【投稿】バイデン・ネタニヤフ枢軸の危険と孤立化--経済危機論(122)

<<全世界に拡がる反バイデン・反ネタニヤフ>>
10/28、イスラエル・ネタニヤフ政権が、パレスチナ・ガザ地区への地上侵攻作戦を拡大し、戦争は「次の段階」に入ったと発表したその当日、このパレスチナ人民大虐殺作戦を厳しく糾弾する大規模な抗議活動が全世界各地で展開される、これまでにない新しい展開を生み出している。ロンドン、イスタンブール、ニューヨーク、バグダッド、ローマなど世界の主要都市の中心部は抗議活動参加者で埋め尽くされる事態となったのである。
 ロンドン行進には実に50万人もの人々が参加したと、イギリスのパレスチナ連帯キャンペーン(PSC)が報告している。この日、イギリス全土でパレスチナ連帯行進が連続して行われる3週目の週末となり、デモはマンチェスター、ベルファスト、グラスゴーなどでも行なわれたが、大手メディアはこれを一切報道していないし、真実を伝えていない。

サンフランシスコでの抗議行動

もちろん、バイデンの足元、米国でも主要都市のほとんどで大規模なバイデン・ネタニヤフへの抗議行動が展開されている。ニューヨークでは、それぞれ5万人から10万人規模の大規模かつ多様な抗議行動が展開され、その一つは、ブルックリン美術館からバークレイズセンターを通り、ブルックリン橋を渡り、日没後のマンハッタンの通りを通り、市内で最も交通量の多い大通りの多くが閉鎖される事態となった。「バイデン、バイデン、隠れることはできない、大量虐殺を犯しているのだ」というおなじみのシュプレヒコール“Biden, Biden, you can’t hide, you’re committing genocide”が何度も繰り返された。
シカゴで数万人、ロサンゼルス、デトロイトで1万人以上、サンフランシスコで15,000人以上が抗議活動、高速道路101号線を封鎖している。
この前日10/27には、「ユダヤ人の平和の声」の支持者数千人が、市民的不服従の大規模行動を主導し、ガザでの虐殺に抗議するためニューヨーク市マンハッタンのグランドセントラル駅を占拠 駅は閉鎖に追い込まれている。
世界最大の海軍基地の本拠地であり、欧州および中央軍の米海軍兵站司令センターの拠点であるバージニア州ノーフォークでも抗議デモが展開されている。

バイデンに追随するヨーロッパ各地、パリ、ベルリンでもパレスチナ連帯行動禁止を無視して抗議デモが展開され、スコットランドのグラスゴーとエディンバラで数十万人、ローマ、スウェーデンのストックホルムでも抗議活動が行われた。
オーストラリアでも、数万人の労働者や若者が街頭に繰り出し、シドニーでは1万5000人以上が行進、メルボルンでは2万5000人が参加、ブリスベンでも抗議集会におおくの人々が参加している。ニュージーランドでもウェリントンをはじめ全土で、数万人が3週連続の抗議活動が行われている。
マレーシアの首都クアラルンプールでは、数万人が米国大使館まで行進し、マレーシアのクアラルンプールでも、そしてインド南部ケーララ州では、約10万人がパレスチナ連帯デモが行われている。
トルコのイスタンブールでは、エルドアン大統領が、当初トルコ建国100周年記念式典として予定されていたイベントを、急きょ「大パレスチナ集会」と変更、このパレスチナ連帯抗議活動には推定100万人が参加している。

<<Warmonger「戦争屋」・バイデン>>
そして、当のイスラエルのテルアビブでは、10/28、土曜日の夜、数百人の怒れる若者がイスラエル国防軍(IDF)本部の外に集結、「今すぐ停戦せよ」と書かれた横断幕を掲げ、ネタニヤフ首相の自宅前では数百人がデモを行い、ネタニヤフ首相の戦争責任を非難し、辞任を要求する抗議行動が展開されている。

ユダヤ人とパレスチナ人の両方が住む北部の港湾都市ハイファでは数百人が集会に参加し、ベールシェバ、ヘルズィリア、ネタニヤ、クファル・サバなどの町でも抗議集会が行われている。

問題は、バイデン米大統領がこの段階に来て謙虚さ、冷静さを失い、10/19、大統領執務室からの全国民向けの演説で、自らを「戦時大統領」であると宣言してしまっていることである。この演説で、バイデン氏は、パレスチナのハマスとロシアのプーチン大統領、イランを含む、悪のテロリスト枢軸、「独裁的」勢力に対する歴史的な戦いにおいて、自らを「善のための民主的」勢力を結集する「国家」の指導者として、第三次世界大戦を示唆し、全面戦争を戦う、米国の世界的な役割を強調する、「私たちはアメリカ合衆国であり、私たちが一緒にやれば、私たちの能力を超えることは

何もありません。」と、きわめて危険で、かつ傲慢な演説を行なったのである。これは、世界から孤立し、焦りつつある現状の反映でもあろう。

今や、Warmonger「戦争屋」・バイデンとしてアメリカの抗議行動で指弾されるバイデン政権は、実際にすでに深く世界大戦化に直接参加しつつある事実がすでに報道されている。10/28のテヘランからの報道によると、5000人の米兵がイスラエルの地上作戦に直接参加しているという。報道によると、ガザへの地上作戦は米軍の3個師団と複数の旅団が参加する形で実施されたという。

バイデン氏の焦りはまた、来年11月の米大統領選を間近に控え、どの世論調査でもトランプ前大統領にリードされている焦りの反映でもあろう。それは同時に、ウクライナに加え、イスラエルに惜しみなく資金を提供し、バイデノミクスは空証文と化し、米国経済の刺激策としてガザ大量虐殺を売り込む、「民主主義の兵器を構築し、自由の大義に貢献している『愛国的なアメリカの労働者』を呼び起こす」、軍需産業にのみ貢献するバイデン路線の破綻、政治的経済的危機の反映でもあろう。
(生駒 敬)

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【投稿】イスラエルによるガザ大虐殺と中東から第3次世界大戦を画策する米産軍複合体

【投稿】イスラエルによるガザ大虐殺と中東から第3次世界大戦を画策する米産軍複合体

                           福井 杉本達也

1 イスラエルによるパレスチナの民族浄化

ユダヤ人国家のイスラエルは、第2次世界大戦のあと、1948年5月に、パレスチナを実効支配していた英国によって建国された。1)アラブには旧オスマン帝国(トルコ)にアラブ人国家の建設を約束。2)ユダヤ人に対しては、パレスチナにイスラエル建国を認める。3)フランス・ロシアには、旧オスマン帝国を3国で分割することを約束した。英国が得意な、三枚舌外交と言われる(バルフォア宣言:1917年)。この英国の外交が、戦後の、終わりなき中東紛争の原因である。米国・英国・フランスはイスラエルを支持し、イスラムの中東はイスラエルを不倶戴天の敵としてパレスチナ側である。イスラエルとアラブの和解は、イスラエルのパレスチナ占拠を正当化することであり、原理的にあり得ない。イスラエル建国のあと、第1次中東戦争から4次まで、大きな戦争が4回起おきた。2000年以降はレバノン侵攻(06年)、ガザ侵攻(06年)、ガザ紛争(08年から09年)、ガザ侵攻(14年)と、絶え間ない紛争が続いている。米国がテロ組織と決めれば、犯罪者であり、いつ攻撃してもいいということである。

10月24日の安保理でグテーレス国連事務総長「ハマスによる攻撃は、何もないところで突然起こったのではないことを認識することも重要だ。パレスチナの人々は56年間、息苦しい占領下に置かれてきている。彼らの土地は入植地によって着実に食い荒らされ、暴力に悩まされ、経済は抑圧され、人々は家を追われ、取り壊されてきた。自分たちの苦境を政治的に解決したいという希望は消えつつある。しかし、パレスチナの人々の不満は、ハマスによるひどい攻撃を正当化することはできないし、そうしたひどい攻撃は、パレスチナの人々に対する集団罰を正当化することもできない。」と述べた。

イスラエルはパレスチナを国家と認めていない。武器をもたない、ガザ地区のパレスチナ人は投石で対抗し、抵抗者は、イスラエルの兵士に惨殺されている。イスラエルのガサへの『入植』とは、パレスチナ人の放逐、占拠、強奪である。

2 ハマスについて

10月7日のハマスよる攻撃はイスラエルにとっては不意打ちではなく、攻撃は予想しており、大きな驚きではなかった。また、ハマスにとっても、イスラエルによる反撃・ガザ地区への無差別爆撃は当然に予想されていた。イスラエルのネタニアフは、ハマスの攻撃の計画を事前の知っていて、ガザ地区入植と惨殺で挑発していたととの説がある。ネタニアフの、イスラエルの世論の支持は低く、政権維持の困難に直面していた。世界最強とも言われるイスラエルのモサド(秘密警察)が、ハマスの攻撃計画のかけらも知らなかったというのは不自然である。ハマスの4万人もの軍の動きが分からないはずはない。ネタニアフが知っていたとすれば、奇襲したハマスをテロリストとして悪者にし、パレスチナ虐殺の理由作りだすことであった。

ハマスは、イスラエルが元々資金提供して育成したものである。目的は①過激派を育成して、ガザとヨルダン川西岸地域のパレスチナを分断し、パレスチナ主流派のPLOとアラファト議長を弱める。②国際世論でパレスチナへの支持を弱める。③恒常的に戦争状態として和平交渉進展させず、パレスチナ国家を永久に建設させず、パレスチナの地を全面的に支配し、大イスラエルを建設する、ことであり、そのためのパレスチナ人へのアパルトヘイトとホロコーストが含まれる。イスラエルの元国連常駐代表ダン・ギラーマンは「世界中がパレスチナ人のことを心配していて非常に困惑」しているとし、「パレスチナ人は非人間的な動物」だと発言している(Sky News2023.10.26)。「非人間的な動物」だから虐殺してもかまわないと。

ネタニヤフは2019年3月に「パレスチナ国家の樹立を阻止したい者は、ハマスの強化とハマスへの送金を支持しなければならない。これは我々の戦略の一部だ」と発言している。パレスチナ自治政府政府(ファタハ)は、ガザ地区のハマスと2006年以来、対立している。パレスチナは、1)ハマスが支配するガザ地区と、2)米国・欧州・日本が正統とするヨルダン河の西岸に分裂している。「ネタニヤフが明確に要求したように、ハマスを生かし、十分な資金を維持することは、永続的な不安定性を生み出します。不安定性は、今度は、平和ではなく、活発な戦争または戦争の絶え間ない脅威のいずれかに役立ちます。そして戦争はイスラエル国家の健康です。」(ベン・バーティー:『Zero Hedge』2023.1017)。

3 病院「爆撃」を巡っての情報戦

10月18日、ヨルダン・パレスチナ・エジプトのアラブ3カ国は、病院「爆撃」について、イスラエルとアメリカを強く非難し、バイデン大統領との4者会談を急遽キャンセルした。アル・アハリ病院の事件について、元米軍情報将校のスコット・リッターは、「戦争の霧は、イベント中に何が起こったのかに関する不確実性によって生成され、戦闘関連のストレスによって引き起こされる混乱の副産物です。しかし、時には、真実の追求を妨げるために、煙幕のように意図的に戦争の霧が生成されます。」と書く。ネタニヤフ首相のSNSアドバイザー、ハナニャ・ナフタリが削除したバプテスト病院空爆直後の投稿では「速報:イスラエル空軍が、ガザの病院の中にあるハマステロリストの基地を空爆。何人ものテロリストが死んだ。ハマスは、人々を人間の盾にして病院・モスク・学校からロケットを撃っている」と速報した。これがイスラエルにとって都合が悪いとして即、削除された。この投稿は、アルジャジーラによって提供されたビデオで見ることができるが、「イスラエルは、進行中の特殊作戦および・または諜報活動を公に認めていません。イスラエルの否定は、元のナフタリのツイートが正確な情報に基づいていた可能性を補強する」。もし、「攻撃がイスラエルの無差別爆撃の結果ではなく、ミホリット・ロケットを使って行われた」正確なピンポイントであるならば、「ハマスが病院の駐車場に詰め込まれたパレスチナの民間人を人間の盾と

して使用しているという物語に役立つ場合」、「一つの統一された事実とのひねくれた共謀:結果として生じる人間の大虐殺に犯罪的に無関心である2つの対立する力の間のより大きな権力闘争における悲劇的な駒としてパレスチナ」という図式が浮かび上がる(スコット・リッター:RT:2023.10,20)。ブリンケン国務長官がカタール首相に、アルジャジーラ放送の戦争の報道を「抑制」するように要請したことは、アルジャジーラ放送の信憑性を裏付けている。

4 狙いは、イラン・シリアを巻き込む第5次中東大戦争

10月27日、新たに米下院議長に選出された共和党のマイク・ジョンソン氏はその最初の演説で、「我々の親愛なる友人イスラエル」の支援に注力すると述べたが、ウクライナについて一言も発言しなかった。今、西側諸国の目をウクライナから逸らせる可能性があるのはイスラエルだけである。米国は4隻の空母打撃群などの艦艇30隻を地中海や中東周辺に派遣した。しかし、米国と欧州は、中東の勝利がウクライナの勝利より容易だと考えるなら、存亡の罠に足を踏み入れることになる。レバノンの、イスラム原理主義のヒズボラ(シーア派:戦闘員4万5000人)とイラン(シーア派:兵力は12万500人)までくれば、中東戦争である。米国はイランを標的にしようとたくらんでいるが、戦略における核心はホルムズ海峡である。ホルムズ海峡は、世界の石油の少なくとも20%(1日約1700万バレル)と液化天然ガス(LNG)の18%(少なくとも1日35億立方フィート)を通過させる。 イランはホルムズ海峡を一瞬にして封鎖することができる。

米国には、650万人のユダヤ人の団体があり、議会に対して強いロビー活動を行っている(アメリカ・ユダヤ人委員会:AJC)。こうしたロビー活動により、米議会の議員のほとんどはイスラエル支持である。しかし、近年、米民主党内のイスラエル支持は著しく低下しているといわれる(ジョン・ジョゼフ・ミアシャイマー シカゴ大学教授:2017年)。戦争がビジネス(お金儲け)である米国の軍産複合体は、政府予算獲得のために、危機をねつ造する。短期的に懸念されるのが、イスラエルが米国を中東→世界大戦に引き込むための偽旗作戦である。イスラエルは、1967年第3次中東戦争時に前科あり。米海軍リバティ号をイスラエル軍が攻撃し米兵34人死亡・174人負傷し、エジプトのせいにしようとした前歴もある。

米軍は、シリア、イラクに合わせて兵員3400人の米軍基地を維持しているが、クウェートからの補給路がアキレス腱となっている。イラク民兵組織はイラクで米軍と交戦する必要はなく、クウェートから米軍の兵站線を遮断するだけでよく、イラクとシリアのすべての米軍基地は避難せざるを得なくなる。米国がこれらの兵站ラインを確保したいのであれば、少なくとも10万人の米陸軍人員を配備する必要があるだろうとスコット・リッターは述べている(スコット・リッター:Short Sort News:2023.10.25)。総員45万人の米軍は、今、欧州に10万人が張り付いており、さらに10万人の派兵などは不可能である。

5 アラブの大義からイスラム・BRICSの大義へ

10月13日のサウジ・イラン両国首脳が会談で、サウジが「イスラエルとの和解は凍結する」と表明した瞬間から、事態は一気に急変していった。習近平主席は今年3月、サウジとイランを和解させ、その後「中東和解外交雪崩現象」をもたらした。今回、「中国は明確にイスラエルのガザ地区に対する過度な報復攻撃を非難し、アラブの盟主・サウジやイランあるいはロシアと足並みを揃えながらアメリカに対峙する姿勢を明確にしつつある」。「もしサウジがパレスチナ問題を放置したまま、その最大の敵であるイスラエルと国交を締結すれば、パレスチナの怒りが爆発し、そのパレスチナをイランが支援するとなれば、サウジは再びイランと対立することになるからだ。そうなると中東における数多くのイスラム国家が再び結束してイスラエルと戦う「中東戦争」へと拡大していく可能性がある。サウジは何としても、それを避けたい」(遠藤誉:yahoo:2023.10.18)。イスラエルは中東では、孤立している。米国は空母2隻を派遣し、イスラエルを支援、10月25日・27日イスラエルと米特殊部隊がガザ地区北部へ侵入し限定的な地上戦を行った。しかし、戦車が破壊されるなど大損害を受け撤退した(ダグラス・マクレガー米陸軍退役大佐)。

イスラエルはガザの地上戦を戦えるのか。ガザ北部は空爆でガレキと化している。そこに、ハマスは500㎞もの地下トンネルを掘っているといわれる。どこに戦闘員が潜んでるか見当もつかない。動くものは全て敵とみなされる。その様な市街地で戦闘すればさらに多くのパレスチナ人が虐殺される。既に、ウクライナでのバフムートでの市街戦でも、その困難さは明らかになっている。950万人の人口しかない中で、イスラエル軍に優位はない。予備役のイスラエル兵はそのような戦場で戦闘を行いたくないと考えている。2006年のヒズボラとの敗戦も脳裏にある。100万人のロシア人を始め彼らの多くは二重国籍で帰る母国を持っている。戦闘が膠着した場合、彼らはイスラエルを捨てて、二度と国へは戻らないであろう。イスラエルは地中海に追い出される。それはイスラエルという国家の消滅である。もし、イスラエルが国家としての存続を図るならば、パレスチナ国家の承認しかない。

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【書評】樋口英明『南海トラフ巨大地震でも原発は大丈夫と言う人々』

【書評】 樋口英明『南海トラフ巨大地震でも原発は大丈夫と言う人々』
                    (2023年7月、旬報社、1,300円+税)

