【投稿】「103万円の壁」と国民負担率の考え方
福井 杉本達也
1 国家への見方―「慈悲深い専制君主国家」か「リバイアサン国家」か
政府は一体なんのためにあるのか。権丈善一慶応大教授は「政府は国民のことをおもんばかりながら諸施策を展開している慈悲深い専制君主」であるとするモデルと、ホッブスが考えた「政府は国民から可能な限り搾り取る」ことしか考えないというリバイアサン・モデルがあるとし、市場に任せ賃金だけで配分するリバイアサン・モデルだけでは、「支出の膨張や収入の途絶という、生きていれば必ず直面する生活リスクにうまく対応できない欠陥がある」とし、多くの人たちが老後に貧困に陥ってしまわないよう、慈悲深い専制君主のように「強制的な社会保険制度」を整備してきたとする。しかし、政府を「慈悲深い」と信頼するにしては、政府の長い間の「所業」はそのイメージとは乖離しているというのが先の衆院選の結果ではないかとする(福井:2024.11.16)。
2 「103万円の壁」の「財務省の壁」
国民民主党は衆院選挙で「年収103万円の壁」を取り上げ、所得税がかからない基礎控除48万円・給与所得控除58万円の合計103万円を178万円する税制改革を提案した。基礎控除など人的控除は所得のうち「最低限度の生活」を維持する収入には課税しないという「憲法25条の生存権の保障の租税法における現われである」と考えられている(金子宏)。しかし、48万円=月4万円で最低限度の生活を送ることなど不可能である。参考となるのは生活保護費である。68歳の単身世帯は生活扶助費として月に6万8千円~7万8千円程度が受給可能であり、これを基準とすべきであるとする(竹中治堅政策研究大学院大学教授:日経:2024.11.13)。自公と国民民主党の協議が行われているが、与党・財務省サイドは譲歩する気は薄い。
3 「106万円の壁」と社会保険料
現在、パート労働者の厚生年金の適用要件は、月8万8000円以上、年収換算で約106万円以上(労働時間要件:週20時間以上)となっている。106万円を超えると社会保険料が発生し、手取り収入が少なくなるため、パート労働者が年末になると就労を調整するという問題がある。保険料は労使で折半して支払うのが現行制度である。厚労省の案は、手取りの急減を避けるため、働き控えが発生する年収層のパート労働者に限り、保険料の労使の負担割合を現行の折半ではなく、労1:使9(徐々に労2:使8…)というように柔軟な制度として手取り減を回避しようというものである(日経:2024.11.16)。
租税負担率と社会保障負担率を合計した国民負担率は2023年度は46.1%である。江戸時代に農民が領主に納める年貢割合を表現した「五公五民」がある。日本の国民負担率は、1979年度に30%台、1994~2004年度までは34~36%台。しかし、高齢化による社会保険料の増加などにより2013年度から40%台、2020年度に初めて47%を超えたが、実質賃金は低迷し続け、中間層は衰退。非正規が拡大し、生活不安が増大している。これに先送りした少子化対策の財源として2026年度にも社会保険料増が加わる。
4 消費税と飲食料品への課税の問題点―エンゲル係数は28.7%に
消費税は、2024年度予算では23.8兆円を見込み、国税+地方税の構成割合では34.9%と最大の費目となっている。逆に法人所得課税・個人所得課税の構成割合は年々低下している。消費税は導入当初は福祉目的を強調したが、実際は法人・所得税減税の原資となってきている。所得税に「1億円の壁」というものがあり、所得が1億円をこえると、税負担は減っていく。「所得税は給与・事業所得などには最高税率45%で累進(総合)課税をする一方、利子・配当・株式謡渡益といった金融所得は一律15%(地方分合わせて20%)で課税される。高所得者ほど金融所得が所得全体に占める割合は高く、所得税負担率が下がることになる。所得税+社会保険料の負担率(2020年)は300万~400万円の所得階層で17・9%、50億円~100億円の所得階層では17・2%と高額所得者の方が負担率が低い」(佐藤主光一橋大教授:「金融所得課税の課題」日経:2024.11.6)。
消費税を仮に国民民主党が主張するように現行10%の税率を半分の5%にするとすれば、1%で2.5兆円として、12.5兆円の減収となるが、二人所帯で月の消費支出が30万円ならば、約1.5万円の減税となる。
