海洋放出の強引な推進という誤った決定を日本が全く考え直していないことを示している。日本は自問すべきである。日本が海洋放出という結果をあらかじめ設定した前提の下で対話や協議を行うことに何の意味があるのか。日本に本当に協議をする誠意があるのなら、海洋放出開始の一時停止を宣言し、近隣諸国など利害関係者による原発汚染水の独自のサンプリング・分析を認め、海洋放出以外のあらゆる可能な処分方法を検討することに同意すべきである。」と書いている。これ以上強引に海洋投棄を行おうとすれば、漁業関係者のみならず、日本は放射能による被害ばかりか経済的にも大きな打撃を受け、国際的信用も失墜する。中国を始め国際社会の声に真摯に対応すべきである。

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【投稿】BRICS通貨の誕生

【投稿】BRICS通貨の誕生

                       福井 杉本達也

1 BRICS通貨の登場

8月22日、国際金融で、1971年以来の重要な進展がある。7月7日付けのRTによると、BRICSのブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカが、金に裏打ちされた新しい貿易通貨を導入することを明らかにした。BRICS 通貨はドルのような紙幣通貨としてではなく、IMF が各国に貸し付けているSDR(特別引き出し権)と同じ国際通貨として構想されている。BRICS 通貨はユーロのように、加盟国の通貨をなくすものではなく、各国の中央銀行と通貨は残る。SDRは貿易と所得収支の赤字で、外貨準備が足りなくなった国に現在、3000 億ドルが貸し付けられている。

2 BRICS通貨は米ドルに置き換わるか

米ドルは、世界の支配的な通貨であり、国際取引におけるその利用は、世界経済に占めるアメリカのシェアをはるかに上回り、現在約24%となっている。また、通貨別の中央銀行の外貨準備はドルが58.4%を占めている。しかし、BRICS通貨は、ドルの基軸通貨としての役割を弱める。最終的には、米ドルに、BRICS新通貨が、置き換わる可能性がある。

「この新しい通貨を使う国が増えれば増えるほど、対外貿易のために米ドルを保有する必要がなくなった国から、外国で保有されていた米ドルがアメリカに戻ってくることになる。 米ドルがアメリカに戻ってくると、アメリカではかつてなかったようなインフレが起こるだろう。アメリカではもうほとんど何も製造していない。 アメリカで売買されるものは、ほとんどすべて海外で製造されている。 米ドルが海外から戻ってくると、米ドルの価値は他の通貨に対して急落する」。米国は、イラクやリビアが米ドル以外の通貨構想を立ち上げようとしたとき、「事態を食い止めるために実際の戦争に踏み切った」(「ロシア、『BRICS』が金裏付け通貨を立ち上げることを確認」:RT速報:2023.7.7)。「ロシアとBRICS諸国が発表したことを実行に移せば、アメリカの世界支配は完全に崩壊する。アメリカ政府内部には、世界の支配権を失うくらいなら、むしろ世界全体を焼き尽くすことを望む人々が大勢いる。 簡単に言えば、彼らは自分たちの金融支配力を維持するためなら手段を選ばず、自分たちの権力を脅かすあらゆるものを、積極的に、悪意を持って、残忍に、破壊する」(RT速報:同上)。

3 なぜBRICS通貨なのか

脱米ドルの背景には、米国が経済制裁という手段を使って、ドルを武器化していることにある。ロシアへのウクライナ侵攻に対抗して、ドル決済システムであるSWIFT電子銀行清算システムから排除し、ロシアの資産を凍結し、G7諸国やEU諸国による原油や天然ガスの禁輸などの経済制裁を行って、ロシアを破綻させようとした。また、EUは、凍結された約2000億ユーロ(約31兆5000億円)のロシアの資産没収とそのウクライナへの譲渡について合意できない。もしそのようなことをすれば、世界の中央銀行からの預け金としてのユーロと国債に対する信頼性を損なうおそれがあるからである。

米国はこれまで、イランやベネズエラのような国々を罰するために制裁を行ってきた。グローバルサウスの国々は、米国に逆らえば、次は自分たちの番だ、という結論に達した。そのためドル体制から脱却しようとする動きを加速させている。

4 赤字を40 年も垂れ流してきた国の通貨が、もっとも信用の高い基軸通貨であるという矛盾

米国という赤字国が発行するドルがもっとも信用される通貨だというは矛盾である。第二次大戦後の経済体制を決めた1944年のブレトンウッズ会議で①参加各国の通貨はアメリカドルと固定相場でリンクすること、②アメリカはドルの価値を担保するためドルの金兌換を求められた場合、1オンス(28.35g)35ドルで引き換えることが合意された。だが、ベトナム戦争により米国経済は大きく傾むいた米国はドルの金兌換を要求されても支払うべき金はなくなっていた。そこで、1971年のニクソンショックにより、金・ドル交換停止され、ドル紙幣は金という「貨幣としての貨幣」の裏付けのないただの紙切れとなった。金という錨がなくなれば、インフレーションによってその価値はどんどん下落し続ける。そこで米国は、産油国のリーダーのサウジと「『原油はドルで売る、代わりに米国は王家の体制の維持を米軍が守る』とするキッシンジャー・ヤマニ密約」をし、「信用通貨になったドルが、基軸通貨であることを続けた」。石油を持たなに非資源国は「産油国から原油を買わねばならない。その決済通貨はドルである。従って、世界はドル準備(外貨準備=ドル預金またはドル国債)をもたねばならない。これが世界に、赤字通貨のドル買いとドル貯蓄(外貨準備)を促してきた」・いわゆる『ペトロダラー・システム』である(「ビジネス知識源」:2023.7.17)。世界はこれを1971 年から52 年も是認してきた。

5 ドルは過大評価されている

ドルは他のすべての通貨に対し不当に過大評価されており、グローバルサウスの人々はドルを稼ぐために一生懸命働かなければならない。米国は米ドルをフリーランチとして印刷するだけで他の経済を犠牲にして利益を得ている。FRBの量的緩和は資産市場を支えるために使用しているが、外貨はもはや資産市場を維持するために必要なほど入ってこない。米ドルの需要は減少しているが、米国の貿易赤字と財政赤字のために供給は増加している。米国が他の国々に貯蓄をドルで保持させること、つまり財務省証券を購入させなければならないが、もし、それが不可能な場合、彼らは軍事費の国際収支コストを支払うことはできなくなる。もはや、彼らは海外で軍事大国でいることはできなくなる。解決できる唯一 の方法は、輸入を大幅に削減することである。

BRICSは国際収支の黒字化に伴い、より多くのドルを得る代わりに、彼らは金を購入し、お互いの通貨を購入している。本当のBRICS銀行ができるまでにはしばらく時間がかかる。どのような種類の通貨が生み出されるのかについて、国々の間で政治的合意を持たなければならない。

7月20日、100才のキッシンジャーが老体に鞭打って中国を訪問し、1971年からの「古い友人」として、習近平氏の歓待を受けた。米国の債務は31兆4000億ドルまで膨らんでいる。米国債を売らないでくれと習近平氏に懇願したことであろう。今、米国債価格は必然的に暴落し、多くの国の経済を破壊しようとしている。何億人もの雇用と何兆ドルもの年金が失われる。

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【投稿】米FRB・利上げ乱発、効果なし--経済危機論(114)

<<パウエル発言で急騰、急落>>
7/26、米連邦準備制度理事会(FRB)が金利をさらに25ベーシスポイント引き上げた。結果、16ヶ月で11回目となる利上げによって、借入コストは、5.25%〜5.5%のレンジに押し上げられ、2001年初頭以来の高水準となった(下図の通り)。
 この日、株価はパウエル議長が「インフレ率は予想よりやや改善している」と発言するや、S&P500種株価指数はすぐさま急騰、最高値を更新、4月上旬(FRBが初めて利上げを開始した2022年3月)以来の高値を記録、ダウ平均株価も上昇、1987年1月以来の記録を更新した。ところがである。同じ発言の続きで、パウエル議長が「FRBはもはや景気後退を予想していない … 2025年までインフレ率が2%になるとは見ていない」と発言するや、ダウは4,600ドル超の高値から急落する、異常な事態が展開された。しかしこれは、異常でもなく、根底にあるFRBへの信頼の崩壊、結局はFRBは無為無策、無能であった、何の成果もあげられなかったことへの当