 本書は、2014年5月、関西電力大飯原発3,4号機の運転差し止めを命じる判決を下した元福井地裁判事による原発訴訟の核心を衝く書である。(ただしこの後、執行停止のまま行われた名古屋高裁の控訴審で運転差し止め命令は取り消された。)
 そこでは「問題の所在」は次のように述べられる。
 「皆さんは、原発の運転差止裁判で何が争われていると思いますか?
 多くの人は『住民側は、強い地震が原発を襲った場合に原発は耐えられないと主張し、電力会社側は、強い地震に原発は耐えられると主張し、裁判所はそのどちらの主張が正しいかを判断している』と思っていることでしょう。これは極めて正常な感覚だと思います」。
 「ところが、現実の裁判の争点は、皆さんの正常な感覚とはかけ離れたところにあります。たとえば、私が担当した大飯原発の訴訟では、関西電力は1260ガルを超える地震に原発が耐えられないことを認めていたのです。それにもかかわらず、関西電力は『大飯原発の敷地に限っては基準地震動(註:設計の基準となる模擬計算で作られた地震の強さ)である700ガルを超えるような地震は来ません。ましてや1260ガルを超えるような地震(註:1260ガルは事故が起こる危険性を電力会社も認めざるを得ないクリフエッジ【崖っぷち】と言われる数値)は来ませんから安心して下さい』と主張していたのです」。
 ガルとは、地震の揺れの加速度に用いる単位で、速度が毎秒1cmずつ速くなる加速状態が1ガルとされる。従って数値が大きいほど地震動も大きくなる。熊本地震では1580ガルが記録されている。車で例えるならば、シートベルトも締めず心構えもなく突然の急発進で加速度に見舞われるというのが大地震である。
 つまり当事者双方とも、原発が強い地震に耐えられないことを認めている、ところが電力会社側は「原発敷地に限っては強い地震は来ませんから安心して下さい」と主張している。「この電力会社の主張を信用するか否かが原発差止裁判の本質なのです」と本書は、問題を明確にする。
 本書はこの主張に対して、次のような極めてシンプルな理由から運転停止の判決を下した経緯を述べる(「樋口理論」と言われる)。
 その論理とは、①原発の過酷事故のもたらす被害は極めて甚大で、広範囲の人格権侵害をもたらす。②それ故に原発には高度の安全性が要求される。③地震大国日本において原発に高度の安全性が要求されるということは原発に高度の耐震性が要求されるということにほかならない。④しかし、わが国の原発の耐震性は極めて低く、それを正当化できる科学的根拠はない。⑤よって、原発の運転は許されない。
 これが極めて常識的で納得できる論理であることが理解できるであろう。
 この理論に基づいて、2020年3月に住民側から、広島地裁に四国電力伊方原発の運転停止の仮処分が提起された。
 この裁判では上記と同じく、「クリフエッジ855ガルを超える地震が来れば伊方原発は耐えられない」ことについては争いがない。しかし四国電力は「伊方原発の敷地には基準地震動である650ガルを超えるような地震は来ませんし、ましてやクリフエッジである855ガルを超えるような地震は来ませんから安心して下さい」、しかも、南海トラフ地震については伊方原発には181ガル(震度五弱相当──気象庁にによれば、棚から物が落ちることがある、稀に窓ガラスが割れて落ちることがある)の地震動しか来ない」と主張した。
 これに対して住民側は、地震観測記録をあげて181ガルがいかに低水準の数値であるか──例えば2000年以降の20余年間で、伊方原発の基準地震動650ガルを超える地震は30回以上、181ガルを超える地震動を記録した地震は優に180回を超えていること等々を考えれば、南海トラフ地震による地震動が181ガルであると主張することは合理性に欠けると主張立証した。
 しかし判決は、広島地裁も高裁も、この四国電力の言い分を採用して、住民側の申し立てを却下した。
 特に広島高裁の決定は次のようなものであった。
 「四国電力は規制基準の合理性及び適用の合理性を立証する必要はなく、原子力規制委員会の審査に合格していることさえ立証すれば足りる。他方、住民側は規制基準の不合理性及び適用の不合理性を立証しなければならないし、具体的危険性についても立証しなければならない」。
 要するに電力会社は、原子力規制委員会の審査を通っているから問題はなく、危険というのであれば住民側が調査して証明しなさい、ということである。原子力問題や地震の専門家がいる国や電力会社に命じるのでではなく、素人集団の住民側に問題を押し付けた形の決定であると言わざるを得ない。まさしく広島高裁がどちらの側に立っているかを如実に示したものである。これについて本書は、「広島高裁決定は、公平性も、論理性も、リアリティーも、感性も、科学性も、責任感もないものでした」と手厳しく批判し、「この決定は、訴訟が正義を実現する場であるために、数十年にわたって全国の裁判官、弁護士、学者が積み重ねてきた努力を一夜にして台無しにするものである」とまで言い切る。
 これについて本書は述べる。「『南海トラフ181ガル問題』をめぐる双方の主張については、その主張を理解するに当って何ら専門的知識を要しないのです」として、裁判所が国民の側に軸足を置くのか、国や大企業の側に軸足を置くのか、の問題であるとする。
 その上で、下級審が上級審の判決の結論を推測して判決を書く忖度的な傾向や上級審の裁判官がいわゆる「五大法律事務所」と呼ばれる法律事務所(これらは東京電力から原発問題に関する弁護活動の依頼を受けて多額の利益を得ている)とつながりがあることなどの利権構造の一部が指摘される。
 そしてこれに対して、「原発の問題は、本来、利権とか、忖度とか、圧力とか、しがらみとか、出世とか、左遷とかという問題とはかけ離れたところにある問題なのです。原発事故はわが国の崩壊に繋がるからです。わが国が崩壊すれば、現在の司法制度も、社会機構も人間関係もすべて崩壊するのです。原発の問題は他の全ての問題と次元を異にするものです。『私たちが生き続けることができるかどうか』の問題なのです」として、「裁判官は、『国策に関わる事項が、憲法と法律に照らして正当性があるのかどうかを判断しなさい』と憲法に命じられているのです」、「これが法の支配です」と裁判及び裁判官本来のあり方の再確認を強調する。骨のある裁判官の良心からの叫びの書である。(R)

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【投稿】イスラエル・報復大虐殺、支援する米政権--経済危機論(121)

<<ジェノサイドの予告>>
10/13、イスラエル・ネタニヤフ政権は、パレスチナ・ガザ地区の北部住民に対し、24時間以内にガザ南部へ避難するよう警告を発した。「現地時間の日付が変わる少し前(日本時間午前6時前)、イスラエル軍から国連人道問題調整事務所とガザ警備安全保障省に対し、24時間以内にワジガザ以北のガザ住人が南部に避難するようイスラエル側から通達があった」と発表された。
10/15現在、イスラエル軍の大規模な地上侵攻は、避難ルートの2本の幹線道路を指定して時間限定の住民避難を促したが、避難は遅々として進んではいない。そもそも不可能なのである。

ネタニヤフ自ら空爆動画を投稿

ガザ地区は、人口230万人余り、避難対象住民は実に110万人を超えている。世界一の人口密集地帯で、なおかつイスラエルによって陸、空、海の出口はすべて完全封鎖され、ガザ地区以外に出口がない。人口の半数を南部に受け入れる余地などないことは歴然としている。
長年にわたって、ガザ地区への人々の出入りや市場へのアクセスが厳しく制限されており、住民の63パーセントが食糧不安に陥り、国際援助に依存しており、人口の81.5パーセントが貧困の中で暮らしており、2022年第3四半期末の全体の失業率は46.6パーセント、キャンプで暮らすパレスチナ難民は48.1パーセント、若者の失業率は62.3パーセント、2023 年 7 月の時点で、電気は 1 日あたり平均 11 時間しか利用できず、人口の95パーセントはきれいな水を利用できない、当然、保健・衛生・医療サービスは極度に制限されている。もちろん、経済とその雇用創出能力は壊滅的な打撃を受けている。これらはすべてイスラエルによる、イスラエル国家のための占領政策、経済封鎖、アパルトヘイト(人種隔離政策)政策がもたらしたものであり、ガザが世界最大の「天井のない野外刑務所、強制収容所」と言われる所以である。
このようなパレスチナ人に対する、人権を根こそぎ踏みにじるアパルトヘイト、人種隔離政策、それに基づく戦争行為こそが、最大の差別なのである。ハマス(イスラーム抵抗運動)による反撃、暴力の爆発は、彼らが「テロリスト」であるから起こったものでは決してないのである。パレスチナの人々はもちろん、世界中の人権専門家、国連職員、人権団体が、イスラエルの政策をすでにアパルトヘイトと認定し、それはいつか耐えられなくなるだろうと長年警告してきたところである。

イスラエル国防相:「人獣」とたたかっている

ところがイスラエル当局は、今回のハマスの反撃に対して、「これはイスラエルの9/11だ」(イスラエルの国連大使)と叫び、アメリカにおける9/11の余波と同様、テロと闘っているだけだと強弁し、イスラエル国防相はパレスチナ人を「人獣」と表現し「それに合わせて行動する」、「ガザを平坦化する」と公言している。ヘルツォーク大統領に至っては、ガザ住民にまで言及し、「民間人が気づいていない、関与していないというこのレトリックは、絶対に真実ではない」、「我々は彼らの背骨を打ち砕くだろう」と、全住民対象の集団懲罰まで発言している。ネタニヤフ首相は戦時統一政府の樹立を発表し、「ハマスのメンバーは全員死んだ人間だ」と宣告、パレスチナ人民への明らかな大量虐殺、報復ジェノサイドを予告、宣言しているのである。

しかし、このネタニヤフ氏自身は、汚職疑惑をめぐり公判中で、それを回避する司法制度改革に対しては大規模な反政府デモが何カ月も繰り返され、この抗議を支持する動きは軍や情報機関にまで広がり、予備役兵が軍務を拒否する事態にまで広がっていたのである。そのネタニヤフ氏が、ハマスの反撃に乗じて、一夜にして窮地に陥っていた事態から、戦時統一政府の指導者に変身し、野党を含めた挙国一致政府にこぎつけたのであった。

<<バイデン「気を付けるがよい」>>
問題は、本来孤立化されるべきこうしたイスラエル政権を、米バイデン政権が必至になって弁護、支援していることである。
バイデン政権は、ハマスの反撃後すぐさま、何の躊躇もなく、イスラエルにより多くの武器と弾薬を提供し、最新鋭の空母フォードと多数の駆逐艦を東地中海に派遣し、イスラエルに駐留する他の部隊を強化することを明言し、実行に移している。事態を鎮静化させ、平和を促せるのではなく、イスラエルの人道・人権無視、地上軍の投入、大量虐殺を背後から煽り立てているのである。パレスチナの武装抵抗運動と、この抵抗が代表するパレスチナ人民の主張には全く耳を傾けない、ガザで展開している人道危機に対して、信じがたいほど冷淡かつ無知、無関心は、驚くべきものである。

イスラエルの人権団体 ネタニヤフ首相の「復讐の犯罪政策」を非難

アメリカで唯一のパレスチナ系議員であるラシダ・トレイブ下院議員(民主党、ミシガン州)は「バイデン大統領は、残忍な空爆と、この人道危機を激化させるであろうガザへの地上侵攻の脅威に直面している数百万のパレスチナ民間人に対して、一片の共感も表明していない」と、「バイデン政権はガザにいるすべての民間人とアメリカ人の命を守る義務を怠っている。」と厳しく批判している。広がる批判に直面して、10/15段階に至ってようやく、民間人の犠牲を抑える「安全地帯」に言及した程度なのである。
バイデン氏は、国務長官をイスラエルに派遣して、無条件支持を言明、ブリンケン氏はテルアビブでネタニヤフ首相と会談後、「自分自身で自分を守るのに十分強いかもしれないが、米国が存在する限りそうする必要はない」と請け合い、「私たちはいつもあなたのそばにいます。」と明言している。

さらに危険なのは、紛争の中東戦争全体への拡大、世界大戦化への緊張激化である。バイデン氏は、10/11、米国のユダヤ系社会団体が主催した会合に出席し、「イランに対しては、気をつけろとはっきり伝えた」と述べ、中東情勢の緊迫化を当然の前提にしていることである。
すでに英国がイスラエルへの軍事支援を表明、P8ポセイドン航空機、監視装置、海軍艦艇2隻(ライムベイとアーガス)、マーリン・ヘリ3機、および英海兵隊が派遣され、英国の海上哨戒機と偵察機は早くも13日にはこの地域で飛行を開始している。

こうした事態を受けて、10/9、ロッキード・マーティン株の約9%上昇は、2020年3月以来最大の値上がりとなり、ノースロップ・グラマン株も2020年以来最高の日となった。こうした軍事紛争激化から最も多くの利益を得たのは、ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオン、ゼネラル・ダイナミクス、ノースロップ・グラマンの軍産複合体大手5社である。

 ネタニヤフ政権は、パレスチナ封じ込め政策が破綻している現実を受け入れられず、これを不問にしたアラブ諸国との国交正常化を進めれば乗り切れるという甘い幻想を抱いていたのである。バイデン政権も同様である。パレスチナとの和平を実現させない限り、そのアパルトヘイト政策を放棄しない限り、パレスチナ領土への違法な入植地政策を撤回しない限り、中東和平はあり得ないのである。
米国国務省当局者は、ガザについて「緊張緩和/停戦」という用語を使用しないよう指示 「国務省職員らは、高官らは報道資料に『緊張緩和/停戦』、『暴力/流血の終結』、『暴力の終結』という3つの特定の文言を含めることを望んでいない、と報じられている。
逆に言えば、常に戦争状態を維持し、拡大することが、ネタニヤフ政権やバイデン政権が延命できる唯一のあがきでもある、と言えよう。しかし、それは彼ら自身を孤立化させ、政治的経済的危機をより一層激化させ、破綻せざるを得ないものである。
(生駒 敬)

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【書評】『資本主義の<その先>へ』大澤真幸の「力学」の勘違い

【書評】『資本主義の<その先>へ』 ―大澤真幸の「力学」の勘違い -(筑摩書房:2023.6.30)

                           福井 杉本達也

1 日本語訳の「力学」を勘違い

大澤は、第3章の2「科学革命の可能性―万有引力を考える」において、「科学革命における最大の獲得物は『力』の概念ではないでしょうか。」「『力』は、本来は擬人的な観念です。科学の中に取り込まれたときには、次第に擬人的な痕跡は洗い落とされていきます。最終的に到達したのが、ニュートンの万有引力です。…万有引力の概念の中に、最初の『力』概念に含まれている擬人的な含みがまだ反響しているいるのか、『引く』とかいった、力についての原初の体験は全く含まれていません。…万有引力とは遠隔作用の一種だということになります。ここが問題なのです。」「前提が遠隔作用であるということさえカッコにいれてしまえば、ニュートン理論は、まさに機械論としてずばぬけた説明力をもっていたからです。」と述べる。

しかし、大澤の「本来」が誤っている。日本語の「力学」は、明治期に西欧からmechanics(メカニクス)という言葉を輸入し和訳した時の単なる符丁である。「擬人的な観念」などはそもそも含まれていない。単なる思い込みに過ぎない。佐藤文隆の『「メカニクス」の科学論』(2020.12.20)によれば、「物理学訳語会」(1883~87年)で策定されたのであるが、「訳語には日常語に近づける努力と手垢のついていない新語を製造する方向がある。この選択は『誰を相手にした用語か?』による。『訳語会』では、相手を『一見さん』でない『常連さん』に変えたのである。専門家相手だと用語は単なる『意味』の符丁シンボルでよい。」しかし、「『一見さん』は日常語との類推で『意味』を想像する」から危ういとしている。佐藤は続けて「中身なしに看板をみる人には力学は『力の学』なのかと思わせる。なにしろ『力』という日常語は人々の気持ちに絡む味の濃い言葉だから。たしかに力学の主題は力で物体の運動が変わることなので、力の意味を限定すれば『力の学』でもいいのだがこの見方は熱力学、量子力学、統計力学ないは通用しない。これはメカニクスに『力学』の訳語をあてた日本独自の不具合にもみえる」と述べている(佐藤:上記)。

 

2 スコラ哲学・形而上学への回帰

大澤は「近代科学という知の体系の中に収められている命題は、真理ではありません。それらは、原理的には、すべて『仮説』です。つまり、真理の、せいぜい候補に過ぎないのです。」とし、「ある時期に『通説』としての評価を得たとしても、またどんなに厳しい検証に耐えてきたとしても、原理的には、いつまでも仮説という地位を返上することができません。それが、『真理』そのものに昇格することはない」と述べる。大澤は「近代科学」の外に『真理』を求めている。これは17世紀の科学革命が批判した、かつてのスコラ哲学・形而上学への回帰ではないのか。

大澤は、続けて「今日、グローバルなレベルで真理ととして認められている知は、科学の知だけだからです。」「『真理候補(仮説)』に過ぎないという控えめな主張をしている知だけが、グローバルな標準として受け入れられ」たとする。そして、ユヴァル・ノア・ハラリを引用して「近代科学をもたらしたのは『われわれは知らない』ということの自覚、われわれの無知についての知です。科学革命は、知の革命である以前に、無知(の知)の革命と理解すべきです。」と書いている。