消費税の飲食料品税率8%を0にするという案もある。エンゲル係数が28.7と日本では急伸している(日経:2024.11.17)。月の消費支出の平均が30万円とすると、食費は8万円となる。消費税は8%で計算すると、6400円の減税となる。海外では「食料品など生活関連への税率は軽減税率を設けるか、そもそも課税対象にしない」(森永卓郎+泉房穂『ザイム真理教と闘う』2024.11.14)。税金は取りやすいところから取るという発想を改めるべきである。
6インフレ税
「インフレ税」という課税項目があるわけではないが、昨今のように円安が進めば。「インフレにより家計から政府への所得移転が進む」。「インフレで通貨価値が目減りすれば、これまで積み上げた政府債務の実質的な負担は減る。実質個人消費が低迷する一方、税収が改善することから『インフレ税』と呼ばれ」家計負担は一段と増す(日経:2024.7.1)。国家が国民が知らない間に国民の財産を没収していることになる。アベノミクスによる黒田日銀による国債の買い入れは、日銀紙幣の増発であり、実質的な円の切り下げであり、米国からのインフレの輸入となる。米国にとっては米国の高いインフレの一部を日本に転嫁させるインフレの輸出となる。日本国民の物価は高くなり負担を強いられる一方、米国民は安い日本製品を手に入れることができる。また、ドル・円の金利差から円キャリー取引で資金が金利の高い米国に向かいウクライナ戦争で傷んだ米国の国家財政を補填している。
しかも輸入物価は高くなるので、石油・ガスなどのエネルギー資源価格が高くなる。これは全ての卸売物価に影響する。政府は、電気・都市ガス代の補助金として、電力需要が高まる来年1 ~2月分については家庭向けの電気で1キロワット時当たり2・5円、都市ガスは1立方メートル当たり10円を検討しているという(福井:2024.11.14)。紙幣を増発して貨幣の価値を下げ、物価を高くし、高くした物価のために補助金を出すという分けのわからない政策を続けている。
7 電気料金という「税金モドキ」
電気料金は滞納するわけにはいかない。滞納が続けば電気を止められてしまう。家庭の設備のほとんどは電気をエネルギー源としており、電気が止められたら生活はできない。電気料金は独占価格であり、「税金モドキ」である。電力料金表を見れば分かるが、「再生エネルギー賦課金」という項目がある。再生可能エネルギーの普及促進を目的とするとして、電気料金に上乗せされており、負担額は年々増える傾向にある。2024年度は3.49円/Kwhとなっている。化石燃料によるエネルギー供給の一部を再生可能エネルギーで賄うことで、燃料価格の高騰に伴う電気代の上昇の抑制するという建前であるが、太陽光・風力発電で保有量が多いのは。豊田通商が157万Kw、パシフィコ・エナジーが90万Kw、米系のグローバル・インフラストラクチャーが90万Kw、ENEOSが65万Kw、Jパワーが58万Kwなどとなっており(日経:2023.12.4)、電力の固定価格買い取り制度(FIT)という官製市場で事実上の大企業への補助金となっている。家庭の電気料金の1割近くを占める。
原発はさらなるブラックホールとなっている。日本原電敦賀2号機は2011年以来、1ワットの発電することなく、原子力規制委から原子炉直下に活断層があるとして不許可処分を受けた。卸電力会社である日本原電には、この間5電力企業から1兆4000億円の基本料金が支払われているが、全く発電していない。これは全て電力料金に転嫁されている。
龍谷大学の大島堅一教授が、東北電力での原発関連経費を計算している。東北電力の自社の原発の減価償却や修繕などにかける費用は年間1,352億円。さらに、東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)と日本原子力発電東海第2原発(茨城県)から電力を購入する契約を結んでおり、両原発が停止中で受電量がゼロでも年間265億円を払う。これらの「原発の電気を調達する経費」は年間計1617億円に上り、年間販売電力量で割った単価は1キロワット時当たり2.35円。標準家庭は原発の費用として、月額611円を支払っている計算になる(河北新報:2024.1.27)。
再エネ賦課金と原発関連経費を合わせると家庭は1500円/月の電気料金を余分に支払っていることとなる。さらに、経済産業省は原発の新増設を進めるため、建設費を電気料⾦に上乗せできるようにする制度の導⼊を検討している。福島第⼀原発事故で安全対策費が膨らみ、建設費を回収する⼿段がなくなり、電⼒は投資に及び腰になっており(朝日:2024.7.24)、電気料金は便利な財布である。