然の反応でもあった、と言えよう。
バイデン政権は経済は好調であり

、その努力により状況は改善されていると主張し続けている。インフレ率が改善していると言いながら、なぜFRBはまたもや利上げを続けるのか?
実際は、インフレは収まっているどころか、一次産品価格は上昇し始めており、先月、すべてのサービス(米国経済の80%)の価格が6.2%上昇し、前月の5.3%を上回っているのである。
第二に、 FRBは依然として急増する赤字(1兆ドル超)をカバーするために、たとえインフレが鈍化しても金利はしばらく高止まりすると発言しているが、これは、投資家に国債を買わせるために必要な慢性的な高金利を示唆しているものでもある。そうしなければ、米国は慢性的な年間10億ドル超の財政赤字をカバーできないことを吐露しているものでもあろう。

<「差し迫った景気後退の強力な予兆 」>>
失業率は、FRBが昨年3月に利上げを開始したときと全く同じ水準にある。エリザベス・ウォーレン上院議員(民主党)は7/25、パウエルに送った書簡の中で、黒人労働者の失業率が6月に1.3ポイント上昇して6%となり、労働市場全体に差し迫った問題を示唆する可能性があると指摘。「この最近のデータは憂慮すべきもので、FRBの積極的な利上げキャンペーンの危険性を浮き彫りにしている。広範な調査によれば、労働市場が低迷した場合、黒人労働者は通常真っ先に職を失う。従って、黒人の失業率の急激な上昇は、”差し迫った景気後退の強力な予兆 “となりうる。」と警告している。
 同日、利益相反、責任追及の調査を行っているAccountable.USは声明を発表、「FRBによる前例のない利上げの乱発は、企業の価格高騰をほとんど抑制していない」、「それどころか、多くの平均的なアメリカ人にとって、お金を借りるには高すぎる金額になってしまった。FRBのおかげで、住宅や新車を購入できるアメリカ人は減り、製造業の仕事は需要が減少している。FRBが一時利上げを見送った後、再び利上げに踏み切るのは、癒えかけていない経済の深い傷から包帯をはがすようなものだ。」と指摘している。

グラウンドワーク共同体のリンジ・オーウェンズ事務局長は7/25の声明で 「パウエル議長とFRBは、強い労働市場と物価下落のどちらかを選ばなければならないという、インフレタカ派が売りつける誤った選択を押し付け続けている」、「データは、我々は両方を手に入れることができることを示している。」、「インフレの原因が何であれ、金利を引き上げようとする危険な反応は、政策の失敗であると同時に、労働者が消耗品以外の何物でもない世界を想像することの失敗でもある。」、「FRBは利上げキャンペーンを永久に終わらせるべきだ。」と明確に要求している。

FRBと同様、欧州中央銀行(ECB)も利上げ継続を宣言する中、ドイツとフランスはともに、EU最強の経済大国の座から滑り落ち、今や最弱とも言える経済後退に直面している。それは、米英ネオコン勢力の対ロシア経済制裁に同調し、より安価なロシアのエネルギーを、より高価な米国の石油/ガスと交換した直接的な結果でもある。
ウクライナ戦争という泥沼の落とし穴にEU諸国が閉じ込められ、経済の疲弊をさらに推し進めるかぎり、米英、EU、日本を含むG7の政治的経済的危機の深化は避けられないであろう。危機打開の道は、緊張緩和・平和政策以外にないのである。
(生駒 敬)

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【投稿】NATOの亀裂と核戦争への危険--経済危機論(113)

<<バイデン「(プーチンは)すでに負けた」>>
7/13、リトアニアのヴィリニュスで開かれたNATOサミットを終えたバイデン米大統領は、NATOの新加盟国フィンランドを訪問。ヘルシンキでの記者会見で、フィンランドの若い女性記者から、ウクライナのNATO加盟への希望が打ち砕かれ、あいまいに先延ばしにされたのは、NATO内部の亀裂、そして米国内の政治的不安定性が将来同盟関係に問題を引き起こすのではないかと危惧しているからでしょうか? と質問された。バイデン氏は、このジャーナリストとしては当然な質問に、急に怒りだし

、「将来の保証ができないとは言ってないよ!」と叫び、「今晩家に帰れるかどうかも分からないんだよ!」と突飛もない発言をし、その冷静さを失ってしまった事態を取り繕うために、プーチン大統領は「すでに負けている」と宣言したのであった。
プーチンが「すでに負けた」のであれば、すぐにでも停戦交渉に入るべきであろう。しかし実態は、逆にNATOにとって深刻であり、大規模な軍事支援にもかかわらず、ウクライナの巻き返しは失敗していることが明瞭になりつつある。こうした事態を逆転させるには、ウクライナへの大規模な軍事支援、世界大戦への戦線拡大、さらには、核戦争への危険なエスカレートをさえ排除しない、挑発的・冒険主義的路線さえ浮上していると言えよう。
 プーチン敗北宣言の同じ7/13、バイデン大統領は、ヨーロッパへの米軍増派を明らかにし、国防総省が3000人の予備役を動員することを認める大統領令に署名した。すでにアメリカはヨーロッパに20,000人以上の兵力を追加配備しており、ヨーロッパ大陸における米軍の兵力レベルがすでに100,000人を超えている。
今回のサミットで、ウクライナのNATO加盟を見送る代償として、新たに「NATO・ウクライナ評議会」なるものを設立、「対等な立場で会合し、危機協議を行い、共同で決定を下す」とし、ウクライナ軍がNATO軍と完全に相互運用可能になるよう支援する複数年にわたる支援プログラムに取り組むことを明らかにした。フランスは長距離SCALP-EG巡航ミサイル(ストームシャドウミサイル)を送ることに合意し、英国は装備修理費として6,500万ドル、追加の軍用車両70台とチャレンジャー2号戦車用の数千発の弾薬を保証、ドイツは追加のマーダー歩兵戦闘車40台、レオパルト1 A5主力戦車25台、パトリオット防空システム用発射装置2台を含む7億7,100万ドルのパッケージを約束、ノルウェーは小型偵察無人機1,000機をウクライナに供与する、とメディア報道が伝えた。 米、英、NATOは、核爆弾搭載可能なF-16戦闘機パイロットの訓練を加速することで合意した。かくして、NATOの即応兵力は4万人から30万人に増強される。
さらに、日本の岸田首相を含むG7は7/12、共同声明を発表し、「本日、我々はウクライナとの交渉を開始し、この多国間の枠組みに沿った二国間の安全保障の約束と取り決めを通じて、それぞれの法的・憲法的要件に従い、ウクライナに対する我々の永続的な支援を正式に表明する」と述べ、より多くの軍事援助、訓練、情報共有、サイバー協力、ウクライナの軍産複合体への支援などが含まれることを明らかにした。しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領は、「G7の約束はNATO加盟の代わりにはならない」と不満を表明している。

つまりは、米国とNATOの中枢は、停戦や平和的解決などまるで眼中になく、ウクライナがどれだけ犠牲を被ろうと、ロシアを出口の見えない罠に追い込み、泥沼の戦争を永続させるために全力を尽くそうとしているのである。大規模かつ世界的な軍事エスカレーションを組織し、世界大戦化と、原発の破壊攻撃を含む核戦争さえも、すでに射程に入っているのだとも言えよう。

<<「武器よりも平和が必要だ」>>
NATO内部の亀裂に関して言えば、ハンガリーのオルバン首相が、「ウクライナでは武器よりも平和が必要だ」と明確に述べ、「我々が代表するハンガリーの立場は変わらない。ウクライナに提供されるべきは、武器よりもむしろ平和である」と語り、停戦と和平交渉の緊急開始を求めたのである。「戦争は我々の隣で起こっており、トランスカルパティアに住むハンガリー人のために、何万人ものハンガ

NATOサミットでのオルバンとバイデン

リー人が直接的な危険にさらされている。ハンガリーは、NATOが以前の立場を堅持することを望んでいる。NATOは加盟国を守るために設立されたのであって、他国の領土で軍事作戦を行うために設立されたのではないとオルバン氏は述べている。

ヴィリニュスのアメリカ代表団は、NATOサミットのコミュニケに失望を表明し、批判したゼレンスキー大統領に対して「激怒」しているとワシントンポスト紙は報じている。ベン・ウォレス英国防長官は、ウクライナは恩知らずで、NATOの支援者をアマゾンの倉庫のように扱う癖があると揶揄している。
共和党のランド・ポール米上院議員は、「われわれは1000億ドルを彼らに与えたのに、彼はわれわれに、もっとスピードアップしたほうがいいと言うような図々しさを持っているのか? 大胆としか言いようがない。図々しいとしか言いようがない。これまで彼に与えた1000億ドルに対する感謝もない。」とこきおろし、さらにバイデン大統領がウクライナにクラスター爆弾を送る決断を下したことを批判し、「紛争は交渉による解決によってのみ終わらせることができる。我々がゼレンスキーに無制限の武器を供給し続ける限り、彼は交渉する理由がないと思う。だから交渉を先延ばしにしているのだと思うが、最終的に敗者となるのはウクライナの人々だ」と批判し、バイデンは代わりに流血を長引かせないよう外交的解決策を模索することに集中すべきだと、バイデンの最も痛いところを鋭く突いている。