もちろん、真理=世界を100%認識できることはありえない。「分かっている現在」を完全に認識するということも原理的にありえない。あっという間に過ぎ去る「現在」は調べる暇もない。科学はベーコンの表現では、「自然の秘密もまた、その道を進んでゆくときよりも、技術によって苦しめられられるとき、よりいっそうその正体を現す」のであり、17世紀の科学革命は自然の力に対する物理学的で数学的な把握にある。佐藤は、科学の「発祥時の目標は『経験からする予測の合理化、客観化』にある。技術と新しい機器を用いた実験で経験の合理的、客観的世界を拡大し、これらの情報から有用な予測情報を導く手法として論理や数学や統計の計算などが発達した」とする。また、山本義隆の言葉を借りれば、ガリレオの実験思想。デカルトの機械論。ニュートンの力概念による機械論の拡張、ベーコンの自然支配の思想は、「自然と宇宙に見られるさまざまな力を探りだし、その法則を突き止め、それを自然支配のために制御し使役する…近代科学は古代哲学における学の目的であった『事物の本質の探究』を『現象の定量的法則の確立』に置き換え、…魔術における物活論と有機体的世界像を要素還元主義にもとづく機械論的で数学的な世界像に置き換えることで、説明能力においてきわめて優れた自然理論を作りだした」のである(山本義隆・『福島の原発事故をめぐって』2011.8.25)。決して「無知の知」ではない。「知っているという錯覚は意識の流れと外界とが肯定的関係にあることの確認」である(佐藤:上記)。

 

3 科学革命は技術を引き込んだ「下剋上」であった

近代社会の最大の発明品のひとつが科学技術である。「客観的法則として表される科学理論の生産実践への意識的適用」としての技術である(武谷三男)。15世紀までは「技術」が作るものは「まがい」であり自然に劣る不完全なものとされてきた。それが、16世紀の文化革命において西欧文明だけが思弁的な論証知(ギリシャ哲学やキリスト教神学)と技術的な経験知(航海・鉱山・軍事・錬金術など)の両者を結合させたのである。知の世界の地殻変動である。古代~15世紀までは、奴隷的で機械的な職業、活動的生活でない観想的な閑暇、技術でない自然に理念の価値をおいた。経験から生まれる知識は卑賤(メカニック)であり、精神のうちに生まれ、そこで終わる知識が学問とされていた。16世紀の文化革命はこの「卑賤」な学問世界から遠ざけられていたメカニカルの実世界に価値を見出した。17世紀の科学革命はこの学問世界から遠ざけられていた「卑賤」な技術職能集団を引き込んで、学問世界の主導権を争った革命・「下剋上の物語」であった。ガリレオ・ニュートンらの大発見によって、「至高の天上世界と卑賤な機械装置が同じ運動と力の法則に従う」こととなったのである(佐藤:上記)。

しかし、大澤は「通説的には、近代科学がもたらした革新のポイントは、『権威』よりも『経験』を重んじたことにある」と、「通説」には批判的である。通説とは逆に、「近代科学が出現した背景にあるのは、経験への素朴な信頼とはほど遠い…経験に対して疑いの目が向けられていた」。そこで、「経験から経験らしさを消し去り、それを実験に仕立て上げ」たとする。科学が、経験から生まれる「卑賤」なメカニックと組んで主導権を握ったとの認識はない。その後、「断片的な技術知やノウハウが、科学の体系的な知の中で統合され、背後にある原理や法則が見出され」、資本主義においては「『知恵』の伝統を引き継いでいる近代科学と、技術知の近現代的形態であるテクノロジーの間には、相互交流が」あると述べているが、あくまでも主体は「体系的な知」であり、「断片的な」メカニックの「下剋上」はないのである。

 

4 「科学的」という“免罪符”

政府・東京電力による放射能汚染水の海洋放出の強行について、福井新聞の『時言』というコラムは、「放出に反対する人や不安を訴える人に対して、岸田文雄首相をはじめ多くの人が口にするのが『科学』という言葉だ。『科学に基づいて説明をすれば理解が得られるはずだ』という考えらしい。」。「科学の結論を受容しないのは、その人に科学的知識が『欠如』していることが原因なのだから、説明して知識を増やせば問題は解消するはずだという想定に立つ」。しかし、「欠如しているのは、人々の科学的リテラシーではなく、政府や東電の真摯な姿勢と信頼」なのだと結んでいる(福井:2023.9.17)。

何十年にもわたり大量の放射能を、しかも事故を起こした張本人が、海洋にバラマキ続けるということこそ自然を畏れぬ行為である。山本義隆は、3・11が「科学技術は万能という19世紀の幻想を打ち砕いた」とし、「私たちは古来、人類が有していた自然に対する畏れの感覚をもう一度とりもどすべきであろう。自然にはまず起こることのない核分裂の連鎖反応を人為的に出現させ、自然界にはほとんど散在しなかったプルトニウムのような猛毒物質を人間の手で作りだすようなことは、本来、人間のキャパシティーを超えることであり許されるべきではないことを、思い知るべきであろう」と書いている(山本:上記)。近代社会=「資本主義の<その先>」を論じるならば、16世紀以前の「技術」が持っていた自然に対する畏れ」の感覚をもう一度取り戻すことから始めなければならない。

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【投稿】斜陽の帝国アメリカと供に、没落する日本

【投稿】斜陽の帝国アメリカと供に、没落する日本

                        福井 杉本達也

1 「カニが高い」と日本人観光客がひと騒動

「カニでひと騒動」:9月30日付けの日経新聞は、シンガポールの名物料理「チリクラブ」で、「日本人観光客が食事後にカニ1匹に 938シンガポールドル(約10万円)を請求されたことに反発し、警察を呼ぷ騒動となった」、「来店した日本人客が料金を高額に感じた背景には、円相場がシンガポールドルに対して過去2年で3割下落した影響もあるだろう」(日経:2023.9.30)との小話が掲載された。

「円の実力過去最低」・「8月 円安響き1970年を下回る」。国際決済銀行(BIS)の21日発表によると、8月の実質実効為替レー卜(2020年=100)は73.19と、これまで過去最低だった1970年8月(73.45)を53年ぷりに下回った。「足元の円安が1ドル=360円の固定相場制だった当時よりも円の価値が相対的に割安になった」ことを意味する。「実質実効レートの低下は、日本人が海外旅行で支払ったりモノを輸入したりする際の負担が増えていることを示す」。逆に、インバウンドは日本のモノ・サービスが割安であることを意味する(日経:2023.9.22)。

2 「円」の崩落が始まっている

千葉商科大学の磯山友幸教授は「ひと昔前は安かったアジア諸国でもレストランに入ると日本と変わらないくらいの価格になっている。アジア諸国が経済発展して物価が上昇していることもあるが、それ以上に日本円が猛烈に安くなったことが大きな要因になっている」、「もはや『円』の崩落が始まっている」と書いている(2023.9.30)。

「『安いニッポン』の元凶は10年続くアベノミクスだ。安倍、菅、岸田の歴代自民党政権が、30年以上、浮上できずにもがき苦しむ日本経済にトドメを刺した」。「ドルベースの1人あたりのGDP(国内総生産)は、民主党政権の頃は6兆ドルありました。ところが、円安が加速し、安倍政権で4兆ドル、岸田政権では3兆ドルまで縮んでいます。安倍氏は『悪夢の民主党政権』と批判していましたが、民主党政権当時の日本は頑張っていた。いまや日本は先進国とは言えず、中進国です。汗水たらして働いても、海外の物が買えなくなった日本人は幸せなのでしょうか。購買力平価やビッグマック指数、企業の実力から考えても、バランスが取れるのは1ドル=100円程度です。超円安の結果、実質実効レートは1970年ごろに戻っている。1ドル=360円の時代です。歴史を50年前に戻してしまった。50年間の日本の成長を全部吹っ飛ばしてしまいました」(斎藤満氏:『日刊ゲンダイ』2023.10.1)。

3 没落する日本

『日刊ゲンダイ』は、「円の価値を下げ、国の価値を下げたことで、産業、物流、小売り、人材、あらゆる現場に構造的なひずみが生まれている。それなのに、岸田は根本的な対策に手を付けることなく、相変わらずのバラマキ政策に邁進する」と続けるが(2023.10.1同上)、問題は、なぜ、「円の価値を下げ、国の価値を下げ」続けるのかである。

日本没落の原因はどこにあるのか。コロンビア大学のジェフェリー・サックス教授によれば、1980年代日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(Japan as Number One: Lessons for America)となった。日本は半導体やその他の分野で圧倒的な製造大国となった。しかし、米国は、日本の経済を止めなければならないと考えた。そこで、対米輸出を止めさせるため輸出制限を課した。そして日本円を大幅に切り上げた。いわゆる、1985年9月のプラザ合意である。「これは驚くべきアイデアであった」。1980年代末には日本の成長は止まった。日本は公の場でそれを受け入れた。1990年代半ば、日本のある経済政策立案者と話をしたとき、私は「通貨安にできないのか」と尋ねた。そうすると彼は「ジェフ、アメリカがそれを許してくれない」と答えた。日本が直面したのは地政学だった。アメリカの支配下にあったため、直接文句を言わなかったと述べている(ShortSort News 2023.9.20)。

現在も同様の状況が続いている。円安を阻止するにはドル売り介入する必要がある。日本の外貨準備高は1兆2510万ドルであり、他のG7諸国の約4〜13倍に積み上がっている。過去20年間で4倍となっている。そのほとんどを米国債が占めている。一方、3.1兆ドルと、世界最大の外貨準備高を持つ中国の米国債が占める比率はどんどん少なくなっている。中国が保有する米国債の2022年12月末の保有額は8670億ドル(約116兆円)と、12年半ぶりの低水準になっている(日経:2023.2.16)。日本以外には誰も米国債を買うものはいない。そこに日本が米国債を売り円買い介入するということはドル暴落を誘発する。債務上限問題で揺れる米国としては何としても避けねばならない事態であり、今日も「アメリカはそれを許してくれない」のである。米国債を買わされることによって、日本がウクライナ戦費を負担している。

4 米欧の物価を支配するOPECプラス

「サウジアラビアは5日、ロシアの輸出制限とともに自主減産の延長を表明し、市場の価格に大きな影響をあたえる自国の力を誇示した」「インフレ克服に苦しむ米国を露骨に挑発している。」「サウジは8月、南アフリカで開いたBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南ア)首脳会議に外相が参加し、正式にこの枠組みに加わることを決めた」(日経:2023.9.7)。原油は1バレル100ドルの大台に迫ってきた。世界的なインフレ再燃の懸念が強まっている。

1986年、CIA長官を務めていたウィリアム・ケーシーはサウジを訪れ、原油採掘量を増やすよう協議した。サウジは採掘量は日産200万バレルから1000万バレルに増やした。価格は1バレル32ドルから10ドルに急落した。ソ連経済にとっては、石油による大収入にすでに慣れていたため、これは致命的な打撃だった。1986年だけでも、ソ連は200億ドル(ソ連の歳入の約7.5%)以上を失った(ゲオルギー・マナエフ「サウジアラビアの石油政策がいかにソ連崩壊につながったか」:『ロシア・ビヨンド』2020.3.14)。そのサウジとロシアが今度は同盟を組んで米欧の物価を支配する権限を握った。米国はインフレに対応するためさらにドル紙幣を印刷する必要に迫られた。また、インフレを他国に“輸出”するため高金利政策をとる必要がある。結果、日本の円は実効為替レートでは50年前の1ドル=360円台に戻ることとなった。米国にとって日本への債務(米国債)は返さなくてもよい借金である。ドルを切り上げ、円安に誘導すれば、安い日本製品を手に入れることができる。結果的にインフレを抑えることができる。いくら輸入しても紙屑となる恐れのあるドル紙幣を印刷して支払えばよい。しかし、それは日本だけである。サウジは「ペトロ・ダラー」体制に見切りをつけた。BRICSはドルを使わない貿易決済を始めた。ドル暴落の足音は着実に迫っている。岸田政権は、これ以上国を売ることをやめるべきである。

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【書評】白川真澄「脱成長のポスト資本主義」

【書評】白川真澄「脱成長のポスト資本主義」(社会評論社 2023-04)

<<「脱成長」論が提起する課題と現実>>
    (初出:「季報唯物論研究」第164号 2023/8)

脱成長のポスト資本主義

脱成長のポスト資本主義

    
<新自由主義経済路線の「脱成長」>
 今我々が直面している現実の資本主義は、産業資本主義段階から、金融資本が支配する金融独占資本主義段階にあり、1971年のブレトンウッズ体制の崩壊、ドル・金兌換廃止以降は、米国は他のどの国も持たない債務特権、つまりは「いつでも紙幣を印刷できるので、米国はどんな借金でも返済できる」(アラン・グリーンスパン、1987~2006年米連邦準備制度理事会・FRB議長)、基軸通貨としてのドル一極支配体制に移行した。この下で、金融規制緩和政策が推し進められ、金融資本が支配するマネーゲームが横行し、規制緩和万能・市場原理主義路線=新自由主義経済路線が世界中に跳梁跋扈する段階となった。
 米国はかくしてポストブレトンウッズ体制から多大な恩恵を受け、世界中にドル国債をばらまき、買い支えさせ、厳密に計算すれば破産状態にあるにもかかわらず、対外債務を返済する能力も、支払う意図もなく、この債務特権にあぐらをかき、ドル一極支配体制を通じて、通貨はもちろん、世界中の他の地域の労働力や実物商品・製品を組織的に過小評価し、取得することを可能にし、グローバリズムがそれを一層促進させ、そうした事態の進行に依存する経済、米国内の実体経済がどんどん空洞化し、実体経済の生産額とGDPの間に前段階には見られなかった乖離が露呈する段階となったのである。米国では、金融と保険と不動産業界の対GDP比率は15~24%増加し、すでに製造業を上回っている事態である。対して、米国の製造業は最新データによると7ヶ月連続の縮小となっている。
 金融資本の金融資産(預金)は、歴史的にGDPの約40%であったが、2020~2021年には GDPの70%以上にまで上昇している。2007年11月の金融危機前のピークから15年間で、銀行預金の総額は 6.6 兆ドルから 17.6 兆ドル、年率 6.2%にまで急増している。FRBが金融緩和政策の名のもとに市場にあふれさせたイージーマネーによって、2020年3月以降は、その成長率は年率10% 近くまで加速、対照的に、2007年第4四半期以降、名目GDPは年率 3.8% しか拡大していないのである。しかも、米国がGDPと呼ぶものの大部分は金融サービスによって肥大化されている。それでも、2023年第1四半期の米国経済は年率1.1%の成長にとどまっているが、この減速はやみそうにもない。インフレ率を意図的に低下させる現在のCPI算出を、1980年代と同じ計算方法を用いれば、GDPは実はマイナスなのである。
 かくして金融資本は、収益のかなりの部分を成長のための資本に投下するのではなく、さらなる最大限利潤追求の場としてのマネーゲームへの資本投下と、上位1%層への配当と自社株買いに割り当てたのである。 その路線を最大限利潤追求者として合理的であり、良しとしたのである。言い換えれば、新自由主義とは、経済を金融化させ、実体経済を破壊させ、社会保障を削減・民営化させ、新たな債務危機を引き起こす金融システムでもある。
そして、新自由主義経済政策の始動後、世界の成長グラフは実際に下降、ないしは鈍化しているのが現実なのである。その意味で、新自由主義経済推進論者は、米国は言うに及ばず、全世界に「脱成長」の課題を強制し、経済活動を急速に衰退させる、かれらこそが、世界で最も先鋭かつ実践的な「脱成長」論者なのだとも言えよう。もちろんこのことは、新自由主義路線そのものが、「脱成長」を掲げている、あるいは意図的に「脱成長」に追い込んでいるというわけではない。結果的に「脱成長」路線を推進しているにすぎないのであって、地球環境危機や気候危機から「脱成長」を主導しているわけでは全くない。むしろ、新自由主義経済路線は、アメリカの、環境を破壊し、危険で有害で高価なフラッキングガスをヨーロッパに押し付けていることに象徴的なように、地球環境危機・気候変動危機をより悪しく激化させているのである。
 白川氏は、「ブレーキがなく、アクセルしかない資本主義では、気候危機は解決しない」、「経済成長をダウンさせ経済を縮小する脱成長への転換が求められる」と主張されているが、如上のような、現実に進行している「脱成長」路線をどのように評価されるのであろうか。主観的には別として、客観的には結果としてもたらせられる「脱成長」は大いに歓迎されるべき、同盟軍なのであろうか、それとも無視しても何ら差し支えない、論議すべき対象ではないと考えておられるのであろうか、基本的な疑問である。「経済成長をダウンさせ経済を縮小する」ことそれ自体が目的となれば、その「脱成長」の中身、実態、本質が問われることはない。白川氏がそんなことを主張しているとは考えられないので、より前向きな議論の展開が望まれるところである。
 