8 放漫財政と官僚機構の劣化―ガソリン補助金・コロナ補助金など
政府は経済対策の原案にガソリン補助金の継続を盛り込んだ(日経:2024.11.13)。これまで累計で7兆円の巨額の補助金をぶち込んでいる。この補助金の問題点は「政府がガソリンの値下げ目標を設定し、現実との価格差を埋めるように金額を足し込んで計算することにある。『この方式だと、ガソリン価格が高いほど補助金が多く出ることになる。値上げをすれば『ご褒美』がもらえる。逆に、値下げしたら補助金が減る』」ことである。。「値上げで補助金額が上がるってことは、消費者からぼったくって、さらに国からカネをたんまりともらう。」という仕掛けである(金田信一郎・「ヤバい会社烈伝:エネオス」『東洋経済』2023.2.3)。また、半導体の支援に6兆円の補助金と4兆円の金融支援への債務保証を行うと発表した(日経:2024.11.12)。
2020~2021年のコロナ禍においては、緊急事態とはいえ、膨大な予算が投入された。コロナ禍で世界で最も財政支出をした国の1つが日本である。2021年12月29日、NHKは「検証コロナ予算 77兆円」を放送している。例えば、雇用調整助成金は、事業主がコロナ禍で労働者に休業手当を支払う際、その一部を助成する制度だ。雇用維持を目的に2020年4月から2023年3月まで特例措置が設けられた。3年間で約6兆4000億円の雇調金が支給された。コロナ禍で大打撃を受けた外食や飲食、宿泊、小売り、交通インフラ、観光業など、幅広い業種で活用されたが、不正も相次いでいる。これまで不正受給で社名を公表された企業は全国で1437社、不正受給総額は465億7502万円に達する(増田和史:「ダイヤモンドオンライン」2024.11.19)。
コロナ禍で中小企業対策として4兆2千億円の予算を計上した持続化給付金事業では、事務局費669億円を「サービスデザイン推進協議会」という怪しげな団体に委託し、それが「電通」にそのままの金額で丸投げされた。電通はそれを、さらに下請け・再々下請けへと投げ、その資金の一部資金はが電通に還流した。この構図は今も変わらない。資源エネルギー庁は電気・ガス補助金の事務局業務を、博報堂に総額372億円で丸投げしたが、その業務の大部分を子会社に委託し、さらに別の会社に再委託や再々委託していたことを会計検査院に指摘された(毎日:2024.10.6)。今の官僚機構は現場がどうかを全く考えず、頭だけで「政策」ともいわれぬ「政策?」を考え?、それを現場に丸投げする。現場はできないから民間に丸投げする。民間はその甘い汁を吸う。その象徴が「マイナ保険証」である。マイナ保険証の導入のため、国が2014〜24年度に投じた総コストは、少なくとも8879億円に上る。このうち6割は「マイナポイント」などの普及のための費用だった。それでもマイナ保険証の利用率は9月末時点で13.87%にとどまる(東京新聞:2024.11.14)。
どこに在日米軍総司令部を首都のど真ん中の赤坂に置く「独立国家」があろうか(福井:2024.11.16)。そんなことは眼中になく、言われたままに石破内閣改造後の岩谷外相が早速出向いた先はウクライナ。バイデン政権はトランプ氏が大統領就任前に急いでお金を渡すことを日本に命令。ロシアの凍結資産を窃盗して30億ドルを拠出。支援総額は計121億ドル(1兆9千億円)となる。さらに日本は世界銀行を通じて55億ドル(8400億円)を財政援助。ウクライナが返済不能に陥った場合、日本がいわゆる「連帯保証人」として50億ドル(7600億円)分までは現金で債務を負担することとなる(Sputnik日本:2024.11.16)。
財務省は減税すると財源が足りないというが、取りやすいところから税金を搾り取り、大企業や補助金に巣食う電通など社会的寄生虫などの身内に偏った財政支出を行い、財源以上に放漫政策を行っている。米国の属国として長年飼いならされてきた官僚機構の劣化は深刻である。その最たるものが強欲を取り締まるべき裁判官による強欲なインサイダー取引である。税金を湯水のごとく使えば当然「財源」は足りなくなる。「慈悲深い」ではなく「欲深く、無能、しかも放蕩する専制官僚国家」をどう立て直すかが、いま国会で多数を握る野党に問われている。