今回のNATOサミットでさらに問題なのは、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの「アジア太平洋パートナー」4カ国を特別に招待し、これら4カ国の新たな名称を特別に創設し「アジア太平洋4カ国(AP4)」と称し、アジア太平洋地域における事実上の「NATO+」の新たな同盟国とすることを明らかにしたことである。NATOの共同声明発表の段階では、「インド太平洋4国(IP4)」に変更されているが、これは明らかに、バイデン政権の対中国緊張激化政策と連動するものであり、日本の岸田政権が果たしている極めて悪質な役割が厳しく指摘されるべきであろう。
(生駒 敬)

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【投稿】債権者(債権国)の請求権を債務者(債務国)の財産に優先させない―現代の『徳政令』(マイケル・ハドソン教授らの論稿紹介)

【投稿】債権者(債権国)の請求権を債務者(債務国)の財産に優先させない―現代の『徳政令』(マイケル・ハドソン教授らの論稿紹介)

                              福井 杉本達也

1 ロシアへの経済制裁の結果、BRICS諸国などが雪崩を打つようにドル離れ

エマニュエル・トッド氏は池上彰氏との対談『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』 (朝日新書:2013.6.13)の中で、「ヨーロッパ人は現実を直視していない」として、「インフレもあり、生活水準もだんだんと下がってきてしまっています」と述べ、一例として「ICCがプーチンに逮捕状を出すといったようなばかげた行動」などをあげ、西欧の「世界支配の終焉」を迎えている中で、「ヨーロッパ人も病んでいる」と書いている。

G7の構成国であるフランスのマクロン大統領は8月に開催されるBRICSの会議に参加したいと主催者の南アフリカに申し入れている。また、マクロン大統領はG7が一致して攻撃する中国に対しても非難しないとした。さらには、中国からガスと石油を購入し人民元で支払うと表明している。ロシアへのウクライナ侵攻に対抗して、ドル決済システムであるSWIFT電子銀行清算システムから排除し、ロシアの資産を凍結し、G7諸国やEU諸国による原油や天然ガスの禁輸などの経済制裁を行って、ロシアを破綻させようとした。しかし、ロシア経済は大きな打撃を受けなかった。ロシアの石油は中国やインドが大量に買い付け、ロシアはドルという基軸通貨がなくても経済は正常に機能することを実証した。逆に制裁を行った側のG7やEU諸国の方がインフレの高進などで大きな打撃を受けている。ドルは世界から疎まれ、他方では国際社会における中国の影響力をさらに増大させた。これからさらに何が起ころうとしているのか。ドル体制の崩壊とその後の世界経済の動向について、最近、ミズーリ大学カンザスシティ校のマイケル・ハドソン教授らが示唆に富む論陣を張っているので紹介する。一部機械翻訳であり、引用文面のみで読みにくいが、お許し願いたい。

レーガン政権下で財務次官を務めたポール・クレイグ・ロバーツ氏は「米ドルが全ての国で準備通貨として需要があり、彼らが国際取引の支払いのために使用する限り、それはアメリカにとって問題ありません。また、貿易黒字を持つ国々は自国の通貨余剰を米国の国債に保持することで、アメリカの貿易赤字と予算赤字の両方の資金調達を行っています。信じられないほどの愚かさで、ワシントンは世界の基軸通貨である米ドルの心臓を短剣で突き刺し、結果としてワシントンのお金を刷り増すことによる支払い能力を終わらせました。その短剣とは、バイデン政権によるロシアをはじめとする制裁とロシアの中央銀行預金の差し押さえです。これにより、ドル残高を保有することはその国がワシントンに収奪されたり支配されたりするリスクにさらされることを世界の他の国々がついに確信したのです。その結果、世界はドルの使用から離れ、代わりに自国通貨または他の通貨で貿易収支を決済するようになりました。したがってドルの需要は減少しているが、米国の貿易赤字と財政赤字のために供給は増加している」と述べている(『耕助のブログ』「アメリカは支配者層エリートによって破壊された」The United States Has Been Destroyed by Its Ruling Elites by Paul Craig Roberts2023.6.13)。また、イエレン米財務長官も6月13日の米下院財務委員会の公聴会で、米国が制裁を発動した場合、制裁の対象となる可能性のある国は「ドル以外の決済手段を模索する動機があるだろう」と述べた。

スプートニクス日本によると米ユーチューブの番組「Redacted News」の司会者であるクレイトン・モリス氏は、ロシアと中国は、BRICSの枠組みの中でドルに取って代わろうとすることで、ドルに壊滅的な打撃を与えた。さらにラオス、パキスタン、アルゼンチンなど取引に米ドルを使わないことを決めた国が最近増えつつあるとモリス氏は指摘している。米国通貨の魅力が低下しているのは、貿易赤字とだという。同時に、米政府は中国から資金を借りて軍産複合体に費やしているが、これは公的債務の状況を悪化させると述べた(Sputnik日本:2023.5.30)。これより先、南アフリカは、相互決済のための単一通貨創設の可能性について議論する計画があると明らかにした。

2 債権者の請求権を債務者の財産に優先させない―現代の『徳政令』

マイケル・ハドソン教授は、「バビロニアの律法学者が最初に行った数学の練習は、「負債が2倍になるのにどれくらいの時間がかかるか」というものでした。どんな借金でも、有利子負債でも、2倍になる時間がある。それが指数関数的な成長であることを彼らは発見した。倍増、倍増、倍増、倍増。それがS字カーブです。指数関数的な上昇曲線を描いている」「債務の数学は生産と消費の経済を記述する数学とは異なる」「負債は、実体経済の成長能力を超えて、指数関数的に、そして不可避的に成長する」「ギリシャやローマでは…人々が支払えなくなると、土地を失い、自由を失う。債権者の束縛」に陥いる。これが、西洋文明であると述べる(マイケル・ハドソン:負債と古代の崩壊:2023.4.21)。

ビジネス知識源はこれを『羊毛刈り』という言葉で表現している。「通貨の増発と、金利を下げた貸付金の増加によって、 国民経済に、インフレから資産バブルを作って・インフレ対策として、金利を上げ(金融を引き締めて)、 ・不況を作り、資産価格(株価、不動産)を暴落させて、 結果として、銀行が担保の資産を接収することです。 国民経済の果実を刈りとる。これを『羊毛刈り』といったのです」。「『羊は太らせて食え』」ということである(ビジネス知識源:2023.5.30)。

マイケル・ハドソン教授は新著『The Collapse of Antiquity(古代遺物の崩壊)において、「すべての欧米の金融システムに共通するものがあることだ。それは負債であり、複利によって必然的に増大する負債である。」西アジアでは「借金を帳消しにすることの重要性を知っていた。さもなければ臣民は束縛されることになるだろう。抵当権を持つ債権者たちに土地を奪われ」ると。しかし、ギリシャ・ローマででは「債権者が融資を始め、債務者が支払えなくなり、債権者はますます多くのお金を得るようになる。そして寡頭制は世襲制になり、貴族制になる」(『耕助のブログ』「崩壊に向かう借金帝国アメリカ」US Empire of Debt Headed for Collapse by Pepe Escobar 2023.5.28)。

「ローマの契約法は、債権者の請求権を債務者の財産に優先させるという西洋法哲学の基本原則を確立した(今日では「財産権の保障」と婉曲に表現されている)。社会福祉への公的支出は最小限に抑えられ、それを今日の政治イデオロギーは『市場』に問題を委ねるという言い方をしている。その市場とは、ローマとその帝国の市民が基本的な生活必需品を裕福なパトロンや金貸しに依存し、パンとサーカスについては公的な給付金や政治候補者によって負担されるゲームに依存し、政治候補者自体もしばしば裕福なオリガルキーたちから資金援助を受けて選挙活動を行った。」このローマの契約法こそ今日、米国が強調する『法の支配』といわれるものである。そして、ローマは「奪うべき土地と略奪すべき貨幣がなくなったとき、西の帝国が崩壊した」。「今日の銀行危機で起きているのは、経済が支払える速度よりも借金の方が速く成長すること」だと述べている(『耕助のブログ』同上)

「多くの人々は、借金、利息の支払い、そしてすべての債務者が借金を支払わなければならないという事実は、金融のルールが普遍的であると想定されていると考えています。」「現代経済史の政治的メッセージは…すべての債務は支払われなければならず、債権者の利益は債務者の利益、および債務社会全体の利益よりも優先されなければなりません。」(『耕助のブログ』同上)と。