<ウクライナ危機の現実>
 白川氏は、序文の冒頭で、「新型コロナ感染症の世界的な大流行とロシアによるウクライナ侵略」を、「私たちの予測能力や想像力をはるかに超えた2つの出来事」と述べておられる。コロナ危機は別として、ウクライナ危機は、突如勃発したものではなく、ある程度予測されていたことである。
 それは当事者自身が自己暴露していることからも明らかである。2015年2月17日に国連の安全保障理事会は、13項目からなるウクライナ東部紛争の停戦を実現する「ミンスク合意」を承認する決議をしているが、アンゲラ・メルケル元独首相は、昨年12月7日のツァイト紙のインタビューでミンスク合意は軍事力を強化するための時間稼ぎにすぎなかったと認め、その直後に、フランソワ・オランド元仏大統領もメルケル氏の発言を事実だと語っている通りである。当事者のウクライナ政権自身がこの合意など守る意思はさらさらなかったことを公言し、挑発的な軍事行動を絶え間なく繰り返していたことは周知の事実であった。ロシア側の抗議と米ロ首脳会談にもかかわらず、停戦交渉を意図的に妨害し、ぶち壊してきたのはアメリカとイギリスなのである。
 とりわけ米エネルギー産業独占資本と産軍複合体、ネオコン勢力は、何年も前からユーロ経済圏のロシア天然ガス依存政策を問題にし、ノルドストリーム天然ガスパイプライン爆破攻撃につながるユーロ経済破壊政策を、米国防省ペンタゴン配下のランド研究所がすでに提起していたことが明らかになっている。
 このウクライナ危機に関する最も重要な点は、歴史上最も回避可能な戦争であったということであり、米英がロシアを泥沼の戦争に引きずり込み、プーチン政権は大ロシア民族主義からそのワナにはまり込み、一連の誤算に基づくウクライナ侵攻に突き進んでしまったのだと言えよう。
 プーチン政権のスターリン主義路線への回帰ともとれるレーニン路線(民主主義の徹底としての社会主義、民族自決権の擁護)の否定(侵攻開始にあたってのプーチン演説)が、このウクライナ危機解決に芳しからぬ悪影響をもたらしていることも指摘されねばならない、見逃し得ない論点であろう。
 しかし、一見、米英の悪辣な戦略が成功したかに見えるウクライナ危機は、対ロシア経済制裁政策によって、逆に巨大なブーメランとなって跳ね返り、今やドル一極支配体制が足元から崩れ去る、世界的な脱ドル危機として跳ね返ってきているのが現実である。
 冷静に分析し、評価がなされれば、こうした事態の進行は、「私たちの予測能力や想像力をはるかに超えた出来事」ではないのである。
 そしてウクライナ危機の現実は、対ロシア、対中国の緊張激化路線を一層拡大することによって米英はもちろん、日本を含むG7諸国の軍事費を巨大化させ、国家債務を膨大化させ、インフレを進行させ、米欧側が望む「経済成長」をさえ阻害し、経済的治的危機を深化させ、ここでも結果として、「脱成長」路線を推し進めてしまっているのである。

<問われているオルタナティブは何なのか>
 こうした新自由主義経済路線と核戦争にもつながりかねない緊張激化路線に対するオルタナティブこそが問われている、と言えよう。何よりも優先されるべきは、ウクライナ危機の平和的・外交的解決は可能であり、「戦車ではなく、外交官を送れ!」(欧州平和運動のスローガン)という、軍拡に反対する緊張緩和政策・平和外交政策であろう。これなしには、他のオルタナティブが成り立たないからである。
 新自由主義経済路線に対しては、金融資本の規制緩和を撤廃し、金融資本の独裁を許さないトータルな規制、民主的規制、金融資本を社会化するオルタナティブ、気候危機・環境危機に対応した社会的インフラ投資に重点を置いたオルタナティブ、ニューディール政策こそが提起され、優先されるべきであろう。そのもとでこそ、白川氏が主張される「医療、介護、子育て、教育などケアに重点を移行させる」オルタナティブが生かされるのではないだろうか。
 白川氏が強調する、気候変動危機に対するオルタナティブとして提起されている連帯経済への様々な取り組みや問題提起は貴重であり、生かされるべきは、言うまでもない。(生駒 敬)

※ 本書評の掲載については「季報唯物論研究」編集部の了解をいただいております。

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【翻訳】「海中火山と2023年の暑さとの関連」

Japan Times on September 16-17
 Incorporating The New York Times International Edition

“An undersea volcano and its link to 2023 heat”
「海中火山と2023年の暑さとの関連」
By Alister Doyle, Oslo : Thomson Reuters Foundation

 記録的高温よりの世界的蒸し暑さについて、科学者たちは、部分的に責めるべきかもしれない、興味ある容疑者として、昨年、南太平洋にある Tonga 近くで起こった海中/海底火山の爆発/噴火を挙げている。
 ほとんどの大噴火は、太陽を薄暗くする靄/霞によって地球を冷やす一方で、2022年1月に噴火した Hunga Tonga-Hunga Ha’apai (訳者:以下「トンガ火山」と称する)は、オリンピック用水泳プール 6万個に等しい水を地球上空の成層圏に吹き上げた。
  (訳者: 地球を取り囲む大気は、500 Kmまで存在すると言われている。
       0 ~ 10 Kmは対流圏、10 ~ 50 Km までは成層圏と呼ばれている。)

 水蒸気は、自然の温室効果ガス (“greenhouse gas”) である。地球の周りを渦巻くように熱を閉じ込める。対照的に、地上での噴火は、— 例えば、1991年に起きた Pinatubo,Philippines の噴火のように — 一時的に火山灰による日よけ効果によって、地球に降り注ぐ前に、日光を薄暗くする。
 Mr. Peter Thorne, a professor of climate science at Maynooth University in Ireland は述べている。「火山の大半は、冷やす効果を持つであろう。トンガ火山は、ルールの例外であり、我々はかって経験したことがない、意味ある wild card (予測できない要因) である。」と。 今年の 6 -8 月は、世界中で最も暑い記録だった。不可解なほどの大きい差をつけて、日本から米国にかけての熱波でもって。
 科学者たちは述べている。即ち、太平洋を温める El Nino 現象、船舶の燃料よりの光を反射する排気ガスや火山による小さい影響もあるが、人間による温室効果ガスの放出は、圧倒的に責任を負わされるべきである、と。
 多くの科学者たちは、地球の温暖化はまず第一に化石燃料(”fossil fuels”)を燃やすことによって、もたらされるのであるが、火山の噴火が温暖化の長期トレンドに、どれほど長く影響を与えているのかを、計測し判断するに、火山のさらなる調査が重要である、と述べている。 2015年のパリ協定は、産業革命以前の気温より、できるだけ上昇をプラス 1.5℃程度に止めることを求めている。気温は、すでに 1.2℃ 上昇している。

Past huge eruptions [ 過去の巨大噴火]
 ポリネシア諸島における噴火(訳者:昨年のトンガ火山の噴火のこと)は、約1億5千万トンの水蒸気を成層圏に吹き上げ運び込んだ。これは、成層圏を取り巻いている 10.4 億トンの水蒸気のおよそ 10 % に相当している、と Margot Clyne, an atmospheric scientist at the University of Colorado, Boulder, in the U.S. は、述べている。さらに、「我々は、かなり自信をもって言える。即ち、1883年の Krakatoa 火山の噴火に遡るまで、昨年のトンガ火山のような噴火は、起こっていなかった、と彼女は述べている。
 (訳者:Krakatoa 火山:Indonesia スマトラ島とジャワ島の間のスンダ海峡にある小さい島の火山で、 8/26日に噴火して津波も発生したことより、
             36,417人が死亡したと伝えられている。)
 その噴火は、同時におよそ 50万トンの二酸化硫黄(Sulfur Dioxide”)を成層圏に吹き上げた。これは地球を冷やす傾向にある。水と硫黄の混合は、火山の影響を理解しにくくする。

 定期刊行誌 “Nature” の一月号のある論文は、地球の気温は今後五年間のうちの少なくとも一年は、一時的に、1.5℃を超えて上昇するであろう、と述べている。
「このトンガの噴火は、地表を冷やすよりは、むしろ温めるであろう観測史上最初の噴火である」と Luis Millan, a scientist at NASA’s Jet Propulsion Laboratory at the California Institute of Technology は述べている。さらに、予備的研究であるが、水蒸気は、成層圏において、最大8年間持続して留まる可能性がある、と彼は述べている。
Holger Voemel, a senior scientist at the U.S. National Center for Atmospheric Research (NCAR) は、その噴火は、地球の温暖化に何らかの効果をもたらすであろう可能性はある。しかし、その判断/判定は、まだ出ていないと考える、と述べている。
U.N.’s Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC) によれば、太陽を暗くする噴火は、過去 2,500年以来、大まかに言って 100年に二回ペースで起こっていて、最近のものは、Pinatubo, Philippines である。この噴火は、曇らせた太陽によって、地球の平均気温を、一年以上約 0.5 ℃押し下げた。 IPCCによれば、過去2,500年間に、およそ8回大きな噴火があった。これらの中では、 1815年の Indonesia での Tambora 噴火は、「夏のない一年」をもたらし、フランスから米国まで収穫できずにいた。 
  (Tambora 火山 : バリ島東側のロンボク海峡近くのSumbawa島にある火山で 4/10-4/12の噴火で死者約 1 万人、その後の飢饉、疫病で 7~ 12万人が死亡したと伝えられている。) )

 さらにもっと酷いケースでは、1257年頃の、Indonesia の Samalas 噴火は、飢饉を引き起こし小氷河期(”little ice age”)のきっかけとなったであろうし、その異常な寒冷期は 19世紀まで続いた可能性がある。
   ( Samalas 火山 : ロンボク海峡にあるロンボク(“Lombok”)島の火山。年代古く
             被害の詳細は定かではない。)   

 かっての噴火の規模は、グリーンランドや南極の氷の中に捕えられ見つけられる硫黄から判定される。 トンガ火山のような、水を吹き上げた何百年前の大きな火山の数は、水がシミや汚れを氷の中に残さないので、未知である。 噴火前、トンガ火山は、海面下およそ 150mにあった。どれくらいの火山が、もし噴火した時に物質を大気まで吹き上げるに十分な海面下の浅さにあるかは、不明である。

Catastrophic risks [ 壊滅的なリスク]
 IPCCは述べている。少なくとも今世紀中には、Pinatubo クラスの噴火は、一つは起こると。しかし、そのような噴火は地球規模の温暖化 — 産業革命以来の人間が作り出した温室効果ガスによって助長されている — の全体的傾向に、ほとんど効果なしで来ている。
 Ingo Bethke, of the Bjerknes Center for Climate Research at the University of Bergen in Norway は、「火山活動は不規則で予測不可で、制御不能である。」と述べている。
 Bethke and Thorne は論じている。「IPCCは、一連の火山のリスクを調査すべきである。我々は、Pinatubo 規模の火山であれば、一つだけなら対処できる。しかし、気候変動の中にあって、いくつもの噴火が起きれば、社会にとっては大きな試練となるであろう。」
 予測不能の中にあって、しかしながら、何人かの科学者は、気候変動は、氷河の重量が火山の蓋を押さえている、いくつかの氷のある地域では、噴火をたびたび起こさせるであろう、と述べている。例えば、 Iceland では、約 12,000年前の最後の氷河期の終了は、噴火の回数が増えたのと、期を一つにしている。その時は、最近の噴火回数より、約 100回も多かった。そして、気候変動とリンクした雨の土砂降りは、火山の斜面を侵食する可能性がある。
2018年、ハワイで起こった異常なる大雨が Kilauea 火山の側面を弱めてしまった可能性がある。

Geoengineering [ 地球工学 ]
 各国の政府が、長い時間をかけて解決策を探求する一方で、地球を冷やす近道として、何人かの科学者たちは、慎重に太陽光を曇らせることに前向きである。 Pinatubo 噴火のような靄や霞 — おそらく硫黄を成層圏に吹き上げる特殊な飛行物体の一編隊によって — を一年あまり持続させる時間稼ぎは可能であろう。
 昨年、米国のある新興企業 (“start-up”) “Make Sunsets” は、成層圏に二酸化硫黄を積んだ気球を投入し始めた。その会社は、”cooling credit” として、硫黄 1 gram $10.- で売り始めた。それは一年間で二酸化炭素(炭酸ガス)1 ton 分の温室効果と相殺出来ると謳っている。それでは、費用は掛かりすぎである。何故ならば、炭酸ガスは大気中では、数百年の間、留まり続けることが出来る。その会社の売り上げは、この8月には、$ 2,852.- であった。

 多くの科学者たちは、そのような geoengineering に反対している。それは、気候の型、傾向を乱すであろうし、いくつかの国々に排出の大幅削減を避ける口実を与えるであろうから。Mr. Voemel at NCAR は言った。「私に第二の地球を与えて下さい。そうすれば、それ(気球を飛ばすこと)は、一つの good idea です。」「そして、貰った私の地球では、それをしないで下さい。」

                     [ 完 ] ( 訳 : 芋森 )

 

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【投稿】UAWスト、拡大へ--経済危機論(120)

<<「スタンド・アップ・スト」リストを拡大>>
9/23、全米自動車労組UAWの米ビッグ3自動車メーカーに対する同時ストライキが、さらに拡大されることが明らかにされた。UAWののショーン・フェイン委員長は、ゼネラル・モーターズとステランティスの20州の38施設にストライキを拡大すると発表。「すでにストライキを実施している工場は、引き続きストライキを継続する」とともに、新たに対象となった工場の労働者は、9/23正午よりストライキに入った。フェイン氏は、「GMとステランティスのすべての部品配送センターが

「スタンド・アップ・スト」リスト拡大

ストライキに入る。カリフォルニアからマサチューセッツまで、あらゆる場所でストライキを実施し、必要に応じて「スタンド・アップ・ストライキ」を拡大し続ける」と語っている。
同氏はまた、ストライキ参加者への支援を訴え、「国民はわれわれの味方であり、UAWの組合員は立ち上がる準備ができている。われわれは、友人や家族から合衆国大統領に至るまで、われわれの大義を支持するすべての人々に、ピケ・ラインに参加するよう」呼びかけている。
事実、最新の世論調査では、現在ストライキ中の自動車労働者を支持していることが示されている。9/20のロイター/イプソスの最新世論調査では、党派に関わらず有権者の58%が全米自動車労組によるストライキを支持し、民主党支持層では、72%がUAWを支持している。

ただし、このスト拡大対象にはフォードは含まれていない。フェイン氏は交渉の席で同社との前向きな「真の進展」があったと報告。それによると、フォードは2段階賃金制を断念し、利益分配の提案を13.3%に引き上げ、2009年に取り下げたインフレ連動の生活費引き上げ(COLA)を復活させ、「すべての臨時労働者のフルタイムへの即時転換」と工場閉鎖をめぐる組合のストライキ権に合意した。そのため、ミシガン州ウェイン郡にある塗装・最終組立工場以外のフォード支部はストライキ・リストに追加されなかった。「フォードではまだ終わっていないが、彼らは真剣に交渉を望んでいる」という。
しかし、「GMとステランティスでは、話は別だ」、「GMもステランティスもCOLAの復活を拒否する姿勢を崩していない」、「私たちは、彼らが正気に戻るまで部品流通センターを閉鎖する」とフェイン氏は語り、GMは、ストライキの「マイナスの波及効果」として、カンザス州フェアファックス自動車組立工場の従業員2,000人に対し、工場を閉鎖し、今週休業すると発表、ステランティスはストライキの直接の結果としてイリノイ州ベルビディア組立工場の再開提案を撤回し、イタリアではステランティスのフィアットで人員削減攻撃に出ており、労働者6000人がストライキに突入したという。

<<バイデン氏がピケラインに参加!?>>
来年米大統領選再選を目指すバイデン氏は、「労働者寄りの大統領」を自称しており、「9/26、火曜日、私はミシガン州へ行き、ピケットラインに参加し、UAWの男女と連帯する。彼らは、自分たちが創り出した価値の公正な分配を求めて闘っている。今こそ、高賃金のUAWの雇用でアメリカの自動車製造業を繁栄

させ続けるウィンウィンの合意の時だ」と語っている。「ストライキ中の労働者と連帯し、ピケットラインに参加するとなれば、これは前例のないことだ」と、民主党プログレッシブグループのジャヤパル議長は語っている。

しかし、バイデン氏は、ほんの数か月前、鉄道労働組合が、組合員全員投票でストライキを決議した際に、鉄道ストは、貨物の推定 30% と、旅客および通勤鉄道サービスのほとんどが凍結され、インフレに陥った経済を脅かすとして介入し、団体交渉権まで制限する非民主的な協定を強制し、全国的な鉄道ストライキを阻止する法案に署名して、ストライキを破棄させた張本人である。この歴史的に恥ずべきストライキ破りの行動には、民主党の進歩派議員までが同調したのであった。鉄道労働者がとりわけ求めていた安全確保要求のストライキを放棄させた、その数週間後に、オハイオ州での列車脱線事故が起きた、いや結果として安全確保がないがしろにされ事故が起こされたのであった。

ところが今回、バイデン氏は自らを労働者の友人であると自称し、経営者側に譲歩を求め、自分はUAW労働者、そして労働組合一般の側にしっかりと立っていると自己宣伝している。同時にバイデン氏は、ストライキがこれ以上大規模化、大胆化、強力化、経済への破壊的影響が大きくなるのを防ぐために、ストライキを早期に終結させることが主な目標であることも明らかにしている。

バイデン政権は、EV生産を促進するための大規模な資金計画を発表したばかりであり、それによって自動車メーカーはUAWの給与要求に適当に応じれば、連邦政府の資金を引き出し、在庫の途絶を回避し、財務上の損失を数カ月ではなく数年に分散させることができ、なおかつ、EVの製造に必要な労働力は、ガソリン車に比べて大幅に削減できる、これこそが「ウィンウィン」だというわけである。

これは当然、2024年の選挙を目前に控え、とりわけトランプ前大統領がこれまた手前勝手な「われこそが労働者の味方」面していることに対する、便宜的対処に過ぎないものでもあろう。本音は、ビッグ3資本の利益を確保し続けるために、ストライキを早期に終了させることにある。バイデン氏が現在最も恐れているのは、UAW労働者の支持拡大と戦闘性の持続である。

支持率が一向に上昇せず、揺れ動く立ち位置の変化と動揺は、バイデン氏にとって、矛盾に満ち満ちた政治的経済的危機の反映でもあろう。
(生駒 敬)

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【翻訳】「米国が好んで行使する手段:世界的制裁の危険性」

The New York Times  International Edition、July 24, 2023
Opinion 
“ The risks of global sanctions, the tool America loves to use” 
The Editorial Board
[ The Editorial Board is a group of opinion journalists whose views are informed by expertise, research, debate and certain longstanding values. It is separate from the newsroom.]