しかし、いま、この2000年にわたる『法の支配』は『法の支配者』自らによって破られようとしている。EU委員長のフォンデアライエン氏は「ロシアは大規模な破壊の代債を払うべきだ」とし、約2000億ユーロの「ロシア資産をウクライナ復興に活用する」ために「強力な法的手段」をとると言明し、ローマの契約法を自らが破ると宣言した(日経:2023.6.28)・。

 

3 不均衡をどのように是正するか:BRICSがドル基軸体制以外のまったく新しい金融システムを作る可能性

マイケル・ハドソン:「重要なことは、…実際に通貨の相対為替レートを決定するのは貿易ではないということです。」「為替レートは実際には金融市場の関数であり、特に貿易、特に対外債務返済ではありません」。

ラディカ・デサイ「投機的な資産市場」「ある人々から他の人々に収入を移すことによって少数の人々を非常に豊かにすることを除いて、誰も養わないだけでなく、生産を絞め殺します」「それに加えて、本質的には金持ちや大きな機関が供給する需要であるドルの需要を生み出すことによって、このシステムが行ったことは、ドル以外のほとんどの通貨の交換価値を下げた」「ドルは他のすべての通貨と比較して過大評価されており、貧しい国の一般の人々はドルを稼ぐために一生懸命働かなければならないだけでなく、ドルが不当に過大評価されているので不当に一生懸命働かなければなりません。」

連邦準備制度の量的緩和は「資産市場を支えるために使用している」「外貨はもはや資産市場を維持するために必要なほど入ってこない」「もしこれらの資産価格が下落すれば、連邦準備制度の介入がなければ、もちろん、最も裕福なアメリカと世界のエリートの富は一掃されるだろう」

ラディカ・デサイ:「インフレの復活はドルシステム自体の危機です。そしてまた、帝国主義の重要な基盤の一つは、豊かな国々、特に米国に来る資源を安く保つことであるという単純な意味での帝国制度の危機である」「ドルの価値が下がるにつれて、インフレが上がるにつれて、これらのものはもはや安くはなく、これらの国々の生活費と生産コストを本質的に低く抑えることはもはやできません。」「世界の準備通貨に占める米国のシェアが大幅に低下している」

ラディカ・デサイは他の解説でも「米国はすでにインフレに苦しんでおり、それはすでにその帝国の力が低下しているという事実の印です。結局のところ、なぜ米国はインフレに苦しんでいるのでしょうか。なぜなら、世界の他の国々に商品やサービスを無料で販売することを強制する能力が低下しているからです。」と述べている(「中国は米国主導の金融秩序の崩壊としてグローバルな代替案を構築」China builds globalalternative as US-ledfinancial order decays:マイケル・ハドソン×ラディカ・デサイ×ミック・ダンフォード:2023.5.28)

マイケル・ハドソン:「米国債が、アメリカ人と友好的なヨーロッパ人にとって、あらゆる投資の中で最も安全であることは間違いありません。」「米国はいつでもドルを印刷でき、アメリカ人であれば安全であり、上下する株を保有するよりも安全ですが、外国人の場合、連邦準備制度は外貨を印刷できません。」アメリカ人にとって米国債は「『良い債務』です。アメリカ人が外国人に所有している国庫による債務は『不良債権』です。お支払いはできません。」「それが彼らが金に移行している理由です」

ラディカ・デサイ:「世界の他の地域がまったく新しい金融システムを作る可能性です」「この壊れたシステムを、まったく新しい原則に基づくまったく新しいシステムに置き換えることです。」

マイケル・ハドソン:「それ自体は脱ドル化ではありません。それは脱新自由主義です」、「解決策は明らかに次のようになります:あなたは人工通貨を作成します。前にも言いましたが、金ではないことを除いて、それは紙の金のようなものです。」「ケインズのバンコールのようなもの(バンコールと国際通貨同盟(ICU)に対するケインズの提案)、または中央銀行間、政府間でのみ独自の目的のために使用できる一種のクレジットとして政治的に定義されるものです。そして、これは米国が本当に恐れていることです。」

「世界経済は、通貨をフリーランチとして印刷するだけで他の経済を犠牲にして利益を得る特定の経済に集中することなく、私たちに利益をもたらし、相互に利益をもたらす方法」

ラディカ・デサイ:「バンコールと国際通貨同盟の原則を受け入れた場合、その考えは、大手金融企業を含む大規模な民間企業の力を増やすことではなく、逆に、経済は生産、生産性、および広範な繁栄の創造に焦点を当てるように運営される」「ドルシステムは、本質的に米国の経常赤字に基づいているため、体系的には不均衡の生成に基づいています。不均衡が大きければ大きいほど、世界のシステムに提供される流動性は多く」なる。ケインズの、「ICUの設計方法は、不均衡が持続しないようにすること」「世界貿易、世界の投資関係のバランスが多ければ多いほど、それは実際に通貨の使用の必要性を減らすことです、なぜなら解決する不均衡がなければ、お金は必要ない」

マイケル・ハドソン:「どんな経済でも、特に債務のために、自然な傾向は二極化することです。債務が経済よりも速く成長する」それが不均衡な場合、「債権国による債務の蓄積をキャンセルし、債務国の債務を一掃」する。緊縮財政を押し付けず、「不均衡の結果は一掃されます。不均衡自体は治りませんが、不均衡の結果は一掃され、世界は秩序をある程度回復し、正常と支払能力を回復することができます。」「唯一の解決策は金融債権者によって蓄積された債務を一掃することです。」(「脱ドル化は通貨以上のものですードルシステムが衰退するにつれて、次に何が来るのでしょうか?―」(De-Dollarization Is About More Than Currencies As dollar system declines, what comes next?)マイケル・ハドソン×ラディカ・デサイ:2023.4.28)。

 

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【投稿】核の脅威の再浮上--経済危機論(112)

<<ハーシュ氏の警告>>
「世界終末のパートナー」(PARTNERS IN DOOMSDAY)と題して、バイデン、プーチン、米ロ両大統領の握手写真を冒頭に掲げながら、著名なジャーナリストのシーモア・ハーシュ氏は、「ウクライナが反撃を開始し、バイデンのタカ派が見守る中、ロシアからの新たなレトリックは核の脅威の復活を示唆している」と警告を発している。(Seymour Hersh 2023/6/15)

 ここでハーシュ氏が指摘する「バイデンのタカ派」とは、米国務省内では、この6/30にウェンディ・シャーマン国務副長官が退任し、国務省内では、後任に選ばれるのではないかと恐れている人物について、パニックに近い状態になっている、という。その人物とは、ビクトリア・ヌーランド欧州・ユーラシア担当国務次官補である。彼女は、反ロシア・タカ派の急先鋒で、2014年にウクライナにアメリカの傀儡政権を樹立させた最大の功労者として、「バイデン大統領の意見とぴったり一致する」人物であり、「バイデンは、ウクライナ戦争の勝利、あるいは何らかの満足のいく解決によって、再選の可能性があると確信している」ことから、ヌーランドは現在、政治問題担当の次官として、ブリンケン国務長官が出張している間、国務省の各局の間で「暴走している」状況だという。
ハーシュ氏は言及していないが、この「バイデンのタカ派」を支えるネオコンシンクタンク=アメリカン・エンタープライズ研究所(American Enterprise Institute AEI)は、すでに6/9、「バイデンはロシアのウクライナへの核攻撃を抑止できるのか? イエス、もし彼がウクライナに戦術核を与えれば可能だ」(Can Biden Deter a Russia Nuclear Attack on Ukraine? Yes, if He Gives Ukraine Tactical Nukes )と題するマイケル・ルービンの論文を掲載し、アメリカの核政策は、「希望的観測ではなく、現実に即している」べきだと主張し、ホワイトハウスは、「核兵器の使用を抑止する最善の方法は、核兵器を使用する意思を示すことだ」と要求し、「キエフに核兵器を持たせることを約束すべきだ」と、ウクライナの核兵器保有を提案している。危険極まりない動きである。

ハーシュ氏がもう一方で指摘する「ロシアからの新たなレトリック」とは、プーチン氏に近いことで知られているモスクワの学者で、ロシア外交防衛政策評議会の会長を務めるセルゲイ・A・カラガノフ氏(ロシア外交防衛政策評議会名誉議長、モスクワ高等経済学校(HSE)国際経済・外交学部学術指導教授)が、6/13にロシア語と英語で発表し、6/14、ロシアの実質国営メディア・RT上で、全文掲載された「ロシアは核兵器を使用することで、人類を地球規模の破局から救うことができる」(Sergey Karaganov: By using its nuclear weapons, Russia could save humanity from a global catastrophe )という論文である。

カラガノフ氏の主張の一つは、ロシアが圧勝しても、現在進行中のロシアとウクライナの戦争は終わらないということである。「武器で武装した超国家主義的な人々がさらに憤慨し、その傷口は必然的に複雑化し、新たな戦争に発展する恐れがある」と書いている。「最悪の事態は、莫大な犠牲を払ってウクライナ全土を解放しても、ウクライナが廃墟と化し、そのほとんどが我々を憎む人々で占められることだ」、「休戦は可能だが、平和はありえない」「欧米の動きのベクトルは、第三次世界大戦への転落を明確に示している」と。ハーシュ氏は、「このエッセイは、絶望に満ちている」、と指摘する。
その「絶望」を回避するためには、「容認できないほど高く設定された核兵器使用の閾値を下げ、抑止力とエスカレーションの梯子を迅速かつ慎重に上ることによって、核抑止力を再び説得力のある議論にする必要がある」とカラガノフ氏は主張する。「それは道徳的に恐ろしい選択です。私たちは神の武器を使い、大きな精神的損失を自ら宣告することになるのです。しかし、このままではロシアが滅びるだけでなく、人類文明全体が終わってしまう可能性が高い。」として、「ロシアは核兵器を使用することで、人類を地球規模の破局から救うことができる」と、結論する。
ハーシュ氏は、「カラガノフの運命論はどう受け止めたらいいのだろう。彼の発言は上層部の政策を反映しているのだろうか。プーチンとともに、いつ、どこで、爆弾を落とすか、そのアイデアをめぐらせているのだろうか。」と、深刻な懸念を表明している。

<<「性急さは常に劇的な誤算をもたらす」>>
このカラガノフ氏の主張に対して、6/16、同じロシアのメディアRT上で、「イリヤ・ファブリチニコフ ロシアが西側諸国に対して核兵器を使用するという呼びかけに私が同意しない理由」と題する論文が発表された。異例の展開である。筆者は、外交・防衛政策評議会メンバー、コミュニケーション・アドバイザー、イリヤ・ファブリチニコフ氏である。

ファブリチニコフ氏は冒頭、「カラガノフの先制攻撃の呼びかけは、大きな議論を巻き起こしたが、私はNATOの餌になることには賛成できない。」と述べる。カラガノフは、ウクライナ軍に近代兵器を投入している集団的西側諸国との駆け引きをやめ、原子エスカレーションのはしごを素早く始めるべきだと提案している。しかし、ロシアの核ドクトリンは、2020年6月2日付で「核抑止力分野におけるロシア連邦の国家政策の基礎」に明記された。そこには、はっきりとこう書かれている: 「ロシア連邦は、核兵器を専ら抑止の手段として捉え、その使用は極端かつ強制的な手段であり、核の脅威を低減し、核を含む軍事衝突を誘発し得る国家間関係の悪化を許さないために必要なあらゆる努力を行っている。ロシア連邦は、以下の4つのシナリオ(またはその組み合わせ)において、核兵器を使用する用意がある:
a) ロシア連邦および/またはその同盟国の領土を攻撃するための弾道ミサイルの発射に関する信頼できる情報を得た場合;
b) 敵がロシア連邦および/またはその同盟国の領土で核兵器またはその他の大量破壊兵器を使用する場合;
c) ロシア連邦の重要な国家施設または軍事施設に対する敵の攻撃で、その不活性化により核戦力の対応行動が混乱するもの;
d) 国家の存立が脅かされる通常兵器によるロシア連邦への侵略。
現時点では、ロシア大統領が核兵器の使用を命じることができるシナリオは、いずれも実現可能な初期段階ですらない。
と、断言する。
ファブリチニコフ氏は、「西側の情報キャンペーンの目的は明確で、ロシアのメディアや専門家コミュニティからだけでなく、ロシアの外交政策決定者に心理的圧力をかけ、そのような決定を下す可能性の閾値を低くすることで、世論の反発を誘うことであった。つまり、世界で初めて、そして唯一、戦場で原子兵器を使用した米国と、ロシアを道徳的に対等の立場に立たせることである。」と主張する。そして、「原爆使用の閾値を下げ、非核保有国に対して使用することは、その政策や意図がいかに反ロシア的であっても、西側世界の宥和につながらないという事実が重要なのです。」「逆説的に思えるかもしれないが、NATO諸国は今、エスカレーションというデリケートで間違いを犯しやすいビジネスにおいて、実証的に積極的である。そして、ロシアの外交政策指導部は、こうした取り組みに遅ればせながら反応したようだ。実際、西側諸国の落ち着きのなさは、主導権の喪失を裏付けるだけであり、性急さは常に劇的な誤算をもたらす。」、なされるべきは、「西側が支配する英語メディア空間を含め、洗練された多角的な道徳的・心理的作戦を実施し、彼らの余裕と長期的な継続の意志を損なうことを目指すべきである。」と結んでいる。性急さを排し、理性的、現実的、道徳的であれ、というまともな主張であろう。

プーチン大統領は6/16、サンクトペテルブルク国際経済フォーラム(SPIEF)の全体会合で演説し、ロシアは領土保全もしくは国家存立への脅威に対し「理論的には」核兵器を使用できるとしつつも、「その必要はない」という認識を示している。プーチン氏は、このフォーラムでの演説で「欧米の経済的圧力にさらされた後、ロシアは孤立を選択せず、代わりに世界経済の主要な牽引役となる国々との協力を強化した」と述べ、世界経済におけるロシアの現在の位置づけについて、「その指導者が、しばしば行われる外国の圧力に屈せず、他国の利益よりも自国の国益に導かれている国々との貿易は、数十%ではなく、数倍に伸びている」ことを明らかにし、「これは、常識、ビジネス、エネルギー、客観的な市場法則が政治的な配慮よりも強いということをさらに証明するものであり、多極化した世界秩序は強化されつつある。そして、このプロセスは必然である。」と強調している。

米・ロ、両当事者間の緊張激化政策が危険な段階に達し、核戦争の危機が意図的に醸成されている過激な動きや言論がエスカレートしている今日、このエスカレートをストップさせ、緊張緩和と平和的外交的解決への努力が第一義的に優先されるべきであろう。政治的経済的危機の打開は、その平和への努力如何にかかっているのである。
(生駒 敬)

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【投稿】米・FRB利上げ政策の行き詰まり--経済危機論(111)

<<「インフレ圧力はまだ強い」>>
6/14、米中央銀行・連邦制度準備理事会(FRB)は、2022年初頭から10回連続、1年以上にわたって続けてきた利上げ政策の「一時停止」を発表せざるを得なくなった。連続利上げによる保有国債の含み損の拡大が銀行危機の連鎖を生み出し、いまだくすぶり続ける事態を鎮静化する必要に迫られたのである。
 それでもパウエルFRB議長は、「物価高(インフレ)の圧力はまだ強い」として、早ければ7月、年内あと2回の追加利上げを示唆している。
6/13、米連邦政府・労働統計局(BLS)が発表した5月の消費者物価指数(CPI)インフレ率は、伸びは確かに鈍化したのであるが、それでも前年同月比4.0%上昇であった。FRBが目標値とする2.0%には程遠い。
CPIの上昇率は、昨年6月の前年同月比9・1%をピークに、11カ月連続で鈍化しているが、主たる要因は、世界経済が減速し、原油需要が減少し、

1980年代と同じ計算方法を用いているShadowstatsのCPI

エネルギー全体の価格が前年同期比で11.7%下落し、ガソリン価格は同期間で19.7%も下落したことを反映している。
問題は、CPIの中で最も変動の激しい2つの構成要素である食品とエネルギーを除けば、物価上昇率はほとんど減速しておらず、前月比で加速さえしていることにある。前月比では、5月のCPIは0.4%

上昇しており、2ヶ月連続の上昇である。
5月の食品価格は、前年同月比で6.7%上昇し、今後もさらなる上昇が見込まれ、アパレル、パーソナルケア、教育の指数も上昇している。経済の80%を占めるサービスはすべて前年比6.6%増と、依然として上昇している。