「米国が好んで行使する手段:世界的制裁の危険性」

 国際法や規範への、目に余る違反行為は、力強い一致した反響を呼び起こすことは、ほとんど世界的な合意である。考えてみよう、例えばロシアのウクライナへの侵攻、イランと北朝鮮における核兵器開発、これらへの対応として厳しい経済的制裁が長らく考えられてきている。
 しかしながら、永遠の疑問は、その次に何が来るのか?何時、制裁は働きを止めるのか?
 又は、さらに悪い方向へ、何時、米国の利害に反して、それら制裁は働き始めるのか?
 これらは重要な質問である。
 何故ならば、過去20数年に渡り経済制裁は、米国の政策立案者にとって、執るべき最初の手段となって来ている。例えば、テロリストのネットワークの粉砕、核兵器開発の阻止の試みや独裁者への罰則として行使されてきている。米国財務省の海外統括の制裁リスト上の氏名の数は、着実に増加していて、個人に対する銀行利用の制裁によって、2000年の912名より2021年の9,421名へと増加している。トランプ政権時には、一日に約3名のペースでリストに追加した。昨年のロシアのウクライナ侵攻後のバイデン大統領の声明により、その増加率は急増していて、昨年を上回っている。したがってその行使が増加していることを考えると、制裁がどのように成功する外交の手段になりえるか、のみならず、うまく作用しないときでも、世界を巡る平和や人権、さらに民主的規範を推進する米国の努力を、いかに蝕み得るかを理解することは、有益である。

The invisible costs of sanctions. [制裁の目に見えない費用]
 一部には、制裁は、特に軍事行動に比べて低コストと見られることで、政治家はしばしば制裁に立ち帰る。Drexel University’s Global Sanction Data Base によると、1950年以来、米国は、世界で課せられた制裁の 42 % を占めている。事実、費用は実在する。それら費用は、銀行、企業、市民や人道主義者のグループによって負担されている。そして彼らは、制裁を実行に移す負担を負い、それらを適応し、その影響を軽減している。制裁は又、弱い立場にある人々に損害を与える可能性があります— しばしば貧しい人々や抑圧的政権の下での住人に対して。それらの事実を、学者たちが文書化しています。当局者が、そのような費用を考慮することはほとんどない。他方、制裁は容易に課せられる。自治体の連邦機関によって執行される多くの制裁計画がある。そして、一旦実行されれば、政策的、官僚機構的に中止、解除することが難しい。たとえ、それらの制裁が、もはや米国の利益に役立たなくなっていたとしても。さらに悪いことには、制裁は又、重要な公的審査を逃れている。
 ある特定の制裁が、不必要に、罪のない潔白な人々を傷つけ、外交政策の目標を台無しにしているか、よりも、意図したように働いているか否かに、責任を持つ当局者/役人は、ほとんどいない。
 Mr. Biden は、それら制裁の説明責任の欠如を改正することを約束して、大統領に就任した。財務省は、2021年に、実施された制裁の広範囲な再調査を指導し、その年の10月に7 page の要約を公表した。再調査のプロセスは、重要な一歩であった。それは、とりわけ、次のように結論付けている。
 まず、制裁は状況、環境に合わせて正しい手段であるということを確証すべく、体系的に精査されねばならない。又、制裁は明確で具体的な成果に結びつき、その場で可能な、同盟国を含んでいること。さらに、制裁が米国の労働者や企業、同盟国や潔白な人々に与える「意図しなかった経済的、政治的衝撃」を和らげるための注意や努力がなされるべきであると。財務省は、検証の推奨を実行することで、いくらかの前進を見せているが、同省は、制裁を成し遂げるための責任ある多くの政府の機関の一つに過ぎない。政府のすべての機関は、制裁の利点は、それに要する費用に勝っていること、そして、制裁は正しい手段であり、目的を成し遂げるための最も安易な手段ではない、ということを確証するために、定期的にdata を使った分析を指導すべきである。又、そのような分析の結果が議会や国民に伝えられることが重要である。

Sanctions need clear achievable outcomes.
[制裁には、明白で達成可能な成果が必要である]
 すでに知られていることは、制裁は、実現可能な目的を有していて、それら目的が達成された場合の救済の約束と対をなしている時に最も効果的である。
 おそらく、最良の例は、Apartheid (アパルトヘイト、人種隔離制度) 時代の南アフリカを対象とした 1986 年の法律である。この法律は、制裁緩和のための Nelson Mandela の釈放を含む五つの条件を示していた。米国や他の国々による、その制裁は、南アフリカの白人だけの政府 (white-only Government) を説得して、人種差別を維持できないよう指示することに助力した。
 「連帯」運動の抑圧に応じての、1981年における共産主義国家ポーランドへの制裁は、これが如何に作用するかのもう一つの事例である。米国とその同盟国は、ポーランドや、その他東ヨーロッパでの政治的自由における新時代の先導役を手助けすることで、投獄/収監されている多くの活動家達が、釈放されることで徐々に制裁を解除した。
 南アフリカやポーランドに対する制裁は、自由と公正な選挙をもたらすことを意図し、政権交代 (regime change) を意図したものでないことは明らかである。政権交代を意図した制裁は、しばしば改革ではなく反抗を奨励する。それらは、Cuba, Syria や Venezuela の事例が明らかにしているように、ひどい実績を残している。 Venezuela においては、野心を持った無制限の制裁 — 独裁者 Nicolas Maduro を追い出すための制裁 — は、これまでのところ、その逆を達成している。2017年に、彼は民主的に選ばれた国会を解散して、2018年の、インチキな大統領選挙で、彼は勝者と宣告された。その後で、トランプ政権は、Maduro独裁政権の資金の重要な源泉である Venezuela 国有石油会社に最大限の制裁を科した。Mr. Maduro への厳しい個人制裁は必要である一方で、Venezuela の石油部門をBlack List に載せることは、人道主義の危機を悪化させてきている。
 この NY Times の Editorial Board が警告したように、石油収益を切り取ることは、ここ10数年、ラテンアメリカでの一番の経済悪化をもたらしている状況を、さらに深化させた。
 Francisco Rodriguez, a Venezuelan economist at the Josef Korbel School of International Studies at the University of Denver の昨年の研究によれば、この国の輸出の約 90 % を占める石油産業への制裁は、政府収入の劇的削減と著しい貧困の増加をもたらすと。この制裁は、同時に、Mr. Maduro の政権の座より追い落とすことに失敗した。
 翻って、彼は、支配力を強化し、この経済的苦悩は米国の責任であるとして、この国をロシアや中国に近づけた。多くの世論調査では、制裁は深く不人気である。米国における Venezuelaの野党の代表者や、かって広範囲な制裁を支持したあるグループでさえも、最近になって Mr. Biden に、石油制裁の解除を呼び掛けた。
 就任以来、Mr. Bidenは、Venezuelaに対して、制裁を修正して、特定の達成可能な目的を追加する措置を講じて来た。Biden政権は、ロシアのウクライナ侵攻後の石油価格の高騰に促されて、Chevron に Venezuela での限られた仕事に許可を与えることによって、いくつかの石油制裁を解除した。White House は、もし Mr. Maduro が来年行われる選挙で、自由、公正な選挙の実施に向けた措置を講じるならば、制裁の追加軽減を行うことを約束した。
 Francisco Palmieri, the State Department’s chief of mission of the Venezuelan affairs unit in Bogota, Colombia は、制裁が解除されるためには、何がなされるべきかの詳しいリストを公表した。そのリストには、来年の大統領選挙の日付を決めること、独断で逮捕された候補者の復権、そして政治的にとらわれた囚人の釈放が含まれている。
 Mr. Maduro は、これまで、この提言には、従ってきていない。それどころか、6/30 さらに、別のよく知られている野党議員の公職就任を阻止した。それにも関わらす、性急な政権交代よりも、民主主義への緩やかな復帰を支持する Biden 政権の穏健な政策は、良い approach である。Biden 政権は、Venezuela でどの制裁を解除するのか、又とりわけ国営石油会社への制裁をいつ解除するのか、より明確であるべきである。 このことは、米国の約束をより信頼あるものにするであろう。昨年 11月に、Mr. Maduro と野党の間で Venezuelaの凍結されている資産を人道目的に使おう、という協定は、もう一つの約束事だった。しかしその資産は未だ凍結されているので、協定は不確実のままである。
 この遅れは Venezuela に、危機に至る事態を解決する希望を失わせている、と Feliciano Reyna, the president and founder of Accion Solidaria, a nonprofit organization that procures supplies for public hospitals in Venezuela は述べている。彼は、物品を輸入できる特殊なライセンスを持ってはいるけれども、必要としている物品の取得に困難を抱えている、と言っている。いくつかの企業は、それら物品が法律に適合しているか否かを確かめる煩雑さ — 過剰適合 (overcompliance) として知られている現象 — よりも、むしろ Venezuela と取引しない方を好んでいた、と彼は述べている。また「この状況は、内政的には悲惨である。」と。
 希望の喪失は、ある程度は、2015年以来、700万以上のVenezuela人が国外に逃れていること、さらに過去二年に、米国南部国境に、240,000以上の人々が押し寄せていることの、一つの証であろうか。多くの専門家が、Venezuelaからの人々の移動の推進役として制裁がある、と評している。 というのも、制裁が経済状態を悪化させ人々を、押し出したのであるからと。これに応じて民主党のあるグループ — including Representative Veronica Escobar of Texas, who co-chairs Mr. Biden’s re-election campaign — は、Mr. Biden に、Venezuela と Cuba への制裁を解除するよう嘆願した。
 Biden 政権は、Venezuela で、より人道的にする為に制裁政策を変えているということを、明示することが出来る。最初の一歩は、2021年の再調査の勧告に従って、制裁が科せられる前に、いかなる制裁でも公式に人道コストを考慮する。 財務省は5月になって、その任務、職務を果たすために、二人のエコノミストを雇った。その任務とは、制裁を成し遂げる責任を持ついかなる部局に対しての標準慣行(standard practice)となるべき職務、任務である。

Sanctions need to be reversible.
[制裁は、可逆的である必要である。(元の状態に戻れることが必要である)]
 一度、政府が現行の制裁事項の組織的再評価を指導し始めれば、課せられたいかなる制裁も破棄されることが出来るということを、確実にすることが最重要である。
 この一番の失敗例を考えてみてください。それは、Cubaに対する無制限の貿易禁止(trade embargo)である。 1962年、John F. Kennedy 大統領は、明言された目標「現在のCuba政権を孤立させ、共産主義勢力との連携によってもたらされる脅威を減少させる。」にて、通商禁止措置(embargo)を講じた。それ以来、米国の大統領達は、すっと何年も、制裁を解除するには何が必要かについての、激しく異なったメッセージを発信して来ている。Barack Obama は、2014年に、それらの多くを解除すべく動議を提出した。それは一つの努力の成果であったが、3年後 Donald Trump がひっくり返した。昨年Mr. Bidenは、Trump時代の制裁のいくつかを解除した。 しかし、通商禁止を終わらせることが出来るのは、議会の法律だけである。

 Peter Harrell, served on the National Security Council staff under Mr. Biden,は、論じている。もし議会がそれらの延長に賛同しないなら、制裁は、一定の年数後には、自動的に期限が切れて無効となるべきである。そうすれば、米国の議員達が、それら制裁の達成目標を諦めてしまった後も、何十年も存続している無気力になったゾンビ(zombie)のような制裁の件数は、減少するだろうと。

 制裁を、過去における単なる行為を罰するものより、変化を動機付ける制裁とする為には、米国は、たとえ憎むべき行為者、関係者であっても、指定された基準が満たされている場合には、制裁の解除に備えるべきである。
 制裁は、たとえ魅力的であっても、解除される為の基準と組み合わされている特定の目標なしに機能することは、ほとんどありません。これは、現在および将来の制裁に適用される。
 目標や救済の基準なくしては、米国の外交政策の中でも、比重の大きいこれら制裁という手段、措置は、長い目で見れば、米国の利害や行動基準に反する危険性がある。

                           [ 完 ] (訳:芋森)

 

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【投稿】全米自動車労組・歴史的ストライキとなるか--経済危機論(119)

<<ビッグ3、史上初の同時ストへ>>
9/15、午前0時、ゼネラル・モーターズ、フォード、ステランティス(旧クライスラー)のビッグ3自動車メーカーに対する史上初の同時ストライキが開始された。全米自動車労組UAWと自動車メーカー3社との間の新たな4年間の労働契約の交渉は真夜中前に決裂し、まずはストライキの第一波として、ミシガン州のフォード・モーター社の工場、ミズーリ州のゼネラル・モーターズ社の工場、オハイオ州

ミシガン州のUAWローカル372のメンバー

のステランティスNV工場、この3社の工場から1万3000人の労働者がストライキ行動に参加した(UAWの組合員は、14万3000人)。

今回のストライキは、「スタンド・アップ・ストライキ 」と名付けられ、全工場の一斉ストから開始するのではなく、「スタンド・アップ」を要請された工場から開始し、順次それを拡大する、「最大限の影響力と最大限の柔軟性が得られる」と説明されており、UAWののショーン・フェイン委員長は「より多くの地域が “スタンド・アップ”を要請され、ストに参加する可

史上初のBig3同時スト

能性がある。これにより、ビッグスリーの各自動車メーカーで公正な契約を勝ち取るための闘いにおいて、最大限の影響力と最大限の柔軟性が得られる、スタンド・アップ・ストライキは、各社を油断させない。規律、組織、創造性に頼ることになる。私たちはこの戦いにおいて正しい側にいる。労働者階級と富裕層、持てる者と持たざる者、億万長者階級とその他すべての人々との戦いなのだ。」と説明している。すでに、8月、UAW組合員の97%が、9/14深夜までに適切な契約が結ばれない場合、ビッグスリーでのストライキを承認することに投票している。
この「スタンド・アップ・ストライキ 」について、UAWのサイト「スタンド・アップ・ストライキとは?」は、「スタンド・アップ・ストライキは、必要であれば全国的な全面ストまでエスカレートさせる能力を組合に与える。また、ビッグスリーが私たちにふさわしい協約交渉を拒否した場合、長期的にビッグスリーに対する経済的影響力を高めることができる。」として、詳細な戦略・戦術を提供している。

<<「どちらかの側を選ぶ」のか>>
このフェイン氏と他の組合改革派指導部は、組合史上初のトップポスト直接選挙で、改革運動「民主主義のための全労働者団結」(Unite All Workers for Democracy UAWD)の支援を受け、メンバーズ・ユナイテッドの一員として立候補し、この3月に就任したばかりである。

UAWののショーン・フェイン委員長

UAWの要求は、4年契約期間で36%の賃上げ、2階層の非正規・臨時労働力の廃止と雇用保障(派遣労働者を90日後に全額賃金、福利厚生、利益分配を伴って正社員に転換すること)、COLA(インフレ連動生活費引き上げ)の復活、全員への確定給付年金の復活、週労働時間の短縮である。

これに対する経営側の回答は、フォード、ゼネラル・モーターズ、ステランティスはそれぞれ、4年契約の期間中に20%、18%、17.5%でしかない。

2003年以降、自動車労働者の平均時給は30%も低下している一方で、過去10年間に自動車ビッグスリーは2500億ドル以上の利益を上げ、自社株買いや配当金支払いで株主に数百億ドルの報酬を与えてきたのである。過去4年間で、ゼネラル・モーターズ、フォード、ステランティスの最高経営責任者(CEO)の給与総額は40%増加したが、同社の一般従業員の賃金はわずか6%しか上昇しておらず、実質賃金が2008年以来19.3%減少している。
UAWの要求に対し、3社はいずれもフルタイムの年功序列労働者が最高賃金に達するまでの期間を8年から4年に半減する、GMとステランティスは、派遣社員の最低賃金を現在の時給16.67ドルと15.68ドルから20ドルに引き上げると回答しているが、組合側の雇用保障提案に関しては無回答である。
ビッグスリーは2023年上半期だけで200億ドル以上の利益を上げ、これら企業の CEO は、年間数千万ドルもの金銭的報酬を手にしている。昨年総額2100万ドル近くの報酬を手に入れたフォードのジム・ファーリー最高経営責任者(CEO)はCNNに対し、UAWによる40%近い賃上げの推進は「我々を廃業に追い込む」と語ったが、フェイン氏はこの主張を「冗談だ」と一蹴、「車両の人件費は車両の5%だ」、「彼らは我々の賃金を倍増させても車両の価格を上げなくても、それでも何十億ドルも儲かるだろう。彼らの口から出る他のことと同様、それは嘘だ。」と反撃している。

ビッグ3に車両を配送する全米トラック運転手組合・チームスターズは、ストライキ中はディーラーへの配送を拒否すると明言し、デトロイトのチームスターズ・ローカル299の会長ケビン・ムーア氏は、「我々はUAW労働者とショーン・フェイン氏の立場を100パーセント支持している。」と連帯行動を明言している。

一方、バイデン大統領は、今月初め、「ストライキについては心配していない。ストライキが起こるとは思わない」と語っていたのであるが、とんだ見当違いである。あわてて、バイデン氏はUAWフェイン氏および自動車大手3社の各CEOと電話で会談しているが、フェイン氏は「われわれの支持は自由に与えられるものではなく、その行動によって誰を支持するかが決まる」と述べ、バイデン氏に単に自動車メーカーに交渉を促すのではなく「どちらかの側を選ぶ」よう促した、報じられている。

バイデン氏は、この全米自動車労組の歴史的ストライキに直面し、政治的・経済的危機での、まさに「どちらかの側を選ぶ」かを問われているのである。
(生駒 敬)

 

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【書評】島崎邦彦『3.11大津波の対策を邪魔した男たち』

【書評】島崎邦彦『3.11大津波の対策を邪魔した男たち』
(2023年3月、青志社、1,400円+税)