<<「もっとイージーマネーをよこせ!」>>
かくして、インフレ率は26ヶ月連続、賃金上昇率を上回り続けて、実質賃金が低下し続けているのである。ありもしない「賃金主導のインフレ」論を振り回して、賃金抑制こそがインフレ抑制と主張してきたFRBは、ここでも対インフレ政策において破綻しているのである。
 つまりは、FRBの連続利上げ政策は、インフレ抑制という看板を掲げながら、実態はほとんど成果なし、ということであろう。
大手独占企業の寡占支配、独占価格のつり上げ、金融資本のマネーゲームに切り込まず、自社株買い等を放置してきた結果として、FRBの金融政策は「非効率的」かつ「効果的でない」ものとなってしまった、自らそうさせてきてしまったのである。
今後、ウォール街からは、FRBに対し、「もうインフレは終わった。もっとイージーマネーをよこせ!」という圧力が強まり、実態的にも、3月に地方銀行危機が勃発して以来、FRBの金融資本への救済総額は今四半期で10億ドルに迫ろうとしているが、これも一種のイージーマネーである。イージーマネーは、実体経済には回らず、金融資本のマネーゲームに組み込まれることが歴然としており、これまたインフレ促進要因でもある。
結果として、すでにFRBは、政策遂行能力不全状態に陥ってしまっている、と言えよう。問われているのは、政治的経済的危機を克服する根本的な政策転換、新自由主義の金融資本支配政策からの脱却・ニューディール政策への転換である。
(生駒 敬)

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【投稿】米債務上限合意:軍拡への政治劇--経済危機論(110)

<<典型的な新自由主義政策の合意>>
6/2 バイデン米大統領は、「リスクがかつてないほど高かった」米国史上初のデフォルト(債務不履行)によってもたらされる「経済危機」から米国を救ったと、ホワイトハウスと下院共和党の間で合意された債務上限合意を自賛した。「私が大統領選に立候補した時、超党派の時代は終了し、民主党と共和党の協力はもはや不可能だと聞かされていた。しかし、私はそれを信じようとはしなかった。米国はそうした考え方に決して屈することはないからだ」と。
合意の一方の当事者である共和党マッカーシー下院議長も「これは納税者にとっての勝利です」と自賛している。
 しかし、その合意の本質は、「超党派」の名の下に軍事費の増大をさらに推し進め、社会保障費と社会プログラムの支出を削減し、富裕層の減税(トランプ減税)を引き続き容認し、格差を拡大する、新自由主義政策そのものが露骨に打ち出された合意である。これは、バイデン政権自身が「超党派」の名の下で合意したかった、むしろその合意を前提に、一見、共和党右派の「緊縮」政策と対立するかに見せかけていたバイデン政権の政策が、実は新自由主義政策そのものであることを明確に示している。デフォルト危機を煽りながら、新自由主義政策を「進歩派」にも受け入れさせる、いつもの「またか」と繰り返される政治劇なのである。バイデン氏は、この協定は「妥協であり、誰もが望むものを手に入れることができるわけではない」という口実で、都合よく、共和党を利用した、いや実は必要だったのだとも言えよう。今回は、その上に、対ロシア・対中国緊張激化政策とドル一極支配体制の危機が「合意」をさらに促進させたのである。

 この「合意」の結果、「2023年財政責任法」と呼ばれるこの協定によって、フードスタンプと困窮家族向け一時援助プログラムが削減される。何万世帯もの世帯が家賃援助削減の危機にさらされる。補足栄養支援プログラム(SNAP)給付金と困窮家族一時支援(TANF)の一部受給者に新たな就労要件が課される。さらにパンデミック以来実施されてきた学生ローンの支払い猶予も解除され、バイデン氏が公約していた学生ローン免除どころか、今年2023年8月に学生ローンの支払い再開を強制する。一方、富裕層や企業と投資家には、2018年12月から28年までのトランプ時代の4.5兆ドルの減税が継続されることが明らかになり、なおかつ脱税行為を捕捉するIRS税務当局・内国歳入庁IRSの予算を削減する。等々、弱肉強食・自由競争原理主義の新自由主義政策のオンパレードである。
共和党指導部は、これでももちろん、「まったく不十分」と非難しており、共和党大統領候補に名乗り出たロン・デサンティス氏は、削減が足りない、と非難している。

<<ロッキード「合意は、わが社の勝利」>>
6/1、ロッキード・マーチン社のトップ、ジェームズ・タイクレ(James Taiclet)CEOは、投資家向けの会合(Bernstein Annual Strategic Decisions Conference)で、防衛予算の引き上げを自社の勝利として祝い、「最近、債務上限をめぐる政治的な動きが活発になっています。しかし、そのような状況でも、現在の合意は、国防予算は2年間3%増で、他の予算は削減されています。これは、私たちの業界や会社が現時点で求めることのできる最高の結果だと思います。」と自慢たらたらである。

タタイクレ氏はさらに、「現時点で我々は本当に強い立場にあると思う。当初、例えばF-35に対する大統領の予算は、当初の大統領予算に含まれていた米国向けの航空機の数80機以上であり、したがってそれが我々が必要とするレベルである。これに海外からの受注を加えると、今後数年間で前年比 156 件の目標まで増加する可能性があります。他の多くのプログラムにも、大統領の予算には十分な資金が用意されている。」と報告している。
タイクレ氏は、3つの「戦略的取り組み」として、「複数年にわたる調達、つまり、需要が大幅に高まった場合に、第二の供給源を認定したり、実際に利用できる海外の工場を確保」すること、「2つ目は、防衛企業へのデジタルの加速です。」、「そして国際的な面では、会社を真にグローバル化し、米国政府を本当に助ける方法で海外での生産と維持を推進すること」として、米政権と一体となって世界の軍事産業を領導せんと、宣言しているのである。
米国防総省・ペンタゴンの支出の半分以上は軍事産業請負業者に支払われており、世界最大の兵器会社ロッキード・マーチンのCEOは、この事態を「最高の結果」「わが社の勝利」と謳歌しているわけである。

バイデン政権は、下院共和党との間で合意された債務上限合意は、ウクライナ戦争への支出には「何の制約も与えない」ことを明確にしている。すでに、これまでにウクライナ戦争への支出が認められた1130億ドルは、緊急追加資金として可決されたもので、債務上限合意の一部である支出上限が免除される、というのである。都合の良い、勝手な論理である。「緊急要件として指定された資金や海外有事作戦のための資金は制約を受けず、その

他の特定の資金も上限の対象にはならない 」という論理からすれば、8860億ドルの軍事予算がさらに増やされることは明瞭である。緊急資金はウクライナにとどまらず、台湾への武器供与や、対中戦略の一環としてさらなる軍事費増大に使われる可能性が大なのである。

新自由主義財政政策の特徴は、軍事支出の拡大・加速と並行して、企業・投資家・富裕層の減税を拡大し、結果として拡大する財政赤字、国家債務の増大を社会保障・社会プログラムの支出の削減に利用することにある、しかしこうした政策は、政治的経済的危機をより一層深刻なんものとさせ、自らの政権基盤そのものを掘り崩すものでもある。すでに、5月末のCNNの世論調査では、66%が、ジョー・バイデンの再任は「災害を招く」と考えているのも当然と言えよう。
(生駒 敬)

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【書評】日野行介『原発再稼働──葬られた過酷事故の教訓』

【書評】日野行介『原発再稼働──葬られた過酷事故の教訓』
                   (2022年8月刊、集英社新書、900円+税)

本書は、元毎日新聞記者の原発再稼働をめぐる詳細な報道調査を通して、その安全規制と避難計画の実態を告発する。本書の内容を端的に表しているのが、最後に補遺として掲載の著者による「広瀨弘忠氏インタビュー」である。広瀨氏(東京女子大学名誉教授)は、災害リスク学の専門家であり、著者の伴走者として専門的見地から助言した。そのインタビューでは避難計画について、こう語られている。
「避難計画がなければ再稼働は認められないということになったので、作っていますが、どう作っても実現不可能な避難計画になる。だから机上の空論、絵に描いた餅と同じです。骨抜きよりももっと悪質で、官僚の作文によって実効性を虚偽的に作り出している。(略)根拠となるデータを国も県も隠すとなると、まったく検証ができない。安倍政権で相次いだ公文書スキャンダルと同根です」。
「確かに稼働していなくても事故は起きますが、運転しているとリスクは格段に大きくなる。それは言わずに、『核燃料があるから避難計画に協力してください』と迫られると、避難先の自治体や住民は『それならいいよ』と受け入れざるを得ない。そうすると、原発を再稼働するときに反対したとしても、『避難計画を受け入れただろ』と反論を受けてしまう。こうした詐欺的な手法を『フット・イン・ザ・ドア』と言います。何かを売りつけるときに、ドアをノックして、開いた瞬間に足先だけを差し込んで、断れない状態にしてしまう。避難計画は再稼働するための方便ですよね」。
つまり「日本が歩んでいるのは、原子力規制委員会による安全審査に『合格』した原発は動かすことができるという、フクシマ以前から続く一本道である。多くの政治家や官僚たちはこれを『安全が確認された原発は動かす』という常套句に言い換えている」ということであると本書は指摘する。まさにこの視点を押さえることが、原発再稼働への動きの本質を捉えることである。
この視点から本書は、「第一部 安全規制編」では原発規制の基準の曖昧さを、「第二部 避難計画編」では避難所の確保計画の杜撰さを鋭く追及する。それはまさに著者自身が「狂気と執念」と名付るような地道な調査の記録である。それだけに読者としては忍耐強く足跡を追って行く他ないが、しかしそこに次々と現れる原発行政の再稼働への固執の姿勢には驚くばかりである。
例えば「第一部 安全規制編」では、新規制基準の火山噴火リスクの影響評価で、関電三原発の再稼働へ向けた空気中の火山灰の最大層厚の予測の問題で関電側が過小評価していた疑惑が詳細に検討される。
また「第二部 避難計画編」では、本書では日本原電東海第二原発(茨城県東海村)を対象にしての避難計画が検証されている。しかしそこでは30キロ圏外への避難計画が策定されてはいるが、避難する住民の収容可能人数をめぐっての問題が多数指摘される。即ち受け入れ先の自治体において収容可能人数の算定(1人2平方メートルで計算するとされる)にあたって、避難所の体育館等の面積にトイレや倉庫等の非居住面積を含んで計算していたという事実=収容人数の水増しをしていた自治体、あるいは避難先とはされていなかった県立高校も避難所とされていた等々の報告である。これについては茨城県と受け入れ先の自治体との間での齟齬があり、未だに整合性のとれた結論は出ていない。つまり茨城県も内閣府も収容可能人数の辻褄合わせに終始していた可能性があるということ、しかもそのことについては、「実は避難所が不足しています」とは言いにくいとして、情報公開でも明らかにされてこなかったということが指摘される。
さらには受け入れ側から、収容可能人数を出したとしても、実際に受け入れられる人数=「(機械的に出した)収容可能人数が1000人でも、校庭が狭くて50人分しか駐車場が確保できない場合はどうするのか」といった質問が出ても、茨城県と内閣府の担当者からはまともな回答はなかったという事実も暴露される。「しかし、よく考えてみると、基本的に自家用車で避難する前提なのだから、駐車場のキャパを超える人数の受け入れはできない。そもそも、現実には受け入れられない収容人数などはじき出す意味はないはずだった」と本書は批判する。
こうした地道な取材の結果から、本書は指摘する。
「原発避難計画は対象人員が数十万人規模に上り、実効性を確かめられるほど大規模な訓練を行うのは現実的に難しい。とはいえ、机上のシミュレーションには限界がある。そうすると、計画の記載事項を一つひとつ、何が根拠なのか、裏付けとなるデータはあるのか、誰がどのように決めたのか、策定プロセスを検証する以外に、計画の実効性というより、信頼性を確かめる方法はない。だが、原発避難計画の策定プログラムはほとんど明らかにされていない」。
そしてこう結ぶ。
「この取材を経て分かったことがある。原発再稼働を後押しするだけの避難計画など作らないほうがマシだ。原発行政につきまとう大きなウソに騙されてはいけない。思考停止した傍観者になることなく、そこにウソがないのか、疑い続けなければならない。大きなウソほど見抜くのが難しい」と。(R)

【補遺】本書でも少し触れられているが、避難所に関しての国際基準である「スフィア基準(人道憲章と人道支援における最低基準)」(1998年初版)については、もっと広く知られる必要がある。これは、「避難所だから仕方がない」という意識を変える、被災者の権利と支援活動の基準を定めたものであるが、日本ではまだ十分に知られていない。
スフィア基準では、「人道憲章」、「権利保護の原則」、「コア基準必須のプロジェクト基準」とともに、命を守る4分野──(1)給水、衛生、衛生推進、(2)食料の確保と栄養、(3)シェルター、居留地、ノン・フードアイテム(非食糧物資)、(4)保健活動──の最低基準が記されている。そこでは、生命維持に必要最小限な水の供給量、食料の栄養価、居留地内のトイレの設置基準・数、避難所一人当たりの最小面積、保健サービスの概要などが具体的に紹介されている。被災者の人間としての尊厳ある生活を保障する意識の向上が目指されなければならない。こういった事項を考慮せずに避難所の収容人数だけで作られている避難計画がどのようなものであるかは想像に難くない。

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【投稿】犯罪国家英国が持ち込んだ劣化ウラン弾の爆発で、ウクライナやポーランドが放射能汚染

【投稿】犯罪国家英国が持ち込んだ劣化ウラン弾の爆発で、ウクライナやポーランドが放射能汚染

                              福井 杉本達也

日本では完全な報道管制下におかれ、全く情報がないが、「ウクライナに対する大規模な空襲とミサイル攻撃で、ロシア軍は同国西部のフメルニツキーにある弾薬庫を攻撃し、敷地内で巨大な爆発を引き起こしました」。「5月12日頃、フメルニツキーでガンマ線の急上昇が検出され、翌日も上昇し、その後も上昇したままである。」とインテル・スラヴァが報じた。

また、5月20日のRTは「ロシア安全保障理事会のニコライ・パトルシェフ長官は金曜日に、英国が供給した劣化ウラン弾薬を保管しているウクライナの倉庫が破壊された後、放射性雲が西ヨーロッパに向かっていると警告した。」と報道した。

同報道はスプートニクニュースを引用する形で、欧州放射線リスク委員会の物理化学者のクリス・バスビー博士の話を掲載しており、博士は「劣化ウラン(DU)弾薬をウクライナに提供するという西側の決定が、大陸全体の生態学的災害を引き起こした可能性がある」と警告した。ロシア軍によるミサイル攻撃で、「キエフから約200km離れたフメリニツキーの町での大規模な爆発のビデオを提供しました。2つの大きな爆発があり、原子爆弾のように上向きに発達し、黒いキノコ雲を形成した巨大な渦巻く火の玉を生み出し」た。「攻撃された武器庫には、対戦車ペネトレーターとして英国のチャレンジャー戦車で使用するために英国からウクライナに送られた劣化ウラン(DU)兵器が含まれていたことが示唆されました。爆発は火の玉でDUを燃や」した。「ウラン238がアルファ放出で崩壊すると、トリウム234とプロトアクチニウム234mに変わり、その後ウラン234に変わるということです。トリウム234はベータおよびガンマエミッターであり、崩壊エネルギーの6%をガンマ線として供給します。したがって、DU粒子状エアロゾルの大きな雲は、ガンマ検出器によって検出可能」になる。「酸化ウランは黒く、黒いプルームはゆっくりと北西に移動し、気象パターンは安定しており、風はポーランドに吹いています。ポーランドのEU検出器はすべて、プルームの到着が予想される時間にガンマ線が増加することを示しています。」とし、ウラン238のアルファ―崩壊は直接には検出できないが、ガンマ線を測定して、放射能汚染を測ることができることを示唆している。また、「インターネット上には、ウクライナ人が通常の消防士ではなくロボット車両を使用して爆発現場を片付けているビデオ」もあり、放射能災害であることを裏付けている。これは「環境災害があり、劣化ウラン粒子はポーランド、ドイツ、ハンガリーを横断し、バルト諸国、おそらく後に英国を含むヨーロパ全体に行き着くでしょう」「DUは禁止されなければなりません。それは無差別効果の武器であり、敵とあなた自身の軍隊」をかまわず破壊するもので、「武器を提供する人々、この場合は英国政府は道徳的に破産しています。ウクライナの人々を破壊することが彼らの意図でない限り。もう誰が知っていますか?世界は狂ってしまった。」と結んでいる。

2 劣化ウラン弾の危険性

劣化ウラン弾はどう危険なのであろうか。改竄前の広島市のホームページQA(FAQID-5801)によれば「アメリカ軍などは湾岸戦争、ボスニア紛争、コソボ紛争、イラン戦争などで劣化ウラン弾を使用しました。劣化ウランとは核兵器の製造や原子力発電で使われる天然ウランを濃縮する過程で生じる放射性廃棄物で、天然ウランよりウラン235の割合が少なくウラン238の割合が高くなったものです。劣化ウランの成分の約99.8パーセントはウラン238で、その放射能が半分になるまでの半減期は45億年です。ウランは自然界で最も密度が高い物質で、極めて堅く重いため、戦車の厚い装甲を破壊する砲弾や戦車の装甲などに利用されています。劣化ウラン弾が目標物に当ると爆発し、霧のようになった劣化ウランの細かい粒子が空中に飛散します。これを吸い込むと、科学的毒性により腎臓などを損傷するとともにがんなどの放射線障害を引き起こします。また、土壌などに付着し、半永久的に環境汚染を引き起こします」と正しく述べていた。