 本書の著者は、東大地震研究所教授(現名誉教授)。1995~2012年の17年間、政府の地震調査研究本部(地震本部)の長期評価部会長に就いていた。長期評価部会とは歴史上の地震を分析し、今後に起こる可能性の確率を予測し対策に備える、いわば日本の地震対策の根幹を提案する部署である。本書は、その部会が出した大津波と原発をめぐる警告を東京電力と政府が捻じ曲げ、結果として大震災・原発事故を招いた経緯、そしてその背後に「原子力ムラ」の暗躍があったことを内部から告発する。
 本書は言う。「大津波の警告は、2002年の夏、すでに発表されていた。この警告に従って対策していれば、災いは防げたのだ。3・11大津波の被害も原発事故も防ぐことができたのである」と。
 地震本部は2002年7月、「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(「長期評価」)をとりまとめ、「日本海溝沿いの三陸沖~房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」と指摘し、「30年以内に20%」と数字も提示した。そしてこれを受けて保安院は、各電力会社に不測の事態に備えて予想される津波の高さの計算を要求した。
 ところが東京電力は、土木学会の「津波評価技術」(電力会社側が2億円近い資金を出して津波の調査研究をしてもらったもので、2002年2月に報告書となる)を盾に取り、保安院の要求を蹴り、福島県沖~茨城県沖には津波地震が起こらないと主張した。「長期評価」はプレート・テクニクス理論を用いて予測の精度が高い新しい方法を採用しているのに対して、「津波評価技術」では予測精度の低い地震地体構造の考えで「過去に津波地震が起こった場所でのみ、津波地震が起こる」という結論を出し、しかもその「過去」を400年までとしていた。
 更に「長期評価」に対して、なんと小泉内閣(当時)の防災担当大臣(村井仁)がこれの公表に反対し、文部科学大臣に申し入れをした。このため公表そのものは実現したが、「評価結果である地震発生確率や予想される次の地震の規模の数値には誤差を含んでおり、防災対策の検討など評価結果の利用にあたってはこの点に十分留意する必要がある」という「長期評価」を軽視する一段落が付け加えられた。
 本書はこの間の事情を後になって、「『津波地震』が大問題だったのである。だから内閣府防災担当が、地震本部事務局に圧力をかけ、前がきに一段落を入れさせたのだろう。さらに、(略)信頼度を付けさせて、津波地震の信頼度を低く見せたと思われる」と述べる。つまり「日本海溝沿いの三陸沖~房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」となれば、それは福島の原発の地域も含むこととなり、これへの対策が必要とされるので、これを外す目的であったと言えよう。
 その後、1995年の阪神・淡路大震災(M7.3)を受けて検討されていた原発の安全性の新指針が2006年9月に発表され、これによる原発の見直しが終わらないうちに起きた新潟中越沖地震(Ⅿ6.8)(2007年7月。この地震の強い揺れで東京電力柏崎刈羽原発ではわずかであったが放射性物質を含む水やガスが外にもれた)の被害もあって、各電力会社は原発の津波対策の余裕を表にまとめている。「これは『津波評価技術』を使っていて、福島県沖の津波地震は考えられていない。それにもかかわらず、十六原発のうち福島第一原発だけが全く余裕がなく、最も対策が必要とされていたのである」。さらにここでは、「津波評価技術」のやり方で計算しても、福島第一原発での津波の高さが最高15.7メートルという数字が出ていた。
 この東京電力の土木グループの報告に対して、武藤東京電力原子力・立地副本部長の答は、「すぐに津波対策をとろう」ではなく「研究をやろう」であった。その流れは、2009~2011年度に電力会社などが研究し、「津波評価技術」を新しいものにする。それに基づいて原発の見直しをし、その最終報告を保安院に出す、このため各方面の有力者に根回しをする、というものであった。「要するに、東京電力は報告書を先送りにして、何も対策しなかった」のである。本書はこれを「費用も労力もかかる津波対策を避けたい。そのためにこの計算結果(津波の高さ15.7メートル:評者註)を秘密にした東京電力は、土木学会の委員会を操って、新しい『津波評価技術』をつくろうとしていた。津波対策なしで原発見直しの最終報告が認められることを、東京電力は目論んでいたのではないか」と批判するが、この恐るべき怠慢と不作為が、3・11大津波と重大な原発事故まで続くことになる。
 そして2011年3月の大震災直前、平安時代の貞観津波(869年)等の調査研究を踏まえた「長期評価」の改訂(第二版)が発表されるときに、地震本部事務局と東京電力は秘密裏に会議を持ち(3月3日)、その内容の書き換えを要求し、「そのため『長期計画』第二版の承認を三月の委員会(大津波2日前の地震調査委員会)では見送ることにした」という経過がある。その緊迫した状況は本書を読んでいただきたいが、事務局は最終的に「長期評価」第二版に「また貞観地震の地震動について・・・判断するのに適切なデータが十分でないため、さらなる調査研究が必要である」という文章を追加し書き換えた。つまり貞観地震の強い揺れの程度がわからないから、福島第一原発で備えなければならない揺れの強さは分からない、という訳である。結局この直後に3・11大津波が来たことにより、第二版は発表されないまま、闇に葬られた。
 本書は、「3・11の後、地震対策本部は、想定どおりの地震が起こったという委員の声を黙らせて、想定外の地震だと発表した。地震は想定できていたが、その発表が遅れたと言えば、事務局に非難が集中しただろう。/想定していた地震の警告は、3・11に間に合わなかった。警告を遅らせたのは、事務局と東京電力との秘密会合のためだった」ということを暴露する。東京電力は、かくして9年前の「長期評価」で警告された津波地震の際には、ウソで保安院をだまして津波計算から逃れ、第二版の内容に対してはまたもやその一部の書き換えを要求した。
 以上の経緯を振り返って本書は痛恨の反省を述べる。
 「もし三月に『長期評価』第二版を承認し、発表していれば──その翌日(大津波の前日)の朝刊に警告が出て、多くの人々の命が救えただろう。/貞観地震の警告が出る一歩手前であったことを、事務局は隠した。事務局と東京電力との秘密会合も隠した。/秘密の書き換えも隠した。このため事務局の責任、警告を遅らせた責任は、追及されることはなかったのだ」。
 「東京電力と地震本部事務局とが秘密会合を開いたために、貞観地震の警告が間に合わなかった──。もし、秘密会合がなかったならば、と私は想像せずにいられない。/もし、3・11大津波の二日前の委員会の議題に『長期評価』第二版が入っていたならば、と。/もし、前日の朝刊で、陸の奥まで襲う津波への警告が伝えられていたならば、と」。
 今更ながらであるが、今こそ読まれるべき書であろう。(R)

 (追記)なお本書には、この経緯の裏で暗躍していた「原子力ムラの相関図」(弁護士河合弘之による)が載せられていて参考になる。そして河合によれば、その特徴は政官業が絡み合うコングロマリットのようなものとされ、しかもムラの住人が入れ替わる。ただ住人が入れ替わっても、ムラの根底には変わらないものがある。それは、原発を推進しなくてはいけないという空気、組織としての慣性、「今だけカネだけ自分の会社だけ」という意識であると的確に指摘されている。 

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【投稿】G20サミット:米主導の破綻--経済危機論(118)

<<「バリはバリ、ニューデリーはニューデリーだ」>>
9/9~10、インドを議長国として、ニューデリーで開催されたG20サミット(正式名称は「金融と世界経済に関する首脳会合」)は、初日に、米主導の破綻が明らかとなった。日本を含むG7、米英が執拗に追求していた、ウクライナ戦争への言及で、モディ首相が米国側の圧力を無視して、対ロシア・対中国制裁に一切言及しない声明文案が発表され、日米欧以外の諸国代表がすぐにそれに賛同して、米国側

「アメリカが可哀想です」

の反対を押し切って採択・可決されたのである。

G20サミット首脳宣言は、
・ G20の首脳らは、G20メンバーの間でウクライナ情勢に対する評価や見解の相違があることを認める。
・ G20の首脳らは、アフリカ連合のG20加盟が現代の世界的な問題の解決に役立つと考えている。また首脳らは、開発途上国は国際的な金融機関および経済機関でより大きな役割を果たすべきだと指摘した。
・ G20は核兵器の使用または威嚇に反対する。
・ G20の首脳らは「紛争の平和的な解決と対話」の大きな重要性を指摘した。
・ G20の首脳らはすべての国に対し、「領土保全や主権」を含む国際法の原則の順守を呼びかけた。
・ G20の首脳らは、この形式のサミットは地政学的問題を解決するためのプラットフォームではないと表明した。
・ G20の首脳らは世界貿易機関(WTO)改革を呼びかけた。
・ G20の首脳らは、世界の食料安全保障の強化を約束した。
・ G20諸国は、データ交換を含む麻薬対策に関する国際協力の強化を支持した。
・ 宣言には、今後はブラジル(2024年)、南アフリカ(2025年)、米国(2026年)でG20サミットが開催されることも記載された。

宣言要旨は、以上の通りである。当初、採択が危ぶまれていたが、首脳宣言が初日の討議の過程で発表され、直ちに採択される異例の展開となったのである。なにしろ、史上初めて共同コミュニケが出せない可能性があると報道されていたのである。
記者会見で、インドの外務大臣ジャイシャンカール氏は、昨年のインドネシア・G20バリ宣言で言及されている「ロシアの侵略」への言及がないことへの質問を一蹴し、「バリはバリであり、ニューデリーはニューデリーだ」と述べ、「率直に言って、世界はこの1年で変化しており、デリー宣言はそれを反映している」と大臣は念を押し、「すべての加盟国が合意形成に貢献し、ウクライナに関する意見の相違を克服することに貢献した」と述べている。

<<非常に気まずいバイデン氏>>
米欧日側は、まず第一に、拡大後、勢いを増すBRICS+と、G20との「対立」を画策、 第二に、中国とインドの対立を拡大・誘発させる。第三に、中国の「一帯一路」に代わる代替プログラムをバイデン大統領が提案し、第四に、何よりも新たな対ロシア制裁を確認させ、G20を中国やロシアを攻撃する場に変質させようとしたのであったが、もはやそれだけの力も、信頼もなくなってしまっていることを思い知らされたのだと言えよう。

当然、ロシアを泥沼の戦争に引きずり込んだバイデン政権に追随する、代理戦争の当事者として、ウクライナのゼレンスキー大統領は「誇れる内容ではない」と、このG20首脳宣言に強い不満を表明している。

しかし、そもそも、2008年の金融危機の際に誕生したG20メカニズムは、同年のリーマン・ブラザーズの破綻から全世界的な金融危機を引き起こし、西側諸国全体はもちろん、発展途上国を含む世界経済を危機に陥れたため、先進国グループと発展途上国グループの合意形成が不可欠のものとなり、その結果誕生したのがこの「金融と世界経済に関する首脳会合」なのである。そのG20に、米主導のG7グループが、意図的に対ロシア・対中国の緊張激化政策を持ち込み、逆に、自らを孤立化させてしまっているのである。ドル一極支配が崩れようと大きく世界経済が転換期を迎えつつあるとき、バイデン政権は、悪あがきに陥ってしまっている、と言えよう。

 このG20サミットでバイデン氏にとって哀れなのは、サミット出席者の前で、まさに滑稽で皮肉なアメリカの現状をさらけ出してしまったことである。
バイデン氏は、各国首脳の名前につまずき、何かわけのわからぬままにブツブツとつぶやき、まとまりのない話に終始し、非常に気まずい雰囲気を漂わせてしまい、ムハンマド・ビン・サルマンの名前を間違え、さらにウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の名前までも間違えたのであった。

直近のC米NNの世論調査によると、調査対象者のうち、58%がバイデン氏の政策が経済状況を悪化させたと回答し、70%が米国の状況は悪化していると回答。 調査対象者のうち、バイデン氏を大統領として誇りに思う人物だと述べたのはわずか33%だった、という現実である。

こんな米政権に追随する岸田政権やG7グループ自身が、世界的な政治的経済的危機の製造元として厳しく追及されるべきであろう。
(生駒 敬)

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【投稿】「曇り空の下、星を頼りに航行」--経済危機論(117)

<<「世界経済の構造的変化」>>
8/24~26、日米欧の主要中央銀行トップを集めた国際経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」(Fed Summit)が開かれた。その会議の内容は、8/22~24のBRICS首脳会議が、6か国の新規加盟国を発表して「BRICSに新たな活力を注入し、世界の平和と発展に寄与する。新興市場国と発展途上国の連帯と協力の新たな章を描くために尽力」する

ジャクソンホールで、ラガルド総裁(左)、植田総裁(中央)、パウエル議長(右)

ことを表明したのとは、まったく対照的に、

予測不可能な経済的危機打開の先行きについて、米中銀・パウエルFRB議長が、「よくあることだが、我々は曇り空の下で星を頼りに航行している。」と吐露していることに象徴的である。

例年、アメリカ西部の高原リゾート、ジャクソンホールで開かれる米欧日の中央銀行トップが集う「ジャクソンホール会議」、今回のテーマは、皮肉なことに、「世界経済の構造的変化」であった。

パウエル氏は、「インフレ:進歩と今後の道筋」という基調講演で、「インフレ率はピークから低下しており、これは歓迎すべき展開だが、依然として高すぎる」と述べ、要旨、以下のことを強調したのであった。、
・ 経済の不確実性は、機動的な金融政策決定を必要とする。
・ 予想通りに景気が冷え込んでいない兆候に注意。
・ インフレ率の低下にはまだ長い道のりがある。
・ 物価の安定を取り戻すには、さらに多くの課題を克服する必要がある。
・ 賃料の鈍化は住宅インフレの鈍化を示唆。
・ 政策は制限的だが、FRBは中立金利の水準を確信できない。
・ FRBは、金融政策が両面でリスクに直面していることに留意している。
・ インフレ率の低下には、労働市場の軟化も必要となる可能性が高い。

パウエル議長の結論は、要するに、「我々は曇り空の下で星を頼りに航行している」とする、不確実性の羅列であった、と言えよう。

<<「リーダーシップの欠如」>>
欧州中銀(ECB)のラガルド総裁は、「変化と停滞の時代における政策立案」という演題で、「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きに生きなければならない」という言葉(『恐怖と震え』を書いたキルケゴール)を引用し 、労働市

場における「深遠な変化」、エネルギー転換、地政学的ショックにより、これまでの成長モデルは、「もはや適切ではないかもしれない」と、まさに自らの「恐怖と震え」を実感している内容であった。

英中銀(BOE)のブロードベント副総裁は、「貿易制限の経済的コスト:英国の経験」と題して、「貿易のグローバル化が進んでいない方が経済ショックから守る効果が高いという証拠はない」と主張し、交易条件の悪化と労働市場の逼迫が相互作用し、そうした不確実性により、金融政策の設定はかなり複雑になっている」と、これまた見通し得ない不確実性を嘆く事態である。

ドイツ連銀のナーゲル総裁は、「インフレ率が依然5%前後であることを忘れてはならない。これは高過ぎる。」と対インフレ対策の重要性を述べるにとどまっている。

一方、日銀の植田総裁は、アジアにおける貿易・直接投資に見ら

れる構造変化を論点として、日本企業の輸出や対外直接投資において脱中国化が進展していることを強調して、G7の対中国貿易制裁・緊張激化路線に追随。

逆に日本のインフレについては、「基調インフレは依然、目標をやや下回っている。それが緩和を堅持する理由」であると、これまでの低金利・金融緩和路線の継続を追認し、方向転換封じ込めに終始するものであった。この点では、米欧の論調とは異なるものであった。しかし、植田氏のインフレ認識は、日本経済のインフレ加速の実態をほとんど無視しており、日本の消費者物価指数(CPI)変化率が、米国を総合ベースで上回ってきており、ユーロ圏のインフレ率に近づいていることさえ認識できていない。この、インフレ高進を放置する路線こそが、今現在進行中の、通貨減価、円売り、1ドル=150円台突破、円安進行の元凶であるという認識もないのである。

この会合に抗議する民衆の怒りには暴力的に食って掛かるが、このように、日米欧の中央銀行を率いる総裁たちは、直面する政治的経済的危機に対して、今や確たる指針も指し示し得ない、不確実性に漂うしか対応できない、リーダーシップの欠如、無能力さをさらけ出しているのである。
(生駒 敬)

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【投稿】BRICS > G7 の現実--経済危機論(116)

<<世界人口の46%、GDPの37%>>
8/22~24、南アフリカを議長国として、ヨハネスブルグで開かれていた、ブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、中国(C)、南アフリカ(S)で構成するBRICS首脳会議は、「BRICS拡大プロセスの指導原則、基準、手順」について合意し、加盟国の6か国拡大を盛り込んだ「ヨハネスブルク宣言」を採択し、閉幕した。次回、同サミットは、2024年10月、ロシアが議長国となり、カザンで開催されることも明らかにされた。
 招待される新たな加盟国は、エジプト、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、アルゼンチン、エチオピアの6か国で、2024年1月1日から正式加盟国になると発表されている。
同宣言は、「BRICSに新たな活力を注入し、世界の平和と発展に寄与する。新興市場国と発展途上国の連帯と協力の新たな章を描くために尽力」することを表明している。
2009年に結成されたBRICs(当時は小文字のs)、当時ウォール街のゴールドマン・サックスの経済調査責任者だったジム・オニール氏が執筆した報告書で、ブラジル、ロシア、インド、中国が最大の「新興市場」・BRICsであり、成長は G7諸国よりも速いと指摘していた。2009年、ブラジルのルーラ氏、ロシアのメドベージェフ氏、インドのマンモハン・シン氏、中国の胡錦濤氏の4カ国の大統領がグループ初の正式な首脳会談を開催し、翌年、南アフリカがこのグループへの参加を認められ、 S が追加されたのであった。
その現BRICS5か国は、すでに世界人口の 40%以上を占めており、2020年のGDP合計ですでにG7を上回っている。IMF によると、今年の世界 GDP の 32.1% を占め、G7のシェア29.9%を上回っているのである。これがさらに、BRICS+によって、世界人口の46%、世界のGDPの37%に達しようとしている。
 すでにG7を上回った決定的で客観的な現実は、もはやG7によって恣意的に否定することも、無視することもできない事態である。
しかも、このBRICSへの加盟を希望する国が増大し、南アフリカのBRICS大使アニル・スクラル氏によると、キューバ、ナイジェリア、ベネズエラ、タイ、ベトナムがBRICS共同体への参加を目指しており、これとは別に、22か国が正式加盟を打診していると述べている。
注目されるのは、今回の新たな加盟国の参加、とりわけ、サウジアラビア、UAE、イランはいずれも主要なエネルギー輸出国であり、すでに崩壊しつつあるアメリカのドル一極支配体制のかなめであるペトロダラー体制は有名無実となり、金融の多極化プロセスが大幅に加速する可能性が現実のものとなったのである。

<<「対話による和平解決」を主張>>
しかし、今回のBRICS宣言で明らかなことは、あえて脱ドル化を性急に推し進めるのではなく、「世界貿易機関(WTO)を中核とし、オープン、透明、公正、予測可能、包括的、公平、非差別的でルールに基づいた多角的貿易システム」の維持を求めている、ことである。
「我々は、BRICSとその相手貿易国との間の国際貿易及び金融取引に関して現地通貨の使用を奨励することの重要性を強調する。我々はまた、BRICS諸国の間のコルレス銀行ネットワークを強化し、「現地通貨での決済を可能にすることを奨励する」とされている。

さらに、宣言では、BRICS諸国は世界各地の紛争に憂慮を表明し、対話による和平解決を主張、
・ BRICSは、国連とアフリカ連合に基づくニジェール、リビア、スーダンの紛争の外交的解決への支持を表明、
・ BRICSは、シリア危機の政治的かつ交渉による解決を促進するためのあらゆる努力を歓迎し、
・ BRICSは、イラン核問題の解決は平和的かつ外交的であるべきだと考えている。ウクライナ紛争
・ BRICS加盟国は、アフリカ平和維持ミッションを含むウクライナ危機の平和解決を目的とした「調停提案」に感謝の意を表し、アフリカ諸国の和平イニシアチブを含む対話と外交を通じたウクライナ紛争の平和の解決を支持していると述べられている。

宣言ではさらに、発展途上国のインフラやその他のプロジェクトへの資金提供を促進する新開発銀行(NDB)(旧BRICS銀行)の役割を強調している。この2014年にBRICSによって設立された新開発銀行は、各国がBRICSへの加盟に強い願望を表明しているもう一つの理由でもある。設立以来、同銀行は中核インフラ分野で340億ドル相当の100近くのプロジェクトに融資してきており、世界銀行(WB)や国際通貨基金(IMF)などの西側主導の金融機関に対する対抗勢力として機能し、期待されている。

 和平努力として、今回のサミット期間中、中国の習近平国家主席とインドのナレンドラ・モディ首相が、実効支配線(LAC)として知られる係争中の国境について話し合い、両首脳は「迅速な関与解除と緊張緩和に向けた努力を強化するよう関係当局者に指示することで合意した」ことが明らかになっている。

今回のBRICSサミットの進展は、歴史的な事態の到来、とも言えよう。G7側が、この事態を前に、相も変わらず対ロシア・対中国の緊張激化政策を続けるならば、自らの政治的・経済的危機を一層深め、墓穴を掘ることとなろう。
(生駒 敬)

 

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【投稿】ハワイ・マウイ島大火災と新自由主義--経済危機論(115)

<<「これは最高の災害資本主義だ」>>
8/8、ハワイ・マウイ島、かつてのハワイ王国の首都・ラハイナは、大規模な山火事が発生し、島の3,200エーカー以上に被害が拡大、115人の死亡が確認され、約1,000人が依然として行方不明という、「大参事」に襲われた。この大規模火災に対して、ハワイの当局者自身が「公平」の名の下に、消火のための水の使用と警告音を差し控えたことを認めた、人為的被害の最悪の結果に唖然とさせられる事態である。
 この災害の中心にあるのは、ハワイ先住民(カナカ マオリ) の何世代にもわたる水と土地の権利をめぐる長く続く闘いである。ハワイ先住民の7世代目の農民であり、コミュニティのリーダー、教育者であり、非営利団体フイ・オ・ナー・ワイ・エハーの会長でもあるホクアオ・ペレグリノ氏は、8/21のCNN ニュース番組で、「これは最高の災害資本主義だ」と告発している。
かつては太平洋のベニスとして知られた、水資源豊富なラハイナは、1 世紀以上にわたり、最初はマウイ島の西部地域であるマウイ・コモハナの水が、大規模な砂糖農園によって、そして最近では市場競争原理主義の新自由主義政策、規制緩和政策に乗じて、ウエスト・マウイ・ランド・カンパニー(WML)とその子会社、カアナパリ・ランド・マネジメントやマウイ・ランド&パイナップル・インクなどの企業が、高級リゾート、ゴルフ場の開発のために独占的に水と島の天然資源を食い荒らし、資源略奪的な現代的プランテーション経済がさらに先住民の生態系から自然の水資源を略奪、土地と深いつながりを持つ先住民族コミュニティへの影響をさらに悪化させ、炎と戦うための水はほとんど残されず、乾燥した土地に変えてしまったのである。
そして、米軍もハワイの水危機の主な原因となっている。海軍ジェット燃料の汚染により、水の供給が脅かされ、地元住民が燃料貯蔵タンクの閉鎖を要求し、勝利したが、1か月も経たないうちに海軍は約束を反故にし、闘争が再開されている。
しかも、昨年、西マウイ島では、地元住民に対して最大500ドルの罰金を伴う強制的な水制限が導入されたが、水を大量に消費する企業群にはそのような制限は課されなかったのである。
 8/18のデモクラシー・ナウに出演したハワイの法学教授カプアアラ・スプロアト氏(カ・フリ・アオ・ネイティブ・ハワイアン法律センターの法学教授であり、ハワイ大学マノア校ロースクールのネイティブ・ハワイアン・ライツ・クリニックの共同ディレクター)は、「災害資本主義は、残念ながら、マウイ・コモハナ、あるいは西マウイで現在起こっていることを表す完璧な用語だと私は思う。資源の多くを支配してきた大規模な土地所有権であるプランテーションは、この機会を利用し、火災の翌日に知事が発令した非常事態宣言を利用し、これを特に水資源に関して自分たちの思い通りにしようとする機会として利用しているのです。」と、まさに、ナオミ・クラインが2007年の著書『ショック・ドクトリン』で明確にした、「災害を刺激的な市場機会として徹底的に利用」する新自由主義の「災害資本主義」を糾弾している。

<<全てを「気候危機」に押し流す大手メディア>>
この大火災から 13日後にようやく現地に顔を出したバイデン大統領、マウイ島の山火事への対応の一環として、自宅を追われた申請者に対し、1世帯当たり700ドル(約10万円)を一時金として支払うと約束したが、1人ではなく、1世帯で、この金額では災害後の住民のニーズを満たすには程遠く、事態を軽視していることが明らかである。一方、バイデン政権はウクライナでの代理戦争にすでに約1000億ドル以上を送っている。
 しかもバイデン氏は、事前に選ばれた住民との会見で、かつて自宅で起きた小さなキッチン火災で妻を失いかけたと嘘をつき、家、車、所有物をすべて失った数千人のマウイ島住民に喩えたがために、地元住民を激怒させ、「あなたは庶民とは無縁で、彼らとどう話せばいいのかさえわかっていない」、「最低で卑劣だ」と指弾されている。実際は、消防士が「かなり早い段階で発見」し、「20分で鎮圧」されていたのである。
バイデン氏は、次期大統領選に向けて「気候変動と先住民族の権利」の問題で、共和党候補にたいして有利な立場を取りたいとの考えから、マウイ島を訪れたのであるが、地元住民からは歓迎されない訪問となってしまった、と言えよう。実際のバイデン政権は、表面上の言葉とは裏腹に、アラスカのウィロープロジェクトのような石油掘削プロジェクトを承認し、メキシコ湾での掘削プロジェクトを競売にかけたりと、水と土地を脅かし、先住民の主権と自己決定を損なう政策を推進しているのである。
 大手メディアは、バイデン政権と同様、この大火災を、新自由主義政策による「災害資本主義」から目をそらすために、水資源略奪問題を全く報道せず、すべての原因を世界的な「気候変動危機」に流し込んでいることが明らかである。
ツイートで、「ハワイの当局者自身が公平の名の下に水と警告音を差し控えたことを認めたのに、メディアが死者の原因を大声で嬉々として気候変動のせいにしていることに、今でも驚いている。誰も責任を問われず、ごまかしの太陽神のせいにするとき、私たちには希望がありません。」と指摘されている通りである。

問われているのは、まさに政治的経済的危機の根底にある、新自由主義政策による「災害資本主義」なのである。
(生駒 敬)

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【投稿】使用済み核燃料中間貯蔵施設をめぐる関電の猫の目計画

【投稿】使用済み核燃料中間貯蔵施設をめぐる関電の猫の目計画

                                                                                    福井 杉本達也

1 関電が突如の使用済み核燃料のフランス移送計画

「関西電力の森望社長は12目、県庁で杉本達治知事と面談し、高浜原発で保管する使用済みプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料と使用済み核燃料の一部を2020年代後半にフランスに搬出する計画を示した。電気事業連合会(電事連)がフランスで行う実証研究の一環。関電は県内原発から出る使用済み核燃料の中間貯蔵施設の県外計画地点を年末までに県に提示するとしており、森社長は『県外に搬出されるという意味で中間貯蔵と同等の意義があり、県との約束はひとまず果たされた』との認識を示し、県に理解を求めた」(福井:2023.6.13)。

これまでの経緯を知らない者には分かりにくい非常に絡み合った文章であるが、まず「中間貯蔵施設」とは、使用済み核燃料を一時的に保管する場所である。①使用済み核燃料は現在、原発内の使用済み核燃料プールに保管されているが、これが満杯に近いので中間貯蔵施設を造らなければならない。ところが、②福井県との約束で、中間貯蔵施設は福井県外に造る約束となっている。③約束が守られなければ原発の再稼働を停止する。④その場所を決める期限が2023年末である。⑤関電は2020年代後半に使用済み核燃料のごく一部をフランスに搬出する。⑥これは中間貯蔵施設を福井県外に作ると『同義』であり、2023年末という福井県との約束を果たした。⑦フランスではMOX燃料を試験的に再処理してみる。といった内容である。⑧しかも、これを西村経産相が追認したのである。

2 福井県の使用済み核燃料の県外搬出の経過

1997年、福井県外に使用済み核燃料を搬出すべきだと提案したのは、当時の栗田幸雄知事である。福島第一原発事故以前ではあったが、栗田知事は使用済み核燃料が大量に原発サイト内にたまり続けることに漠然と不安を抱えていたのであろう。

2017年の大飯3、4号機の再稼働に向けた地元手続きの際、当時の岩根関電社長は中間貯蔵施設の候補地を「最大の経営課題」とし、「2018年中に示す」と明言し、西川一誠前知事の再稼働同意につながった。しかし、中間貯蔵施設の候補地として、有力とされていた青森県むつ市の理解が得られなかった。2020年10月には杉本達也現知事が候補地提示が原発再稼働同意の前提となる(候補地提示がなければ再稼働同意はしない)との見解を示している。元々、関電は東電と日本原電が共同で設置したむつ市の中間貯蔵施設に相乗りする計画であった。ところが、これに強固に反対したむつ市長であった宮下宗一郎氏が2023年6月に青森県知事に就任したことから、候補地としてのむつ市が絶望的となったことが、今回の猫の目計画の端緒である。

3 フランスへの移送は県外搬出にあたらない

関電の提案に対し、自民党の県議は「福井県を小ばかにした話。詭弁であり、すり替えだ」とし、資源エネルギーの小沢典明次長が「中間貯蔵施設ではないが、県外搬出を行う手段として評価できる」と県議会で関電の主張を追認したことに対し、「開き直りの強弁だ」とし、「地元は原発を止めたくないはずだ、と見くびっている」と批判している(朝日:2023.6.29)。自民党福井県議会の山岸猛夫会長は全協終了後「『同等の意載がある』と言われでも納得できない。国の誠意が全く感じられない」と批判した上で「今回のような詭弁でなく、誠意を持った回答を持ってきてもらいたい」と述べた(福井:2023.6.24)。

また、櫻本副知事も30年ごろに2千トン規模の使用済み核燃料の中間貯蔵施設を操業開始すると約東していた関電の計画と比較しても搬出量が少ないと指摘。フランスへの「搬出が継続的に行われるものでもなく、県民からは根本的な問題解決になっておらず、先送りではないか」と苦言を呈した(福井:同上)。

4 猫の目の関電―中国電力の山口県上関原の中間貯蔵計画にも触手

フランスへの搬出計画を提案したわずか2か月後、「中国電力は、山口県上関町の同社所有地で、原発から出る使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設を検討していると表明した。単独での建設や運営が難しいとして、同様に施設が必要な関西電力と共同で進めるという。」「上関町では、1982年に町が原発誘致を表明し、2009年に準備工事が始まった。だが、11年の福島第一原発事故を受けて中断し、町側が地域振興策を中国電に要望していた(京都新聞社説:2023.8.11)。

京都新聞社説はこれを「関電は福井県との間で、中間貯蔵施設の県外候補地を今年末までに示すと約束している。できない場合は3基の運転を停止するとも明言している。中国電との中間貯蔵施設の共同開発は、まさに『渡りに船』だったのだろうが、場当たりが過ぎないか」と批判している(同上)。

しかし、杉本福井県知事は「県が求める使用済み核燃料の県外搬出に向け「(関電の取り組みが)少しずつ進んでいる印象」と評価(福井:2023.8.4)。どこまでも関電に舐められるつもりらしい。

5 使用済みMOX燃料の危険性

フランスに送る研究用の 200トンは関電の使用済み核燃料の一部にすぎず、それも一回限りである。MOX燃料は主にウランが核分裂するのではなくプルトニウムが核分裂することで発電する。そのため、発生する放射性物質の性格が異なり、半減期の長い、そして、中性子の発生が多いものになる。中性子の発生量は普通のウラン の使用済み核燃料に比較して10倍、ガンマ線の発生量は2割程度減って8割程度になる。発熱量がなかなか 減少しないために地上でプールの中に保管して水冷する期間が普通のウラン使用済み核燃料の約10倍必要になる。普通のウラン核燃料は30年程度プールで冷やすが、MOXの使用済み核燃料は300年程度はプールでの保管が必要となる。使用済み MOX 燃料そのものの再処理には、溶解しにくく再処理工程で厄介な作用をする白金族元素が多く含まれるため、極めて困難である。したがって、フランスへの搬出はあくまでも「試験」に過ぎない。しかも大規模放射能事故の可能性のある超危険な「試験」である。鈴木達治郎長崎大教授は「行き場のないものを海外に運んでも問題の先送りでしかない。」核燃料サイクル政策の「行き詰まりを直視し、全ての使用済み核燃料再処理する前提を含めて根本的に考え直すべきだ」と指摘する(朝日:同上)。

 

6 使用済み核燃料で一杯・危険性は増大で原発を止めるしかない

福井県内の商業用原発13基で生み出された使用済み核燃料は18,000体7,448トンであり。その約半分が英仏の再処理工場と東海・六ケ所村の再処理工場へ搬出されたが、現在もサイト内に9,578体、4,163トンが保管されている。これまで関電を始め各電力会社は2000年代から「リラッキング」という手法で、「使用済燃料を収納するラック(収納棚)をステンレス鋼製から中性子吸収材であるホウ素を添加したステンレス鋼製に変更し、使用済燃料プールの大きさを変えることなく、ラックの間隔を狭めることで、使用済燃料の貯蔵能力を増やす」(電事連解説)ことを行ってきた。しかし、それも限界に達している。関電は4.6年~6.6年で満杯になるとしている。しかも、福島第一原発事故・特に3号機核燃料プール爆発事故の教訓からは、使用済み核燃料が大量に格納容器のない核燃料プールに丸裸で保管されるということは危険極まりない。国は60年超の原発の運転を認めるというが、使用済み核燃料の置き場がなくては、60年超運転どころではない。自動的に原発を止める以外にはない。

 

7 原発を止めれば全電力会社は債務超過で破綻・国有化以外に道はない

関電の2023年3月末の貸借対照表によれば、固定資産のうち原子力発電設備が902,806百万円、原子力廃止関連仮勘定が45,123百万円、使用済燃料再処理関連加工仮勘定が180,035百万円、核燃料が494,026百万円で原発関連合計1,621,990百万円となる。一方、株主資本は資本金・剰余金など1,617,548百万円であり、もし、原発が止まれば、今までの発電資産は逆にお荷物の不良資産となり、関電は債務超過に陥る。この計算には、その後の原発の管理・解体・放射性廃棄物の管理費用などは含まれていない。倒産企業となる。全電力会社を国有化して放射能を管理していく以外に方法はない。

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【投稿】盗人猛々しい:福島第一原発放射能汚染水の海洋放出計画

【投稿】盗人猛々しい:福島第一原発放射能汚染水の海洋放出計画

                          福井 杉本達也

1 無理やり福島第一原発の放射能汚染水を海洋放出しようとする岸田政権

東京電力福島第一原発1~3号機のメルトダウンから12年、溶け落ちた核燃料(デブリ)は今後も半永久的に冷却し続けなければならない。原発事故の終息などというのは夢想にすぎない。ましてやデブリの取り出しなどというのは永久に不可能である。デブリを冷却するために注入する水や、流入する地下水が直接デブリに接することで大量の放射能汚染水が発生し続けている。原発の敷地内のタンクにこの放射能汚染水を貯め続けてきたが、その数は現在、1083基=全容量(137万トン)の98%(134万トンあまり)にも上っている。しかも、今でも、毎日100~130トン前後の汚染水が生じている。