3 G7広島サミット対策で劣化ウラン弾表記を改竄した広島市

正しく表記されていた劣化ウラン弾の危険性を、G7広島サミット対策で広島市は後半部分「劣化ウラン弾頭が着弾し、あるいは劣化ウラン装甲に被弾することによって劣化ウランが燃焼すると、酸化ウランの微粒子となり周囲に飛散することから、放射線による人体や環境への影響が危惧されています。劣化ウラン弾の人体や環境への影響については、今後国際機関等の調査の動向を引き続き見守っていく必要がありますが、本市としては、そうした危惧や懸念がある以上、国際人道法の諸原則に沿って対処すべきことから、使用すべきではないと考えています。」と改竄した。これを、4月2日付の毎日新聞は、「広島市が、公式ホームページ(HP)に掲載していた劣化ウラン弾の危険性に関する記述を一時削除した。ツイッターでは、5月の主要7カ国首脳会議(G7サミット)で広島を訪問するイギリスへの配慮を疑う意見が拡散されているが、当の市は心外な様子。事情を取材してみると、ウクライナを巡る緊迫した情勢が背景に見えてきた。」と擁護した。

4 放射能汚染の最大の犯罪国家イギリス

3月に、ロンドン発の共同通信は「英政府は23日までに、ロシアの侵攻を受けるウクライナに供与する主力戦車『チャレンジャー2』の弾薬に劣化ウラン弾を含めることを決定した。破壊力が強く、敵戦車の装甲を貫通する能力が高い」と。これに対しロシアのジョイグ国防相は「核による軍事的衝突に、また一歩近づくことになる」と懸念を表明していると報じた(福井:2023.3.24)。

5月16日付けの『東洋経済オンライン』において、岡田広之氏は「ウクライナに『ウラン弾』供与、英国の重大責任 放射能汚染で『イラク戦争の悲劇』再現も」として、「イギリス政府が主力戦車『チャレンジャー2』とともにウクライナに供与する軍事物資に劣化ウラン弾が含まれていることが、BBCなどの報道によって明らかになった。ロシアは反発を強めており、対抗策として核兵器の使用も辞さないとの姿勢を示している。」と書いている。

岡田氏は「劣化ウラン弾は核兵器ではないものの、放射能汚染を引き起こす危険性を持つ。人権NGOヒューマンライツ・ナウの伊藤和子副理事長は、『【自然環境に対して広範、長期的かつ深刻な損害を与えることが予測される戦闘の方法および手段を用いることは禁止する】と定めた、ジュネーブ条約第1追加議定書』の条文にも反する』と指摘する。劣化ウラン弾が大量に使用された場合、ウクライナの復興にも重大な支障をもたらしかねない。『唯一の戦争被爆国』を自認し、『核兵器なき世界』を目指す日本政府は、イギリスに供与撤回を求めることを含めて、今こそ劣化ウラン弾禁止に向けて働きかけを強めるべき時だ。」と文章を締めくくったのだが、今回のG7では岡田氏の思いとは正反対のことばかりが行われたといえる。核戦争を引き起こそうと挑発を重ねる好戦的犯罪国家がイギリスである。

広島で被爆し、カナダを拠点に核兵器廃絶を訴えている被爆者のサーロー節子さんは「G7広島サミットは大きな失敗だった。首脳たちの声明からは体温や脈拍を感じなかった」と批判した(福井:2023.5.22)。また、鳩山由紀夫氏は「核抑止として自国の核兵器は許し対立する国の核兵器を非難するのは許されないと。あらゆる核の保有も禁ずる核兵器禁止条約に広島ビジョンは触れず。謝罪どころか原爆資料館に核ボタンを持ち込むとは言葉を失う。」とツイートした(2023.5.21)。

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【投稿】福島第一原発1号機の圧力容器土台崩壊とG7でさえあきれる日本の原発事故対応

【投稿】福島第一原発1号機の圧力容器土台崩壊とG7でさえあきれる日本の原発事故対応

                                福井 杉本達也

1 完全に崩壊した福島第一原発1号機の原子炉圧力容器の土台

5月7日付けの東京新聞によれば、溶融事故を起こした福島第一原発1号機の圧力容器土台

が損傷しており、「土台は鉄筋コンクリートの円筒形で、厚さ1.2メートル、内側の直径は5メートル。核燃料が入っていた重さ440トンの圧力容器を支えている。昨年2月〜今年3月に実施した水中ロボット調査で、土台開口部のほか、内周の壁面が床から高さ1メートルにわたって全周でコンクリートがなくなり、鉄筋が露出していたことが判明。事故時の溶融燃料の熱で崩壊した可能性がある。」。地震などで、「土台が崩壊し、核燃料が残る圧力容器が落下すれば、高濃度の放射性物質が新たに放出される恐れがある。」と報じている。また、5月1日の東京新聞でも「土台は厚さ1メートル強の壁でできた円筒だが、コンクリートは厚みの半分以上が崩落し、壁の中央にある鉄の構造材と鉄筋でかろうじて圧力容器の重みを支えている可能性がある。」と報じている。本来ならば土台を耐震補強しなければならないが、現場は極めて高い放射線量で人が近づくことなどできない。

 

2 国際的に全く無責任―放射能汚染水の海洋放出を進める政府

圧力容器土台が明日にも崩れるかもわからないというにもかかわらず、放射能汚染水を海洋放出を推し進める日本は、G7広島サミット共同声明において、今年「春から夏ごろ」(松野博一官房長官)の海洋放出に向けてのG7のお墨付きを得て環境整備を図る狙いがあったが(福井:2023.5.19)、ドイツから「歓迎できない」と指摘され、気候・エネルギー・環境相会合に引き続き「人間や環境に害を及ぼさないための国際原子力機関(IAEA)の独立した検証を支持する」との表現に止まった(福井:2023.5.21)。無責任国家の集まりであるG7でさえ、日本の居直り強盗には愛想をつかしている。

中国は汚染水の海洋放出に明確に反対しており、「核汚染水の海洋放出は国を跨ぐ影響を生む。一般国際法及び『国連海洋法条約』などの規定によると、日本側は環境汚染を回避するすべての措置を講じ、影響を受け得る国と充分に協議し、環境への影響を評価・観測し、予防的措置を講じ危険を最小化させ、情報の透明性を保証し、国際協力を展開する義務がある。日本側はさまざまな口実を設け責任を押し付け、国際的な義務から逃れようとし、海洋放出の決定及び準備の進捗を関連国に一方的に報告しているだけだ。現在も中国とロシアの専門技術部門による、日本側の海洋放出案に対する科学的な見地に基づく数多くの疑問に全面的に回答しておらず、国際社会から信頼を得ていない。」と述べ、さらに続けて「核汚染水の処置という世界の重大な公共の利益に関わる問題をめぐる日本側の行為は、国際社会の期待からかけ離れている。日本側は核汚染水海洋放出の各種準備を早急に停止し、かつ海洋放出以外の最良の処置方法の模索を含め、周辺の隣国や国際機関と充分かつ有意義な協議を行うべきだ。核汚染水の科学的でオープンで透明で安全な処置を保証し、かつ厳しい国際監督を受けるべきだ。」と厳しく指摘している(「中国網日本語版(チャイナネット)」2023.4.14)。しかし、こうした情報は日本のマスコミではほとんど報道されない。あたかも海洋放出が規定の路線のように進められている。

 

3 事故の尻ぬぐいもできないで、60年超原発の運転を進める

高レベルの放射線で人も近づけない福島第一原発の「事故処理」などできるわけがないが、その尻ぬぐいも全くしないで、政府は60年超原発の運転を推進している。「原則40年、最長60年」という福島第一原発事故後にできた運転期間の規定を、規制委の審査などで停止した期間を計算から除外して60年を超えて運転できるようにするもである。

原発を長期間運転すると、放射線や熱の影響でさまざまな機器や設備が劣化するいわゆる「老朽化」が進む。2004年に関西電力の美浜原発3号機で起きた配管の破断事故では、吹き出した蒸気などで作業員5人が死亡している。破断した配管は、運転開始以来一度も点検が行われていなかった。鋼鉄製の原子炉は核分裂で発生する中性子によって強度が落ち、脆性破壊を起こすほか、金属製の配管は中を流れる熱水や蒸気による浸食や腐食で厚さが薄くなり、ケーブルは熱などで性能が低下する。また、コンクリートの構造物も熱や放射線によって強度が低下する(参照:NHK:2022.11.2)。

地震大国の日本であるが、基準地震動は建設時の基準のままであり、耐震補強など全くなされていない。そもそも原発のような構造物は耐震補強などしようもない。大規模地震が起きればいつ崩壊してもおかしくない。福島第一1号機もいつ崩壊してもおかしくない。放射能を世界に拡散する海洋放出などに金を投じるのではなく、崩壊した場合にも放射能が周囲にこれ以上拡散しないような措置が講じられるべきである。

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