菅前政権は、2021年4月・東京電力福島第一原発で増え続ける放射能汚染水の処分に関し、2年後を目途に海洋放出の方針を正式決定した。そして、今年に入り、岸田政権は1月に「海に放出し始め時期について2023年の『春から夏ごろ』との見通しを示した」(日経:2023.1.14)。しかし、放出反対を貫く漁業者に対しては、西村経産相は「『風評対策の徹底に万全を期す』と述べた。水産物の消費拡大など、地元や漁業者の理解を得るための取り組みを続りる。」(日経:同上)として、漁業者の懸念は、あくまでも「風評」であり、「実害」の放射能汚染はないとの一方的な主張を行った。札束でひっぱたけば賛成するだろうと、完全に地元住民をなめ切った対応である。6月26日には海洋放出に使う約全長1,030mの海底トンネル工事が完了。7月には「IAEAの安全基準に合致している」と結論づける報告書を公表、国際的お墨付きも得たとして強引に進める考えである。

 

 

2 尹韓国政権の抱き込みも図る

米国の強い圧力下で、韓国の尹錫悦政権は日本との関係改善を図るため、「汚染水」という言葉を「処理水」に変えることを考えている。韓国政府は5月に専門家による視察団を福島第一 原発に送った。しかし、「日本側が説明してきた安全性は十分浸透していない。韓国の野党が主導して放出に反対」し、尹政権を批判している(日経:2023.7.4)。「処理水の放出で海水を原料とする塩が汚染されるとの情報が出回り、ス一パーなどで塩の買い占めが起きた」(日経:同上)。

カン・ビョンチョル氏は、『ハンギョレ日本語版』において、「科学の名で他人の無知を批判したいという誘惑にかられた時は、まず自分が十分に知っていのるかを振り返ってみるべきだ。…政府与党が先頭に立って汚染水の海洋放出の安全性を擁護しているのは、おかしなことという次元を超え、超現実的だ。日本の立場を理解したとしても、それは日本政府がなすべきことではないのか。私は、今回のことが悪い先例となって放射性物質の海洋投棄が日常化するのではないかという恐怖を感じる。」(「安全なら海に捨ててもよいのか」カン・ビョンチョル:hankyoreh japan:20230.7.24)と書いている。

3 汚染水に含まれるトリチウムの危険性

国・東電はトリチウムはエネルギーの低いβ線しか出さないから安全だと主張している。隣国の韓国や中国も日本の原発以上に放出していると主張している。確かに、トリチウムの出す放射線のエネルギーは18.6keVとセシウムの1/7である。それでも私たち身体の細胞結合の1000倍ものエネルギーであるから、放射線を受ければ細胞はズタズタになる。トリチウムは三重水素で、自然界では酸素と結合して水として存在するから、水から水を分離することはできない。福島第一の放射能汚染水は国の基準をオーバーしている。これを海水で薄めて、濃度を国の基準の40分の1となる1リットル当り1500ベクレル未満まで下げ、太平洋に流してしまえという理屈だが、薄めてもトリチウムの総量は変わらない。タンクに入れておけば目に見える。海に捨ててしまえば見えなくなるというだけの発想である。見えなくなれば原発事故を「なかったことに」できるという浅はかな考えである。しかし、福島第一の溶融したデブリは永久に取り出せない。常に地下水が接触し汚染水は増え続けるから永久に海に捨て続けなければならないので「なかったことに」できるはずはない。

4 「汚染水」は「汚染水」―「処理水」ではない

松野博一官房長官は、7月6日、「放射性物質トリチウムの年間放出量は中韓両国を含む海外の多くの原子力関連施設と比べて低い水準にあると説明した。放出計画について『核汚染水』などと批判する中国に反論した(日経:2023.7.7)。しかし、溶融したデブリに接触した「放射能汚染水」と、正常に運転されている原発の炉心に直接接触していない「排水」は本質的に異なる。発生源が異なり、含まれる放射性核種が異なり、処理の難度が異なる。デブリに接触してきた「汚染水」には、含まれる核種が極めて多く、ALPSで取り切れないものも多数含まれまれる。原発が動いている段階では、トリチウムを含め核分裂成分はジルコニウムという金属製のパイプでできた燃料棒に閉じ込められている。燃料棒の中に閉じ込められていればまだ良い。ところが、福島第一原発では、この燃料棒が溶け落ちて、中に閉じ込めっれているべき核分裂成分が全て外に出てきてしまった。そのデブリを冷却水で冷やし、また地下水も湧き出ている。事故を起こした崩壊した炉心を通した水である。トリチウム以外に62種の放射性物質があり、濃度や組成はタンクによって均一ではない。通常運転時に放出されるトリチウムと同一視することはできない。「汚染水」という表現こそが科学的であり、「処理水」と表現するのは、「詭弁」である。

 

 

5 「人類の生命・健康にかかわる」と日本の強引な動きをけん制する中国

7月14日、ジャカルタのASEANと日中韓3カ国の外相会議で、中国の王毅政治局員は「処理水を『核汚染水』と呼び、海洋政出は『海洋環境の安全と人類の生命・健康にかかわる』などと批判した。」(日経:2023.7.15)。’これに対し林芳正外相は「科学的観点から意思疎通する」と反論した。

その後、7月18日には、中国税関当局は日本からの輸入海産物に対する全面的な放射線検査を始めた。また、香港もこれに追随した。日本からの海産物の輸出に占める割合では、中国・香港を合わせると約40%を占め、日本の漁業にとって大きな打撃となる。

7月27日付けの『人民網日本語版』は「日本は、国際社会、とりわけ利害関係者と十分な協議を行わないばかりか、世界の反対を押し切ってまで原発汚染水の海洋放出計画を強引に推し進めている。」とし、「原発汚染水の処分問題において、日本は誠意ある協議の原則に従うどころか、自国の過ちを認めずに他国を非難し、日本側の提案した科学に基づく専門家同士の対話を中国側が再三拒否してきたと主張した。これは、原発汚染水の海洋放出の強引な推進という誤った決定を日本が全く考え直していないことを示している。日本は自問すべきである。日本が海洋放出という結果をあらかじめ設定した前提の下で対話や協議を行うことに何の意味があるのか。日本に本当に協議をする誠意があるのなら、海洋放出開始の一時停止を宣言し、近隣諸国など利害関係者による原発汚染水の独自のサンプリング・分析を認め、海洋放出以外のあらゆる可能な処分方法を検討することに同意すべきである。」と書いている。これ以上強引に海洋投棄を行おうとすれば、漁業関係者のみならず、日本は放射能による被害ばかりか経済的にも大きな打撃を受け、国際的信用も失墜する。中国を始め国際社会の声に真摯に対応すべきである。

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【投稿】BRICS通貨の誕生

【投稿】BRICS通貨の誕生

                       福井 杉本達也

1 BRICS通貨の登場

8月22日、国際金融で、1971年以来の重要な進展がある。7月7日付けのRTによると、BRICSのブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカが、金に裏打ちされた新しい貿易通貨を導入することを明らかにした。BRICS 通貨はドルのような紙幣通貨としてではなく、IMF が各国に貸し付けているSDR(特別引き出し権)と同じ国際通貨として構想されている。BRICS 通貨はユーロのように、加盟国の通貨をなくすものではなく、各国の中央銀行と通貨は残る。SDRは貿易と所得収支の赤字で、外貨準備が足りなくなった国に現在、3000 億ドルが貸し付けられている。

2 BRICS通貨は米ドルに置き換わるか

米ドルは、世界の支配的な通貨であり、国際取引におけるその利用は、世界経済に占めるアメリカのシェアをはるかに上回り、現在約24%となっている。また、通貨別の中央銀行の外貨準備はドルが58.4%を占めている。しかし、BRICS通貨は、ドルの基軸通貨としての役割を弱める。最終的には、米ドルに、BRICS新通貨が、置き換わる可能性がある。

「この新しい通貨を使う国が増えれば増えるほど、対外貿易のために米ドルを保有する必要がなくなった国から、外国で保有されていた米ドルがアメリカに戻ってくることになる。 米ドルがアメリカに戻ってくると、アメリカではかつてなかったようなインフレが起こるだろう。アメリカではもうほとんど何も製造していない。 アメリカで売買されるものは、ほとんどすべて海外で製造されている。 米ドルが海外から戻ってくると、米ドルの価値は他の通貨に対して急落する」。米国は、イラクやリビアが米ドル以外の通貨構想を立ち上げようとしたとき、「事態を食い止めるために実際の戦争に踏み切った」(「ロシア、『BRICS』が金裏付け通貨を立ち上げることを確認」:RT速報:2023.7.7)。「ロシアとBRICS諸国が発表したことを実行に移せば、アメリカの世界支配は完全に崩壊する。アメリカ政府内部には、世界の支配権を失うくらいなら、むしろ世界全体を焼き尽くすことを望む人々が大勢いる。 簡単に言えば、彼らは自分たちの金融支配力を維持するためなら手段を選ばず、自分たちの権力を脅かすあらゆるものを、積極的に、悪意を持って、残忍に、破壊する」(RT速報:同上)。

3 なぜBRICS通貨なのか

脱米ドルの背景には、米国が経済制裁という手段を使って、ドルを武器化していることにある。ロシアへのウクライナ侵攻に対抗して、ドル決済システムであるSWIFT電子銀行清算システムから排除し、ロシアの資産を凍結し、G7諸国やEU諸国による原油や天然ガスの禁輸などの経済制裁を行って、ロシアを破綻させようとした。また、EUは、凍結された約2000億ユーロ(約31兆5000億円)のロシアの資産没収とそのウクライナへの譲渡について合意できない。もしそのようなことをすれば、世界の中央銀行からの預け金としてのユーロと国債に対する信頼性を損なうおそれがあるからである。

米国はこれまで、イランやベネズエラのような国々を罰するために制裁を行ってきた。グローバルサウスの国々は、米国に逆らえば、次は自分たちの番だ、という結論に達した。そのためドル体制から脱却しようとする動きを加速させている。

4 赤字を40 年も垂れ流してきた国の通貨が、もっとも信用の高い基軸通貨であるという矛盾

米国という赤字国が発行するドルがもっとも信用される通貨だというは矛盾である。第二次大戦後の経済体制を決めた1944年のブレトンウッズ会議で①参加各国の通貨はアメリカドルと固定相場でリンクすること、②アメリカはドルの価値を担保するためドルの金兌換を求められた場合、1オンス(28.35g)35ドルで引き換えることが合意された。だが、ベトナム戦争により米国経済は大きく傾むいた米国はドルの金兌換を要求されても支払うべき金はなくなっていた。そこで、1971年のニクソンショックにより、金・ドル交換停止され、ドル紙幣は金という「貨幣としての貨幣」の裏付けのないただの紙切れとなった。金という錨がなくなれば、インフレーションによってその価値はどんどん下落し続ける。そこで米国は、産油国のリーダーのサウジと「『原油はドルで売る、代わりに米国は王家の体制の維持を米軍が守る』とするキッシンジャー・ヤマニ密約」をし、「信用通貨になったドルが、基軸通貨であることを続けた」。石油を持たなに非資源国は「産油国から原油を買わねばならない。その決済通貨はドルである。従って、世界はドル準備(外貨準備=ドル預金またはドル国債)をもたねばならない。これが世界に、赤字通貨のドル買いとドル貯蓄(外貨準備)を促してきた」・いわゆる『ペトロダラー・システム』である(「ビジネス知識源」:2023.7.17)。世界はこれを1971 年から52 年も是認してきた。

5 ドルは過大評価されている

ドルは他のすべての通貨に対し不当に過大評価されており、グローバルサウスの人々はドルを稼ぐために一生懸命働かなければならない。米国は米ドルをフリーランチとして印刷するだけで他の経済を犠牲にして利益を得ている。FRBの量的緩和は資産市場を支えるために使用しているが、外貨はもはや資産市場を維持するために必要なほど入ってこない。米ドルの需要は減少しているが、米国の貿易赤字と財政赤字のために供給は増加している。米国が他の国々に貯蓄をドルで保持させること、つまり財務省証券を購入させなければならないが、もし、それが不可能な場合、彼らは軍事費の国際収支コストを支払うことはできなくなる。もはや、彼らは海外で軍事大国でいることはできなくなる。解決できる唯一 の方法は、輸入を大幅に削減することである。

BRICSは国際収支の黒字化に伴い、より多くのドルを得る代わりに、彼らは金を購入し、お互いの通貨を購入している。本当のBRICS銀行ができるまでにはしばらく時間がかかる。どのような種類の通貨が生み出されるのかについて、国々の間で政治的合意を持たなければならない。

7月20日、100才のキッシンジャーが老体に鞭打って中国を訪問し、1971年からの「古い友人」として、習近平氏の歓待を受けた。米国の債務は31兆4000億ドルまで膨らんでいる。米国債を売らないでくれと習近平氏に懇願したことであろう。今、米国債価格は必然的に暴落し、多くの国の経済を破壊しようとしている。何億人もの雇用と何兆ドルもの年金が失われる。

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【投稿】米FRB・利上げ乱発、効果なし--経済危機論(114)

<<パウエル発言で急騰、急落>>
7/26、米連邦準備制度理事会(FRB)が金利をさらに25ベーシスポイント引き上げた。結果、16ヶ月で11回目となる利上げによって、借入コストは、5.25%〜5.5%のレンジに押し上げられ、2001年初頭以来の高水準となった(下図の通り)。
 この日、株価はパウエル議長が「インフレ率は予想よりやや改善している」と発言するや、S&P500種株価指数はすぐさま急騰、最高値を更新、4月上旬(FRBが初めて利上げを開始した2022年3月)以来の高値を記録、ダウ平均株価も上昇、1987年1月以来の記録を更新した。ところがである。同じ発言の続きで、パウエル議長が「FRBはもはや景気後退を予想していない … 2025年までインフレ率が2%になるとは見ていない」と発言するや、ダウは4,600ドル超の高値から急落する、異常な事態が展開された。しかしこれは、異常でもなく、根底にあるFRBへの信頼の崩壊、結局はFRBは無為無策、無能であった、何の成果もあげられなかったことへの当

然の反応でもあった、と言えよう。
バイデン政権は経済は好調であり

、その努力により状況は改善されていると主張し続けている。インフレ率が改善していると言いながら、なぜFRBはまたもや利上げを続けるのか?
実際は、インフレは収まっているどころか、一次産品価格は上昇し始めており、先月、すべてのサービス(米国経済の80%)の価格が6.2%上昇し、前月の5.3%を上回っているのである。
第二に、 FRBは依然として急増する赤字(1兆ドル超)をカバーするために、たとえインフレが鈍化しても金利はしばらく高止まりすると発言しているが、これは、投資家に国債を買わせるために必要な慢性的な高金利を示唆しているものでもある。そうしなければ、米国は慢性的な年間10億ドル超の財政赤字をカバーできないことを吐露しているものでもあろう。

<「差し迫った景気後退の強力な予兆 」>>
失業率は、FRBが昨年3月に利上げを開始したときと全く同じ水準にある。エリザベス・ウォーレン上院議員(民主党)は7/25、パウエルに送った書簡の中で、黒人労働者の失業率が6月に1.3ポイント上昇して6%となり、労働市場全体に差し迫った問題を示唆する可能性があると指摘。「この最近のデータは憂慮すべきもので、FRBの積極的な利上げキャンペーンの危険性を浮き彫りにしている。広範な調査によれば、労働市場が低迷した場合、黒人労働者は通常真っ先に職を失う。従って、黒人の失業率の急激な上昇は、”差し迫った景気後退の強力な予兆 “となりうる。」と警告している。
 同日、利益相反、責任追及の調査を行っているAccountable.USは声明を発表、「FRBによる前例のない利上げの乱発は、企業の価格高騰をほとんど抑制していない」、「それどころか、多くの平均的なアメリカ人にとって、お金を借りるには高すぎる金額になってしまった。FRBのおかげで、住宅や新車を購入できるアメリカ人は減り、製造業の仕事は需要が減少している。FRBが一時利上げを見送った後、再び利上げに踏み切るのは、癒えかけていない経済の深い傷から包帯をはがすようなものだ。」と指摘している。

グラウンドワーク共同体のリンジ・オーウェンズ事務局長は7/25の声明で 「パウエル議長とFRBは、強い労働市場と物価下落のどちらかを選ばなければならないという、インフレタカ派が売りつける誤った選択を押し付け続けている」、「データは、我々は両方を手に入れることができることを示している。」、「インフレの原因が何であれ、金利を引き上げようとする危険な反応は、政策の失敗であると同時に、労働者が消耗品以外の何物でもない世界を想像することの失敗でもある。」、「FRBは利上げキャンペーンを永久に終わらせるべきだ。」と明確に要求している。

FRBと同様、欧州中央銀行(ECB)も利上げ継続を宣言する中、ドイツとフランスはともに、EU最強の経済大国の座から滑り落ち、今や最弱とも言える経済後退に直面している。それは、米英ネオコン勢力の対ロシア経済制裁に同調し、より安価なロシアのエネルギーを、より高価な米国の石油/ガスと交換した直接的な結果でもある。
ウクライナ戦争という泥沼の落とし穴にEU諸国が閉じ込められ、経済の疲弊をさらに推し進めるかぎり、米英、EU、日本を含むG7の政治的経済的危機の深化は避けられないであろう。危機打開の道は、緊張緩和・平和政策以外にないのである。
(生駒 敬)

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